MICHIO Program Dance Performance
「伊藤道郎舞踊団」公演
Assiting Artist
Hazel Wright
Hjordes Furu
Ruth MacChesney
Betty Jordan
Marjorie Booth
Betty Phipps
Teru Izumida
Zora Leavitt
Waldeen Falkenstein
Jeree
Chares Teske
〔昭和6年:1931年〕4月29日 30日 於 朝日会館
午後7時
5月1日 於 京都市公会堂
ー【プログラム】ー
(1)「エクスリヂアスティック」 … チャイコフスキイ曲
ヘエゼル・ライト ヤアデス・フルウ ルス・マクチェスニイ
ベテイ・ジョウダン マアジョリイ・プウス ベテイ・フィップス
テル・泉田 ゾラ・レヴエット ワルデイイン・フォルケンシュタイン
(振付 伊藤道郎)
(2)「前奏曲」作品11 … スクリアビン曲
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(3)「テオドラ」 … フリムル曲
ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 マイルス・マアション)
(4)「ソナタ」作品109 … ベエトオヴエン曲
ワルデイイン・フォルケンシュタイン (振付 ワルデイイン・フォルケンシュタイン)
(5)「音の流れ」音詩 … 山田耕作曲
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(6)「印度の風神」 … マクドウヱル曲
チャルス・デスキイ (振付 チャルス・デスキイ)
(7)「エテュウド」第二 … シュウマン曲
ルス・マクチェスニイ ヤアデス・フルウ マアジョリイ・プウス
ベテイ・ジョウダン ワルデイイン・フォルケンシュタイン
(振付 伊藤道郎)
(8)「ワルツ」 … ショパン曲
ヘエゼル・ライト ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(9)「オリエンタル」 … イポリトオ・イウアノフ曲
テル・泉田 (振付 伊藤道郎)
(10)「パントマイム」 … ペナウ曲
チヤアルス・テスキイ (振付 チヤアルス・テスキイ)
(11)「エムパイア・ワルツ」 … グラズノフ曲
ヂエレエ(マイルス・マアション) (振付 マイルス・マアション)
(12)「前奏曲」變ロ調 … ショパン曲
ワルデイイン・フォルケンシュタイン マアジョリイ・プウス
ルス・マクチェスニイ ヤアデス・フルウ
ベテイ・ジョウダン ベテイ・フィップス テル・泉田
(振付 伊藤道郎)
【休憩】- (20分)
(13)「支那俳優の印象」 … ラヴェル曲
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(14)「舟遊び」 … デビュッシイ曲
ヤアデス・フルウ ルス・マクチェスニイ マアジョリイ・プウス
ベテイ・ジョウダン (振付 伊藤道郎)
(15)「フレミンコ」 … 作者不詳
ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 マイルス・マアション)
(16)「ハバネラ」 … サラサアテ曲
ヘエゼル・ライト (振付 伊藤道郎)
(17)「タンゴ」 … アルベニイズ曲
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(18)「爪哇人」 … ケリイ曲
ゾラ・レヴェット (振付 伊藤道郎)
(19)「オルガ・シュラヴオッカの印象」 … フイビッヒ曲
ヂエレエ(マイルス・マアション)(振付 伊藤道郎)
(20)「羊飼の娘」 … デビュッシイ曲
ヘエゼル・ライト (振付 ヘエゼル・ライト)
(21)「アラベスク」第二 … デビュッシイ曲
ルス・マクチェスニイ ワルデイイン・フォルケンシュタイン
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
(22)「原始的律動」 …
チヤアルス・テスキイ (振付 チヤアルス・テスキイ)
(23)「南へ」 … ミッドルトン曲
ヘエゼル・ライト (振付 ヘエゼル・ライト)
(24)「ピヂカット」 … デリイブ曲
ミチオ・イトウ (振付 伊藤道郎)
ピアノ … レイモンド・サクシイ 舞台装置 … 伊藤熹朔
舞台装置 … ラルフ・カッチ 衣裳 … 同
照明 … ラルフ・カッチ
●ミチオ・イトウ来る -(外アメリカ第一流舞踊家一行十五名)-
日本が有する唯一の世界的大舞踊家
過般サカロフ夫妻の来朝更にこの日本が有する唯一の世界的大舞踊家が海外に於ける廿余年の研鑽による全収穫を挙げての貴重は本邦に於ける舞踊芸術やうやく本格的運動に入れる今日大いなる悦びといはなければならない。切に愛好家諸賢の御来観を俟つ。
海外に飛躍すること廿余年、日本が有する唯一の世界的大舞踊家として声望欧米両大陸に隆々たるミチオ・イトウー帰朝を伝へらるゝこと一再ならず、その折ごとに素晴らしい期待をかけられつゝ種々の支障に妨げられて帰朝不可能であったミチオ・イトウーがいよゝ嵐のごときセンセエション裡に華々しく帰朝する。
ミチオ・イトウが故イサドラ・ダンカン、アルヘンテイナ、ルイス・セント・デニス、ルス・ペイヂとともにアメリカ在住の五大舞踊家として謳はれつゝあるは既にいふまでもない。
彼の「舞踊生活」は一九一〇年独逸ダルクロオゼのもとにおけるダルクロオゼ修業に始まる。こゝにおける研鑽はロンドンに渡って忽ち酬ゐられた「ピヂカット」にアンナ・パヴロアを驚嘆せしめてより彼は直ちに明星として迎へられたのである。彼のため特にダンス・ドラマ「鷹の井戸」を書贈ったウイリアム・バトラア・イエエツのごときは彼の渡米に当って「彼が再びロンドンに帰るまで欧洲のあらゆる芸術はたゞ茫然として佇立するのみであらう。」とまで云ってゐる。-アメリカーアメリカにおけるあらゆる都市で彼の作品発表公演が開かれなかったところは莫い。彼はこゝに堂々世界第一流舞踊家の列に伍するに至ったのである。
最近の彼の最も大きな仕事、ハリウッド・ボウルにおける「プリンス・イゴオル」(登場人員百廿五人)パサディナ・ロオズ・ボウルにおける「光のペエヂエント」(東條人員二百五十人) はさすがのアメリカ人を驚嘆せしめたー
彼は今回の帰朝には愛妻であるヘエゼル・ライトを始め彼の門下たるアメリカ舞踊家十五名を伴ってゐるがこれら何れも獨舞家として欧米にその名を知らるゝ人々である。