蔵書目録

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日歸へり 東京附近の『健康路』 (1941.10)

2021年05月01日 | 趣味 1 登山・ハイキング

  

     桝形山
         地圖(東京西南部)
  新宿驛ー西生田驛ー高石ー弘法ノ松ー切通しー桝形山ー稻田登戸驛ー新宿驛
  費用 約八十錢

 これも家族向コースで、徒歩區間九粁、約三時間とみれば充分である。前に説明した矢野口の辨天洞窟から西生田へのコースは小田急の線路の北側を歩くのであるが、これはその南側に沿って走ってゐる丘の上を、反對に西生田から多摩川に出るのである。
 西生田で電車を降りたら驛前の道を次の驛の柿生の方にとって線路傳ひに踏切を渡って二十分も行くと高石ので、こゝから指導標通り左へ折れて再び踏切を渡って山道を登って行くと弘法ノ松で、高石から二十分で着く。この弘法ノ松は周圍六米、弘法大師のついてゐた松の木の杖に根が生えて今日に至ったと云ふ傳説がある。天氣さへよければこの臺地から富士、箱根、丹澤の山山が手に取る樣に見える。
 弘法ノ松から桝形山までは途中一ヶ所切通しを通るだけで、後は丘の上の雜木林の中を行くもので一寸氣分の出る所である。桝形山には源家の外戚として小身ながら相當の權力を持ってゐた稻毛三郎重成の城址があり、山腹の廣福寺には稻毛三郎の木像や墓がある。弘法ノ松から桝形山まで二時間位である。
 桝形山から眼下に流れる多摩川の眺望をほしいまゝにしたらそのまゝ稻田登戸驛に下ってもよし、途中で向ヶ丘公園からの道と一緒になるからそれを公園に出てもよい。共に二十分もあったら着ける。こゝには子供遊園、運動場、野球場等があり、この邊一帶では梨もぎ、栗拾ひ、芋掘りなどが出來る。     

     大山・ヤビツ峠
         地圖(藤澤、秦野)
  新宿驛ー伊勢原驛ー大山町ー追分ー阿夫利神社下社ー頂上奥ノ院ーヤビツ峠ー蓑毛ー大秦野驛ー新宿驛
  費用 約三圓五十錢

 大山は標高一二四五・六米、一名雨降 あふり 山とも呼ばれ頂上には軍神として名高い大山祗命を祀る阿夫利神社がある。ピラミッド型の美しい山容を持った山で東京からも晴れた日などはよく見える。悠
 電車を伊勢原で捨て、麓の大山町までバスに乗る新宿から一時間半位である。ケーブルの出る追分まではつま先のぼりの參道であるが石段の多い故か案外時間がかゝる。兩側は殆んど講中などの先達をする人達の家 うち で、今更の樣に信仰の山としての大山がはっきり感じさせられる。この餘り歩きよくない道を四十分も進むと追分で、こゝから山腹の阿夫利神社の下社までは八分、四十五度の急傾斜をケーブルが一直線に登ってゐる。途中左に見えるお寺が雨降山大山寺で、こゝの不動尊は國寶で、ケーブルはこゝで途中停車をする樣になってゐる。
 阿夫利神社の下社は中々立派な建物でケーブルの終點の直ぐ傍にある。こゝで皇軍の武運長久を祈って、愈々山道を登るのである。下社から頂上の奥の院までは一時間二十分位、下社の裏手から登ればよい。一寸急ではあるが大いしたことはない。頂上からの展望は素晴らしく、富士、丹澤、箱根の山々が眼前に擴がり、脚下には悠悠たる相模平野、湘南の靜かな海に浮ぶ江ノ島などが手にとる如く見える遠く大島も望まれる。
 奥ノ院の參拜が濟み、一休みしたらヤビツ峠へ下る。奥ノ院の裏の中道を廻ってもとの道を五分程、鳥居前のヤビツ峠の新道まで引返す。ヤビツ峠までは左に相模野、右に丹澤の山々を眺めながら氣持よく歩ける。
 ヤビツ峠は標高八〇〇米、秦野盆地から相模灘がよく見え、丹澤の山々の中で自動車の行く唯一の峠である。自動車が樂に使えた頃は、こゝに自動車會社の小屋があり、大山や札掛方面からやって來た自動車のお客があると、小舎から秦野の車庫に傳書鳩を放って自動車を呼んだと云ふことである。
 バスは秦野から蓑毛まで入ってゐる。蓑毛までは峠から左へ曲って舊道をとれば四十分、眞直ぐに自動車の通れる丹澤林道を下れば一時間である。林道は二間程の廣い材木搬出路で緩やかな下りの良い路であるが、長いのがキズである。大秦野までバス二十五分、更に電車で大秦野から新宿まで一時間二十五分である。
 このコースは一般向で、都合によっては頂上から往路をそのまゝ下ってもよい家族連れにはこの方が無難であらう。

     鶴卷溫泉と弘法山
        地圖(藤澤、秦野)
  新宿驛ー鶴卷溫泉驛ー吾妻山ー善波峠上ー弘法山ー權現山ー中野ー大秦野驛ー新宿驛
  費用 約二圓五十錢

 大山の裾には廣澤寺溫泉、七澤溫泉、鶴卷溫泉と三つの鑛泉がある。この中、七澤溫泉は田舎臭いがいかにも大山の山懐に抱かれたと云ふ素朴な感じがするが廣澤寺と鶴卷は開けていささか俗ぽい感じがしないでもない。
 このコースは相模の丘を歩く家族向きで、先づ新宿から電車で一時間十五分、鶴卷溫泉で降りる。鶴卷溫泉は驛の直ぐ前で、一番手前の光鶴園と云ふ溫泉宿の右側をぬけて溫泉の裏山に登り、吾妻山善波峠上と殆んど登りらしい登りもなく一時間も歩くと弘法山に出てしまふ。相變らず雄大な富士山を背景に大山や丹澤の山々への眺めがよく、江ノ島も直ぐ眼の下にある。
 弘法山は弘法大師が千座の護摩修業をされたと云ふ舊蹟で大師の像が山上に安置されてゐる。ここは又櫻荻で有名な所である。
 弘法から更に尾根道を櫻の馬場を通って權現山へは二十分西側の鞍部から急な坂を更に二十分も下ると中野で、橋を渡って縣道を右へ三十分も行くと大秦野驛である。この近邊は煙草の栽培が盛んな所で、秦野町には專賣局の煙草工場があるから見學するのもよいだらう。

     丹澤の震生湖
        地圖(秦野)
  新宿驛ー大秦野驛ー芹澤ー震生湖ー淺間臺ー小原ー栃窪ー大嶽大權現ー澁澤峠ー窪ノ庭ー篠窪ー南松山ー神山ー新松田驛ー新宿驛
  費用 約二圓八十錢

 丹澤の山々を歩くと、大正十二年の關東大震災の震源地に近いだけあって時々荒々しく崩れた山肌などが現はれて當時の惨害を思ひ出させられるが、このコースの中の震生湖も讀んで字の如く、その大地震の時に澤が堰止められて出來たものである。この震生湖を見物してから富士山、丹澤、箱根の山々を眺めながら輕く丘陵の上を行くこのコースは徒歩區間十五粁、約四時間の家族向コースであるが誰でもが一度は行きたい明るい氣分に滿ちてゐる。
 大秦野で下車したら秦野橋の手前の床屋さんの角を左に二十分で芹澤のに出る。このをぬけて丘の上を行くと前記の震生湖で芹澤から四十分はかゝる。震生湖の直ぐ上の臺地は大山、春岳、ヤビツ峠、三ノ塔、鍋割、雨山峠等丹澤の南面のよい眺望臺になってゐる
 震生湖から西へ尾根傳ひに淺間臺へは二十五分、こゝから左に下って小原のを通り更に竹林の中の道を行くと栃窪ので、淺間臺から四十五分位で着くこのをぬけて雜木林の中を更に足を進めると程なく大嶽大權現に出る。權現樣から十五分も登ると澁澤峠で、上にトンネルのあるのも珍らしい。このトンネルをくゞって南松山までは途中窪の庭、篠窪のや三島神社を經て登ったり下ったりして一時間程である。
 南松山に來ると始めて相模灘の海が見え思はず快哉を呼ぶ所である。眼下には酒匂川が悠々と流れ、御殿場線の汽車が煙を吐いて通り、遠くには小田原の町や眞鶴岬が遙かに望まれ、繪の樣な景色の樂しめる所である。
 ここから新松田までは五十分ばあれば充分下れる、新松田、新宿間の電車は一時間四十二分。

 上の文は、昭和十六年十月一日發行の雜誌 『野球界』 十月號 第三十一卷 第廿一號 別冊附錄 日歸へり 東京附近の「健康路」 の 小田急沿線 に掲載されたコースの一部である。



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