大山 (地図秦野・藤沢)
概説
大山は、相州大山として関八州はおろか、西国にまでその名が鳴り響いてゐる山であって、その名声の根元は、頂上に鎮座まします阿夫利神社なのであらうけれども、それのみとは云へぬ山自体の山岳美も與かってゐる事である。その独立峯としての雄大なる展望、背後は峨々たる丹沢山塊の山々渓々を背負ひ、前面には秦野盆地から、相模野を一眸 いちぼう のもとに見渡せる、その対象の妙は、古来から阿夫利神社の信仰と共に、その山岳美を認められてたものであらう。
大山阿夫利神社は、天平勝宝七年良辨によって開山の上に、神社仏閣を建立されたものであって、阿夫利神社の附属講社は約四十近く、その信徒は五十万人になんなんとする盛況をもつ神様であって、江戸時代に於ては大山参りと云って、一生に一度は講中を組んで大山へとお参りハイキングと出たものである。
現在でもそれは引続いてゐて、大山参りの講中の白衣姿を見る。四月十五日より同月二十四日迄十日間に亘って行はれる春祭り、七月二十七日より八月十七日まで二十二日間にわたって行はれる夏祭りには、大山詣の信徒が白衣姿にかへて、大山を目指して雲集するのである。
大山は標高一、二四三・六米を算し、二等三角点標が置かれてある。別に阿夫利山、雨降山とも称されて居り、頂上一帯は廣濶なる展望を有して居り、西方には三ノ塔、烏尾山を前景として富士山の姿が見え、眼下中津川の渓谷を距てて、丹沢山より丹沢三ツ峯の削り取った様な山姿を見、主稜より東方に派生する美しき樹林帯を見る。北面は北方に引く尾根の樹林帯であって、三峯山より石老山、陣場山、御嶽山、雲取山の甲武相国境の山々、奥多摩の山々、秩父の連山を見る事が出来る。
大山から東方は、所謂関東の平野の曠漠たる平野であって、遠く筑波山を望む事が出来、南方は秦野盆地より相模平野を一望の元に、遠くは相模灘の洋々たる大海原の彼方に、三浦半島を望見する事が出来る。
頂上には大山阿夫利神社奥宮があり、阿夫利神社下宮はその中腹にあり、頂上から中腹一帯にかけては雨降木、二重滝、不動堂、良弁滝、日向薬師、浄発願寺、浅間神社、広沢寺、鎧塚等の名所古刹が多い。
頂上付近の山稜には、大山より南西に春岳山(九六三米)を経て、ヤビツ峠(七九九・七米)に至って、三ノ塔(◬一、二〇五・二米)を経て、塔ヶ岳に至る山稜に接してゐる。頂上から南方には浅間山(六八〇米)に至る尾根が派生し、北方には西沢ノ頭(一、〇九四・三米)、ミズヒノ頭(一、〇四二・九米)に至る尾根があり、北東には三峯を並びたてる三峯山(◬九三四・六米)を経て、物見峠(五八〇米)に至る巾広き尾根がある。東方にはエボシ山(六五三・七米)、トウノボウ山(◬四七〇・八米)に至る夫々の尾根を派生してゐる。
〔省略〕
伊勢原表参道より
新宿駅(小田原急行電鉄)一(約一時間三〇分)一伊勢原駅一(バス約二〇分)一大山町一(三〇分)一ケーブル追分駅一(ケーブル・カー五分)一下社駅一(四〇分)一見晴台一(約五〇分)一阿夫利神社奥社
費用 一、〇〇銭(新宿駅一伊勢原駅)
バス 三五銭(伊勢原駅一大山町)
ケーブル三五銭(追分駅一下社駅)
小田原急行電車で、伊勢原駅で下車したなら、駅前の鳥居の傍から出るバスに乗る。伊勢原駅より大山町まで参道を、バスにて過ぎれば間もなく大山町である。この参道に沿ふ伊勢原町は細長い街であり、大山町も同様に細長いが、これは全町山の中腹に作られてあるので、一軒一軒に高くなってゐる。それにも増して、如何なる旱魃にも水の涸れない、町の中に引かれた水溝は都会人の眼には珍しいものであらう。
大山名物の押売で騒がしい茶店の中を抜けて行くと、間もなく町の中央に大山川があらはれて来て、道は右岸に沿ふて進む様になり、間もなく左岸へ加壽美橋を渡る。尚も進むと大滝への道を過ごして、愛宕橋を渡って右岸へと再び移り、良弁滝への入口に着く。ここからは元滝を見て、千代見橋を渡り、又も雲井橋を渡ると、ケーブル・カー起点である追分駅である。
不動尊駅を過ぎ、下社駅でケーブル・カーを出て駅を出ると、石段があり、この石段を登ると、其処は大山阿夫利神社下社であって、鬱蒼たる樹林にかこまれた荘厳極まりない神域である。この辺りから振り返り見る相模野の景は雄大なるもので、眼下の樹林の美事さに一驚を喫する。
阿夫利神社下社からは、石段をもって登るのであって、拝殿から頂上奥宮までは二十八丁であり、丁目を刻んだ標石が一丁目毎に建ってゐる。一丁目、二丁目と標石を過して行くと、続くは長い石段ばかりで、少し厭になるが、この石段も十五丁目辺りまでであって、十六丁目からは尾根に取りつく様になり、左手から蓑毛を経て、大秦野駅から登って来る徑 みち が出合ふ様になる。この辺りから左下にヤビツ峠より岳ノ台一帯の茅戸の美しい景が見え始むる。尚も尾根を伝ふ参道をのぼれば、又もや急峻な石段となって、鉄の鳥居を潜って登りつめると、そこは大山阿夫利神社奥宮のある大山頂上である。又鉄の鳥居からは頂上を一巡する道が通ってゐて、この道を登っても良い。
大山頂上は広い場所であって、便所などの設備もあり仲々なものである。頂上からの展望は三六〇度の展望であって、此処で説明するは愚なりと云はるる程雄大なるものである。
帰途はヤビツ峠、又は蓑毛、諸戸植林事務所に出るルートをとるが良い。
日向より雷峠経由
大秦野駅よりヤビツ峠経由
新宿駅(小田原急行電鉄)一(約一時間三五分)一大秦野駅一(バス約二〇分)一蓑毛一(五〇分)一ヤビツ峠一(三五分)一九六三米突起一(二五分)一大山頂上
費用 一、一八銭(新宿駅一大秦野駅)
バス 二五銭(大秦野駅一蓑毛)
小田原急行電車で大秦野駅にて下車して、ヤビツ峠までバスが行くが、ここではバスを蓑毛にて下車して、旧ヤビツ峠まで歩いた方が興味がある。
蓑毛にてバスから下車して、を外れる所に金目川にかかる橋を見る。橋を渡って行く道は新道であって、旧道は橋を渡らずに、金目川の左岸に沿ふて行くのであって、間もなく堰堤を二つ程見て、尚も登って行けば、三つ目の堰堤で右岸に渡り、沢と沢に挟まれた急な小さい尾根を登るのである。道は細くて急坂で歩き難いが、はっきりとしてゐるから迷ふ様な事はない。間もなくヤビツ峠である。
ヤビツ峠からは、眼下に蜿蜒 えんえん たる丹沢の自動車道を見て、東方に尾根を登るのである。ヤビツ峠を越える。新たに造られた自動車道路のために、掘割られた峠で、中津川源流一帯の樹林美を見る事が出来る。ヤビツ峠からは尚も東北方へと尾根につけられた逕 みち を登るのである。この尾根逕は茅戸の中につけられた逕であって、四辺は明朗な雰囲気を持ってゐて、背後の塔ヶ岳より烏尾山より、眼下の岳ノ台に至る尾根筋と、水無川の深い谷合ひを見る。そしてその右方には丹沢山より丹沢三ツ峯に至る山稜から、汐水川一帯の原生林を見る事が出来る。南方には秦野盆地より相模灘に至る緩い丘陵の起伏を見る。
茅戸の尾根逕をしばらくで、右手に金目川東沢を見下して、尾根はやや左手へと廻る様になって、小広い地点に着く。この地点は春岳山であって九六三米の標高を持ち、四辺をさへぎるもののない良い眺望地点である。
春岳山からは、尾根をやや東方にたどるのであって、濶葉樹林 かつようじゅりん の中に入り、尚も進むと笹の中を行く様になり、間もなく、左手下から登って来る尾根の上に出る事が出来る。この地点が表参道との出合であって、頂上はこれから左へ一登りで達する。
浅間山尾根経由
新宿駅(小田原急行電鉄)一(約一時間三五分)一大秦野駅一(バス約二〇分)一蓑毛一(四〇分)一不動堂分岐点(記念碑前)一(一五分)一◬八二五・二米一(二〇分)一表参道出合一(三〇分)一大山頂上
費用 一、一八銭(新宿駅一大秦野駅)
バス 二五銭(大秦野駅一蓑毛)
大秦野駅より蓑毛まで乗合自動車にて至り、で下車したら蓑毛橋を渡り、金目川の右岸を登って行くと、間もなく、左へヤビツ峠への逕を見過ごして、直ぐに元宿橋を渡って金目川の左岸に出る。
この所に「東阿夫利神社不動尊方面、西春嶽山、南秦野町」の三叉道標があって、左にヤビツ峠への逕を見送って、右の阿夫利神社への道をとるのである。逕は山側へだらだら登りにかかるのであって、間もなく山腹にとりつく様になる右手浅間山から西方に派生された尾根を左から、搦 から んで小さな沢沿ひに遡 そ って行くのであって、間もなく右へと急に廻る様になり、小さな尾根にとりつき、一路登るのである。この辺り樹林に覆はれてゐて、四辺の景観はそれ程良くはないが、西方金目川の沢筋を距てて、ヤビツ峠への逕を見る。間もなく逕は記念碑の所で左右に岐 わか れる。
右へ山腹を捲いて行く逕は、浅間山の肩を越えて、不動堂へ降って、大山町へ又は阿夫利神社下宮に出る道であって、左へ尾根通し登るのは、阿夫利神社奥宮への逕である。記念碑を過ぎて、左へ尾根の左側をジグザグに登ると、間もなく大山より南方へ派生する尾根の一端にたどりつく事が出来る。ここから見る前方大山町より阿夫利神社下宮一帯の樹林美と、深い谷間は素晴らしいものである。
尾根を尚も登ると、三等三角点標のある八二五・二米の突起の右を捲く様になる。この三角点標は、道より左手に少し登った地点にある。
八二五・二米突起を越すと、尾根は幾らか登りもやはらぎ、小さい突起を二三越えると右手から逕が出合ってゐる。この右からの逕は、下宮から、大きなガレを横切って来る旧道であって、この出合の地点で頂上へ向ふのである。
阿夫利神社下宮から来る逕と出合った地点からは、逕は幾らか尾根の右手を行く様になり直ぐに左へと登りにかかる。登った地点は小平らな尾根の分岐点であって、茶店が一軒ある。この所からは逕は尾根上を左右に大きく搦みながら登るのであって、間もなく右手から、下宮からの参道と出合ふのである。それからは前方へと尾根を登りつめるのであって、左からヤビツ峠よりの逕を合はせて、一気に頂上へ達する。
金毘羅尾根より
この大山に至る何れの登山ルートも、東京を朝出発すれば、夕刻帰着出来るものであって、表参道を行くならば、婦人子供連れにても苦しくはない。只この時注意しなければならぬ事は、頂上から見る唐沢川一帯の樹林美に誘はれて、北方へ降る事は好ましくない。三峯山に至る山逕は、仕度のない場合は相当なアルバイトであるからである。
ヤビツ峠に降る場合は、伊勢原駅にて一応蓑毛と大秦野駅間の、乗合自動車の時間を照合して置くのが良い。乗合自動車は二時間置き位に運転されるから、成可く発車時間を計算して、ヤビツ峠へ降るべきである。最終の自動車に乗り遅れると歩かなければならない。
〔上の写真四枚は、近影〕
左から一枚目:大山山頂の二番目の石鳥居越しの富士山(十二月)
二、三枚目:大山山頂のトイレ裏左からの富士山、手前の左は二ノ塔、左は三ノ塔。いずれも拡大。(十二月)
四枚目:同じ場所よりの富士山及び丹沢山塊(十二月)