學生文藝會舘建設寄附興行
創作劇塲第三回公演
筋書
伊藤白蓮夫人作(大鐙閣發行)
指鬘外道 二幕十三場
生田長江氏作(雄辯五月號掲載)
長澤兼子 二場二幕
指鬘外道執筆の動機 ‥‥ 伊藤白蓮(中央佛敎より轉載)
指鬘外道の演出 ‥‥ 村田實
指鬘外道の音樂雜感 ‥‥ 山田耕作
長澤兼子に就いて ‥‥ 生田長江
第三回公演の挨拶 ‥‥ 飯塚友一郎
學生文藝會舘建設に就いて ‥‥ 小泉矩
自六月二日至六月六日
市村座
伊藤白蓮作
指鬘外道 三幕十三塲
演出者 村田實
作曲者 山田耕作
意匠者 溝口三郎
現世の部
第一幕 第一 師の出發
第二 鴦崛摩と少年
第三 夫人と少年
(幕間十五分)
第二幕 第一 鴦崛摩と夫人
第二 師の歸宅
第三 師と夫人と鴦崛摩
(幕間十五分)
第三幕 第一 鴦崛摩と釋迦
過去世の部
第三幕 第二 妖婆と女房達
第三 太子と小性
第四 太子と女
第五 女と太子
第六 妖婆と群衆
第七 鴦崛摩と釋迦
舞臺 監督 村田實
舞臺裏主任 大久保忠素
轉換 主任 溝口三郎
光線 主任 和田精
小道具主任 米澤參
音樂 指揮 山田耕作
現世の部
鴦崛摩(過去の前身太力太子) 根津新
婆羅門の師(過去の前身大果王) 關口次雄
弟子一 淸水一郎
弟子二 伊藤眞吉
弟子三 松木綺良
少年 淸野千都子
夫人(過去の前身太子を迷はしの女) 加茂貞子
弟子四 片山保
弟子五 高橋季輝
弟子六 小林保
弟子七 相生基
弟子八 山口邦郎
弟子九 吉田絢
母 美谷志津子
波斯匿王 星岡菫
同 武士 山口邦郎
釋迦牟尼尊 井上昇
釋迦弟子 桐生基
過去世の部
妖婆 三村亘
女房一 白鳥絢子
女房二 日高萬里子
太力太子 根津新
太子を迷はしの女 加茂貞子
小性 吉田絢
須蠻女 仙女一子
老人 伊藤眞吉
若い男 淸水一郎
群集の女一 桃山淸子
群集の女二
群集一 同二 同三
「指鬘外道」筋書
此の筋書は白蓮氏の原作の筋書ではなく、むしろ演出せらるゝ劇としての筋書である。ましてや阿舎經や鴦崛摩傳によったものではない。
第一幕 第一塲
婆羅門の敎團の一つに鴦崛摩 あうくつま と云ふ秀 すぐ れた弟子がゐた、彼れは意志つよく、感情美しく、しかも才智が備はって居た爲め、師匠からことの外愛されたので他の弟子達から嫉まれて居たのであったあたかも師は旅途につかれるのである。彼れの明るい生活にも異樣に暗い影がさしそめて來た。
同 第二塲
彼れの生活に落ちて來た影は師の妻の戀によって一層の暗さを增すのであった。
彼れは此の暗い影の苦しさに思ひ沈んで居る時、師の妻からの使者として美しい少年が訪れて來た。彼れは少年の姿を見るにつけ自らの今の苦しい生活が厭はしく何とはなしに少年の日の昔戀しく、少年と共に昔のやうな心になって遊びたくなったのである。少年は一應師の妻の許しを得て又あとで遊びに來ると云って嬉しそうに飛び去ってしまう。
同 第三塲
師の妻は鴦崛摩を眞に戀して居た。恐らく彼の女にとって初めての力強い戀であったのであらう。けれども彼の女の戀には滿足は與へられなかった。彼女はその苦しい思ひに悶えつゝ一人淋しく泣いてゐる處へ、少年が歸って來た。然しやはり彼女の純眞な燃ゆるやうな戀には何の滿足も與へられない。彼女の思ひは狂せんばかりに燃えて行った。彼女は少年の物語によって暗示され彼女は少年に扮して今宵鴦崛摩に會ふ事を思ひ付いた。そして衣を替 かへ に彼女の寢室へと少年を導いた。
同 第四塲
月の光の流るゝ中に少年に扮した師の妻は鴦崛摩と會ったのである。然し鴦崛摩は彼女である事を知って驚いた、彼女は靈をこめて愛を物語った。けれども鴦崛摩の道徳は固く冷めたかった。鴦崛摩はやゝもすれば情と愛の美しさに溶けようとする心をおさえて逃げ去ったのである。彼女の愛はつひに呪ひの姿をかへた。あゝ恐ろしの呪ひに‥‥‥‥。
第二幕 第一塲
それから幾日かたって師は旅から歸って來た。皆出むかへたが、少年は去る日師の妻と衣をかへるために寢室に入った時に不思議な死にかたをして今は此の世の人でない。師の妻は出迎へにも出ず寝室で泣いて居る。師は歸って來たが此の泣く聲をきいて、いそいで妻の寢室へ入る。
同 第二塲
夫人は破れた衣をまとって寢臺の上に泣き伏し落花狼藉たる有樣。夫人の呪ひはついに此の虚僞のお芝居によって師匠をだまし得たのである。師匠は怒って鴦崛摩を呼び、妻に強いられしまゝに「百人の生命 いのち を絶つのぢゃ、それがこの法 のり を傳へらるゝ者の秘密の約束なのぢゃ」と云って殺人を命じた、鴦崛摩はあまりの不法な命令に驚いたが、師の命は絶對であると云ふ古き道徳に固められた思想をもってゐたひめ、つひにそれに快心をもって服從した、恐ろしの暗黑の影は彼れの生活に負ひかぶさって來たのである、此れが此の劇の頂點である。
第三幕 第一塲
彼は廢頽道徳の人形となって九十九人を殺し、その指で鬘 かつら を作ってかけて居る。もう一人で自分の全人生の光明の門が開かれると思って居る。苦しい苦しい事ではあったが、あと只一人で一足飛びに光明界に入れると思って居る。
師の妻は呪ひしものゝ戀の悶えは自分の靈を犯して行った。今は心も身も疲れはてゝ氣も狂はんばかりである。彼女は鴦崛摩の立てる四衢 しく 近く進んで來たが、足下に倒れて居る、若き男女の相抱ける 死骸を見て、此の純眞な戀の美しき屍を見て極度に感激させられ、つひに氣を失って死ぬ。
又鴦崛摩の老いたる母も此の四衢に我が子をきづかって來たが、哀れにも我が子の刄 やいば の下に倒れようとした、その時、新しき光、新しき思想、凡ての人々を救ひ得る宗教をもった世尊が現はれた鴦崛摩は世尊の人格より漂い來る靈の薫りに心をうたれ、自分の信仰がまだ迷界にある事を悟って宗教的に救はれ行くのである。
世尊は迷界に居る人々が皆因果律をもった運命の中に何の反抗も出來得ずに或は苦しみ或は悶え居る事を悟し、此の現世に對する過去世を語った。現世の苦しさは過去世の緣とあきらめ、現世の善行は來世に報はれると云ふ希望をあたへられて、現世生活の靜かなる事を期したのである。
同 第二塲
過去世、現世の神秘なる因緣の物語は、幻となって現はれ出された。
過去世の塲である不思塲 ふしぢやう な奴姿 やっこすがた が豫言して居る。
同 第三塲
その國の太子は女を知らなかった。そして女と云ふスフィンクスの泣き聲を聞いて異樣の感にうたれてゐる、おゝ女のすゝり泣く聲よ。
同 第四塲
太子は此の女の泣き聲にひきづられて女の側に行き、つひに女を見近く寄せた。
女は哀れな境涯をもって居た、女の物語について太子は迷はされて行った。つひに太子は女を戀した。そして女に自分の胸を與へた。
同 第五塲
それ以來太子は女を得る事に歡樂 くわいらく を見出し、つひには婚姻の門から女をうばって行くやうになった。數々の女は皆太子の犠牲に上った。つひに人民は承知せず太子を王宮から引出し瓦石をもって打ち殺した。
同 第六塲
あゝ世尊の御光に鴦崛摩も救はれた。凡て皆救はれるのである。如何なる罪人も皆。