「輪廻転生」その2
前記の「地獄」の続き
八つの地獄へ落ちなければならない悪業のうち、最初の五つは「五戒」を破る
ことで、そのうち四つは身体でする行為ですが、嘘をつくという行為だけは
言葉による行為です。
第六の正しくない思想を信ずるという心の行為が出てくるので、(身・口・意)
の三業が全部出されている。この内、「最悪の行為」は心による行為です。
(身・口・意)の三つの悪い行為を、生前に行なった者が落ちる事になっている
のが「地獄の世界」なのです。
*(身・口・意)の三業とは
1)身:身体でする行為。
2)口:言葉でする行為。
3)意:心でする行為。
身体や言葉による行為に対しては、人間世界では、何らかの罰則や報復を受
けるのですでに「因果」が済んでしまっている分けです。それに対して、心の中で
した行為に対しては、それが態度に表れていない限り現実には何も影響を受け
ていないのですから、まだ「果」としては終わってない事になります。
そうすると、一生の間に行なった全ての行為の中で、まだこの世で結果を受けて
ないものが積み重なって、次の世界に生まれる原因となってしまうのです。
ここに輪廻の原因としての「業」の問題が出てくるのです。最も重要な「業」こそが、
この世でまだ「果」を受けていなかった行為なのです。
*「因果」とは、全ての結果は何らかの原因があって起こること。原因なくして
結果はありえない。
●「餓鬼道」に落ちる原因
「物を惜しんでむさぼった者と他人をねたんだ者」
貪りの心を持って、自分だけが得をしたり、他人に迷惑を掛けたり、自分だ
けが美味い物を食べたりした者がこの餓鬼道に落ちる事になる。
「餓鬼道」に落ちた罪人が受ける苦しみは、食べる事も飲む事も出来ない苦
るしみです。この世界に於いては、人間が飲食の対象には出来ないような物
を食べたり飲んだりして、命をやっと繋いでいると言う。(吐物・線香臭・墓
に掛けられた水・仏前のお供え物・朝露・糞尿・涙・膿血など)。
墓前や仏前に供えた食料や水は、この世界に落ちた者達への供養であると言
われている。「施餓鬼」「施餓鬼会」の仏教の行事。
●「畜生道」に落ちる原因
人間が直接接する事の出来る世界で、「愚かで反省する心無く、周囲から施し
を受けながらも、その施しに対し何のお返しもしなかった者」。
畜生道に落ちる根本の原因こそが「食べる事と生殖する事以外の、いかなる行為も
しなかった者」と言うことなのです。人間として生まれながら、これらの行為しか
やらなかったとしたならば、その報いとして次の世界では畜生の一種として生まれ
なければならない事になる。常に弱肉強食に苦しみ、人間に殺されたりする人間界
と畜生界の決定的な差は、寿命の長さなのです。即ち人間として生まれた者は、
長く生きても百年と言うところですが、一旦畜生の世界に生まれてしまうと、地獄
よりも長い間この世界にとどまらなければならないと言う。
畜生の寿命も決して長い分けではないが、おそらく輪廻を繰り返す期間が極めて長
いと言うことであろう。その理由は、一旦畜生として生まれてしまうと、食う事と
生殖する事だけで一生を終える事になので、次世において、それ以上の世界に生ま
れるための「善業」を積むことが出来なくなるからで、何時まで経っても畜生の世界
に生まれ変わり、死に変って行かざる得ない事になってしまうと言う。