分子栄養学講師の気ままなブログ

メンタルを変えるために奮闘!
栄養のこと、健康のこと、分子栄養学や日常やつぶやきなど
気ままに綴っています

最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ④

2018年08月02日 | 心・メンタル

前回は、最先端の認知行動療法は行動分析の技法も認知療法による技法も、

その両方をカバー出来ちゃう優れものであるということについて書いてきました

 

最先端認知行動療法において、わたしの中にあった確固なる信念(時には歪んだ信念・)の、その内容が重要だとは考えていない

ということが少し分かって頂けたかと思います

 

だからべつに、その内容を無理に変えようっていうんではないんですね 

ただ、変えようとする必要はなくとも、考えの幅を広げることは出来ます

 

PCで例えるならば、

(今回はこのプログラミングを組んでいるから、出力がこういう結果になったのだな…うむうむ…)

(じゃあ、このプログラミングにしたら今度はどうなるだろう?ちょいと試してみようかね)

となるわけです

 

プログラマーですから、プログラミングの組み方は自由自在です

別に、そのプログラミングが悪い無くせとは言わないんです

 

(あなたにとってそのプログラミングは大のお気に入りだということは、重々承知している

 

だからそのプログラミング、それはそれで別に構わないけど、

他のプログラミングもあるわよと言うことです

 

ちょっと考えてもみてください

信念によって、プログラミングによって、出力結果はいくらでも変わるというのに、

果たしてその結果に執着する必要ってあるのでしょうか?

(沢山のプログラミングを持ち、沢山の情報処理に対応出来るプログラマーの方が優秀に決まってます)

 

確かに、自分の中に様々な確固たる信念やルールがあるかもしれませんが、

その信念は都度同じとは限らないし、変えたって別にいいわけです

 

そのプログラミングに執着する必要なんてないし、そんなプログラマーは時代に乗り遅れてしまうことでしょう

(そのプログラミング、もう時代遅れだよ、古いよ、いつまでそのプログラミング使ってんのってね…)

 

プログラマーは様々なケースによってプログラミングを変え、色々試してみることでしょうが、

その時はいたって冷静です

 

なぜならば、自分の開発した、設定したプログラミングの全体像がいつも分かっているからです

どこをどういじればいいのかも大概は分かっています

 

数学も、方程式が分かっていないとお話になりませんよね

逆に方程式をしっかりマスターしていれば、テストで沢山の問題が出ようとも、そんなに焦ることもないでしょう

 

 わたしたち人間のなかで湧いては消える様々な感情や思考ってやつが、

ただ、それぞれのその時その瞬間のPC(脳)のプログラミングによる出力結果であることが分かれば、

いちいちそれに飲み込まれたり、振り回されたりはしなくなります

 

出力結果を無くすことは出来ないですから、もちろん感情や思考がなくなるということもありません

いちいち出力結果に振り回されないということです

 

A→B→C

Bを変えると、おのずとCは変わります

 

どれが正しい、間違っているということではありません

沢山のBやCが存在し、その組み合わせも無数に存在し、それぞれの方程式がある…

ただそれだけのことです

 

プログラマーはBをいじりますが、

 それが出来るようになるには、全体のプロセス、つまり全体の図式が見えないことには無理です

 

これまでは出力結果にしか目が向いておらず、プログラミングがどう組まれているのか?ということにすら気づいていませんでした、、が

プログラマーが自分であり、プログラミングは自由自在なのだと気づけば、色々なプログラミングを試してみればいいのです

 

 出力プロセスの図式が分かるようになるには、常に自分を客観視する姿勢が大切であることが分かると思います

みなプログラマーにならなくてはなりません

 

そして、たまには自分のなかのルールを変えてみたり、違う角度や視点から物事を考えてみる

考えの幅を広げる

沢山の考えを持つことが出来るよう意識する(つまりは考えの幅を広げる)こと、これが大切です

 

これはまさにプログラミングをいじるプログラマーの仕事です

 

今自分が何を思っていて、何に不快を感じているのか、

その都度その都度、自分の考えや思考や感情に意識的に気付けるようになること

 これこそが、周りの状況や出来事によって都度沸き上がる様々な感情や思考に振り回されずに、セルフコントロール出来る術なのです

 これが最先端の認知行動療法で行わている介入、技法です

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最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ③

2018年08月01日 | 心・メンタル

最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶシリーズ

そろそろ最終章に突入です

 

最先端の認知行動療法が凄いところは、

全く違うこの両者(行動分析と認知療法)のABC分析の、その両方をカバー出来てしまうところにあります

(前回👉最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ②の最後で、これを画期的な温冷風機に例えました

 

これまでは行動分析のABC分析と、認知療法のABC分析、

それぞれをABC分析する必要があったのに対して、

最先端の認知行動療法に関しては、それぞれ別個に分析する必要はありません

(もちろんした方が良い場合もあります

 

ちなみに、認知療法のABC分析を行う目的は、その”偏った信念”や”思い込み”を変えていこう、変容させていこう

という考えを基にアプローチされています

 

その一方で、最先端の認知行動療法では、わたしが何を考え、何を思って、どんな信念を持っていたのか…

という、その細かな内容については、実はそれほど重要ではないと考えます

つまり、変容は必須ではないという考えなのです

 

何故なら、所詮それらの思考や考えというのは、

常に湧いては消えるただの産物にすぎず、流れゆくものに過ぎない、幻想に過ぎないという考えだからです

 

それに、そもそも湧いては消える”思考”、”考え”というものは、

早々簡単になくなるもんじゃないし、《三つ子の魂百までと言う言葉があるくらいです…

変えるなんてことは、そんなに簡単なことではないからです

 

なので、その情報プロセスを変えていくというよりも、そういう信念があってそれを基に情報プロセスが行われている

ということにただ気付くだけでいいのです

 

私の今回の例で言えば、、

出る杭は打たれる、嫌われものの私には価値がない的な、そんな信念があり、(もちろん、これ以外にも沢山の信念があります)

それによって、偽りの回答をして人に白い目で見られないようにしたりという行動が引き起こされていましたが、

 

それら信念を変える!とかって言う事ではなく、

ただ単に、わたしの中にそういう信念があって、それによって思考感情を湧き上がらせ、行動が引き起こさていた

このプロセスに気付けるようになるだけでいいのです

 

そのことに気付くと、

これまでは出力結果にしか焦点が合っていなかったものが、この出力結果は、こういうプロセスによって引き起こされているのだな

と、全体の図式、全体像が浮き上がってくるのです

 

PCで例えるならば、

(今回はこのプログラミングを組んでいるから、出力がこういう結果になったのだな…うむうむ…)

と、プログラマーのように冷静に判断できるというわけです

 

(プログラマーはまさにわたしたちひとりひとり、人間のことであり、

プログラマーがいじるPCというのがわたしたち人間のであることは言うまでもありません)

 

見るのは出力結果ではなく、全体のプロセスです

すると、

本音を言って冷ややかな目で見られようとも、

偽りの回答をして、相手をその気にさせようろも、笑

 

別にどっちでもいいのです

どっちに転がろうとも、わたしはそのプロセスにしか注意を向けないからです

 

これにより、これまで”冷ややかな目で見られるという不快からの回避”という機能・役割を持っていた、

偽りの回答をするという行動は、

別にその機能を持たなくなってしまいます

 

最先端の認知行動療法が、

”機能そのものを変えてしまう”というのは、こういうことなのです…

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最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ②

2018年07月31日 | 心・メンタル

今日も引き続き最先端の認知行動療法のINDIGO塾的和訳です

最先端の認知行動療法ではどんなことをしているのか?ということを何となくでも理解してもらえたらと思います


前回の最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ①の記事のなかでは、

わたしの行動変容の過程を書いてきました


”偽りの回答をする”という行動から、”本音を言う”という行動に変わって来ている!ということについて書き、

最先端の認知行動療法を身に付けることで”まあいっか”と思えるようになってきた

そしてなぜそれが可能になったのかについて、

今日は解説していきます

 

前々回の記事マーガレットサッチャー?鉄仮面の女Lisaから学ぶ認知行動療法

の記事のなかでは、私の行動をABC分析にかけてきましたが

 

行動分析のABC分析では、

不快なし👉本音を言うという行動👉不快あり

不快あり👉偽りの回答をするという行動👉不快なし

という図式が成立していました


今回は、上記の行動分析によるABC分析ではなくって、

認知療法の視点から検証していこうと思います

 

認知行動療法のなかには様々な流派(?)があり、徹底的行動主義と言われる”行動”に焦点を当てたものと、

人の心、何を考え、何を思っているのかなどの、心の内面に焦点を当てる”認知”的なものに分かれているんです

(ややこしいのです…


目に見える行動と、目には見えない人の内面で起きている事

それぞれ対象にしているものが相反し、全く違う!!ということが、認知行動療法の中には共存しているわけです


そして今日は、

目には見えない内面的なものを扱う、認知療法的なABC分析を行っていきます


以前に書いた行動療法のABC分析とは打って変わって、認知療法的なABC分析にかけると、

行動分析のABC分析とは全く別の見方が出来ることに驚きます


本当のわたしを相手にみせる(自己開示をする)👉出る杭は打たれる(というわたしの中にある考えや確固たる信念)👉自己開示するべきではない

人と違うといじめに遭ったり、集団からあぶれてしまうというわたしのなかの考えが、”自己開示しない”という結果に繋がっている…

分析の結果、そう考えることが出来きたとしましょう

この認知療法的なABC分析が、行動分析で行われていたABC分析とはまるで違うものであることに驚くと思います

 

認知療法のABC分析は情報処理理論とも言われています

なぜ情報処理理論と言われるのか言えば、

認知療法においては人の感情や思考をコンピューターの情報処理システムになぞって考えられているからです

 

ある情報の入力👉コンピューター(PC)の情報処理機能👉出力

パソコンの情報処理は、このような図式で成立していますよね←専門用語で言えば、プログラミングって言われるやつのことですね

 

これになぞらえて、

出来事👉信念、自分のなかにある考え👉結果(感情や思考)

 

例を挙げると、

会議でのプレゼンを頼まれた👉また失敗して恥を書く…私にできるわけがない👉憂鬱、不安、心配。恐怖に四六時中捉われる

 

この人の頭の中には、

自分は何をやっても失敗する

わたしはダメ人間


このような、思い込みや信念が存在し、それがプログラミングとして組まれている様子が伺えます…

たとえ他の情報が入ってきても、このプログラミングを基に全ての情報処理のプロセスが行われ、結果が出力されていくわけです

(このPCは果たして正常と言えるでしょうか?)

 

”偽りの回答をする”というわたしの行動は、目には見えない内面的なところでは、出る杭は打たれる

(集団からはぶかれていじめられる、学校や職場に居づらくなるなどなど)といった、

わたしの中にあった勝手な(思い込みによる)信念が支えていた

このようにも言えるのです

 

そして、

”出る杭は打たれる”が何故いけないのか?

なぜ集団から浮いたらだめなのか?

と自分にどんどん問いただしていくと…

”みんなと違うわたしは価値のない人間だから”などといった、もっと奥深くに隠れている信念にぶち当たることになります

 

この信念によって、わたしはありとあらゆる行動を学習してきました

(この信念こそ、プログラミングの大本になっています)

価値のない人間に思われてしまわないように人に合わせたり、人に嫌われてしまわないように気を使って優しくしたり…

 

わたしが学習してきてしまったそれらの行動というのは、

嫌われたらお終いだ、わたしには価値がない

そういった情報処理のシステムに常に支えていたとも言えると思います

 

プログラミングに不具合、異常があれば、常に出力(結果)は間違ったものが出てきてしまうことでしょう

(それを時に人はうつ・不安障害などと名付けるのでしょう…)

 

さて、これで行動分析によるABC分析と、認知療法の情報プロセスによるABC分析

両方が出揃いました

 

行動分析では基本的に行動しか扱いませんので、わたしの心の中にある考えまでは介入できません

つまり、行動分析は内面で起きている心の問題まではカバー出来ないというデメリットがありますが、

認知療法では目には見えない内生的な心の中の問題を扱っていることが分かると思います

 

では、認知療法の方が万能なのかと言うと、決してそんなこともなく、

行動分析をしてみたうえで、行動から変える試みを行った方が良い場合もあります

 

少々やっかいなのが、

行動分析で使われるABC分析と、認知療法で使われるABC分析は全く視点が別であるということ

(内面で起きていることと、目に見える行動という全く別の視点)

にも関わらず、なぜが名前が同じABC分析となずけられているのです

 

どっちが自分に合っていて、問題行動や鬱などの悩みを解消するために認知療法を学べばいいのか、それとも行動分析を基に介入していけばいいのか?

どっちが役立つかは、まったくもってケースバイケースであり、それを探っていては回復までに時間が掛かってしまいます

 

そこで手っ取り早く改善効果を出してくれちゃうのが、最先端の認知行動療法になるわけです

 

分かりやすく例えると、これまで冬場はストーブ、夏場は扇風機と、

それぞれ季節によって使い分けが必要で、収納場所もとるし、手入れも大変だった

そんな中、1台で温風も冷風も出せちゃう優れものの1台が誕生したとしたら、大助かりであり、まさに目から鱗ですよね

 

これまでの認知行動療法の世界に、一石を投じることになったのがの今流行りつつある最先端の認知行動療法なのです

 

つづく

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最先端の認知行動療法をINDIGO塾的に学ぶ①

2018年07月30日 | 心・メンタル

さて、今日は、前回に引き続き行動分析の話題

 

前回は私の行動をABC分析にかけることで、

なぜ、偽りの回答をするという行動が学習されてしまったのかが分かりました

 

けれど、最近は少し変わってきた!!という面白い現象についても最後の方で少し触れました

 

鉄仮面のように固く分厚い鎧のような仮面を身に付け、決して自己開示しなかったわたしが、

本音を言えば”不快あり”という状況が起こってしまうさなか、それでも最近は本音を言うという行動が引き起こされるようになってきた…

そんなまか不思議な現象

 

そして、その理由については、

最先端の認知行動療法を身に付けてきたから

とお伝えしました

 

なんたって、最先端です!

旧型とは訳が違う、進化バージョンです

(医学でも家電でも、なんでもそうだけど、世の中は次から次へと今あるものを更に進化させて、良いものを追求、発展させていく…人間のその向上心と貪欲さって本当に素晴らしいですね

 

なぜ、行動療法でもなく、認知行動療法でもなく、*最先端の認知行動療法を身に付けたことで、変わったのか…?

*最先端の認知行動療法とは、マインドフルネスやメタ認知療法、ACTと言われるアクセプタンス&コミットメントセラピーなどを含む心理療法のことです

 

最先端の認知行動療法は主にアメリカやイギリスから広がってきているため、

翻訳者のニュアンス、言い回しによって、開発者が本当に言わんとしていることを理解するのが少々難関だったりします

 

和訳された書籍を読んでもいまいちピンと来ない…

結局最先端の認知行動療法ってなんのこっちゃ?という

そんな人のためにも

INDIGO塾的和訳で解説を試みたいと思います

興味のない人にはまったくもってワケワカメな内容になってしまうと思います

 

 前回、”ABC分析は機能分析とも言う”と書きましたが、

わたしにとって、偽りの回答をするという行動は、

冷ややかな目で見られるなどの”不快から逃れる”という機能・役割を持っていたんでした

 

人は自分でもなかなか意識していないものですが、

自分が何気な~く引き起こしているあらゆる行動には、機能・役割がある!

だからその行動が引き起こされているのだ!と考えるのが行動療法の考えです

 

(例えば、相手に「おはようと言う行動は、相手かも「おはようと言い返してもらえるという、一種のコミュニケーションツールという機能・役割を持っていると言えます)

 

いじめられるか?

はぶかれるか?

仲間はずれにされるか?

集団からはみ出るか?

変な子変わった子…と、陰口を囁かれるか?

 

そんなわたしにとっては生きるか死ぬかの死活問題が勃発しだし兼ねない状況下において、

”偽りの回答をする”という行動は、

私にとっとは不快極まりないであろうこれらの状況から回避する、逃れるための重要な役割・機能として大きな意味を持ってることが分かると思います

 

後々説明しますが、この状況は、わたしの中にある間違った情報処理のプロセスによって生じていることが分かると思います

人によっては、”これのどこが死活問題なわけ?”と思う人もいるわけです…

人の心になかにある考え方、物事の捉え方というのは千差万別であり、情報処理のプロセスが違うのです…(それはまた後日)

 

さて、ではここで、最先端の認知行動療法がなぜ凄いのか??ということについて

 

その秘密は、実は最先端の認知行動療法は、臨床の現場でこれまで行われてきた行動療法や認知行動療法では扱っていなかった、ある別のことをしているんです!!

ここポイントです

 

その別の事とは…、

行動には何らかの機能や役割があると言いましたが、

行動分析で考えられているABC分析の”機能・役割そのものに働きかける”という試みが行われる!というところです

 

 これは、従来の行動療法、認知行動療法では行われていなかった、最先端の認知行動療法ならではの発想です

というか、むしろ仰天であり目から鱗の発想と言えるかもしれません

 

(これにより、従来の行動療法や認知行動療法をいくら治療しようどもしようども回復しなかった人が、徐々に良くなっていったケースも多数あり

最先端の認知行動療法の発展により、治療体系の幅が広がったことは間違いないようです)

 

”機能・役割そのものに働きかける”という試みを行う最先端の認知行動療法を身に付けていくことで、

結果的に、わたしはこの機能(不快から逃れるという機能)を変えることに至った…

 

”冷ややかな目”という不快から逃れるための機能を持っていたその行動は、今のわたしにとっては意味を持たなくなってきたのです

 

???

ん?

 

どういうことがよく分かりませんね

 

簡単に言うと、

冷ややかな目で見られるという不快から逃れるために機能していたその働きは、

最先端の認知行動療法を身に付けることによってその効果・効力を失ったわけです

 

つまりは、冷ややかな目で見られるという不快から”逃れられなくなる”っていうことになりますね…

 じゃあその効果・効力失ったら困るじゃん?

 

と思われてしまうかもしれませんが、失ってもたいして困らない…

だからこそ、、効果が弱まっていったのです

でなければ、その行動を起こさなくすることは出来ません…

 

あるとき偶然乗った戦車で、一目ぼれしたイケメンズ

彼が毎朝乗っている時刻の電車に乗るために、大嫌いな早起きを頑張ってしちゃったりして、密かに同じ電車に乗って彼を眺めていたのに

 

ある時からその時刻の電車に乗っても意中の彼を見つけられないことになったら、

数か月もすればその時刻の電車に乗ろうとする行動は起きなくなっていきますね

彼と同じ電車に乗るという行動は、好きな彼に会えるという機能をもっていたのです

 

これと同じように(同じではないけど…笑)

冷ややかな目で見られるという不快からの回避、

または集団から浮かないというメリットなどの機能を持っていた、”偽りの回答をする”というわたしの行動は、

その行動をとることで得られていた機能が意味をなさなくなることで、消失していったのです

 

わたしのそれを可能にしたのは、

冷ややかな目で見られてもまあ別にいっか、

仲間外れにされたらされたでまあいっか、

別に場が盛り上がらなくても、シラケても、まあいっか、

などなど

 

わたしの考えの幅が広がったことを意味しています

 

 これが、最先端の認知行動療法の効能であり、凄いところなのです

 

なぜ”それ”(この場合は、まあいっか)が可能になったのか?

続きは次回に書いていきたいと思います

 

つづく

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マーガレットサッチャー?鉄仮面の女Lisaから学ぶ認知行動療法

2018年07月29日 | 心・メンタル

昨日はわたしは人生損しているのか…?というアスペ女子なわたしのつぶやき記事を書きました

 

ちょっと変わり者な私の価値観や考えを、

珍しく自己開示しながら本音で相手に伝えてみると…

まあたいていの場合は、相手から共感されない、話が盛り上がらない

となるわけです

 

そこで私は”偽りの回答をする”という癖を自然と身に付けていくことになりました

それがあらゆるところでわたしが周り・集団から”浮かない”ための、唯一の手段だと思っていたのです

(←その通りだと思います)

 

偽りの回答、思ってもいない模範解答(笑)を口にするという学習が身についてしまったわけですね

 

自然と学習をする…

これって、ありとあらゆる動物が自分を守ったり、生き抜いていくために、この”学習性””ってやつが本能としてもともと備わっているかのように思えます

芸を覚えたイルカは水族館のイルカショーで観客の歓声を浴びます

”お手”を覚えたわんこは”お手”と言えば条件反射のようにお手をしまくってくれちゃいます

 

さて、そこで今日は

わたしが身に付けてきてしまったこの行動を、行動分析学に習って検証してみたいと思います

 

行動分析をする上で最も重要なのはABC分析(または行動随伴性や機能分析と言われる)です

 

A👉B👉C

この流れを観察することから、ABC分析と言われています

 

A、行動を起こす直前の状況

B、どんな行動?

C、結果直後に起きた状況の変化(その行動をとることによってどんなことが起こったか?、行動を起こしたことによって起きた変化)

 

ABC分析にかけることは、どんな状況変化が起きているのかをじっくり観察することでもあります

 

では早速、わたしの”偽りの回答をする”という行動をABC分析にかけるとどうなるか?

 

A(直前)不快なし

B(行動)本音を言うという行動

C(結果・直後)不快あり ←相手からドン引き、もしくは冷ややかな目で見られる、または話が盛り上がらない、最悪は”はぶかれていじめにあう”という不快

 

不快が生じては困るので、当然この《本音を言うという行動は生じ難くなると言えると思います

一方、上記の経験をしたわたしは、不快から解消されるために、別の行動を身に付けることになるわけです

 

A(直前)冷ややかな目で見られるという不快あり

B(行動)偽りの回答、模範解答の発言をするという行動

C(結果・直後)不快なし

 

こちらを学習します

本音を言うという行動が、偽りの回答をするという行動にとって変わっていますね

 

この、偽りの回答をするという行動は、直前の不快ありという状況から解放される、不快から逃れられる、もしくは不快が生じない

そんな機能を持っていることになります←ABC分析が、機能分析と言われるのはそのためです

その行動には、なんらかの役割・機能があると考えるのが行動分析学なのです

 

不快から逃れる!!という術を新たに学習したわたし

当然前者の《本音を言うという行動はみるみる減り、

その代わりに《偽りの回答をするという行動はどんどん強化されていきます

 

そうしてわたしは偽りの自分…

まるで鉄仮面でも被っているかのような、

わたしの本心とは違う、まったく別のLisaという人物が創り上げられてきてしまったわけですね

 

昔、付き合っていた彼氏がわたしの交友関係、人付き合いの仕方を長年みてきて、

「君は鉄仮面の女だ」

と笑ってわたしのことをよくからかっていましたが、まさにその通りです

 

この鉄仮面とは、彼が当時、メリルストリープ演じたマーガレットサッチャー鉄の女の涙という映画が流行っていたことを受けて、

わたしの”他人に決して心を開かない、自己開示しないところ”を重ね合わせて《仮面の女》と名付けたのですが(笑)

マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙 (字幕版)
アビ・モーガン
メーカー情報なし

 

それもそのはずです

幼いころから、偽りの回答をするという行動を身に付けてきてしまったのですから、

仮面を外せば痛い目に遭う

そう思っているなか、仮面を外せるわけがないわよね~これが最善なのよ~

そんな風にずっと思っていました(もちろん、最善な場合もありますが、行き過ぎると危険な場合もあります

 

このように、日常のなんてことない行動をABC分析、行動随伴性、機能分析にかけてみるとなかなか面白いものです

そして、さらに面白いことがあります

 

今現在のわたしは、《本音を言うという行動が引き起こされやすくなっているのです

 

《本音を言うという行動は、わたしにとって直後に”不快あり”という結果をもたらすものであったのにも関わらず、、、

《本音を言うという行動が生じるようになってきている

 

その理由…、それはなぜでしょうか?

 

その秘密は、わたしが従来の行動療法(認知行動療法)ではなくって、

最先端の認知行動療法を身に付けてきたから

そう言えると思います

 

これまでの行動療法では改善しなかった問題行動を抱える人たちにとって、さらに広い範囲で対応出来るようになった治療アプローチの仕方が、最先端の認知行動療法には含まれているのです

だからわたしは最先端の認知行動療法が世界を救う

本気でそう思っているのです

 

つづく

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