生きづらさと向き合い、生きづらさ改善の為に、わたしはあらゆることをしてきているにも関わらず、発達障害ゆえの症状と思われるものは、一向に無くなりはしていないし相変わらず顔は出す
そのように前回書きました
これだけやっても、わたしが持っている沢山の症状は、無くならないんです…
決して無くならないんだけど、やらなければ、わたしは昔のひどい状態のままだったと思います
昔に比べると、確実にマシにはなっています
そんなわたしが、最近感じることがあります
生まれつき・先天的と言われる発達障害
発達障害のその症状と向き合って生きるわたしの生き様が、まるでもぐら叩きゲームをしているかのようだと…
そう感じることがよくあります
ゲームセンターでよく昔遊んだもぐらたたきゲーム知っています??
ランダムにモグラが穴から飛び出してきて、それをプレーヤがバッド(?)ハンマー(?)のような物を手に持って、そのバッドでモグラ叩いて退治をするゲームの、あれです
昔のわたしは、モグラ(発達障害の症状)が出てきても、対処の仕方も分からずに、ただひたすらにモグラと接触しないように避けて、モグラが飛び出てきたらもうパニック!
《痛いっ!ぶつかる!逃げなきゃー!》
と、、一生懸命モグラに当たらないように、脇を逃げ回っていた感じです
何故モグラが出てくるのかも分からなかったし、いつ出てくる かも分からないモグラに、毎日恐怖でした
今は、バットを手に持ち、モグラが出てきたら、それを手に持っているバッドで頑張って「えいっ!!」叩き潰すって感じ…
もちろん、モグラが発達障害の症状で、バッドは発達障害の症状を軽減させるためにわたしが身に着けた技法たちのことを意味しています
でもね。。
モグラは相変わらず飛び出してくるんです
モグラ叩きゲームは終わらないんです
モグラが出てこなくなることは、たぶんないと思います…
モグラが出てくる頻度や、モグラの数は少し減ったということもあるかもしれない
けれど、わたしが脳器質障がい、発達障害というものをもし持って生まれてきているのならば、モグラ叩きのゲームのスイッチが永遠にオフになるということはどうやらないということを感じています
(発達障害は"完治する”と言うものではないから…)
恐らく、わたしが生きている限り、死ぬまでモグラ叩きゲームのスイッチはオンなのです
スイッチがオフになる時は、きっとわたしが死ぬときかな
けれど、スイッチがオンだからと言って、モグラがいつも出てくるわけではない
状況や環境によって、モグラ叩きに忙しくなることもあるけれど、出てこない時だってある
スイッチはオフにはならないし、症状はなくならないけれども、、でも、今のわたしにはバッドという武器がある
この違いって、すごく大きいです
出てきたモグラが何が何だか分からずに、武器も持たずに恐怖と不安に追われ逃げ回っていた頃…
今は、自分はモグラ叩きゲームをしている!わたしはモグラ叩きをしなくてはいけない!!そんな自分の状態、自分の置かれている状況を、自分でしっかり把握しているし、
モグラを叩くアイテムだっていくつか持っているのです
時々、みんなと同じようになれない自分、モグラ叩きをしなくてはならないそんな生きづらい自分に嫌気がさし、自分に疲れてモグラを叩くのも嫌になってしまうようなこともあります
わたしもモグラ叩きをしなくていいようだったら、どんなに良かっただろうか…でも、そんな事を思っていたら、わたしの存在そのものを否定することになってしまいますもう生まれちゃったし
相変わらずわたしにはまだ人が怖いという感情は湧いて出るし、
パニックになるし、
興味のない話題で人に話しかけられるのは苦手だし、何を話したらいいのか分からないないし、
そんな会話はやっぱり過剰に緊張するし、
人の顔色や言動に敏感だし、
すごく神経質だし、
多くのこと同時にするのは苦手だし、それを求められる環境にいると尋常でないストレスを感じるし、
自分が集中している時に何か邪魔が入ると本当にイライラするし、
気を付けていないと一点をジーッと見つめて無表情になるし、
気をつけていないと妄想と空想で頭の中で常に何か考え事でいっぱいになり、不注意が目立つ し、、、
と、まだまだ書ききれないくらい、沢山のモグラが出てきて、そのモグラをいつも頑張って叩いている
自分に合った環境に身を置けるようになれば、もっとモグラが顔を出す回数は減ると思います
発達障害は凸凹障害です
自分の凸の部分を最大に活かせる環境、活かす環境にあえて身を置き、凹が出やすい環境からは徹底して身を遠ざけること
自分に合った世界で生きることは、発達障害という特性をもって生まれてきた人たちが、自分の力で自立して幸せに生きる為の絶対条件だと思います
自分の凹が出やすい環境にいては、いくらバッドを持って挑んでも、モグラは必ずしょっちゅう顔を出すからです
モグラ叩きに必死になり、もがいていては、いくら何でもプレーヤだって心底疲れてしまいます
モグラ叩きを極力しないで済むような環境に身を置くこと、自分にあった環境設定を自分で選択し、変えていくことは本当に大切なことです
発達障害は決して”治らない”かもしれない
治らない…、治らないから何もしないのか?
治りはしないが、定説な取り組みで改善の余地は大きくある
だからこそわたしは取り組んでいるし、前回の記事でも書いた、生きづらさ軽減のためのこういった取り組みそのものが、今ではわたしの生きる道、人生そのものになってしまいました
けれど、わたしの幸せの価値観や感覚は、少しみんなとはズレているから、、それはそれでよかったのかもしれません
この生きづらさ、症状をいかに出ないようにして、脳器質・発達障害というものを隣り合わせにおいて生きていくか?
これが今のわたしの人生のテーマです
生きづらさを感じて生きている人たちへ
生きづらさ、脳器質としてもってしまっている症状は、決してなくなりはしないかもしれない
けれど、何か行動を起こして、自分にあった環境設定を変えていくことで、大幅にその生きづらさを改善させていくことは可能です
だから生きづらさにどうか負けないでねって、、言いたいです
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