はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 太陽の章 その107 回想 その2

2023年04月09日 09時48分40秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
夜の女たちはみな無防備で、外見こそ少女のようで美しい「客」によろこんでついてきた。
そして、あっさりとその手にかかり、あきれるほどあっさりと切り裂かれた。
劉琮も最初のうちは、おぞましさと罪悪感に震えたが、三人を切り裂いたあたりから、それすらもあまり感じなくなっていった。
それよりも、伯姫が喜んでくれることがうれしかった。
「ぼうや、えらいわね、わたしのぼうや。わたしが見込んだだけのことはある」


なにをどう見込まれたのか、それを深く考える暇もなかった。
だんだん劉琮は伯姫のためだけではなく、自分のために、女たちを切り裂くようになっていた。
女たちを狩る。
その狂った楽しみは、やがて夜の女だけではなく、夕暮れにひとりでいた市井の女たちにも含まれるようになった。
その女たちに、道を聞くふりなどをして近づいて、刃で脅して路地に連れ込み、あとはぞんぶんに仕事をする。
劉琮にとって、「殺し」は仕事だった。
母に等しい伯姫を喜ばせるための重要な奉仕であり、自分の心のなかの「母」を復活させるための仕事だったのだ。
そのあたりの狂った理屈は、やがて許昌を出て襄陽に帰ったあとも、だれにも理解されなかった。


義兄の花安英は、理性を棄てた義弟のことを嘆いた。
しかし、かれもまた、父と母を深く恨んでいたから、狂った義弟をかばい、かれの戦利品である女たちの衣服を地下室に隠すのを手伝ってくれた。
さらには、五体をばらばらにされた女たちの姿と、五体をばらばらにされた蚩尤神の姿を重ね合わせ、劉琮が奇妙な想像力で、「母」のための…伯姫のための儀式をはじめたときも、何も言わなかった。
花安英も泣いてはくれたが、しかし、その涙にまごころがあることに、さいごまで劉琮は気づかない。
花安英は聡すぎて、さらには劉琮から見れば、まともすぎたのだ。


伯姫のところへ帰りたいと、いま、劉琮は思っている。
趙雲に襄陽城で倒され、そのご、潘季鵬にたすけられて、いままで隠れていた。
潘季鵬はそもそも、劉琮を伯姫に紹介した男だ。
すべての事情をよく知っている。
劉琮は、よく働いてくれたしもべの死を目の前にして、許都にいるはずの伯姫が遠くなってしまったことを感じていた。
潘季鵬が、自分を汚らわしいものを見る目で見ていたことすら、気づいていない。
狂気の権化のようなおとこにすら、劉琮は軽蔑されていた。
そして、使役されていたのが自分のほうだと、劉琮は気づいてすらいない。


伯姫は言っていた。
「勇敢なわたしのぼうや。ぼうやになら、天下を任せられる。
あなたがこの国を治めるのよ。
董卓が穢し、そして虫けらたちが蛆のように食い荒らしたこの聖なる国を、あなたが立て直すの。
きっとまた許昌へいらっしゃい。
そしたら、わたしがあなたを皇帝にしてあげる。
曹操はわたしの持ち駒にすぎないわ。何も心配はいらない。
愛するわたしのぼうや、そのときを楽しみにしてらっしゃい」
伯姫はそのとき、正気だったのだろうか。
伯姫が、ときどきなにかから逃げようとするように、浴びるほど酒を飲む悪癖を持っていることは、劉琮は見て見ぬふりをした。
まさか、愛する女が、あの憎むべき肉塊・劉表とおなじ癖を持っているはずがない。
そう思い込んだのだ。


潘季鵬は、「無名」がどうとか、小難しいことをいろいろ言っていた。
だが、劉琮からすれば、伯姫のために生きられれば良かった。
新野で娼妓を狩ったのも、潘季鵬に「新野の治安を乱せ」と言われたはずなのに、かれの頭の中では、伯姫にささげる肝を得るための「仕事」の腕を落とさないようにするために変わっている。
狂っているのは世界のほうで、あくまで自分のほうではない。


清浄な世界にいたわけではない。
守られた子供でもなかった。
だからこそ、自分には刃をふるう権利がある。
そんな飛躍した怒りをたぎらせて、劉琮は隠れていた牛車から、剣をたずさえて外に出た。
狙うは自分に屈辱を味合わせ、伯姫との忠実な連絡役であった潘季鵬を殺した、趙子龍。


その趙子龍は、まだこちらに気づていない。
片手には子供を抱えていて、もう片方にも、子供がぴったりとくっついている。
そして、かれのすぐそばには、諸葛孔明の姿もあった。
もうすべてが終わったと思っている、あきれるほどの無防備な背中。
このわたしを不遜にも殺そうとした、この男だけは許せない。
劉琮は両手でぐっと剣の柄をにぎり、そして、ちょうどその背中の肝のある部分に向けて、まっすぐ刃を向け、突き進んだ。


つづく

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桜がきれいに咲いていますが、今日は風が強いので、だいぶ散ってしまうかなー?
季節が過ぎるのは早いですねえ…
東北の一部では今日は雪すら降ると、昨日の天気予報でいっていましたが、さて?
みなさま、ご自愛くださいませ。

臥龍的陣 太陽の章 106 回想 その1

2023年04月08日 10時05分26秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章



欲望のために生れ落ち、欲望のために育てられ、そして欲望のために人生を消耗させられた。
文武両道の、高貴な少年。
将来を約束された、策士の傀儡。
これほど息苦しい人生であることを、だれも理解してはくれないと思っていた。


父と呼んでいた肉塊が、酒と五石散の中毒により襲い掛かってきたときの絶望。
その直後に、実父かもしれない男は、泣く自分に、
「未遂であったのだから、ましであろうが」
と吐き捨てた。
母も見て見ぬふり。
だれもわかってくれない、助けてくれない。


義理の兄であるという花安英とて、誇り高い劉琮の絶望をいやす存在にはならなかった。
たしかに同情し、なにかと面倒をみてくれた。
だが、劉琮からすれば、それはあたりまえなのだ。
自分は皇室の血を引いている人間なのだし、だれもがみな、自分に|傅《かしづ》いてあたりまえ。
むしろ、劉琮自身が劉表の子ではないとにおわせてくる花安英は、うとましかった。


生気を失くし、死すら意識しているなか、さすがに『駒』には生きていてもらわねばと蔡瑁は思ったのか。
劉琮を許昌に派遣することをとつぜんに決めた。
表向きは、帝への表敬訪問。
しかし実際は、欲望の肉塊となりはてた「父」に、ふたたび襲われるのではと怯える少年に、気晴らしをさせるためであった。


そして、劉琮はそこで、出会う。
おのれの真の理解者に。
実の母よりも、母と呼ぶにふさわしいひとに。


帝の血縁であることを称するその女は、姓を劉、名を雅といった。
あざなを伯姫。
穏やかな木漏れ日を思わせる優し気な雰囲気の女性だった。
なによりその憂いを含んだ目。
その吸い込まれるような悲しみに満ちた目をみたとき、このひとは、わたしと同じ目に遭ってきたひとだと、劉琮はすぐにわかった。
さらに、どう見ても十代後半に見えるのに、よくよく聞いてみればもう三十路だということに仰天した。


伯姫は自分のことは何も語ろうとしなかったが、劉琮の話はなんでもよく聞いた。
そのたおやかな白い手でくるまれると、劉琮は自分の恥でもなんでも、すなおに話した。
おなじ王室の血を引く女だという思いも、片隅にあった。


それまで劉琮は、これほど理解しづらい話を、家族以外の人間が理解できなかろうと思い込んでいた。
息子を欲望のはけ口としてあつかおうとする「父」。
それを利用し、おのが野望を果たそうとする「実父かもしれない叔父」。
両者とたくみにわたり合い、息子すら供物にして男に貢ごうとする「母」。
さらには、同情たっぷりに接してくるかえってうざったい「義兄」の存在。
こんな連中に囲まれている自分の鬱屈を理解できる人間は、この世にいないだろうと思っていたのだ。


ところが伯姫はちがった。
かわいそうに、苦労したのね。
そう言って、劉琮を麝香の香りのするからだで、やさしく抱きしめてくれた。
打算もなく、いつわりもなく、恩着せがましさもない。
伯姫はほんとうに、劉琮のために嘆き、そしてほんとうに、泣いてくれた。


この世に理解者がいるのだ。
それがわかっただけで、劉琮はこの先、このひとのために生きていけると思った。
年の差は関係なかった。
劉琮は許都滞在するあいだ、伯姫とかたときも離れなかった。
ひとにこころから甘えられる、その甘美さと、安堵感。
それにすっかり酔っていた。


だから、伯姫がこう言いだしたときも、何の疑惑ももたなかった。
「ぼうや、わたしのぼうや。わたしと同じ目に遭った子。
あなたになら言ってわかるわね。
わたしはわたしを保つため、とても大切なものが要るの」
なんでしょうと劉琮は尋ねた。
大切なものとやらがなんであれ、劉琮は伯姫のためなら、用意するつもりだった。
たとえ、天竺鼠の火衣といわれても、用立てするために奔走したことだろう。


だが、伯姫は意外なことを言った。
「わたしのために、女を殺してきてちょうだい。
といっても、ふつうの女では役人に怪しまれてしまうから、春をひさいでいる女でいいわ。
その女の肝を持ってきて」
「どうなさるのです、そんなもの」
劉琮はすでに麻痺していた。
麝香のにおいを漂わせる美女の、その焚き染めている香こそが、「父」の理性を狂わせた五石散であることに気づいていない。
伯姫は、愛玩するどうぶつを撫ぜるように、劉琮の頭を撫ぜながら、こたえた。
「食べるのよ。決まっているではないの。
そのおかげでわたしは、これほどの若さを保っているのよ」


慄然としなかったといったら、嘘になる。
おそろしい話を聞いてしまったという思いもあった。
人の肝を食べると不老を得られるなどという話は聞いたことがない。
とはいえ、劉琮は伯姫に溺れ切っていたから、彼女を怒らせたくない、見捨てられたくない、忘れ去られたくない、その思いで、歪んだ依頼を引き受けた。


つづく

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さいきん、ちょっとPCの前で作業するだけで、目がしょぼしょぼ。
年ですなあ…頭痛もしてしまい、なかなか対策に困っています。
休み休み作業するしか手はない、かな?
そんなわけで、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ


臥龍的陣 太陽の章 105 再会…しかし

2023年04月07日 09時53分34秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
子供たちはというと、陳到をはじめとする子供好きの部将たちにそれぞれ抱えられ、安全な村の中に運ばれていった。
村の外にいた壷中も同様で、たいがいは武器を捨て、大人しく降伏した。
おそらく襄陽城のことがあり、すでに戦意は喪失していたのだろう。
それでも往生際がわるく、山へ入って逃げようとする者もいたが、結局は捕まって引き据えられ、これには見せしめとして、のちに鞭打ちの刑罰が処せられた。


「ずいぶん殴られたのであろうな。顔色が変わってしまっている。
それに、ちゃんと目は見えているのか。腫れあがっているぞ。
どこか、おかしなところはないか。耳は両方とも、ちゃんと聞こえているのだろうな。
歩けるか? 手は動くか? 
本当は、もう立てないくらいなのに、むりして立っているのではないだろうな。
いますぐ寝台を用意させる。もちろん、清潔なものをだ。
肩を貸す。無理するな、喋るな。笑うな!」


「おい、俺はずいぶん死人のような顔をしているらしいな。
見るやつ全部の顔がひきつる」
「鏡があったら、みせてやりたいほどだよ。
いつもの倍は腫れているのじゃないのか。せっかくのいい男がすっかり台無しではないか。
潘季鵬め、きっとあなたの顔にも嫉妬していたにちがいないよ。
よい湿布をもらってこよう。
疲れているか? わたしは喋りすぎだろうか」


華奢な腕をまわし、手を貸すといいはる孔明に、趙雲は好きなようにさせておいた。
孔明はひたすらよく喋り、矢継ぎ早に質問をしてくるのであるが、どうやら答えは期待していないらしい。
となりに孔明がいる、という事実が、いまだに実感が沸かず、思わず趙雲は声をたてて笑ってしまう。
気が抜けたというのではない。
たとえ大地が引っくり返ったとしても、このおれが主騎である限り、こいつが死ぬなんてことは有り得ない。
おれはなにをいままであくせくしていたのだろうという、己を笑う声であった。


「ほんとうに、大丈夫か、子龍?」
おそるおそる尋ねる孔明の面貌は、矢で受けたらしい、ちいさな切り傷が頬にあるだけである。
こいつの運のよさは、わが君に勝るな、と趙雲は感心してしまう。


孔明は言う。
「話したいことが山ほどあったのに、なにから伝えればよいのかわからぬ」
「それを言うならば、俺もだ」
すると、不意に孔明は、趙雲の真正面に立つと、その両腕を差し伸べて、ぎゅっと力強く、しかし優しく趙雲を抱きしめてきた。
普通ならば、男のくせに気持ちが悪いと跳ねのける趙雲であるが、孔明の、自分とはまったくちがう華奢で、どこか柔らかさすらある体の感触と、温かさを全身に感じ、胸が熱くなった。


血に汚れた手を気にしつつ、触れるか触れないかの加減で、そっと自分も孔明の背中に手を回してみる。
孔明は、趙雲の肩に顎をあずけるかたちで、さらに腕の力をつよくして、耳元で言った。
「上手くいえない。無事でよかった。
叔父のように、あなたも去って行ってしまうのではないかと、本当に恐ろしかった。よかったよ」
「そうか」
とだけ趙雲は言った。


趙雲のこれまでの人生は、あまりに淡々としすぎていた。
淡々と職務をこなし、淡々と事後の処理もする。
そのため、当たり前になんでもできるやつと思われて、いままで、だれかに、ここまで身を案じてもらったことがなかった。
だから、答え方が判らなかったのである。


孔明の肩越しに、仰向けになったまま、放置されている潘季鵬の姿があった。
俺は、この男から、なにを学んだだろうかと趙雲は思う。
俺が本当に人から教えてもらいたかったのは、こんなふうに心配されて、喜んでもらえたときに、どう答えたら、自分の心がじょうずに伝わるか、そういうことだったのだ。


おまえは人殺しが巧すぎる。
そうだ。
俺はこれから、もっと巧くなるだろう。
それは、いま目の前にいる者を守り抜くためだ。
もし、俺の本心をあんたが知っていたなら、そして理解ができたなら、今日のような日は来なかったのではないだろうか。


弔いのことばは出てこない。
ただ、なんともやるせない気持ちで、趙雲は孔明をうながし、場を去ろうとした。




つづく


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仙台は今日は雨になりそうでして、せっかく満開のさくらも、ぼちぼち散っていきそうです。
季節は進んでいますねえ…
体調のほうは、あまりよくありませんので、今後についても、いろいろ考えなくちゃなあと考えています。
またまとまりましたら、お知らせしますね。
ではでは、またよい一日をお過ごしくださいませー('ω')ノ

臥龍的陣 太陽の章 その104 終焉が近づく

2023年04月06日 09時58分07秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
「俺を殺したら、おまえはここにいる全員に殺される」
「莫迦なっ、おまえたちっ、わしが助けなければ、おまえたちはとうに飢え死にしていたのだぞ、それなのにおわしを憎むか、恩知らずめがっ!」
「状況をよく見ろ。村の壷中は、なぜおまえを助けるために軍師に弓を射掛けない? 
そして、お前の周りの壷中たちは、なぜ俺を追いつめるために、子供たちを奪わない? 
おまえの味方はどこにいる? どこにもいやしない」


「潘季鵬よ」
孔明の、高らかな声が、張り詰めた空気のなか、響く。
「いますぐ、子龍を解放せよ。さもなくば、そなたをこの場で殺す。
潘季鵬のそばにいる子供たちよ。
もはや我らに刃向かう気がないのであれば、いますぐその場から離れるがいい」
「莫迦な、子龍もいるのだぞ! 子龍も殺すつもりか!」
潘季鵬の声に、孔明は眉根ひとつ動かさず、趙雲を見つめる。
趙雲もまた、その視線をまっすぐ受け止めた。


ああ、わかっているとも。
目は閉じない。
じっと真っ直ぐに、孔明と、孔明の周囲で弓を番える…あれは陳到か? 
そして関羽。
あのひとまで来ていたのか。
ほかにも見知った顔がたくさんいるではないか。
どいつもこいつも、弓はおれよりずっと上手い。
だから、心配なんぞどこにもあるものか。


孔明は、望楼の上の黒装束の男を見て、それからうなずき、そして、片手を上げた。
同時に、わらわらと、潘季鵬の周囲にいた兵士たちが持ち場を離れて逃げていく。
潘季鵬は、必死に逃げるな、と怒鳴るのであるが、聞くものはない。
孔明が、叫んだ。


「射よ!」


一斉に、ぶん、と弓が放たれる。
趙雲は思い出していた。
この風に立ち向かうような、威勢の良い音が好きであった。
そうだ、だから弓を手にしたのだった…決して、自ら手を汚さずにすむから、弓を選んだのではなかった。


何百という矢が、一斉に飛んでくる。
うわあ、と不様な悲鳴がした。


あっけないものだ、と趙雲は思った。
咽喉元につきたてられていた剣は、からんと音をたてて、地面に転がった。
たんたんたんたん、と雨音にも似た音がつづく。
流れ矢が一本もこちらに向かってこない。
すごい連中だ。
おれの仲間なのだ。


「もう目を開けてもよいぞ」
ぎゅっと自分にしがみ付いていた子供達に言うと、趙雲は、隣で矢を一身にうけ、仰向けに倒れている潘季鵬を見た。
これが、公孫瓚を殺め、劉表に取り入り、多くの子供たちを踏みにじって、今日まで生きていた男の末路なのか。


その顔には、悲しくなるくらいに人間的な、恐怖に満ちた表情が浮かんでいた。
何百という人間の人生を狂わせた怪物の顔ではなかった。
下手をすれば、どこにでもある顔…そうとも表現できそうではないか。
どこで、この男は狂ってしまったのだろう。


たった一人、なにも生まず、生み出すことができず、一人で死んだ。




「子龍っ」
荷車の上から弾丸のように孔明が村から飛び出し、ついで、陳到と、趙雲の部将たちが、いっせいに村から飛び出してきた。
関羽だけは村に留まり、趙雲に向けて大きく手を振っている。
世知に長けた男らしく、村に残っている壷中の残兵や、豪族たちを取り仕切るために、わざと残ったのだろう。
さすがの配慮である。


「弓矢が当たっていないだろうな、無事か」
というのが孔明の第一声であった。
すぐに追いついてきた陳到が、笑って言う。
「軍師、何をおっしゃる。怪我なんぞあろうはずがございませぬ。
我が精鋭たちは、弓にはなにより自信がありますゆえ」
「ああ、矢はたしかに当たらなかったが、ひどい顔だな、とても子龍とは思えぬ」
孔明は、ほとんど泣きそうな顔をして趙雲の頬に触れてくる。
さきほどの、毅然とした軍師の姿とは、まるで別人であった。


つづく


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このところ、忙しいのに体調が悪いという負のスパイラルに絡めとられているせいか、朝から異様に眠いことがあります。
珈琲を飲んで対抗していますが、なかなか眠気が晴れません。
あっちこっちガタが来ているのだなあと実感しているところ。
みなさまも体調にはお気を付けくださいませ!

臥龍的陣 太陽の章 その103 あがき

2023年04月05日 09時48分34秒 | 英華伝 臥龍的陣 太陽の章
「その男の言葉に騙されるな!」
孔明の声にも匹敵する大音声で、ひときわ大きな馬車から、男が姿を現した。
潘季鵬だ。
潘季鵬は、輜重の荷車の上に毅然と立つ孔明を、はげしい憎悪をもってにらみつけた。


村の中央の荷車の上で、堂々と胸を張っている孔明を見て、趙雲は思わず笑ってしまう。
「あきれるほどに派手なやつだな」
そして、なんと颯爽としていることか。
これほどまでに美しく、毅然としている者を、趙雲は知らない。
あれこそが、俺の守った者なのだ。


それに対する潘季鵬は、立派な甲冑に身を包み、悠然と龍髯を風になぶらせ、万軍の大将もかくや、といった出で立ちなのに、まるで精彩がない。
胸に軟児を抱き、そして、張著、治平、子玲ら少年たちを背後に従え、馬車からゆっくりと、趙雲は外に出る。


もはや、捕虜である趙雲を止めるものすらいない。
動くものは、潘季鵬と、趙雲と子供たちのみ。
趙雲が馬車から姿を現すと、遠目でも、孔明が喜色をあらわしたのがわかった。
だが、子供のようにはしゃぐことはしない。
趙雲は心の中で満足してうなずく。
それでこそ万軍の将なり。
冷静であれ。


孔明は、あらわれた潘季鵬に向けて、つんと顎をそらし、言った。
「潘季鵬よ、久しいな。この期に及んでもなお、我が言に反駁できるというのであれば、するがよいぞ。
さあ、なんなりというがいい。聞いてやろうではないか」
孔明が挑発する。
孔明の言葉には、よどみがなく、自信にあふれていた。


趙雲に片腕で抱かれていた軟児が、孔明の気迫に押されたのか、さらに首にかじりついてきた。
少年たちも、趙雲に縋りたいのであろう、空いた手を握るもの、その服の裾を掴むもの、さまざまである。


趙雲は、かれらを安心させるために、言った。
「怯えることはない。あれがおまえたちを助けてくれる、諸葛孔明だ」
「太陽のひと?」
「そうだ。だから、おれたちは必ず助かる」


子供たちを安心させるための方便ではない。
趙雲は、本心からそう思っていた。
おれは諸葛孔明を裏切らなかった。
やつのいちばんの主騎でありつづけた。
だから、あいつもまた、おれを助けるだろう。


潘季鵬は、戦意を喪失している壷中の者たちを厳しく叱咤するのであるが、だれもその言葉に従おうとはしない。
潘季鵬は、必死の形相で、周囲の子供たちに叫ぶ。
「戦え! どうした、やつらは敵だぞ! 戦うのだ!」
必死の声も、もはや誰も動かさない。


邪悪に歪んだもの。
永遠に誰も信じることの出来ない者。
一人で生まれ、一人で生き、誰とも繋がることができず、憎まれ、蔑まれ、そして自らも憎み、そして死だけを築いて死んでいく。


趙雲は、はじめて潘季鵬を、心から哀れだと思った。
もしも、自分が劉備とその仲間たち、そして孔明に会っていなかったら、こうなってしまっていたかもしれない、生ける屍。
それが潘季鵬であった。


「もうよかろう。おまえの負けだ」
趙雲が言うと、潘季鵬は、はじめて趙雲に気づいたようだった。
そして、趙雲のまわりにいる子供たちの様子を見て、もくろみが失敗したのだと察したらしい。
悪鬼のような形相を向け、趙雲に叫ぶ。
「黙れっ、この青二才がっ。どうした、みな、何故この男を捕らえぬ! 
そうだ、こいつを人質にするのだ。
どうだ、諸葛亮、形勢は逆転したぞ! 
子龍を助けたくば、村を明け渡し、降伏せよ!」


潘季鵬は、片腕で、すらりと剣を抜き、趙雲に迫ってくる。
趙雲は、軟児と少年たちを背中に隠す。


潘季鵬は、鬼の形相のまま趙雲の喉元に刃を突き立てるのであるが、ほかの周囲にいる壷中たちは、動かない。
どころか、趙雲に剣を突き立てる潘季鵬に対して、武器を構えようとしている。


「あきらめろ、潘季鵬。
天地が引っくり返ろうと、おまえはもう、勝てぬ」
「人質風情が、黙れ!」
ぐっと咽喉元に刃が突きたてられるが、趙雲はまったく恐ろしく思わなかった。
背後にいる軟児と少年たちも、同じように潘季鵬に憎しみの目を向けている。


それだけではない。
隠し村の子供たちも、潘季鵬に怒りの眼差しを向けているのであった。
いままで騙してきたこと、自分たちを生きた駒のように扱ってきたことへの怒り。
そして、容易く殺されていった『兄弟』たちのため。
ありとあらゆる憎悪を潘季鵬に向けていた。


つづく

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マイナポイントをやっとこさゲットしましたー。
なんだか手続きがややこしいなと思ってかまえていましたが、いざやってみると、意外とあっさりもらえていました。
思わぬ臨時収入に心はウキウキ。
これでいくらか体調も回復するといいなあ…
そんなわけで、みなさまもよい一日をお過ごしくださいませ('ω')ノ

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