はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

黒鴉の爪痕 その18 白と黒

2024年12月07日 09時59分31秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
大広間にいた者のなかで、簡啓《かんけい》をはじめ孫直《そんちょく》の席のそばにいた者は、孔明の采配で、順番に事情を聞かれた。
かれらの話を総合すると、孫直はたしかにちょくちょく厨房に出入りをしていたらしい。
それが周慶《しゅうけい》の言うとおり、『つまみ食いをするため』だったのかと孔明が問うと、そうではなく、蘇果《そか》が目当てだったのだろうというのが、大方の意見だった。
その蘇果は、大広間の片隅で、侍女たちと一緒になって呆然と立っていた。
いい仲だったという話だから、とつぜんの恋人の死に、声もあげられないのかもしれない。


白妙《はくみょう》に怪しいところがなかったかと、それぞれに尋ねてみたが、だれもが、
「白妙にそんな度胸があるとは思えない」
と答えた。
どうやら、下働きには似合わない、かなりおっとりした娘であったようだ。
白妙が皿を入れ替えたところを見たのは、周慶以外になく、蘇果にたずねても、彼女は首を横に振るばかりだった。
さらには、
「具合が悪うございます、休ませていただいてよろしいですか」
と、真っ青な顔で言われたので、孔明は侍女のひとりを蘇果に付き添わせ、下がらせた。


ついで、周慶にほんとうに皿を入れ替えるところを見たのか、念を押して尋ねる。
周慶は、ぎゅっときつく両手の指を組んで、祈るように答えた。
「間違いありませぬ、なんでそんなことをするのかと叱ったので、また戻したかと思っていたのですが、戻していなかったのですね」
「なぜわかるのだね」
「はじめに軍師さまにお分けするはずだった鶏肉は、骨付きではなかったのです。
でも、軍師さまの皿には、骨付きの肉があります。
それが、孫直どののところに行くはずだった皿ですわ」


孔明はおのれの食べかけの骨付き鶏肉を振り返った。
白妙が皿を入れ替えていなかったら、自分の命は今頃なかったわけだ。
皿を入れ替えた以上、白妙が怪しいのではなく、白妙が皿を入れ替える直前に膳に近づいた者のほうが怪しいのではと、孔明は考える。
だが、それを尋ねると、周慶の記憶はあいまいで、
「大勢の料理人が忙しくしておりましたので、特別おかしなふるまいをした者は、白妙以外に記憶にありませぬ。
あの子ったら、厨房で蘇果と孫直どのが仲良く話をしているのを見て、どうしても孫直どのの気を惹こうと思い詰めてしまったのですね。
だから、注意しても皿を戻さなかったのだわ……」
とのことだった。


孔明は、なるべく許可なく大広間から人が出ないよう命令していたのだが、気づけば劉封《りゅうほう》の姿がない。
「劉封どのは、どこにいるのですか」
思わず声が尖る。
すると、簡啓が、申し訳なさそうに口を開いた。
「白妙の様子を見に行くのだといって、出て行ってしまいました」
「止めなかったのか!」
孔明の傍らにいた趙雲がきつく咎めると、簡啓は、すみません、と縮み上がった。
「いかんな、あいつめ、白妙を逃がしてしまうかもしれない、ちょっと見に」
行ってくる、と趙雲が言いかけたところで、ほかならぬ劉封が、白い顔をして戻って来た。
人間、ここまで生きたまま白くなれるのかというほど血の気がなく、さきほどまで身なりも整えていたのに、結った髪も冠の位置も崩れて、衣は水に濡れている。


劉封の姿に、みなが唖然としていると、かれはがくっと膝から崩れ落ち、涙声で言った。
「白妙が……逃がそうとしたのに、井戸に身を投げた」
「なんだって」
「わたしがちょっと目を離したすきに……白妙は死んだ!」
そう言うと、劉封は地面に身を投げるようにして、大声で泣き出した。


劉封のことは、簡啓にまかせて、孔明たちは急いで白妙が身を投げたという井戸に向かった。
井戸は、兵舎のそばのちょっと引っ込んだところに掘られたもので、すでにその死体は井戸から引っ張り上げられていた。
孔明は白妙の衣をあらためたが、そこには黒い烏《からす》の羽根はない。
そのかわり、襟首のところに密書が隠されていて、開いてみると、曹操宛のものだった。
新野城の内部の様子、孔明の仕事ぶりとその能力、どれくらい城になじんでいるかなどのこと細かい報告が、そこにはある。
「やはり『黒鴉』とやらは、白妙だったのか」
だれかが、悲し気につぶやいた。


つづく

※ 事件、解決……??
いやいや、まだつづきます。
「序章」にあるまじき長さかもしれない、今回のお話。
もうちょっとだけお付き合いくださいませー;
ではでは、次回もおたのしみにー(*^▽^*)

黒鴉の爪痕 その17 黒鴉のもたらす混乱

2024年12月06日 10時03分47秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
「黒鴉」
思わずつぶやいた孔明に、駆け付けてきた者たちが、つぎつぎと問いかけてきた。
「軍師、子龍、それはなんだ、なぜ孫直《そんちょく》の懐《ふところ》からそんなものが?」
「『黒鴉』と言ったな、どういうことだ」
気づけば、混乱のために泣き伏していた孫乾《そんけん》も、涙と鼻水を流した状態で、孔明の言葉を待っている。
孔明は趙雲を見、つづいて人の輪の中心にいる劉備を見た。
かれらはそれぞれ頷いて、孔明に語るよう、うながした。
「『黒鴉』とは、曹操の放った細作です。
徐元直《じょげんちょく》(徐庶)もそいつのせいで新野を出ざるをえなくなった。
孫直どのも、おなじくなんらかの理由で、『黒鴉』の標的にされ、毒殺されたのでしょう」
「毒とな! なぜ!」
いっせいに、皆の目線が孫直が残した膳に注がれる。
膳には、こぼれかけた羹《あつもの》、菜っ葉の煮物、鶏の丸焼きが入っていた皿が残されていて、ちょうど孫直のからだのそばに、かじりかけの鶏の丸焼きが落ちていた。


「なんの毒かはわかりませぬが、おそらく鶏の肉に入っていたのでしょう」
「孫直に配膳した者はだれだ?」
しばらく、侍女たちと料理人を含め、その場の皆が、互いの顔を見合わせていたが、やがて白妙《はくみょう》を介抱していた周慶《しゅうけい》が、こわばった顔で申し出た。
「わたくしでございます」
「なんと!」
「でも、わたくしは毒など入れておりませぬ!」
周慶の悲鳴に似た声に、ざわめき、疑いの目を周慶に集める者も多い。
周慶は、弁解するように言った。
「ちがいます、ほんとうです! 厨房で、白妙が孫直どのと話をしているのを見ました」
「話を?」
不思議がる孔明に、周慶は軽くうなずきつつ、答える。
「孫直どのは、ちょくちょく厨房に顔をだすのです。
つまみ食いをするためなのですけれど、今日も厨房に来て、白妙に『美味しそうな鶏肉だね。でも一番いいところは、わが君か軍師どのに持って行ってしまうのだろうな』と言っていました」
「それで?」
続きをうながすと、周慶は、ごくりと唾を呑み込んだ。
「白妙は、それを聞くと、孫直どのが行ってしまったあとに、軍師の皿と孫直どのの皿を入れ替えたのです」
おお、と家臣たちのあいだから声があがった。
なるほど、本来は孔明を狙ったものだったのだが、白妙が皿を入れ替えてしまったために、孫直が毒を食らう羽目になったようである。


早とちりした者たちが、
「では、曹操の細作とは、白妙のことか?」
「可愛い顔をして、とんだ食わせ物だったということか」
と、口々に言いだした。
それを耳にした周慶が、慌てて青い顔で言う。
「お待ちください、白妙が細作《さいさく》だなんて、この子はそんな大それた子ではありませぬ!」
「いや、ドジな娘を演じていただけのことかもしれぬ」
誰かが言うのに対し、また別の者が、
「残された肉に本当に毒が入っていたか、さっきの黄色い犬に食わせればはっきりするぞ」
と言った。


それを聞いて、それまで孫直の吐き出した血の匂いへの嘔吐感をこらえていた孔明は、声を上げた。
「それには及びませぬ。よくご覧ください、みなさまが席を立ったことで、料理に蠅が集まっております。
ですが、孫直どのの膳には、まったく蠅が止まっていない。毒の入っている証拠です」
その言葉に、みなが、ううむ、とうめく。
「ともかく、白妙にくわしい話を聞かねばなりませぬな」
「待て、軍師! 周慶の言うとおり、白妙は人に毒を盛るような娘ではないっ。
取り調べなんぞ、言語道断だ!」
割って入って来たのは、劉封《りゅうほう》だった。
顔を夕陽のように赤くして、両手の拳を固く握っている。
孔明が軍師でなかったら、掴みかかってきていたかもしれなかった。


孔明が反駁しようとするまえに、劉備が口をはさんだ。
「阿封よ、おまえの気持ちはよくわかる。
だが、白妙の潔白を信じるなら、かえって取り調べをしたほうがよかろう。
手荒な真似はせぬとも約束する。なあ、孔明」
「もちろん」
応じつつ、蒼い顔をして倒れたままの娘が、ほんとうに『黒鴉』ではなかったらの話だが、とこころの中で付け加えた。


趙雲が前に進み出る。
「おれが白妙を運ぶ。軍師、どこに連れて行けばよい?」
「そうさな、牢では気の毒だから、どこか寝床の作れる空き部屋に連れて行ってくれ」
分かったと趙雲は応じて、白妙を抱えて大広間を出て行った。


それからは、また大変だった。
まずは孫直の亡骸《なきがら》を城から運び出した。
孫乾は、ふたたび悲しみが込み上げてきたようで、おいおいと声を上げて泣いている。
その悲惨な姿にもらい泣きする者も多数あった。
一方で、
「孫直が死んだのは、軍師のせいではないのか」
という見当はずれの声が、誰ともなしにあがる。
これは、聞きとがめた劉備が怒り出し、発言した者を探せ、と言いつけたが、みなは互いにかばい合ってしまい、誰が言ったかはわからなくなってしまった。


趙雲が戻ってきて、白妙は牢にほど近い空き部屋に、見張りをつけて寝かせているといった。
いまだに目覚めないところからして、相当に愛した孫直の死が衝撃だったのだろう。


つづく

※ 混乱する新野城の面々……
白妙は黒鴉なのか?
なぜ孫直は殺されたのか? 
次回急転! おたのしみにー♪
と、また本日もあおっておいて、と。
昨日の12月5日にサイトのウェブ拍手を押してくださった方、どうもありがとうございましたー!(^^)!
とっても励みになります、うれしいです!
またあらためて、週末更新予定の近況報告にてお礼を述べさせていただきますv
それと、「赤壁に龍は踊る・改」、二章の三分の二までは初稿ができました。
いろいろ上手くいっていますので、12月15日前後にはお届けできるようになるかも?
こちらも様子を見て、またあらためて連絡させていただきますね。
ではでは、次回もおたのしみにー(*^▽^*)

黒鴉の爪痕 その16 残された烏の羽根

2024年12月05日 10時12分16秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
「やや、犬がいる」
と、宴の席の隅っこで、ちびちび料理と水を飲み食いしていた陳到《ちんとう》が言った。
確かに黄色い犬が宴席に入り込んでいた。
だれかの猟犬というわけではなさそうなのは、その丸っこい体形でわかる。
犬はうまそうな料理のにおいに釣られてやってきたのか、くるんとまいた尻尾をぶんぶん振りながら、へっへと愛想よく舌を出して、陳到のほうへと向かってきた。


「やあ、こりゃあ、だれかの飼い犬かな。ずいぶん人なれしておるわい」
陳到がぱりぱりの皮がおいしい鶏の丸焼きの一部を犬にやると、犬は目を輝かせてそれに食らいついた。
その隙にと、陳到は素早く犬を捕まえて抱え上げ、がやがやとにぎやかな宴席に向かってたずねる。
「おおい、この犬に見覚えのあるやつはいるか!」
すると、「ないぞー」という声があちこちから返って来た。
「迷い犬かもしれぬな、こんなところで粗相《そそう》をされても嫌だし、どこかにつないでおくか」
言いつつ、陳到が犬を抱えて出て行く。


同時に、周慶《しゅうけい》を先頭に、侍女たちと料理人が総出で、新しい料理を運び入れてきた。
今度は豚の丸焼きで、その香ばしい匂いに、宴席の人間から歓声があがった。
席次の高い順から、いいところの肉を切り分けてもらえる。
孔明は麋竺《びじく》の次の席だったので、すぐに肉が回って来た。
切り分けられた肉を手にしようとした、そのときである。


「おい、どうした」
簡雍《かんよう》の弟の簡啓《かんけい》が、怪訝そうに隣の席の孫直《そんちょく》に声をかけた。
その声があまりに甲高かったので、それぞれおしゃべりに興じていた男たちは、はっとしてそちらを見る。


孫直の様子がおかしかった。
かれは、喉元をおさえて、膝立ちになり、口をパクパクさせている。
息が出来ない様子である。
「おいっ」
簡啓が孫直のからだを抱き留めようとするのより早く、げふっと孫直が、大量の血を吐いた。


とたん、大広間は大騒ぎとなった。
孫直は、げえっ、げえっ、と激しく血を吐いて、それっきり横に倒れてしまう。
「しっかりしろ!」
孫乾が席をけって、弟のところへ駆け寄っていく。


『毒だ!』
孔明はすぐさま判断し、かつて妻が煎じてくれた解毒剤を与えるべく、孫直のもとへいく。
しかし、孫直は白目を剥いて、ぴくりとも動かない。
脈を診る。
「ぐ、軍師! 弟は……」
孫乾《そんけん》の問いに、孔明は首を横に振った。
孫直は、絶命していた。


高い悲鳴が聞こえたかと思うと、どさっと誰かが倒れ込む音が聞こえた。
振り返ると白妙《はくみょう》で、となりにいた周慶が、あわてて白妙を抱き上げている。
孔明は孫直の膳を見た。
まだ豚の丸焼きは、かれのところに回っていなかった。
ということは、これまで運ばれてきた料理の中に、毒が仕込まれていたのだろう。


『しかし、なぜ?』
すぐに『黒鴉』のことが頭をよぎったが、そうだとして、なぜに軍師たる自分ではなく、一介の書生ともういうべき孫直を狙ったのか、それがわからない。
人違いにしては、孔明と孫直の席は離れ過ぎていた。


「軍師」
固い声がして顔をあげると、趙雲がいつの間にか側に寄ってきていて、孫直の衣を見て顔をゆがめている。
なにかがはみ出ている。
そばにいる孫乾が声をあげて泣き伏しているのをしり目に、趙雲は孫直の衣に手を差し入れると、そこからひとつのものを取り出した。
それは真っ黒な、烏《からす》の羽根であった。


つづく

※ とうとう動き出した『黒鴉』!
果たして孔明と趙雲は、『黒鴉』の正体を暴けるか?
と、あおりつつ……
そうそう、「赤壁に龍は踊る・改」、二章目の半ばまで初稿が出来ました。
早い、早い。やけにノリにノッております(^^♪
序章の連載が終わったら、すぐに「赤壁」を連載できそうです。
いや、できるようにがんばります!
ではでは、次回もおたのしみにー(*^▽^*)

黒鴉の爪痕 その15 人間模様

2024年12月04日 10時02分12秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
劉備は、孔明が徐々に城の者と馴染《なじ》んできているのをよろこんでいるようだ。
あいかわらず、一部の孔明のことが面白くなさそうな者たちは残っていたものの、いまではかれらのほうの旗色が悪いせいか、孔明が新野城《しんやじょう》にやってきた当初ほどには、声高に悪口を言ったりしない。
麋竺《びじく》や趙雲をはじめ、孔明と仕事をはじめた者たちが、孔明を庇《かば》うようになったのも、城内に悪口が減った一因だろう。
孔明はそれをありがたく思った。
なんにせよ、四方八方に心配りをしながら仕事をするより、一意専心にひとつところに向かうほうが、なんであれうまくいくものだからだ。


もう一押し、と見て取ったのだろう。
孔明のため、劉備は家臣たち全員を大広間に迎えて、宴をひらいた。
それまでも、なんどか宴は開かれていたが、城に出仕する全員が一堂に会すのは初めてであった。
さすがに劉備の誘いを断る者はなく、顔ぶれは欠けていない。
劉備はごきげんで、先頭で音頭を取り、まんべんなく家臣たちに声をかけては、場を盛り上げようと心を砕いていた。
それが伝わって来たので、孔明も一緒になって笑顔で過ごす。
孔明を陰で『水野郎』などと呼ばわっているらしい関羽や張飛も、以前とちがってあからさまに不機嫌さを見せることなく、おおいに飲み、喰らっていた。


劉備と並んで楽し気にしている麋竺、張飛とともに馬鹿な冗談ばかり飛ばしている簡雍《かんよう》、不機嫌そうな様子を隠さないが飲む手は止めない孫乾《そんけん》と、対照的によく飲んでいる弟の孫直《そんちょく》と簡啓《かんけい》ら。
趙雲と陳到は水ばかり飲んでいるようで、これは万が一のときに、酒で身動きが取れないということがないよう、気を付けているようだった。


料理を運ぶ女たちも忙しなく動き回っており、そのなかに、飛びぬけて可愛らしい娘がいることに孔明は気づいた。
傷ひとつないかぶのように真っ白な肌に、高級な筆ですっと目を書き入れて、さらに口に紅を入れたような美しさ。
男たちの席のあいだを、蝶のように動き回っている。
思わず目で追っていると、いつの間に隣りに座っていたのか、劉備が小声で言った。
「今日は人出が足らぬから、給仕もやってくれているようだな。
あれが、噂の厨房の三女神の末っ子・宋白妙《そうはくみょう》だよ」
「ああ、たしか、三女神は周慶《しゅうけい》、蘇果《そか》、宋白妙、とおっしゃっていましたね」
「そうそう。そのなかでも一番の器量よしだ。
ちょっとおっちょこちょいだが、そこも愛嬌というわけで、男たちからも人気がある」
おっちょこちょい、という劉備の声が聞こえたわけでもないだろうが、白妙は、さっそく孫乾の杯に酒を注ぐのをあやまって、かれの膝にこぼしてしまい、ぺこぺこ頭を下げている。


それを、きつい目をして見ている、背のすらっとした美女がいる。
見ているだけで、白妙を助けようとしないその美女は、気の強そうな細い眉をした、鼻梁の通った女だった。
「あれが蘇果。いい女だが、ちと気が強すぎるのが玉にキズだな」
趙雲が目当てにしている女らしい、ということで、孔明はそれまで、見たことのない蘇果をもっとしとやかな娘だと想像していた。
ところが、実際の蘇果はその逆で、ずいぶん存在感のある、はしはしした娘らしい。
白妙のほうを気にしつつも、てきぱきと配膳の手を止めないでいる。


孫乾は酒が入っているためか、小言をぶつぶつと白妙にぶつけていたが、やがて、横からふっくらした頬の、目のつぶらな美女が入ってきて、孫乾をなだめにかかった。
一方で、白妙にも、もっと謝るようにと手ぶりで伝えている。
「一緒に謝っているのが周慶だ。
おっちょこちょいの白妙の起こすもめ事を、いつも収めているえらい女人さ。
さて、ちょっと公祐《こうゆう》(孫乾)のところへいって、わしも口添えをしてやるかな」
そう言って、劉備は席をたち、孫乾と女たちのところへ向かった。
劉備があらわれたので、孫乾も恐縮した顔をしている。
周慶はホッとしたような顔で劉備に頭を下げ、ちょっとぼおっとしたところがありそうな白妙は、周慶にうながされてから、あらためて頭を下げた。
一方で、蘇果は、場が収まったとわかると、つんと顎をあげて、もう二度と孫乾の席のほうを見ようとしなかった。
気が強いというか、さっぱりした気性というか。


ちらっと趙雲のほうを見ると、蘇果のほうを睨むように見ている。
おや、なんでだろうなと蘇果のほうを見ると、蘇果がちょうど、孫直の酌をしているところが見えた。
嫉妬の顔だろうか。
それにしては、鋭い目つきをするものだ、と孔明は不思議に思う。
趙雲と知り合って、まだいくらもたっていないが、ああいう性格の男は、いくら胸に嫉妬の感情があろうと、はっきり表に出さない気がするのだが?


と、もうひとり、蘇果と孫直を見ている者に気づいた。
ほかならぬ宋白妙で、孫乾の席から離れたあと、配膳の手を止めて、こちらは悲しそうな、切なさそうな顔をしている。
その白妙の気を惹こうと、劉備の養子、劉封《りゅうほう》がさかんに声をかけているのだが、白妙は、ほとんどそれを聞いていない様子だ。


ややこしいが、整理すると……
蘇果は白妙の姉貴分。
その蘇果は孫直といい仲らしいが、そこに趙雲が割って入ろうとしている。
さらに、孫直のことを白妙が想っていて、白妙を気に入っているらしいのが劉封。


三角関係以上にややこしいなと思っていると、蘇果が孫直から離れた。
その隙にとばかりに、白妙が劉封をほとんど無視して孫直の席の前に滑り込み、料理を運び入れた。
二言、三言、ふたりで話をしているが、はしゃいでいるのは白妙で、孫直のほうはそうでもない。
二人の姿を、劉封が気の毒なほどに、悲しそうな顔をして見ていた。


つづく

※ さまざまな人間模様が展開されるなか、次回、いよいよ……??
しかし、韓国の戒厳令には仰天しましたね……大丈夫かな? とSNSで状況を追いかけていたので、本日は寝不足でございます。
日本のテレビ局はけっきょく夜が明けるまで、ほとんど報道しなかったという。どうしてなんだろう?
そんなわけで(?)本日、自分ではわからないところでポカをやっていたらスミマセン。
いつになく気をつけてはいるのですが……
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

黒鴉の爪痕 その14 趙子龍のはたらき

2024年12月03日 09時45分09秒 | 英華伝 序章 黒鴉の爪痕
兵舎から聞こえる兵士たちのにぎやかな声で、孔明は目が覚めた。
はっと気づいて起き上がれば、趙雲の小部屋には、自分ひとりがいるばかり。
起き上がるのと同時に、かけられていた布団がずり落ちる。
どうやら、趙雲は孔明に寝台と布団を譲ってくれて、自分は床にでも寝たらしい。
悪いことをしてしまったなと思いつつ、趙雲の姿を探す。
しかし、小部屋の衝立《ついたて》の向こうはもちろん、小部屋の外にも、かれの姿はなかった。


仕方がないので、いったん自分の部屋へもどる。
一晩、あるじがいなかった部屋は、しんとしていて、どこか空気も冷えていた。
孔明は着替えて、侍女の一人に髪を整えてもらうと、執務室に向かう。
すると、ちょうど執務室の入口で、孫乾《そんけん》の弟という孫直《そんちょく》と、簡雍《かんよう》の弟という簡啓《かんけい》のふたりに行き会った。


趙雲と、料理女の蘇果《そか》を取り合っているらしい孫直。
なるほど、間近で見れば線も柔和で、話しやすそうな明るい雰囲気があり、笑みの絶えない顔には、若いのに、笑い皺がうっすらでき始めている。
いかにも女人にきゃあきゃあ言われそうな美形であった。
年のころは孔明より、すこしばかり下、といったところか。
背丈は孔明より低く、ちょうど孔明の目のあたりに、かれの頭頂がある。


孫直は、孔明を上目遣いに見て、それから気まずそうに笑って見せた。
「今朝から出仕させていただきます、ご迷惑をおかけしました」
耳に心地よい澄んだ声だ。
簡啓も、孫直にならおうとしているらしく、その背後で、おとなしくしている。
どうも自己主張の苦手な気質なようで、目が合うと、何も言わずに、ただ深々と礼を取るばかりだった。


どういう風の吹きまわしか、と不思議に思う。
孔明に反発する者たちのなかでも、孫乾と簡雍は、かなり時間をかけないと折れないだろうなと思っていたからだ。
その弟たちが、まずやってきたというのは、歩み寄ってくれているということなのか?
孔明の思いを表情で読み取ったのか、孫直が言う。
「今朝、子龍どのが我が家においでになりました。
軍師どのにあまり迷惑をかけてはならぬとわれらも叱られまして、わたしはなるほど、その通りと思いまして、心を入れ替えた次第です」
「子龍どのが」
オウム返しにする孔明に、簡啓がことばを引き取る。
「はい。軍師どのは並の方ではない、いまここで頑なに無視すれば、のちのちおまえたちは後悔することにもなろうともおっしゃられまして」
半ば脅しだ。
なかなか突っ込んだ話し方をしたものである。


とはいえ、孔明としては、趙雲が自分のために働いてくれたのだと思うと、素直にうれしかった。
昨晩、ともに楽しく飲み交わしたあと、趙雲は早朝に起きだして、孫乾と孫直の屋敷、それから簡雍の屋敷に回って説得をしたのだろう。
ざんねんなことといえば、本命といっていい、孫乾と簡雍がこの場にいないことだった。


「兄たちは、まだ状況を見定めたいと言っております、申し訳ありませぬ、頑固な兄でして」
と、孫直は、甘い顔に、芯から申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「よいのです、貴殿らが集まってくれただけでもうれしい。
さあ、ともに仕事を片付けようではありませぬか」
孔明の朗《ほが》らかな態度に、青年たちはホッとした顔をして、それぞれ席に着いた。





その日を境に、孫乾らに遠慮して孔明を無視していた者たちが多く戻ってくるようになった。
かれらはいままでの分を取り戻そうとしているのか、懸命にはたらく。
孫直も、へらへらした男だが、なかなか使える男で、口がうまいうえに、愛想がよく、とくに家臣たち同士をつなぐ、潤滑油のような役目もしてくれた。
簡啓は几帳面で数学が得意で、麋竺《びじく》のいい補佐をしてくれている。
仕事が目に見えて楽になった麋竺もほくほくで、
「公祐《こうゆう》(孫乾)も憲和《けんわ》(簡雍)も、戻ってくれば良いものを」
と、この場にいない者に同情を示す余裕すらできるようになった。


麋竺の印象は、城全体の印象になりつつあるようだ。
孔明の評判とおなじく、自分たちへの批判も聞こえてきているようで、あるときなどは、孔明が人の気配を感じて執務室の入口を見ると、簡雍がちらちら中をうかがいながら、廊下を往復しているのを見つけた。
孔明はすぐさま立ち上がり、
「如何《いかが》です、少し中に入って、お話しませぬか」
と声をかけた。
だが、簡雍は
「とっ、とんでもない!」
と顔を赤くして、去ってしまった。
しかし、その後も、簡雍は執務室の側でうろうろしていて、かなりこちらを気にしているのは明らかである。


孔明は趙雲にも礼を言いに行った。
どうも、『あの趙子龍が言うのだから』というのが多く戻ってくれた家臣たちの本音のようだったからだ。
しかし、趙雲は照れているのか、それともほんとうに当然だと思っているのか、
「そうしたほうがよいと思ったことをしたまでだ」
と、表情も変えずに言う。
「お礼をさせてもらいたい。貴殿にはなにがよいだろう」
孔明がたずねると、趙雲は小首をかしげてから、
「当然のことをしたのに、礼を貰うのはおかしくないか?」
と不思議そうに言う。
なるほど、その通りかもしれないと孔明も思ったので、そのうちに、また二人でゆっくり飲もうと誘うと、やっと趙雲の顔が晴れ、嬉しそうになった。


つづく

※ 打ち解けた趙雲と孔明。
話の山場はこれから、だったりします;
あ、それと、昨晩、「赤壁に龍は踊る・改」の一章目の初稿ができました(^^♪
今日から第二章を書きます。
猛然と筆をふるっておりますよー。今後の展開にご注目くださいませv
どうぞ明日もおたのしみにー(*^▽^*)

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