はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 五章 その4 江夏城へ突撃

2024年02月16日 09時56分38秒 | 地這う龍



鄧幹《とうかん》の使者はすっかり怯え切って、まともに左右の足を前に出すことすらできなかった。
それでも、なだめたり、脅したりしながら、江夏城の門の前に立たせる。
「か、開門! 宴より帰って来たぞ」
緊張で声が裏返っている。
まずいな、と隠れて様子を見ていた孔明はひやひやしたが、場慣れている関羽たちは涼しい顔である。
「門さえ開いてしまえば、こちらのものだ」
と、関羽は頼もしいことを言った。


門の前には、鄧幹の使者と空っぽになった酒甕《さけがめ》の乗った荷車、舞姫や芸人たちがいる。
だが、じつのところ酒甕は空っぽなどではなく、中に兵が潜んでいる。
また、芸人に関しては、関羽が選りすぐった決死隊が化けた者に変わっていた。
そのなかには、武者姿となった胡済《こさい》の姿もある。


門が開いた。
鄧幹の使者は、門に入るなり、
「お、お助けえ!」
と中に転がり込んで、叫んだ。
だが、それより先に胡済と決死隊、さらには酒甕の中に隠れていた兵が飛び出して、守衛が門を閉めようとしているのをやめさせ、関羽と孫乾《そんけん》に、突撃してくるよう、合図を送って来た。


「それっ、突撃ぞ!」
関羽の呼びかけに、「おうっ」と勇壮な声が応じ、五百近い将兵が、江夏城市内へ突撃した。
さいごに、孫乾と孔明が門をくぐっていく。
にぎわう大通りを一直線に馬を走らせ進む。
江夏の住民たちが、朝っぱらから何が起こったのかと、驚きの目でこちらを見てくる。
矢のごとき勢いで突撃する関羽たちに巻き込まれぬよう、あわてて身をかわす町人の姿もあった。


江夏城の門は、天の助けで開いていた。
それを皮切りに、門を守っていた部隊が、さっそく敵わぬと判断したらしく、四散していく。
そのままの勢いで、関羽を先頭に、五百の兵と孔明らは、城内へ雪崩れ込だ。


城内には、思ったよりも人がいなかった。
おそらくは、鄧幹に人望がないのと、主だった家臣たちが軟禁されているためだろう。
城を守っていた兵士たちも、相手が関羽だとわかると、すぐに武器を捨てて降伏してきた。
鄧幹そのひとは、寝起きだったらしく、だらしのない格好のまま、ろくに帯もつけずに飛び出してきた。
なるほど、いかにも了見の狭そうな雰囲気の、目の小さな男である。
関羽が、
「鄧幹っ! 覚悟せよ!」
と大音声で威嚇すると、鄧幹を守るそぶりをしていた側近の者たちも、これまた武器を捨てて降伏してしまった。


鄧幹だけは、槍を手に抗戦の構えを見せたものの、見るからに戦慣れしていない様子で、関羽が突進して鄧幹の槍をしたからがあん、と跳ねると、それだけでもう尻もちをついてしまった。
関羽が、鄧幹の鼻先に、偃月刀の切っ先を突きつける。
「降伏するか」
たずねると、鄧幹は涙目になって、こくこくと首を縦にうごかした。





ほどなく、城の奥底に隠されていた劉琦が、孫乾と部下たちに担がれてやってきた。
孔明は、劉琦のやせ細った様子を見て、ぎょっとする。
病人だということはわかっていた。
軟禁状態でやつれているだろうことも想像していた。
だが、実際の劉琦の具合の悪さは想像以上だった。


劉琦の肌の全体は青黒くなっており、血の気が失せている。
目の輝きも失せ、孫乾に助けられ、やっと歩けているというふうだ。
おそらく、鄧幹に責め悩まされ、ここまで体調を崩してしまったのだろう。
さすがの孔明も頭にきて、きつく、後ろ手に縛られた鄧幹を睨みつける。
奸臣鄧幹は、孔明の射すくめるような視線を受け、身を縮こまらせた。


別動隊が、伊籍《いせき》ら家臣たちも解放して戻って来た。
伊籍は、いつもは小奇麗にしている男で、鼻の下にたくわえたちょび髭が特徴なのだが、軟禁されているなかでは、ろくろく身づくろいもできなかったようで、鼻から下はひげでぼうぼうだった。
伊籍は孔明を見つけると、感激の声を挙げながら、両手を差し伸べてきた。
「軍師っ、よく来てくださいました!」
「ご無事でなによりです。みなさま、お怪我はありませぬか」
伊籍と家臣たちは、いいえ、と首を横に振った。
「この鄧幹めは、卑劣漢ではありますが、潔癖症で、血を嫌ったものですから、おかげで助かりました」
と、伊籍は胡済とおなじことを言った。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
ブログ村に投票してくださった方も、ありがとうございました♪
たいへん励みとなります!
この先も奮起して進めてまいります、引き続き応援していただけるとさいわいです(^^♪

さて、お話もいよいよ終盤。
刻々と赤壁編を開始すべき時間が近づている……「箱書き」の制作はまだ途中です(「箱書き」とは、プロット、つまり物語の設計図をシナリオ・センター式のフォーマットにあてはめたようなものです)。
ですが、どう書けばいいのかわかってきたので、なんとかなる、かな?
今日もしっかり創作に励んでまいりますv

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 五章 その3 江夏の事情

2024年02月15日 09時57分20秒 | 地這う龍



「あなたなら、すぐにわたしだと分かってくださると思っておりました」
と、大胆におしろいを取りながら、胡済《こさい》は言った。
おしろいを取っても、その地肌の抜けるような白さは相変わらず。
山猫のような大きな目と、全体の顔の作りのおさなさと愛らしさとが相まって、胡済はやはり、美少女にしか見えない。
だが、喉元を見れば、のどぼとけがあるので、きちんと少年だとわかる。
舞姫に扮していたときは、うまく首に布を巻いて、誤魔化していたのである。
幕舎の一つを借りますよと胡済はいい、しばらくそこで着替えてから、すぐに地味な衣になって戻って来た。


「男か、ほんとうに?」
まだ疑いのまなざしを向ける孫乾《そんけん》に、孔明はとりなすように言った。
「この者の身元は保証しますよ。義陽の胡済です。
あざなは偉度《いど》。わたしがあざなを授けました」
そうか、と孫乾は言ったが、まだ半信半疑、といった目つきだ。
それほどに、胡済の美貌は際立っていた。


鄧幹《とうかん》の使者とその一味は、縄をかけて一か所にまとめている。
助けてくれとうるさいので、さるぐつわも噛ませなくてはならなかった。
舞姫だとばかり思っていたのも、胡済に従っていた元の壺中《こちゅう》の娘たちで、芸人にしても、胡済がかつて壺中に所属したときに使っていた何でも屋たちだという。
「細作の真似事から、宴を盛り上げることまで、なんでもしてくれる、便利な連中ですよ」
と、胡済はさらりとかれらを孔明に紹介した。
何でも屋たちは、孔明が目を向けると、愛想よく頭を下げてきた。


「さて、詳しい事情を聞こうか。
なぜおまえが舞姫に紛れてやってきたのか。劉公子はどうなされたのか」
孔明がうながすと、胡済は、軽く一礼してから答え始めた。
「まずは、劉公子のことからお話させていただきます。
劉公子はこちらにきてから、お針子のひとりを見初めました。
その娘に桃姫《とうき》と名付けて、可愛がっていたのです。
それに目を付けたのが、あの悪党の鄧幹です。
曹操がいよいよ南下してきたとわかると、劉公子に、襄陽城の弟君と同調して、曹操に降伏するよう迫ってきました。
もちろん、劉公子がこれを是《ぜ》とするはずがありませぬ。
そこで鄧幹は桃姫を人質にとり、劉公子に自分の言うことを聞くよう、強要したのです」


「なんと、女のために、われらを無視したというか」
関羽が唸るように言うのを、胡済はまったく無視して先をつづけた。
「劉公子は関将軍らがやってこられたのを知って、なんとか助けようとなさいました。
恩を返すいい機会ですからね。
しかし、鄧幹が、それなら桃姫を殺してよいのかと、毎日のように責め立てるものですから、とうとう血を吐いて寝込んでしまわれたのです。
さらに鄧幹は、伊籍《いせき》どのたちをも、劉公子をだしに、軟禁してしまったのです。
これで鄧幹は思うように江夏を仕切れるようになりました。
ですが、天下の勇将たる関将軍に真っ向からぶつかる度胸はなく、どうしたものかと思案したところへ、あの、先ほど捕縛したやつが、酒と女で骨抜きにしてしまえと、つまらぬ策を立てました」
「なるほど、わかった。それに乗じて、おまえは舞姫に化けて、ここまでやってきたのだね」
「ご明察。都合のよいことに、やつは鄧幹の腰ぎんちゃくで、自分のことしか考えていませんから、周りをまったく観察していなかった。
愚者も使いようによっては役に立ちますね」
と、胡済は、白い歯をにっと見せて笑うと、たずねてきた。
「軍師はどのように事態を打破されますか」


孔明は、いまは闇のなかに沈む江夏城を見上げた。
「軍師、これを」
胡済はふところから、一枚の布を取り出す。
手に取ってみれば、江夏城の見取り図であった。
「鄧幹は卑劣な男です。劉公子や、玄徳さまのお味方をしようとする機伯《きはく》(伊籍)どのを城から出られないようにしています。
劉公子はここ、機伯どのたちは、こちらの部屋に軟禁されております」
と、胡済は、奥の部屋のそれぞれを指さした。
劉琦と伊籍のいる部屋は、隔てられて、容易に連絡できないようにしてあるらしい。


「鄧幹がこんなことをする理由は、もちろんおわかりですよね?」
「いざとなれば曹操に劉公子の首を献上しようという魂胆では?」
「そのとおり。ですが、それはおそらく最後の手段としたいのでしょう。
鄧幹という男、かなり卑劣な男ですが、一方でとても気が弱く、血が嫌いなのです。
だからぜったいに劉公子がうごけないように、愛妾を人質にとっているのです。
お優しい劉公子は、これでは何もできず、劉豫洲や軍師に恩を返せないと言って、毎日泣いていますよ」
軟弱な、と関羽は言うが、胡済は、それを山猫のような大きな目でじろりとにらんだ。
孔明は関羽と胡済のあいだに立ち、両者がにらみ合うのを防いだ。


「事情は分かった。では、劉公子には、われらを助ける意志がある、ということだな」
「もちろんです。恩義を忘れる劉琦さまではありませぬ」
孔明がふむ、と言って考え込むのを見て、孫乾が期待を込めた目をして、たずねてきた。
「軍師、よい策があるだろうか」
「江夏城内の見取り図が手に入ったのなら、こっちのものです。
あの使者を利用し、一気に城に雪崩れ込みましょう。
雲長どのには、決死隊を編成していただき、劉公子と機伯どのらを救出してもらいます。
そして、その騒ぎに乗じ、偉度には、桃姫とやらを救出してもらいましょう」
「なるほど、それはよいな」
「うむ、突撃ならば任せてくれ」
孫乾と関羽が、それぞれ気負って言った。


だが、孔明には心配があった。
「舞をみるかぎり、このあいだの怪我の影響はなさそうだが、大丈夫なのだろうね、偉度や」
孔明が問うと、胡済は、何を言うか、という顔を見せた。
「踊れるくらいにまでは回復しているのです。ちょっとした小競り合いになら負けませぬよ」
「ならばよし。では、そうと決まれば、すぐに動き出そう。
夜明けまでもうすこし。それまでに、突撃の準備をすませてしまわねば」
孔明の合図を皮切りに、いっせいに男たちは動き出した。



つづく


※ いつも閲覧してくださっているみなさま、どうもありがとうございます!(^^)!
以前は胡済(偉度)の表記を、「胡偉度」とか「偉度」にしていましたが、あたらしく「奇想三国志」に生まれ変わったのにあたり、「胡済」に統一することにしました。
今後、あざなで表記するのは、基本的に孔明と女性キャラクターぐらいになります。
孔明を「諸葛亮」と表記したこともありましたが、なんか違和感がありましたので、元に戻しました(日本では孔明だけはなぜかあざなで表記するという伝統があるようですが、なぜなんでしょうねえ……いや、でも孔明は「孔明」でちょうどいいですよね)。

次回、江夏城に突入! どうぞおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 五章 その2 舞姫、踊る

2024年02月14日 09時55分40秒 | 地這う龍
しばらくすると、野営にいつもより多めの篝火が焚かれ、鄧幹《とうかん》の使者がもってきた大量の酒甕《さけがめ》の蓋があけられた。
酒の酔い香がぷうんとあたりに漂い、それと同時に気の利く芸人たちが、それぞれ楽し気な音楽を奏ではじめた。
すると、舞姫たちはあどけない少女の顔を一変させ、蠱惑的な舞を披露しはじめる。
篝火のした、長袖をひらひらと宙に舞わせて、音楽にぴたっと合わせて踊るさまは、幻想的ですらあった。


それまで、関羽らとともに、ぶうぶう不平を言っていた者たちも、舞姫たちの見事な踊りに、見とれ始めている。
鄧幹の使者に言い含められているのか、芸人たちはすかさず将兵たちの間に入って、杯に酒をついでまわりはじめた。
孔明のところにも芸人がやって来た。
一瞬、毒はないかなと疑ったが、鄧幹の使者の平然とした顔色を見て、大丈夫そうだと判断した。
要領はよさそうだが、度胸のなさそうな男だ。
こちらに毒を盛っているのなら、もっと顔色を変えているはずである。


孔明がちびちびと酒を進めている横では、まだ文句を言い続けている関羽と孫乾《そんけん》が、ぐいぐいと酒を煽っていた。
「おもしろくないっ」
と声高に関羽は言うが、酒の回って来た将兵たちは、それをあえて無視しているようだ。
実は、孔明はあらかじめ将兵たちに、
「飲んでもよいが、かならずほどほどにすること」
とくぎを刺していた。
かれらは言いつけを守っている様子だ。


宴もたけなわとなったころ、真打ちともいうべき舞姫が前に進み出た。
例の、山猫のような大きな目をした娘である。
ほかの舞姫よりもすらりとしていて、身のこなしも敏捷であった。
芸人と山猫のような娘はたがいに合図しあうと、それまでより早い楽曲で踊り始めた。


くるくると、旋回しながら、舞姫は長袖を空を飛ぶ龍のように舞わせて踊る。
舞姫の足元に合わせるように、少女たちが激しい恋の歌を唄い始め、場は一気に盛り上がった。
将兵たちはやんやの喝さいを送り、関羽と孫乾も、杯を口に運ぶのをやめて、目を瞠《みは》っている。
舞姫はさまざまな動きでひとびとの目を楽しませた。
その柔軟性と、音感の良さは、誰の目にもあきらかであった。
だれもが気を許していた。
舞姫が満面の笑みを浮かべつつ、芸人のひとりから曲芸用の剣を受け取ったときも、面白い出し物だ、くらいにしか思っていない。


剣舞をはじめた舞姫に、ひときわ大きな喝さいが起こった。
当然、鄧幹の使者も、やんやとはしゃいで喜んでいる。
舞姫は複雑なうごきで地に円を描きながら鄧幹の使者の前にやってくると、いきなり、その剣の切っ先を使者の喉元ぎりぎりに突き立てた。
それまでの喝さいとはまったく別の、動揺の含まれたざわめきが起こった。


「な、な、なにをするっ」
鄧幹の使者は、一気に酔いが醒めたようで、目を見開いて、舞姫を見る。
すると舞姫は、それまでの愛らしい笑顔を一変させ、まるで夜叉のような顔をしていった。
「騒ぐな! おまえはいまからわたしの虜《とりこ》だ。
ほかの者も、おとなしく縛に付け! 騒げば、こやつの命はないぞっ」
舞姫の喉から飛び出たのは、まぎれもなく男の声だった。
関羽と孫乾が、仰天《ぎょうてん》して腰を浮かせる。
「なんだ? 男? 男なのか?」
「軍師、早くこやつらを縛に」
舞姫から水を向けられた孔明は、まったく騒がず動じず、舞姫に向かって答えた。
「よくやった、みごとな手際だ、偉度《いど》」
褒めると、舞姫の格好をした、あざなを偉度、姓名を胡済《こさい》は、にやっと笑った。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます、うれしいです(^^♪
胡済(偉度)、再登場の回でありました。
お楽しみいただけたなら幸いです♪

昨晩に「2024年2月の近況報告 その2」を更新しています。
そこにくわしく書きましたが、本日「カクヨム」さんから退会します。
そして、躓いていた赤壁編の制作も、急ピッチで進めております。
よろしかったら、記事を読んでみてくださいませね。

とにもかくにも書いていきます。
ひきつづき、応援していただけたならうれしいです!
ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 五章 その1 宴を前に

2024年02月13日 09時42分48秒 | 地這う龍



江夏《こうか》にいる孔明は、陳到に託されたはやぶさの明星《みょうじょう》の面倒を見ていた。
鄧幹《とうかん》とやらの使者のひとりに、ねずみの干したのはないかと尋ねたが、そんなものはない、干し肉でがまんしてくれ、と言われた。
そこで、贅沢だなと思いつつ、明星に干し肉を与えることにした。
明星は、こんどこそうまそうに肉をつついている。


「いつになったらわが君のところへ戻れるのであろうか」
ひとりごとをつぶやきつつ、江夏の河岸に目をやる。
江夏の港では、船が波に揺られて浮いていた。
船乗りの数もじゅうぶんなようだ。
江夏太守である劉琦《りゅうき》さえ動かせれば、いつでも出発することができる。
しかし、かれはいま、江夏城の奥底に隠され、なぜか名の知られていない土豪の鄧幹が江夏を仕切っている。


事情をよく吟味してみれば、関羽が足止めを食ったのも仕方のない話であった。
仮に関羽が腹を立てたついでに江夏城に突入していたとしても、勝手のわからぬ城の中で乱戦になり、多くの死傷者が出ただろう。
さらには、恩人の遺児ともいうべき劉琦に刃を向けたとして、世人は関羽と、そのあるじたる劉備を許すまい。
かといって、ほかに助けを得られそうな勢力に心当たりはないのだ。
劉備は、いざとなれば蒼梧太守《そうごたいしゅ》の呉巨《ごきょう》を頼りにしたいと言っていたことがあったが、交州は遥か南方の土地で、遠すぎる。


がつがつ干し肉を平らげてしまった明星は、顔を上げて、孔明を見て鳴いた。
その声は甲高く、美しいとはお世辞にも言えないものであった。
「おやおや、おまえは鳴かないほうがかわいいね」
孔明が言うと、明星は、きぃいぃ、とまた甲高く鳴いた。


一方で、孔明の背後では、宴の支度が着々と進められていた。
芸人たちと舞姫たちにあわせ、退屈しきっていた関羽の将兵たちが力をあわせて場の設営をしている。
芸人たちと将兵はよく働いていたが、舞姫たちは手伝うフリをするだけで、身内だけできゃっきゃと遊んでいるのが目立った。
例の目のひときわ大きな、山猫のような娘だけは、舞姫たちとは別行動で、なにやら周りを観察して回っている。
孔明は、さきほどからその娘を視界から逃さぬようにしているのだが、向こうもそれと気づいているようだ。
たまにこちらに顔を向けては、なにやら意味ありげな笑みを浮かべて見せる。


それが色っぽい合図だと思い込んでいる関羽と孫乾《そんけん》は、着々と準備が進む宴を前に、憤然として、文句ばかり言っていた。
「軍師は何を考えておられるのかっ」
と関羽が言えば、
「この危急存亡のときに、遊び惚けるつもりとは、わたしもとんだ見込み違いをした」
と孫乾が応じる。
「とんでもない曲者じゃ」
と、また関羽が言うと、
「左様。われらは騙されていたのかもしれぬ」
と、孫乾がさらに応じた。
そこまで言うなら、こちらが到着する前になんとかしてくれればよかったのに、というのが孔明の本音だ。
だが、それを言ったらまちがいなく関係が壊れるので、黙っている。


つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村に投票してくださった方も、ありがとうございました、とても励みになります(^^♪
今後も精進して創作に励んでまいりますv

さて、最終章のはじまりです。
どうぞじっくりおたのしみくださいませ!
次回も展開がありますよー、どうぞおたのしみにー(*^▽^*)

地這う龍 四章 その18 張飛の咆哮

2024年02月12日 09時51分27秒 | 地這う龍



地平を埋めつくす曹操の兵。
何万人いるのだろうかなあ、と張飛はかんがえる。
何万いようと、関係ないのだが。
それぞれの大将の名を染め抜いた旗がひるがえり、こちらを威嚇しているのが腹が立つ。
兵の中央には天蓋があり、その下に、稀代の姦雄・曹操がいるのはまちがいなかった。
やつはおれを見ている。
おれもやつを見ている。


趙雲が引っ掻き回した戦場は、すでに落ち着いていて、いまは耳に痛いような静寂に包まれていた。
曹操の兵は、橋を突破せんと集まって来たのだ。
しかし、単騎で橋を守る張飛の姿に怖じて、先に進めなくなっている。
おそらく、なにか策があるのではと疑っているのにちがいない。


しかし実際に、張飛には策があった。
橋の背後の木立に兵をひそませ、縄でもって、木立をしきりに揺らさせていたのだ。
そうすることで、伏兵があると、曹操側に疑わせていたのである。
一定の距離を置いて、曹操が進んでこないところをみると、策は当たったようだ。


張飛は蛇矛をぶうんとふりまわし、空気を斬った。
それから、腹の底から曹操に呼ばわった。
「張益徳である!」
ぴんと糸を張ったような緊張した空気のなか、張飛の銅鑼のような声は、わんわんと隅々まで良く響いた。
「曹操の軍兵たちよ、聞け! おまえたちのなかに、このおれと矛を交えんとおもう者はおるかっ!」
張飛の声は、無言の戦場に染みわたっていった。
遠くの一兵卒にまで届いただろう大音声に、曹操軍が凍り付いたのが、気配で分かる。


しんと静まり返った戦場で、残響だけがある。
ほかに声を上げる者はない。


と、天蓋の下の曹操が、なにかを合図したのが遠目に見えた。
それを機に、なんと、橋を取り囲んでいた数万の騎兵が、来た道を戻っていく。


土煙をあげて消えていく曹操軍のすがたを、張飛の背後で隠れていた兵士たちが唖然と見つめていた。
張飛は喜ぶでもなく、誇るでもなく、ふんっ、と大きく鼻を鳴らすと、部下たちに下知した。
「よしっ、橋を燃やせ、兄者たちに合流するぞ!」
まだキツネにつままれたような顔をしている部下たちだったが、張飛の命令に、弾かれたように動き出した。







趙雲は劉備と対面したあと、糸が切れたように昏倒してしまった。
そこで、台車に乗せられ、さらに移動することとなった。
もはや意識は朦朧として、自分たちがどこへ逃げているのかすら、わからない。
あとは劉備の判断に任せるほかなかった。


ボンヤリしたまま横になっている趙雲に、声がかかる。
「よくやったよ、ほんとうに、こんな男を見るのは初めてだ」
なつかしい声が聞こえたような気がした。
趙雲はおもわず、返事をする。
「俺はおまえとの約束を守ったろう。かならず生きて帰ると……」
「うん? 約束なんてしたっけね」
と、その声で目を開くと、隣で並走していたのは孔明ではなく、例の旅装の大男であった。
「水を飲むかい、疲れただろう」
自分をいたわってくれるその旅人のいうがまま、趙雲は水をもとめた。
そして、気づいた。


この旅人は、孔明とおなじ徐州の人間なのだ。
言葉の端々になまりがある。
孔明とおなじなまりだ。
「あんた、すごいことをやってのけたんだよ。
まったく、こんなのを見たことがない、たいしたものだよ」
褒めちぎる旅人に、趙雲はうなるように答えた。
「約束をしたのだ。軍師と、かならず生き延びると」
「そうかい、そうかい、約束を守れたってわけだね。
いまは休むといいよ、曹操の兵もまだ追ってこないから」
まだ追ってこない、か。
いずれは追ってくる。
それまでに、体力を回復させておかねば。


趙雲はガタガタ揺れる台車に身を任せた。
そして、いまは東の地にいるであろう友の姿を思い浮かべた。


孔明のことを思い出すと、ひどく心配になってくる。
船がまだ来ない。
孔明は劉琦のいる江夏に、きちんとたどり着いたのだろうか。
かんがえているうちに、何度目かの睡魔が襲ってきた。




つづく

※ いつも閲覧してくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
今回で四章がおわり。次回から最終章の五章となります。
どうぞ最後までお付き合いくださいませね!

でもって、赤壁編、急ピッチで「箱書き」なるものを作っております。
まだそんなところか……と呆れられた方もいらっしゃるかも。
なんとか「毎日更新」目指して、奮励努力してまいりますよー!
引き続き応援していただけるとさいわいです♪

ではでは、次回をおたのしみにー(*^▽^*)

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