はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その18

2023年05月20日 10時02分39秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
こちらの事情をすべて知り尽くしているような男の振る舞いに、孔明はむしろ、気味悪く思いはじめていた。
思い切って、たずねる。
「失礼ですが、あなたはどなたです。
劉公子のご学友ですか。|花安英《かあんえい》と同じく」
孔明に問われて、男は、はじめて名乗っていなかったことに気づいたようで、きまり悪そうに笑った。
「ああ、すまぬ、失礼をした。俺は|程子文《ていしぶん》という。
そのとおり、劉公子の学友というやつだ」
「どこかでお会いしましたか」
「いや、初対面だな」
言いながら、程子文は孔明の横を過ぎる。
そして、白い花を片手に、放りっぱなしの画材道具のところまで行き、ていねいに片づけをはじめる。


花安英のものではなかったのか。
孔明はたずねた。
「絵を描かれるのですか」
「ちょっとした趣味でね。昔からこれは得意だった。俺ができることのなかで、人を喜ばせることができる唯一のことが絵を描くことなのさ。
ほかは、そうだな、水遊びなんかは好きだが。あんたはどうだい」
唐突なことを問う男だと孔明はふしぎに思いながら、答えた。
「旅に出た先で、たまに羽目を外して水遊びをすることもありますが」
「泳ぐのかい」
「旅先でしたら、風呂の代わりにすることもあります」
「あんた、徐州だろう」
「おわかりですか」
「訛りがすこしあるな」
「あなたも北からいらしたのですか」
「どうしてそう思う。俺は、生まれも育ちも荊州だ」
「それは見当違いでした、申し訳ありません。
ただ、わたしに北方の訛りがあるとすぐにお分かりになったようなので、同じ徐州が、さもなくば、同じ北の出身なのかと」
「俺の訛りは消えているだろう」
たしかにそうだったので、孔明は、はい、と応じたのだが、荊州出身だというのに、『消えている』というのは妙な表現だなと思った。


「この城に仕官するために来たのかい。貴殿の叔父君は、喜ばないだろうに」
不意に、叔父の話が出てきて、孔明は心臓をいきなり掴まれたくらいにおどろいた。
「叔父をご存知なのですか」
「会ったことはない、が、話だけは聞いている。
揚州の豫章の太守になったはいいが、漢朝側の人間に追い立てられて逃げてきて、けれど、結局、襄陽城まで追いかけてきた刺客に殺された。そうだろう」


事実である。
が、孔明はすっかり気が動顚していた。
あらためて目に鮮やかに浮かぶ、夕映えのなかの廊下と、同じくらいに鮮やかに床を染め上げた血潮。
こわばり、動けなくなった孔明に、叔父が安心させるためだったか、わずかに微笑む。
あの笑み。
忘れたことのない、惨劇の記憶。
だから、襄陽城には来たくなかったのだ。


「叔父はたしかにこの城で遭難しました。
仮にわたしがここに仕官するとなると、どうして叔父がそれを喜ばないとおっしゃるのですか」
「仮に、というと、まだ決めかねているのかい。
だったら、よしたがいい。俺だったら、嫌だね」
「わたしとて、好きでここに来たわけではありません。
わたしが仕官するのではなく、徐元直が仕官するために来たのです」
「徐元直…そうか」
程子文は、誤解をといたらしく、意地悪い表情を消した。


「貴殿は、叔父君が亡くなったあとどうしていた。
司馬徽先生のところへ通いはじめたのは、いつごろだい」
「なぜそれを聞くのです」
「いや、ちょっと興味があっただけだ。
司馬徽先生の門弟は、みな総じて高い評価を受けている。
だから、貴殿もそうなのかと」
「わたしは、先生の塾で末席に座っているだけの、つまらない者です」
「つまらなくないやつほど、そういうね」


孔明は、話の行方がわからず、じりじりし始めていた。
伊籍はいつ戻ってくるかわからないし、初対面の相手に無礼な態度はとりたくないし。
それに、さきほどから、叔父のことを鮮明に思い出したせいで、頭痛がしてきている。
耐えてはいたものの、しだいに、こめかみからあぶら汗が流れてきた。


「おい、大丈夫か、顔が真っ白だ。具合でも悪いのか」
程子文が、心配そうに顔をのぞきこんでくる。
崩れそうになるおのれを励まして、孔明は、口許を袖で押さえて、言う。
「申し訳ございませんが、すこし気分が悪くなってしまいました」
「それはいけない。俺の部屋へ行くか…いや、俺の部屋もきれいとは言えない。公子のところへ」
「いえ、それはいけません。公子は落ち込まれていると聞きました。
いまのわたしのように、体調を崩している者が押しかけたら、きっともっと落ち込まれてしまうでしょう。
程子文どの、頼みたいことがあるのですが」
「なんだい」
「伊籍どのが戻られましたら、今日は公子にお会いしても、かえって失礼になるかと思いますので、大変申し訳ありませぬが、引き返させていただきますと孔明が言っていたと、お伝えいただけませぬか」
「それはかまわん。公子のほうは気をつかわなくて大丈夫だろう。
機伯どのをしても、今日は公子を床から引きずり出すことはできそうにないからな。
それより、付いて行かなくてよいか」


男が肩に手をのばしてきたので、孔明はとっさに、それを激しく振り払った。
相手のおどろいた顔が袖越しに見えた。
しまった。
孔明は心のなかで、大きく舌打ちをする。
なんという失態。
初対面の相手に無礼ばかりしている。
最悪だ。
とはいえ、頭痛はひどくなる一方で、失態をなんとか取り返すのもむずかしい。


「申し訳ございません。初対面のあなたに無礼なふるまいばかりしてしまい…」
「いや、それはかまわん、それより、ほんとうにだいじょうぶなのか」
「後日あらためて謝罪に参ります。本日はご容赦ください」


孔明の様子が切迫していたせいか、程子文は唖然としている。
責めたり不快そうにしたりする気配はない。
そこに安堵しながら、孔明は劉琦の住まいから、足早に去った。
その背中に、程子文の声が追いかけてきた。
「俺はいつもここにいる。また、来てくれ、いつでもいいから。あんたと話がしたい」


なにか、そこに|縋《すが》るような思いを感じ取ったのは、自分の体調の悪さゆえの錯覚かと孔明は思った。
だが、そうではなかった。
孔明はあとになって、程子文の真の立場を知るのであるが、それはこの出会いから、数年もあとのことになるのである。


つづく

※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(^^♪
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、大感謝です!(^^)!
今日はこのあと、「飛鏡、天に輝く」の記事をいったんブログから消します。
どうぞよろしくでーす。
この拙い作品を見てくださったすべての皆様に感謝です。
あらたな形で帰ってきますので、そのときは、どうぞまた見てやってくださいね。
それと、今日か明日、余裕があったら近況報告をこのブログにておこないます。
記事をアップしたら見てやってください。
ではでは、みなさま、本日もよい一日をお過ごしくださーい('ω')ノ


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