はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

臥龍的陣 番外編 空が高すぎる その29

2023年05月31日 09時56分45秒 | 臥龍的陣番外編 空が高すぎる
徐庶は複雑だった。
徐庶が旅をはじめたのは、まず孔明から遠ざかるためでもあった。
劉表に仕官を求めた日以来、徐庶は孔明との距離が、いま以上に縮まるのを恐れた。
孔明がおのれを頼りすぎて、自分を押し込めているのが見えてしまったのが、ひとつ。
もうひとつが、孔明の優しい誘いに、抗えなくなる自分が、こわかったのが、ひとつ。


田舎に隠棲して暮らすことは、その気になれば出来ただろう。
あまり仲のよくなかった石広元さえ、いつのまにか心服させている孔明である。
一緒にいれば、楽しいに決まっている。
だが、その先にはなにもない。
自分で築いてきたものを捨てる代わりに、未来も捨てることになる。


それに、徐庶には、わかっていた。
いままでは、孔明は、杖にすがるようにして、徐庶にすがって生きていた。
だが、孔明は、徐庶がいなくなったことで、かえってとおのれを成長させていった。


重ねてきた歳月のなかで、おのれの弱さを、自然と克服していたことに気づいたのだろう。
石広元とうまく付き合っていけるようになったのも、その証拠だ。
それまで小さい世界にあえて閉じこもっていたのが、外に目を向け始めているのである。


そうなることは、徐庶は十分に承知していた。
徐庶は、孔明に追い抜かされることを恐れて、旅に出たのではない。
それよりも恐れたのは、自分が、孔明にとって、『兄』ではなくなることだった。
孔明にとって、不要な人間になってしまう、おのれの小ささ、弱さが嫌だった。


「そうだ、水鏡先生から手紙が来ていたのだった。
おまえがもし帰ってきたら、かならず寄るように伝えてほしいとのことだよ。
大事な話があるらしい」
「もちろん、寄るつもりだが、なんだろう」
「たぶん、新野の劉豫州の件だろう。
俺は会ったことがないが、あの御仁は、このところ、軍師がほしいと、方々に働きかけているのだそうだ。
曹操がまちがいなくやってくるから、その備えのためもあるだろうが」


劉豫洲…劉備の名は、荊州でほとんど隠居のようになっているにも関わらず、旅のなかで、ときどき聞こえてくる名前であった。
おのれの国を持ってない、四十をなかば過ぎようとしている人物に、いまだ関心を見せている人々がいるのである。


劉姓であるからなのか、それとも、その義兄弟や家臣たちの、いかにも講談師が好みそうな物語が、人々の記憶を刺激し続けているからだろうか。
思うに、六年間も動けずにいる主君に対して、もともと荊州の人間ではない家臣たちが、だれひとりとして欠けることがなく忠誠を誓い続けているというのも、不思議なことであった。


「それはつまり、俺に劉豫州の軍師にならないかと、そういうことを水鏡先生は考えてらっしゃるのだろうか」
石広元は、さあ、と言いながら、首をかるく回した。
仕事で体が固まってしまっているのか、石広元の身体からは、ぱきぽきと関節の音が聞こえた。
「どうかな。しかし、悪い話じゃなさそうだぜ。
劉豫州は、たしかに劉州牧の食客になっている人物だが、評判はいいみたいだ。あんたとも相性がいいんじゃないのかな。
もう四十五にちかいという人物だが、赤ん坊のように素直なんだそうだぜ。
年を取ると、自分の経験をよそさまに吹聴したがるようになるのが普通だが、劉予州はそういう真似はせず、ひたすら人の話を聞いて、勉強しようとするのだそうだ。
水鏡先生がめずらしく劉豫州の軍師を探しているのも、劉豫州の人柄が気に入ったからだろう」


「水鏡先生は、自分が軍師になったらいい」
「そこはそれ、あの方は、たしかに人にものを教えるということには長けているが、駆け引きというものがまるでできない。
そういう人間は、組織のなかでやっていくのは、つらいよ」


そう言って、石広元は笑う。
笑いながらも、やつれた顔を見て、徐庶は、この友も、世間というやつと戦って、けんめいに自分を磨いているのだなと思った。
俺は、みなから、だいぶ遅れてしまっているようだ。




つづく


※ いつも当ブログに遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます!(^^)!
そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、感謝です(^^♪

いよいよ明日、この番外編「空が高すぎる」の本編が終わります。
書いた人間としても、こんなに長い話だったんだなと思いながら掲載していました。
大きな事件の起こらない話ですが、楽しんでいただけていたなら幸いです。
さて、来週から発表する予定の続編の制作は、いまのところ順調…とはいえ、やはり第一稿の完成は間に合いそうにないです。
現段階で、趙雲が長坂の戦いで奥方様を捜しまわるところまで書きました。
このあと、いろいろエピソードを書く必要がありますので、連載は「書きながら」「推敲しながら」という、綱渡りな状態になりそうな。
なるべくテキパキ作業して、いい状態でお届けできるようにしたいです。

ではでは、今日もみなさま、よい一日をお過ごしくださいね('ω')ノ


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。