「劉表は、表向きの『清流派』の顔を、崩したくなかった。
ほんとうは、ただそれだけだったのだ。
諸葛孔明の叔父の玄は、あまりに直情的で、劉表に遠慮がなさすぎた。
あれは劉表に鏡を突きつけた。
突きつけられた鏡に映るおのれの醜い姿を真正面から見ることに我慢がならなかったので、劉表は諸葛玄を殺した。
甥の孔明に目をつけていたから、どうしても欲しいと思った。
けれど、諸葛玄は、孔明を守るための策を残していたのです。
それを利用して、諸葛家の人間は、なんとか劉表の手から孔明を守った。
けれど、諸葛玄の印象というのは、劉表と壷中にとっては強烈だった。
いつか、成長した孔明が、叔父の死の真実を知って自分たちに刃向かってくるかもしれない。
根拠もなく、それを恐れた。
かれらは、ずっと孔明を見張ることにした…」
「見張りをつけたことで、壷中は安心したのです」
嫦娥《じょうが》のことばを、麋竺が継いだ。
「まさか、軍師どのが、ほんとうにわが君の軍師になるとは思っていなかった。
わが君は荊州を最前線で守る将。
壷中も、なりたちはゆがみきっているが、荊州を守るという目的を持っている。
つまり、軍師がわが君の軍師になった時点で、壷中は軍師を敵対視する理由がなくなった。
仮に壺中が手をくだして軍師に何事かがあれば、わが君が動く。
それは壷中にとっては好ましくない事柄だった。
わが君と壷中、つまり劉表が争えば、得をするのは曹操なのですから。
荊州は危機に見舞われる」
麋竺のことばに、劉備は腕を組み、首をひねった。
「わしを怒らせたくないというのなら、なぜ子龍の部下の斐仁は、劉公子(劉琦)の学友を殺したのだ。
壷中というのは、潘季鵬《はんきほう》が組織しているのではないのか」
劉備の問いに、こんどは嫦娥が答える。
「潘季鵬は、子供たちを育てる才能を買われて、ここ数年の間に壷中を取り仕切るようになった男です。
壺中の雇われ師匠といったところでしょうか。
ですが、この男はひそかに劉表を裏切り、自分たちの部下を組織して、叛逆を企てたのです。
そしていま、荊州じゅうにある壷中の村から、仲間たちを隠し砦のある樊城に呼び寄せているのです。
潘季鵬が子龍どのを狙うのは、おそらく私怨を晴らすためでしょう。
曹操南下の気配が濃厚となり、このままでは復讐の機会を失してしまう。
だから焦ったのかもしれません」
劉備はぼりぼりと頭を掻いて、うなる。
「ややこしい話だな。つまり壷中というのは、最初は劉表だけのものだった。
しかしあとから雇われた潘季鵬が横からそれを奪おうとしている。
そのため、壺中はいま二つに分かれている。
劉表の壺中と、潘季鵬の壺中。
そして、孔明の仇は劉表で、子龍の敵は潘季鵬。
この理解であっているだろうか、嫦娥さん」
嫦娥はうなずくと、不意に劉備の前にぱっとひざまずいた。
「わたくしは壷中に身をおく立場。
なれど、壺中をひそかに裏切り、子仲さまと同じく、ずっと壷中をつぶす機会を狙っておりました。
まさにいまがその時機。
新野から樊城に至る間道を知っております。
劉豫州、諸葛孔明と子龍どのを助けるためにも、わたくしに兵をお貸し下さい」
「ううむ、その言やよし、といいたいところだが、どうもあんたは引っかかる。
いや、あんただけではない。子仲さんもだ。
劉表の腹の中が、毒虫よりも真っ黒だというのは、よくわかった。
潘季鵬が子龍を狙っているのもわかった。
だが、あんたたちの動きがよくわからぬ。
子仲さんはどうして独断で襄陽城に行って、壺中を潰そうなどと考えたのだ」
とたん、麋竺の顔は真っ青になり、倒れんばかりとなった。
「お許しを、わが君」
「わしは、なにを許せばよいのだ」
「すべては、わたくしの独断なのです。
わたくしが襄陽城へ行ったのは、劉表を暗殺するためでございました。
すでに劉表はあさましくも媚薬の中毒になっており、もはや昔日の面影もない哀れな有様になっております。
わたしは、仲間であった程子文がとつぜん殺されてしまったこともありますが、こう思ったのです。
ひと思いに殺してしまうより、生きながら醜態をさらしているいまの状態のほうが、よほど劉表にとっては恥であろうと。
そこで、劉表の暗殺をやめて新野へ戻ってきたのです」
つづく
ほんとうは、ただそれだけだったのだ。
諸葛孔明の叔父の玄は、あまりに直情的で、劉表に遠慮がなさすぎた。
あれは劉表に鏡を突きつけた。
突きつけられた鏡に映るおのれの醜い姿を真正面から見ることに我慢がならなかったので、劉表は諸葛玄を殺した。
甥の孔明に目をつけていたから、どうしても欲しいと思った。
けれど、諸葛玄は、孔明を守るための策を残していたのです。
それを利用して、諸葛家の人間は、なんとか劉表の手から孔明を守った。
けれど、諸葛玄の印象というのは、劉表と壷中にとっては強烈だった。
いつか、成長した孔明が、叔父の死の真実を知って自分たちに刃向かってくるかもしれない。
根拠もなく、それを恐れた。
かれらは、ずっと孔明を見張ることにした…」
「見張りをつけたことで、壷中は安心したのです」
嫦娥《じょうが》のことばを、麋竺が継いだ。
「まさか、軍師どのが、ほんとうにわが君の軍師になるとは思っていなかった。
わが君は荊州を最前線で守る将。
壷中も、なりたちはゆがみきっているが、荊州を守るという目的を持っている。
つまり、軍師がわが君の軍師になった時点で、壷中は軍師を敵対視する理由がなくなった。
仮に壺中が手をくだして軍師に何事かがあれば、わが君が動く。
それは壷中にとっては好ましくない事柄だった。
わが君と壷中、つまり劉表が争えば、得をするのは曹操なのですから。
荊州は危機に見舞われる」
麋竺のことばに、劉備は腕を組み、首をひねった。
「わしを怒らせたくないというのなら、なぜ子龍の部下の斐仁は、劉公子(劉琦)の学友を殺したのだ。
壷中というのは、潘季鵬《はんきほう》が組織しているのではないのか」
劉備の問いに、こんどは嫦娥が答える。
「潘季鵬は、子供たちを育てる才能を買われて、ここ数年の間に壷中を取り仕切るようになった男です。
壺中の雇われ師匠といったところでしょうか。
ですが、この男はひそかに劉表を裏切り、自分たちの部下を組織して、叛逆を企てたのです。
そしていま、荊州じゅうにある壷中の村から、仲間たちを隠し砦のある樊城に呼び寄せているのです。
潘季鵬が子龍どのを狙うのは、おそらく私怨を晴らすためでしょう。
曹操南下の気配が濃厚となり、このままでは復讐の機会を失してしまう。
だから焦ったのかもしれません」
劉備はぼりぼりと頭を掻いて、うなる。
「ややこしい話だな。つまり壷中というのは、最初は劉表だけのものだった。
しかしあとから雇われた潘季鵬が横からそれを奪おうとしている。
そのため、壺中はいま二つに分かれている。
劉表の壺中と、潘季鵬の壺中。
そして、孔明の仇は劉表で、子龍の敵は潘季鵬。
この理解であっているだろうか、嫦娥さん」
嫦娥はうなずくと、不意に劉備の前にぱっとひざまずいた。
「わたくしは壷中に身をおく立場。
なれど、壺中をひそかに裏切り、子仲さまと同じく、ずっと壷中をつぶす機会を狙っておりました。
まさにいまがその時機。
新野から樊城に至る間道を知っております。
劉豫州、諸葛孔明と子龍どのを助けるためにも、わたくしに兵をお貸し下さい」
「ううむ、その言やよし、といいたいところだが、どうもあんたは引っかかる。
いや、あんただけではない。子仲さんもだ。
劉表の腹の中が、毒虫よりも真っ黒だというのは、よくわかった。
潘季鵬が子龍を狙っているのもわかった。
だが、あんたたちの動きがよくわからぬ。
子仲さんはどうして独断で襄陽城に行って、壺中を潰そうなどと考えたのだ」
とたん、麋竺の顔は真っ青になり、倒れんばかりとなった。
「お許しを、わが君」
「わしは、なにを許せばよいのだ」
「すべては、わたくしの独断なのです。
わたくしが襄陽城へ行ったのは、劉表を暗殺するためでございました。
すでに劉表はあさましくも媚薬の中毒になっており、もはや昔日の面影もない哀れな有様になっております。
わたしは、仲間であった程子文がとつぜん殺されてしまったこともありますが、こう思ったのです。
ひと思いに殺してしまうより、生きながら醜態をさらしているいまの状態のほうが、よほど劉表にとっては恥であろうと。
そこで、劉表の暗殺をやめて新野へ戻ってきたのです」
つづく
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そして、ブログ村およびブログランキングに投票してくださっているみなさまも、大感謝です!(^^)!
おかげさまで、「太陽の章」もぶじに60回目まできました。
ほぼ半分…ほぼすべての謎が明らかになっていきます。
今後の展開をおたのしみにーv
そして本日はバレンタインデーですねえ。
って、とくに企画はないのですが、どうぞみなさま、楽しい一日をお過ごしくださいませ♪
わたしも今日はケーキを食べたりして過ごします(*^▽^*)