はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
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地這う龍 四章 その8 彷徨

2024年02月02日 10時10分24秒 | 英華伝 地這う龍



張飛は虎髯《とらひげ》を風になぶらせつつ、じっと北の方向をにらみつけていた。
長阪橋の中央で、騎馬にのり、敵のやってくるのを待っている。
朝もやの向こうから、絶えず悲鳴と剣戟が聞こえてくる。


みんな死んじまったかな、と頭のすみでかんがえる。
かといって、ひるむ張飛ではなかった。
たとえ万の曹操軍が押し寄せてきたとしても、この橋をきっと守り、兄者を守り通して見せる。
決意を固めたその姿は、神々しいといっていいほど凛としていて、部下たちも、声をかけそびれるほどだった。


と、朝もやを突っ切るようにして、こちらに駆けてくる一団がある。
見れば、先頭に立っているのは簡雍《かんよう》で、片腕にひどいけがを負っているようだったが、声は元気だった。
「おおい、おおい、益徳っ、わたしだ、簡雍だ」
「見ればわかるわい、生きておったか」
軽口をたたきつつ、簡雍のとなりを見ると、まぎれもなく甘夫人であった。
張飛の顔が、一気に花が咲いたように明るくなった。
「おお、姉上、ご無事でしたか!」
「子仲《しちゅう》どのと、子龍が助けてくれました」
馬を飛ばしてきたがために、甘夫人の声は弾んでいる。
「わが君はご無事かえ」
「問題なく。姉上が戻られたなら、きっと喜ぶでしょう。
それにしても憲和《けんわ》(簡雍)、子龍が助けたというのは本当か」
「なにをいう、嘘をつくものか、子龍がみなを助けてくれたのだ」
「ふん」


張飛は思案した。
どうやら、麋芳《びほう》のやつは早とちりをしたらしい。
もともと、あいつは子龍に反感を持っていたやつだったからなあ。
おれもやつのことばに引きずられてしまった。
悪いことをしたな、とすぐに反省する。
その切り替えの早さが、張飛のいいところであった。


「ここは俺が守る。姉上たちは、すぐに兄者のところへ行ってくれ」
「わかった、益徳、気をつけろよ」
「だれに言っているかね」
そう不敵に笑い、張飛はふたたび、こうべを北へめぐらせた。
そして、朝もやと血風の向こうに入るであろう同僚に、心で呼びかけた。
『子龍、死ぬなよ、きっと戻ってこい』





麋夫人《びふじん》はけんめいに走っていたが、とうとう利き足にできたまめの痛さに、立ちどまらざるを得なくなった。
足先を確かめるまでもなく、まめはつぶれてしまったようだ。
常日頃から、体が弱いこともあり、立ち歩くこともめったになかった。
それなのに、急に走り続けたので、体中のあちこちが悲鳴をあげてもいた。
足先のまめだけではない。
脚の関節がところどころ痛くてたまらない。


しかし、それでも彼女は足を引きずりながら、曙光の照らす大地をいく。
腕の中には、赤ん坊がいた。
この赤ん坊こそが劉備の嫡子である阿斗である。
阿斗は、麋夫人の奮闘も知らず、すやすやと眠りについていた。
「いい子ね」
阿斗のすこやかな寝顔を見て、ほんのすこしだけ麋夫人は笑みをこぼす。


仮に彼女がひとりだけであったなら、もっと遠くへ逃げられたかもしれない。
あるいは、甘夫人と合流できたかもしれなかった。
しかし、麋夫人に阿斗を棄てるという選択肢はまったくない。
馬車が曹操軍におそわれて横倒しになったさい、甘夫人とはぐれ、阿斗だけを拾って逃げてきた。
暗闇のなかで、激しい剣戟と叫び声が聞こえていた。
趙雲の名を呼ぼうとしたが、かれが敵兵に群がられて手に負えない状況になっているからこそ、自分たちが危険なのだということはすぐに判断できた。
むしろ、声を立てて、敵兵に居場所を知られてしまうことを恐れた。
そこで、みな散り散りになって逃げたのだが、これが失敗だったのだ。
途中までついてきてくれていた御者は、流れ矢に当たって死んでしまっていた。


ここはどこなのだろう。
趙雲は、当陽という地名を口にしていた。
出かけることすらまれだった麋夫人にとって、当陽という土地の名もわからなかったし、当然のことながら、まったく土地勘もない。
地図くらい見て、荊州の地理にくわしくなっておけばよかったと、麋夫人は後悔する。
しかし、まさかこんな状況になるだろうと、半月前に想像できたろうか。
新野で、今年の秋は実りが良いと、みなでよろこんでいたことが嘘のようだった。


だんだん夜の闇が太陽に駆逐されてきている。
遠くのほうから争いの声が聞こえてくるが、味方が勝っているのか、敵が一方的に攻撃を繰り出してきているのか、それすらもわからない。
あまりいい状況ではないということは、大地のあちこちに倒れている無残な民の遺体の数で知れた。
それこそ数日前までは、人の死を前にしただけで卒倒してしまっていただろう。
だが、麋夫人は阿斗を守らねばという使命感ひとつで、おどろくべき強さを一夜にして身に着けていた。


つづく

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今後もしっかり活動してまいります(^^♪
気合入りましたよー!

さて、麋夫人が大ピンチな回がいよいよ来てしまいました……
しかし……どうなるか、次回をおたのしみにー!!



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