はさみの世界・出張版

三国志(蜀漢中心)の創作小説のブログです。
牧知花&はさみのなかま名義の作品、たっぷりあります(^^♪

地這う龍 三章 その15 張郃と舞姫

2024年01月20日 10時10分58秒 | 地這う龍
外に厠《かわや》があるので、そちらに足を向ける。
とはいえ、尿意があったわけではない、気分を変えたかったのだ。
夜の涼しい風が、ほてったほほに当たって、心地よい。
曹操は末端の兵にまで、襄陽《じょうよう》での略奪を禁じていた。
そのかわり、今日に限っては、襄陽城の酒蔵を開け、みなに酒をふるまうことを許していた。
あちこちから、兵士たちの楽しんでいる声が聞こえてくる。
焚《た》かれた篝火のなかで、深呼吸をくりかえし、さて、そろそろ席に帰らないと罰杯を飲まされることになるなと踵《きびす》を返そうとしたときだった。


篝火と襄陽城の柱の間の陰にかくれるように、女がいた。
こちらに背を向けて、しょんぼりうなだれている。
舞姫のひとりだろうか。
派手な衣装と、その流行に合わせて複雑に編み込まれた髪で、玄人女だと知れた。
さて、だれかに意地悪でもされて泣いているのかと興味を覚え、張郃はちかづいていった。
いくばくかの下心もあった。
女をうまく口説けたら、そこいらの茂みに連れて行くつもりでもあったのだ。


「どうした、なぜこんなところで泣いている」
張郃は、けして男どもには見せない、精一杯の優しい顔をして近づいていった。
この笑顔を見せると、たいがいの女はすぐにほだされて心をひらく。


思惑通りで、女は泣き顔を向けてくると、張郃の整った顔を見て、ぽっと顔を赤く染めた。
張郃にしても、女からそういう反応をされるのが当たり前になっているので、動じない。
「だれかにいじめられでもしたのか」
言いつつ、張郃は女ににじり寄る。
女のほうは、いやな感じを受けないらしく、身じろぎしつつも、逃げない。
「どうした、泣いている理由を言ってみよ。おれがなんとかしてやれるかもしれぬ」
「お申し出はありがたいのですが、さすがに将軍様でもどうしようもありますまい」
「それはどういう意味かな」
「わたしが泣いていたのは、劉備さまについていってしまった親族のためです。
今宵の宴は、劉備さまたちを追撃する兵隊さんたちのためのものなんでしょう? 
みなさまに、わたしの親戚たちも殺されてしまうのかと思うと、せつなくて」


張郃は、またもしらけてしまった。
しかも篝火の明かりでよく見ると、舞姫とはいえ、この娘はまだ十五かそこいらの小娘ではないか。
さらには、この無防備な物言い。
ほかの将に見とがめられていたら、面倒なことになっていたにちがいない。


「涙をふけ。そして、劉備についていった者のためなんぞに泣いていたなどと、ほかの者には絶対に言ってはならぬ」
最初の優しげな様子から一変し、こわばった顔を見せる張郃に、舞姫は目をぱちくりさせている。
あまり賢い娘ではなさそうだと思うと、張郃はますますしらけた。
あわよくば、という気持ちもうせていく。
「化粧を直したら、さっさと持ち場に戻るのだな。曹丞相はめそめそした者は好かれぬ」
「で、でも」
「でももなにもない。丞相は女子供であろうと気に入らぬ者には容赦はせぬぞ。
わかったなら、さっさと去《い》ね」
「は、はい、ありがとうございます」
舞姫はぺこりと頭を下げると、軽い足音をたてて去っていった。


その背中に、張郃は聞こえないようにつぶやいた。
「おまえの親族とやらは、助かるまい。おれたちが屠《ほふ》ってしまうだろうからな」
明日からのことを思うと、気持ちがはやるというよりも、醒めていく。
張郃は自分が見た目ほどやさしい人間ではないと自負している。
それでも、無辜《むこ》の民を引き連れて江陵へ逃げようとする劉備の気持ちがわからなかった。
仁君と祭り上げられ、いまさら看板を下ろせない、というところか。
『民を盾に、自分たちだけは助かろうという魂胆ではあるまいな』
だとすれば、なおさら許せぬ。
張郃は、ふうっと大きく息を吐くと、あらためて気合を入れなおし、みずからも宴席へと戻っていった。


つづく


※ いつも遊びに来てくださっているみなさま、ありがとうございます(*^-^*)
ブログランキングおよびブログ村に投票してくださったみなさま、重ねてありがとうございました!
とっても励みになります(^^♪ どんどん書いていけるエネルギーをいただきました!
ブログランキングでブログをフォローしてくださった方も、うれしいです!(^^)!
今後もどんどん作品を発表していきますので、どうぞおたのしみにー(*^▽^*)
ようし、今日もがっつりがんばりますよー!

そして、今日もちょっとでも面白かったなら、ブログ村及びブログランキングに投票していただけますと、とても励みになりますv
どうぞご協力よろしくお願いいたします!

ではでは、次回をおたのしみにー(#^.^#)


コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。