■■■■■
帯とけの新撰和歌集
紀貫之の云う「歌の様」を知らず「言の心」を心得ないで、近世以来、解き明かされてきたのは歌の清げな姿のみ。歌の「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解け、生々しい人の心が浮言綺語の戯れのような歌言葉のうちに顕れ、貫之の云う「絶艶の草」が実感できるでしょう。
紀貫之 新撰和歌集 巻第一 春秋 百二十首(四十一と四十二)
みよし野の山辺にさける桜花 しら雲とのみあやまたれつつ
(四十一)
(み吉野の山辺に咲いた桜花、白雲だとばかり見間違えていることよ……み好しのの山ばの辺りにさいたおとこ花、しらけた心雲、門の身、見あやまたれ、つつ)。
言の戯れと言の心
「みよしの…み吉野…所の名…み好しの」「やまべ…山辺…山ば付近」「さくらばな…桜花…木の花…男花…おとこ花」「しらくも…白雲…しらけた心雲…しらけた情欲」「のみ…ばかり…限定する意を表す…との身…との見」「と…と…門…女」「み…身…見…まぐあい」「あやまたれ…過たれ…誤解され」「つつ…反復や継続の意を表す…筒…空しきおとこ」。
しら雲の中にかくれてゆく雁の 声はとほくもかくれざりけり
(四十二)
(白雲の中に隠れて飛びゆく雁の、声は遠くとも、きえないことよ……白い心雲の中で、ひっそり逝くかりひとの、声はとおくなるとも、なくなりはしないなあ)。
「白雲…しらけた心雲…しらけた情欲」「かくれて…隠れて…ひっそりと」「ゆく…行く…逝く…はてる」「かり…雁…鳥…女…刈り…めとる…まぐあい」「とほく…遠く…大きく」「かくれざり…隠れない…なくならない…見えなくならない」「けり…伝聞回想…詠嘆、感動」。
両歌は、清げな姿に隠して、しら雲の情態となった男と女のありさま詠んだ歌。
おとなたちは、歌の「玄之又玄」のうちにある艶なる情を楽しんでいる。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九 新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。