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帯とけの新撰和歌集
言の戯れを知らず、貫之の云う「言の心」を心得ないで、解き明かされてきたのは和歌の清げな姿のみ。公任の云う「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
紀貫之 新撰和歌集 巻第一 春秋 百二十首(七十一と七十二)
桜花ちらば散らなむ散らずとも ふるさと人の来ても見なくに
(七十一)
(我が宿の桜花、散るのならば散ってくれ、散らずとも、生まれ育った里の人が来て、見ることもないのでなあ……おとこ花、散るならば散ってくれ、散らずとも、古妻が来て、見ることもないことよ)。
言の戯れと言の心
「桜花…木の花…男花…おとこ花」「散る…花などが散る…果てる」「なむ…てほしい…他に対する願望を表す」「ふるさと人…古里人…生まれた里の人々…古女人…古妻」「さと…里…女」「見…見物…覯…媾…まぐあい」「なくに…無いのでなあ…ないことよ…詠嘆の気持ちを含んだ打消しを表す」。
をみなへし多かる野辺に宿りせば あやなくあだの名をや立ちなむ
(七十二)
(女郎花の多くある野辺に宿をとれば、わけもなく徒な男と噂が立つだろうか……をみな圧し、多くある、ひら野あたりに宿っていれば、わけもなく、いいかげんな汝おがよ、立つだろうか)。
言の戯れと言の心
「をみなへし…女郎花…女花…草花の名…名は戯れる、をみな圧し、女押さえ付け」「おほかる…多くある…多く刈る」「かる…かり…採る…引く…摘む…めとる…まぐあう」「のべ…野辺…山ばでなくなったところ…おとこののびたところ」「あやなく…文なく…不条理に…わけもなく」「あだ…徒…いたずら…一時的でもろい…気まぐれ」「なをやたちなむ…噂でも立つかな…汝お立つだろうか立ちはしない」「な…名…評判…汝…親しいものを呼ぶことば」「なを…汝お…わがおとこ」「や…疑問の意を表す…反語の意を表す」「たちなむ…立ってしまうだろう…立つだろう」。
春歌は桜花に寄せて、出家した男の心境を詠んだ。
秋歌は女郎花に寄せて、その心ありながら身の立たなくなった男の心境を詠んだ。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九 新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。