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帯とけの新撰和歌集
言の戯れを知らず、貫之の云う「言の心」を心得ないで、解き明かされてきたのは和歌の清げな姿のみ。公任の云う「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。
紀貫之 新撰和歌集 巻第一 春秋 百二十首(五十三と五十四)
さくら花しづくにわが身いざ濡れむ かこめにさそふ風のこぬまに
(五十三)
(桜花の雫に、我が身、さあ濡れよう、散る花びらを囲い目に誘う風の吹かぬ間に……おとこ花のしづくに、若身、さあ濡れようよ、囲いめに誘う世の風の来ない間に)。
言の戯れと言の心
「さくら花…男花…おとこ花」「しづく…雫…滴るもの…し突く」「し…士…肢…子」「わかみ…我が身…我が見…若身」「いさ…さて…ものを始めようとするとき発する言葉…さあ…人を誘う時に発する言葉」「む…しよう…意志を表す…しませんか…勧誘を表す」「かこめ…囲い目…花びらなどの吹きだまり…囲い女…家の奥深く囲われる女…奥方…人の妻」「かぜ…風…心に吹く風…世間の風」。
男の歌。桜花を詠んで清げな姿をして、言の戯れに男の心根が顕れている。
藤原公任の云うように、歌には「心におかしきところ」がある。
ちはやふる神なび山のもみぢ葉に 思ひはかけじうつろふものを
(五十四)
(ちはやふる神奈備山のもみじ葉に、思いは寄せない、衰え散るのだから……血早ふる女、なびく山ばの飽き色の端に、思いは懸けない、衰え果てるのだもの)。
「ちはやぶる…枕詞…千早振る…神、氏、人などにかかる…威力盛んな…血千早振る…血気盛んな」「かむなび…所の名…名は戯れる」「かむ…かみ…神…女」「なび…靡…なびく」「やま…山…山ば」「もみぢ葉…秋色の葉…飽き色の端…厭き色のおとこ」「は…葉…端…身の端…おとこ」「かけじ…懸けない…懸命にならない」「うつろふ…移ろう…変化する…衰える…はてる」「ものを…ものなのに…ものだから…なのだからなあ」。
女の歌。もみじ葉を詠んで清げな姿をして、言の戯れに女の心根が顕れている。
藤原俊成の云うように、歌は「なんとなく艶にもあはれにも聞こえる」。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九 新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。