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帯とけの新撰和歌集
言の戯れを知らず、貫之の云う「言の心」を心得ないで、和歌の清げな姿のみ解き明かされてきた。藤原公任は、歌に心と清げな姿と、心におかしきところがあるという。それを紐解きましょう。帯はおのずから解け人の心根が顕れる。
紀貫之 新撰和歌集 巻第一 春秋 百二十首(七十三と七十四)
春の着る霞の衣ぬきをうすみ 山風にこそみだるべらなれ
(七十三)
(春の着る霞の衣、よこ糸が薄弱なので、山風に、乱れるようだ……春情の切る、か済みの身と心、抜きが薄情なので、山ばの心風に、こぞ、乱れるようだ)。
言の戯れと言の心
「はる…春…春情…張る」「きる…着る…切る…これっきりとする」「かすみ…霞…か澄み…か済み」「か…接頭語」「衣…心身を包んでいるもの…心身の比喩」「ぬき…横糸…抜き…放出…抜き出る」「うすい…薄い…薄弱…濃くない…薄情」「山風…山ばの心風…春情の嵐」「こそ…限定し強調する意を表す…子ぞ…この君よ…をとめ子よ」「子…男子…女子」「みだる…乱れる…霞が入り混じる…心身が乱れる」「べらなれ…べらなり…ようだ…ようすだ」。
霜のたて露のぬきこそよわからし 山の錦のおればかつちる
(七十四)
(霜のたて糸、露のよこ糸こそ、弱いらしい、山の紅葉の錦が、折ればたちまち散る……下の立て、白つゆの抜きぞ、弱いらしい、山ばの錦木、折ればたちまち果てる)。
言の戯れと言の心
「しも…霜…紅葉を促すもの…下…身の下」「たて…たて糸…立て…起て」「つゆ…露…紅葉を促すもの…白つゆ…おとこ白つゆ」「ぬき…よこ糸…抜き…放出」「山…山ば」「錦…色豊かな織物…もみじの比喩…錦木…男木」「おれば…折れば」「折…逝」「かつちる…且つ散る…と同時に散る…たちまち果てる」。
両歌とも、春霞と秋の霜露を詠んで、それぞれ清げな姿をしている。その姿は色好みな心を包んだ清げな装束で、中身は生々しいおとこの心根である。
両歌とも、古今集にも採られてあるが、仮名序に云う「世の中、色に尽き、人の心花になりにける」頃の歌でしょう。
伝授 清原のおうな
鶴の齢を賜ったという媼の秘儀伝授を書き記している。
聞書 かき人しらず
新撰和歌集の原文は、『群書類従』巻第百五十九 新撰和歌による。漢字かな混じりの表記など、必ずしもそのままではない。又、歌番はないが附した。