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帯とけの拾遺抄
和歌の表現様式は平安時代の人々に聞き、藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。
藤原俊成は、歌の言葉について「浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨も顕る」(古来風体躰抄)と教えている。歌の主旨や趣旨は歌言葉の多様な戯れの意味の内に顕れると理解してよさそうである。これを、公任のいう「心におかしきところ」を探り当てる助けとした。
拾遺抄 巻第六 別 三十四首
ひとのくにへまかり侍りけるに、あまのしほたれ侍りけるをみ侍りて
恵京法師
二百二十四 ふるさとをこふるたもともかわかぬに 又しほたるるあまもありけり
よその国へ出かけたときに、海士のしおたれた姿を見て、(恵慶法師・妻子をのこして出家した人らしい)
(故郷を恋う、涙で・たもとが乾かないのに、又同じ、潮垂れ衣の漁師が居たことよ……古妻を恋う、手許の、つゆ・も乾かないのに、再びまた、肢お垂れるお雨があったなあ)
言の心と言の戯れ
「ふるさと…故郷…古里…古妻」「里…言の心は女」「こふる…恋う…乞う…求める」「たもと…袖の垂れた部分…手許のもの…身の端の垂れた部分」「かわかぬ…(涙が)乾かない…つゆに濡れて乾かない」「また…又…再び…股…股間…まだ…未だ」「しほたるる…潮垂れる(衣姿)…よれよれの…ぐったりしている…肢お垂れる」「あま…海士…漁師…吾間…股間…雨…おとこ雨」「けり…詠嘆を表す」
歌の清げな姿は、故郷を涙ながらに別れきて、袂乾かぬ間に、また、しおたれた我そっくりの漁師にであったことよ。妻子を遺して出家した法師の悲哀。
心におかしきところは、古妻と袖濡らし別れきて、股、ぐったりして垂れている我がお雨があったことよ。煩悩断ったおとこの悲哀。
みちの国のかみにてまかりくだりける時に、三条太政大臣の践給ひける時に
よみ侍りける 藤原為長
二百二十五 たけくまの松を見つつやなぐさめむ 君がちとせのかげにならひて
陸奥国守として宮の内を出て下って行った時に、三条太政大臣(藤原頼忠・公任の父)が餞別をされた時に詠んだ、 (藤原為長・拾遺集では兄の為頼、いずれにしても紫式部の父為時の兄弟)
(武隈の松を見みながら、心慰めることになるでしょうか、君の千歳の・長年の、お蔭に親しんでいましたのに……猛く・長く間の、待つ女を見つつ身も心も慰めるつもりですよ、貴身の千歳の、長寿の・陰のものに倣いましたので)
言の心と言の戯れ
「たけくま…武隈…陸奥の松の名所の名…名は戯れる。猛く間、長く間」「間…言の心は女…時間」「松…待つ…言の心は女」「見…見物…覯…媾…まぐあい」「や…疑問…感嘆」「なぐさめむ…心慰めるだろう…身も心も癒すつもり」「む…推量を表す…意志を表す」「かげ…お蔭…お恵み…陰…おとこ」「ならひ…親しみ…馴染んで…倣い…真似し」「て…接続助詞…のに…ので」
歌の清げな姿は、任地では、景色を眺めて心慰めることになりそうです。長年お蔭を被り親しくしていただきましたのに。
心におかしきところは、お盛ん、長いときく女見て心を慰めるつもりですよ、君の貴身の長寿をみならいましたのでね。身の上も身の下も解放感に溢れたところ。
『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。