帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百四十六)(二百四十七)

2015-06-13 00:06:55 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

和歌の表現様式は平安時代の人々に聞き、藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言の「女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」(枕草子)と、藤原俊成の「浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨も顕る」(古来風体躰抄)を参考とした。平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を、指摘するような解釈はあえてしない。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 
         
(題不知)                        人丸

二百四十六 ちはやぶる神のやしろもこえぬべし  いまは我がみのをしげなければ
         
(題しらず)                      (柿本人麻呂・歌のひじり)

(ちはやぶる神の社も、越えて行ってしまうだろう・幣も捧げず、今は我が身が惜しい気がしないので……血気盛んな女の屋城も超えることが出来るだろう、今は我が身が・わが貴身が、惜しい気がしないので)

 

の心と言の戯れ

「ちはやぶる…神の枕詞…氏・人にもかかる枕詞…霊力の強い…勢いの盛んな…荒れている」「神…かみ…言の心は女」「やしろ…社…神の降り所…住む所…宿…家…言の心は女…(拾遺集の歌は、斎垣となっている、囲われた状況)」「こえぬ…越えてしまう…超えてしまう」「べし…推量・可能・意志を表す」「いまは我がみのをしげなければ…今は我が身を惜しむ気が無いので…どのような事情で、このような心情になったのかは、言葉にされていないが普通ではないことが伝わる…今は我が身の貴身は充実しその命も惜しい気がしない…すでに長い間、妻と引き離されている状況が伝わる」。

 

歌の清げな姿は、、愛する妻と引き離された男の、妻恋いの強い心情の表明のようである。

心におかしきところは、今は、かみの血早ぶる性をも超える我が貴身の命にかえて、乞い求める。

 

万葉集以降の人麻呂の歌は、奈良の都に愛する妻を残し遠くへ引き離された状況で詠まれてあるようである。即ち、流され行く状況又は囲われた状況。命を捨てる覚悟まで伝わる。ふつうの旅人で、ふつうの歌人であれば、巻第六「別」のよみ人しらずの歌(二百二十三)のように、「きみをのみ恋つつ旅の草枕つゆ繁げからぬ暁ぞなき」となる。

公任が優れた歌として撰んだ人麻呂の歌を、公任の歌論で解くことによって、貫之が人麻呂を「歌のひじり」ということのわかる、人麻呂の歌の真髄に一歩でも近づきたいのである。

 

 

(題しらず)                   太宰監大伴百世

二百四十七 恋しなんのちはなにせんいけるひの  ためこそ人を見まくほしけれ

(万葉集巻第四、太宰大監大伴宿祢百代の恋の歌四首のうちの一首)

(恋死ぬと後は何を為すのだろう、生きている日の為にこそ、あの人に逢いたい見たいと欲することよ……乞い求め死ぬとすると後は何を為すのだろう、生きている日のために、この貴身ぞ、あの人を見ようと欲することよ)

 

の心と言の戯れ

「恋しなんのち…恋死にするだろう後…乞い死にするとしてその後」「いけるひ…生きている日…逝ける日…逝くことができる日…貴身の命を捨てられる日」「こそ…強調…これぞ…この君ぞ」「見まくほし…見ようと欲する…見たい」「見…対面…覯…媾…まぐあい」「けれ…けり…詠嘆を表す」

 

歌の清げな姿は、恋に死んでは後に何が為せるか、生きている日のために、恋しい人に逢いたい見たいと欲することよ。

心におかしきところは、乞いに死んでは後に何が為せるか、ものが未だ・逝ける日の為、こその、合いたさ、見たさよ

 

大伴百代は大伴旅人と同じ時代の人ながら、人麻呂とは直接関係はないだろう。当然、菅原道真とも。ただ、平安時代の人々にとっては、太宰府は流刑地という強い思いがある。歌の並びに言葉ではない何らかの意味を持たせるのは編者の当然の仕業であり、この歌を此処に並べたのは、人麻呂の歌の趣旨をよりよく聞かせたいという公任の業であろう。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。