帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百五十八)(二百五十九)

2015-06-20 00:09:01 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言枕草子女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」と、藤原俊成古来風体躰抄「歌の言葉は、浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨(主旨・趣旨)も顕る」に学んだ。

平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を指摘するような江戸時代以来定着してしまった解釈はあえてしない。平安時代の歌論を無視し言語観にも逆らって、歌を解くことになるからである。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

題不知                         読人も

二百五十八 あひ見てもなほなぐさまぬ心かな いくちよねてか恋のさむべき

題しらず                       (よみ人もしらず・男の歌として聞く)

(お逢いし、お姿拝見しても、猶も慰められない、我が・心だなあ、幾千世寝ると、恋が冷めるのだろうか……合い見ても、汝お、汝具、冷めぬ心だなあ、幾千夜共寝すれば、乞いが冷めるのだろうか)

 

の心と言の戯れ

「あひ…逢い…合い」「見…拝見…対面…覯…媾…まぐあい」「なほ…猶・尚…ますます…汝お…我がお…おとこ」「な…汝…親しいものをこう呼ぶ」「なぐさまぬ…慰まぬ…汝具冷まぬ」「具…身に付属するもの…おんな」「かな…詠嘆の意を表す」「いくちよねて…幾千世寝ると…幾千夜共寝すると」「恋…乞い…求め合い」「べき…できるのだろう(か)…するのだろう(か)」

 

歌の清げな姿は、高嶺の花なのだろうか、片恋した男の悩みのようである。

心におかしきところは、両人の乞い求め合う心の冷めないことを確認するところ。

 

伊勢物語(22)で、男が秋の夜の千夜を一夜になずらえて八千夜し寝ばや飽く時のあらむ(秋の夜長の千夜を、大なり一夜とおいて、それを八千夜=八百万夜=二万二千年余り、共寝すれば、飽きる時があるだろうか)」と女に言った。秋の夜の千夜を一夜になせりとも 事は残りて鶏や鳴きなむ(秋の夜長の、千夜を・千夜の愛撫を、一夜の中になさいましても、思いは残って、鶏は暁に鳴く・女はよろこびに泣く、でしょうか)」と返した。絶えかけていた仲、縒りが戻ったと言う。


 男のはかない性と、女の深く長いそれを、こうして歌に詠んだ女は、自らの煩悩を充分に自覚している事を示している。なお「鶏…鳥…言の心は女」。

 

 

 

二百五十九 我がこひはなほあひみてもなぐさまず いやまさり成るここちのみして
          
(題しらず)                 (よみ人も・女の歌として聞く)

(わたしの恋は、やはり、お逢いしてみても慰められない、ますます増さる心地ばかりがして……わが乞いは、汝お、合い見ても、汝具冷めないで、否、増さりゆく心地のみして)

 

の心と言の戯れ

「こひ…恋…乞い」「なほ…猶…汝お…貴身のお」「あひみても…逢い対面しても…合い見ても」「見…覯…媾…まぐあい」「なぐさまず…慰まず…汝具冷めず…わが具は熱くもえたまま」「いやまさり…ますます増さり…いよいよ増さり…否増さり…嫌増さり」「なる…成る…情態が変わる…(絶頂に成らず否、嫌、厭、に)成る」

 

歌の清げな姿は、女がつよい恋心をうち明けたように聞こえるところ。

心におかしきところは、女の汝具が汝お拒否を告げているところ。

 

この夫婦仲は、たぶん、修復不可能だろう。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。