帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの拾遺抄 巻第七 恋上 (二百三十八)(二百三十九)

2015-06-09 00:22:01 | 古典

          


 

                         帯とけの拾遺抄


 

和歌の表現様式は平安時代の人々に聞き、藤原公任の撰んだ優れた歌の集「拾遺抄」を、公任の教示した優れた歌の定義「およそ歌は、心深く、姿清げに、心におかしきところあるを、優れたりといふべし」(新撰髄脳)に従って紐解いている。この「心におかしきところ」が蘇えれば、和歌の真髄に触れることができるだろう。

歌の言葉については、清少納言の「女の言葉(和歌など)も、聞き耳(によって意味の)異なるものである」(枕草子)と、藤原俊成の「浮言綺語の戯れには似たれども、ことの深き旨も顕る」(古来風体躰抄)を参考とした。平安時代の歌論にはない、序詞、掛詞、縁語を、指摘するような解釈はあえてしない。


 

拾遺抄 巻第七 恋上 六十五首

 

題不知

二百三十八 いかにせんいのちはかぎり有るものを 恋はわりなしひとはつれなし

題しらず              (よみ人しらず・男の歌として聞く)

(どうしょう、命は限りがあるのに、恋は理屈も分別も通じない、あの人はつれないし……どうしょう、わが貴身の・命は限りがあるのに、乞い心は思案の外・ほとばしる汝身唾、女は素っ気ないし)

 

の心と言の戯れ

「いかにせん…どうしょう…どうしたらいいのだ」「ものを…のに…だから…(身の一つのもの)を…お…おとこ」「恋…乞い…(異性を)求める」「わりなし…道理に合わない…分別が効かない…理屈が通じない」「つれなし…冷淡である…素っ気ない…連れだってくれない」

 

歌の清げな姿は、どうしょう、忘れられない、あの人はつれないし。恋いの悩みの典型。

心におかしきところは、どうしょう、ものの思いは思案の外、むなしく散ってしまう、あの人はつれないし。おとこの乞いの悩み。

 

「拾遺集」も、群書類従本の原文も、「恋はわりなし」は「恋は忘れず」になっている。「恋は忘れられず……乞い求めは忘れず」の方がわかりやすい。

 

 

 

二百三十九 恋といへばおなじなにこそおもふらめ  いかに我が身を人にしらせむ

(題しらず)             (作者名なし・男の歌として聞く)

(恋しいと言えば、他と・同じ名の恋だと思うだろう、なんとかして、誰よりも深く恋いしている・我が身を、あの人に知らせよう……乞い求めていると言えば、他のものと・同じ汝と思うだろう、なんとかして、誰にも負けない・我が身を、女に知ってもらおう)

 

の心と言の戯れ

「恋…乞い」「な…名…事柄に付けられた名称…汝…親しいものの名称…もの…おとこ」「身を…(人と異なる恋いする)身を…(殊に乞うている)身お…おとこ」

 

歌の清げな姿は、言えば人に騒がれ、言わねば胸に騒がれて、並々ならぬ思いを、あの人に知らせたい。

心におかしきところは、ひくてあまたの大ぬさ、かがみ八寸五分、三重なる山ば、並々ならぬ我が身を、あの人に知らせたい。


 

これら、よみ人しらずの歌は、業平の歌と思われる伊勢物語の歌が源流だろう。

たとえば、伊勢物語(二十二段)を読む


    はかなく絶えにける仲、猶や忘れざりけん、女の許より、

うきながら人をもえしもわすれねば かつうらみつつ猶ぞこひしき

(浮かれたまま夫を得たけれども、仲絶えても・忘れられないので、同時に恨みつつ猶も恋しい……浮かれながら、人をも・おも、得たけれど、絶えて・同時に恨みながら、猶ぞ・汝おぞ、乞いしい)

といへりければ、さればよといひて、をとこ、

あひ見ては心ひとつをかはしまの 水のながれてたえじとぞ思ふ

(逢い、結婚したからには、心を一つに交わす間が、川島のように水が流れて、絶えないぞと思うよ……合い、見ては・覯しては、心一つに交わす間が、水のように流れて絶えないようにしょうと思うよ)

 

「猶…なを…なお…汝お…貴身…おとこ」「恋…乞い」。「見…結婚…覯…媾…まぐあい」「川島…川洲…交わし間」「川・洲・間…言の心は女」「の…所在を示す…比喩を表す…主語を示す」


「拾遺抄」の歌と同じ文脈にあり、「言
の心と言の戯れ」に変わりはない。ただ、伊勢物語の歌は、「清げな姿」も「心におかしきところ」も一味違うように思われる。業平の歌だからだろう。


 国文学者も伊勢物語の解釈は不在と言う。まさに、その通りなのは、学問的な和歌の解釈方法が、平安時代とは根本的に異なっているからある。「心におかしきところ」が消えては、歌も歌物語も、おかしく読めるはずがない。


 

『拾遺抄』の原文は、新編国歌大観(底本は宮内庁書陵部本)によった。歌番もそのまま附した。群書類従に別系統の底本の原文がある、参考とした。