帯とけの古典文芸

和歌を中心とした日本の古典文芸の清よげな姿と心におかしきところを紐解く。深い心があれば自ずからとける。

帯とけの枕草子〔七十三〕内のつぼね

2011-05-19 00:12:59 | 古典

   


                                     帯とけの枕草子〔七十三〕内のつぼね
 


 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。


 清少納言 枕草子〔七十三〕内のつぼね

 
内のつぼね、ほそどの、いみじうおかし(内裏の局、女房たちの部屋、とっても風情がある
 
上の蔀をあげれば、風がよく吹き入って、夏もたいそう涼しい。冬は、雪あられ、風と一緒になって降り入っているのも、いとおかし(とっても趣きがある…とっても興味深い)。細殿は狭くて、童子などが上がってくるのは悪いけれども、屏風の内に、彼を・隠して置けるので、他の所の局のように、童が見て・声高く笑ったりしないので、いとよし(とっても都合がいい)。昼などは絶えず気をつかわされる。 


 言の戯れと言の心

 「つぼね…局…女達の仕切り部屋…身つぼね…女」「ほそ…細…しなやか…せまい…女の褒め言葉…身つぼねの褒め言葉」「雪…ゆき…逝き…白ゆき…おとこ白ゆき」。


 夜はまして、彼と・うち解けようもないのが忍びごとらしく、いとおかしきなり(とっても趣がある…とってもいいのである)。くつのおと(沓の音…来つの音)、夜、一晩中あちこちで聞こえているのが、止まって、ただお指一つで叩くのがその人だと、女には・ふと聞こえるのが、おかしいことよ。たいそう久しく叩くので、内で音もしないと寝入ったのだと思うだろうと、ねたくて(残念なので…腹立たしいので)、女は少し身じろぎ衣ずれの気配。さななり(そうなのだ…先客ありかなどと)と、男は・察するでしょうよ。

 冬は火桶にやおら立てた箸の音も、しのびたり(忍んでいるのよ…忍んで来たのね)と言っているものを、男は気付かず・たいそう叩き増さり、声でも言うので、陰ながらすべり寄って、(声の主は誰かと)聞くときもある。
 
また、おおぜいの声で詩を朗詠し、歌など謡うときは、叩かずとも、先に開けると、ここへとも思わなかった人(意外な男)が立ちどまったりする。
 
 ゐるべきやう(座りよう…入りよう)もないので、夜どおし立ち明かすのもやはりおかしなものなのに、几帳の帷子のとっても鮮やかな所に、男の衣の・裾の端がうち重なって見え、直衣の後ろに綻びあるのをたえず着ている君達や六位の蔵人が青色など着て、わがもの顔で遣戸のもとなどに近く寄って立つことはできなくて、塀の方に後ろへ寄って、袖すり合わせ立っているのは、おかしけれ(従者たちの様子おかしいことよ…好奇心わくことよ・主は誰か)。

 また、指貫たいそう色濃く、直衣の色鮮やかで、色々な内衣をこぼすように出している人が、すをおしいれて(簾を押し入れて…すをおし入れて)、なかば入っているようなのも、外より見れば、とってもおかしいでしょうに、清げな硯ひき寄せて文かき、もしくは、かがみを乞うてびんなをしなど(鏡を乞うて鬢直しなど…彼が身を乞うて見直しなど)しているのは、すべておかし(寝乱れたか・すべておかしい…屈む身を乞うて見直しか・すべておかしい)。

 三尺の几帳を立ててあるので、帽額(もかう……簾の上部にある横幕風の布)の下との隙間がただ少しある。外に立って居る人(男)と内に居る人(女)と、もの言う顔が、隙間あたりで、よく見合っているのは、おかしけれ(おもしろいことよ)。背丈の高い、または短い人はどうするのかしら、やはり普通そんな身丈でしょう。

 それよりも・まして、臨時の祭りの調楽(予行演奏)などは、とってもおもしろい。主殿寮の官人、長い松明を高く灯して、松明の・くびは引き減っていくので、先はさし迫ったようなのに、おもしろそうに管弦を楽しみ、笛吹きたてて、心は別のことを思っているときに、君達が当日の装束して立ちどまり会話などしていて、供の隨身どもが前駆を忍びやかに短く、己の君達(主人)のために前を追っているのも、管弦の音に混じって常とは違って、おかしく聞こえる。
 なお、明けるのにつれて帰りを待っているときに、君達の声で、「あらたにおふる、とみ草の花(荒田に生える富草の花…荒ら多に感極まる、とみ女の華)」と謡っている、このたびだけは今すこし趣があるのに、なんという真面目男でしょう、そのまま静々と歩いて去ってしまう者がいるので、女たちが・笑うのを、わたしが・「しばしや、など、さ、よを捨ていそぎ給ふ、とあり(しばし待たれよ、どうして、そのように、夜を捨ててお急ぎなさいますのと、女たち・言っているのよ)」などと言えば、心地でも悪いのだろうか倒れるばかりに、もしかして人が追ってきて捕らえるのかと見えるほどに、惑い出る者もいたりする。

 言の戯れと言の心
 「くつ…来つ…沓」「おひ…老い…生い…負い…極まる」「かがみ…鏡…屈み…屈む身…果てたおとこ」「びん…鬢…(或る本は)見…媾…まぐあい」「くび…頚…首…頭部…松明の先端」。


 風俗歌を聞きましょう。 

 あらたにおふるとみ草の花、手に摘み入れて、宮へ参らむ、参らむや
(荒れ田に生える富草の花、手に摘み入れて、宮へ参ろう、参ろうや・中つ絶え……荒れ多、女の感極まる、と見女の華、手に摘み入れて、宮こへ参ろうよ、参ろうや・半ばの絶え果て)。

 「田…女…多…多情」「おふ…生ふ…追ふ…感極まる」「とみくさ…いねの古名…と見女」「と…門…おんな」「見…まぐあい」「草…女」「花…華…華やぎ…栄華」「宮…宮こ…京…感極まるところ」「まいらむ…参ろう…共に山ばの京へ参りましょう」。


 「宮こへ参らむや」という風俗歌を謡って去る男に、「など、よ(世…夜…男女の仲)を捨てて急ぎ給ふ」との言いかけは、追い打ちなので、男は逃げ出すほかないでしょう。

 
おとなの女たちと男たちとの交際ぶりを描いてある。内の局の風情を描写して「いとおかし」などと言っているのではない。人が「心におかし」と思えるのは、風情ではなく人の心情、その情態の方でしょう。

 伝授 清原のおうな

 聞書 かき人しらず (2015・8月、改定しました)


 枕草子の原文は、新 日本古典文学大系 枕草子(岩波書店)による


帯とけの枕草子〔七十二〕ありがたきもの

2011-05-17 00:07:20 | 古典

 



                     帯とけの枕草子〔七十二〕ありがたきもの



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔七十二〕ありがたきもの

 
在り難き情況
 舅にほめられる婿。それに、姑に思われる嫁の君。毛のよく抜ける白銀の毛抜き。

しうそしらぬすさ(主を謗らない従者…し憂、謗らないすさ)。露のくせなき(ほんの少しの癖もない・人…ほんの少しのつゆの性癖のない・もの)。

容姿・心・生きざま優れて、世に経る間、いささかの疵(欠点)もない・人。

おなじ所に住人の、かたみに恥かはし、いさゝかのひまなくよういしたりと思ふが、つひに見えぬこそかたけれ(同じ所に住む人がお互いに気兼ねして、少しの隙もなく気を遣いあっていると思うのが、終りまで本性見なかったなんて、在り難いことよ……同じところに住む女と男が、お互い身のはし交わし、いささかの隙なく寄り、心準備したりと思うのが、終に見なかったなんて、在り難きことよ)。

 物語、歌集を書き写すのに、本にすみつけぬ(本に墨を付けない…ほんとうに全く墨を付けない)。よい草子などは、たいそう心して書くけれど、必ず、汚げになるようね。

男と女に限っていわず、女どうしでも、契り深く語らっている人が、末まで仲の良い人は、かたし(在り難い)。 


 言の戯れを知り言の心を心得て読みましょう。

「しう…主…主人…し憂…この君憂」「う…憂…憂し…わずらわしい…いやだ…気が進まない…無情ね」「すさ…ずさ…従者…すさ…女」「す…女」「さ…者…美称の接尾語」「露…ほんの少し…つゆ…おとこ白つゆ」「くせ…癖…欠点…性癖…ほんの少しという男の性癖」「恥かはし…恥ずかしがって…気兼ねして…身の端交し」「ようい…用意…深い心づかい…準備…心仕度」「見…覯…媾…まぐあい」「本に…元本に…新しい本に…ほんとうに…全く」「末まで…死ぬまで」。


 

伝授 清原のおうな

聞書  かき人しらず  (2015・8月、改定しました)


  枕草子の原文は、新日本古典文学大系 枕草子(岩波書店)による


帯とけの枕草子〔七十一〕けさう人にて

2011-05-16 00:08:11 | 古典

 



                     帯とけの枕草子〔七十一〕けさう人にて



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔七十一〕けさう人にて

 
恋人として来ているのは言うまでもない、ただちょっと語らう人も、また、そういうのでなくても、自然に行き来する人が、簾の内で人々と大勢で会話しているときに、入ってすぐには帰る様子もないのを、その供の男や童などが、あれこれとさし覗き様子を見るとき、「をのゝへも朽ぬべきなめり(斧の柄も朽ちてしまうだろう…おとこの身の枝も朽ちてしまうでしょうよ)」と、まったく我慢できないので、長いあくびをして、密かにと思って言うようだけれど、「あな侘し、ぼんなうくなうかな、夜はよ中に成ぬらむかし(あゝ、どもならん煩悩苦悩やなあ。夜は夜のど真ん中になってしまうよ)」と言っている、いみじう心づきなし(まったく不愉快)。このように言う者はどうこう思わない、内に居る主人のほうが、すばらしいと見えていたことも失せるように思われる。
 また、そのように、色にいでてはえいはず(言葉にして心の内を言えず…色事にして言えないで)、「あな(あゝ)」と高らかに言って呻いているのが、「した行く水の…(言えないけど思っているのね)」と、いとほし(いじらしい)。

 立蔀や透垣などのもとで、「雨ふりぬべし(雨が降ってしまうでしょう…おとこ雨降ったのだろう)」などと聞こえる事を言うのも、いとにくし(まったく憎らしい)。たいそう良い身分の人の御供の人などはそういうことはない。君達(若い主人)の場合は、よろし(まあいい)。それより下の分際は、供の者が皆そのようなありさまである。大勢いる中でも、心遣いを見て、連れてあるきたいものよ。


 言の戯れと言の心

 「斧の柄も朽ちぬ(中国の故事にある言葉)…斧の柄も朽ちるほどの時間が経った…男の身の枝も朽ちるほど時が経った」「した行く水の…古歌の句…下ゆくをみなのように…言わないけれど思っているのね」「雨…おとこ雨」。



 古今六帖の「したゆく水の」歌を聞きましょう。

心には下ゆく水のわきかへり 言わで思うぞ言ふにまされる

(心には、底流する水が湧きかえり、言わずに思っている、言うよりもまして思っている……心には下逝くみずが湧き返り言わずに思いを思っているのよ、言うより増さっている)。


 「下…身の下」「行く…流れる…逝く」「水…女…液」。


 

「下行く水の」は女歌。藤原公任のいう「深い心」「清げな姿」の無い。「心におかしきところ」のみの、奥ゆかしさのない「侮るべき古歌」でしょう。


 

伝授 清原のおうな

聞書  かき人しらず  (2015・8月、改定しました)


  枕草子の原文は、新日本古典文学大系 枕草子(岩波書店)による

 

 

 


帯とけの枕草子〔七十〕しのびたる所

2011-05-15 00:22:40 | 古典

   



                                   帯とけの枕草子〔七十〕しのびたる所
 



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは、枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔七十〕しのびたる所

 忍び逢いしている所では、夏こそ、趣があることよ。はなはだ短い夜が明けてしまったので、露ねずなりぬ(少しも寝なかった…つゆ眠らず成った)。そのまま、よろづのところ(万の所…戸も襖も衣もすべてのところ)を開けひろげたままで居ると、涼しく見えわたされたる(涼しく辺りが見え広がっている…冷たく見えつづけられ垂る)。なほいますこしいふべきこと(なお少し言いたいこと…汝お少し情をかけたいこと)があって、お互い応えあったりしているときに、ただ居る真上より、からすのたかくなきていくこそ(からすが高い声で鳴いて行くのだけは…女が高い声で泣いて逝くのだけは)、あらわな心地しておかしいことよ。

また、冬の夜、ひどく寒いので、思う人と綿入れ衣に埋もれ寝て聞いていると、鐘の音が、ただほんの其処のように聞こえ、とっても趣がある。
 鳥のこゑも、はじめははねのうちになくが、くちをこめながらなけば、いみじう物ふかくとほきが、明るままにちかくきこゆるも、をかし(鳥の声も、初めは羽の内で鳴くのが、口に込めて鳴くので、たいそう何だか深く遠いのが、明けるにつれて近く聞こえるのも趣がある……女の声も、初めは身を撥ねて泣くのが、口に込めて漏らすまいと泣くので、とっても深く、遠いが、ものの果てになるにつれて近く聞こえるのもおかしい)。


 言の戯れと言の心

「露…すこし…白つゆ…おとこ」「いふ…言う…情けをかける」「鳥…女」「鳴…泣」「物ふかく…何だか深く」「遠く…低く」「けせう…顕証…はっきりと明らかなさま」「明く…飽く…ものの果てになる」「近く…高く…甲高く」。


 

 寛平(889~897)の頃の大江千里の歌に、ほぼ同じ「鳥」を詠んだ歌が既にある。

なくとりのこゑたかくのみきこゆるは のこれるはなのえだをこふるか

(鳴く鳥の声が高いと聞こえるのは、残れる花の枝を恋しがっているのか……泣くひとの声高いと聞こえるのは、残りのお花を乞うているのか)


  「鳥…女」「鳴く…泣く」「花…木の花…おとこ花」「枝…身の枝…おとこ」「恋ふ…乞ふ…求める」。

 これらの言の戯れも変わらない。枕草子は大江千里の和歌とも同じ文脈にある。


 

伝授 清原のおうな

聞書  かき人しらず  (2015・8月、改定しました)

 

 枕草子の原文は、新日本古典文学大系 枕草子(岩波書店)による

 


帯とけの枕草子〔六十九〕よがらすども

2011-05-14 00:07:00 | 古典

   



                                    帯とけの枕草子〔六十九〕よがらすども
 



 言の戯れを知らず「言の心」を心得ないで読んでいたのは枕草子の文の「清げな姿」のみ。「心におかしきところ」を紐解きましょう。帯はおのずから解ける。



 清少納言 枕草子〔六十九〕よがらすども

  

 よがらすどものゐて、夜中ばかりにいねさはぐ。おちまどひ木づたひて、ねおびれたるこゑに鳴たるこそ、ひるのめにたがひてをかしけれ。


 文の清げな姿

夜がらすどもが居て夜中に寝騒ぐ、落ちかかり惑い、木伝いして、寝ぼけた声で鳴いているのは、昼間の場合とは違って、趣があることよ。


 心におかしきところ

夜、女たちが居て、夜中に寝騒ぐ、落ち込み、思い惑い、独り言伝え、寝ぼけ声で泣いているのは昼間の女とは違って、おかしいことよ。


 
言の戯れと言の心

 「からす…烏…鳥…言の心は女」「ども…複数を表す…親しみを表す」「木づたひて…木伝いて…言つたえて…独りごと言って」「こつ…言つ…事つ…言う」「鳴く…泣く」「め…目…事態…場合…女」。



 宿直する女房のひとこま、寝とぼけて夜泣きする女もいた。夜がらすの話と聞こえるのは話の姿。

 
 鳥の「言の心」は女。
「古事記」にある神代の歌を聞きましょう。

八千矛の神の命が妻を娶ろうと、沼河ひめの家に至りお歌いになられた。


 八島の国に妻まきかねて、遠遠しこしの国に、賢し女を、ありと聞こして、麗し女を、ありと聞こして、さよばひに、あり立たし、よばひに、あり通はせ、太刀が緒もいまだ解かずて、襲をもいまだ解かねば、おとめの寝す屋板戸を、押そぶらひ、我が立たせれば、引こづらひ、我が立たせれば、青山にぬえ(鵺)は鳴きぬ、さ野つ鳥きぎし(雉)はとよむ、庭つ鳥かけ(鶏)は鳴く、うれたくも鳴くなる鳥か、この鳥もうち止めこせね――。


 突然の乱暴な訪問に沼河ひめの御付の女たちの泣き騒ぐ様子でしょう。遠い国からわざわざ来たのに、戸も開けず、泣くな、「止めさせてくれい」とお歌いになられた。
 
 沼河ひめは、戸を開かず内より、お応えになった。


 八千矛の神の命、ぬえ草のめ(女)にしあれば、わが心、浦すの鳥ぞ、今こそは我鳥にあらめ、後は汝鳥にあらむを、命はな死せたまひそ――


 求婚はお受けしましょうと「百長に寝はい寝なさむを」、無理やりなことなさらないでと、お応えになられた。その夜は合わず、明日の夜御合し給うたという。

この時すでに、鳥は女という意味を孕んでいた。


 枕草子の「からす」の「言の心」が女であっても不思議ではない。


 伝授 清原のおうな
 聞書  かき人しらず  (2015・8月、改定しました)
 
 枕草子の原文は、新日本古典文学大系 枕草子(岩波書店)による