私がストレートで入った大学に2週間通っただけで辞めて、違う大学を目指すきっかけとなったのは
ブンガクに対する思いとある牧師さんとの交流があったからだ。 その牧師さんは性格も温厚で、
何よりも宗教の話をしなかったところが気に入っていた。自らの行動が性格と相まって話をしていると
とても心地よく思えた。神に仕えるとそうなるのかな?などとも考えた。当時の私は辞めた大学の係り費用や次の大学の
入学金等をつくる為バイトずくしの生活をしていた。
親には頼らないで全ては自ら考え行動していた。そんな中で、会う頻度は少なかったがどういえばよいのか私の
心の支柱のような、存在で全てを受け入れてくれたのだった。
バイトは深夜2時から5時までと朝7時から夜23時までのふたつを続けていたので、かなり疲れる日々を送っていた
が、それで稼いだお金は親に出してもらった最初の大学の費用を返却し、後は次の大学の費用と生活費を考えてた
めていた。唯一趣味のバイクを30年前の価格で50万を買った。
で、念願の大学に入学できた時その牧師さんも喜んでくれてお祝いと手紙を頂いたりした。
ずいぶん前にも書いたが、尊敬する北杜夫の「ドクトルマンボウ青春期」に書かれていた旧制松本高校でのバンカラ
ぶりをまねて、大学生活を自分の下宿で数多の友人と共に過ごしていた。
夏休みの帰省の前の日にその牧師さんが夢に出てきていつも見せてくれていた優しい顔をしていたので
あぁそういえば何で手紙の返信がないんだろうなぁ~家に帰ったら遊びに行こうと想って帰ったのだが、信じられない
事実を紹介してくれた別の牧師から聞いた。 末期癌を煩っていたことそして私が夢を見たほぼ同時刻の日に静かに
天に召されたことを告げられたのである。白日夢キリスト教的にはあり得ないのではあるが、現実にそういうことが
あったのである。
手紙のやりとりをしていたが返事がこないことが幾度かあって、その牧師さんとしては異例のことだなぁと思っていた
が、こういう形で理由がわかった。
混乱していたが、私宛の手紙が在るとのことだったので取りに行ってみた。
読んでわぁと泣きたい優しい言葉と詫びが書かれていた。そんな人柄の人だった。
キリスト教に関する著書も多数在る牧師さんだからいきさつじょう名前は書けない。
ただ、キリスト教信者にありがちな安易なものとは違い学問としてキリスト教を取り上げる人なら
ば必ずその著書を読んでいると言っても過言ではないので。その時からもう30年経ってしまった・・・。
神の祝福をうけて安らかなる永遠の命をさずかり、今でもどこかで暖かいまなざしで私の人生をみていてくれる
そんな気がする