イエス キリストは 神の子だという。しかし、聖書は、イエスキリストが
処刑されるときには 関係ないふりして逃げ出したでしばかりだ。(聖書学)
聖書はいうなればイエスを師と仰いでいたはずの使徒が、最後に逃げ出した罪悪感から
書かれたものである。
しかし、2千年も経ってなおも人を引き付ける書というのは ギネスものだろう。
ユダだけが裏切者ではない。逃げた使徒は12人、それぞれが懺悔の念からイエスを
神格化して原始キリスト教団というものが出来上がったに過ぎない。
信じる事の尊さという面と信じる事の危うさ、答えを示さない神。
そして現代も足跡をたどる聖地巡礼をするのだが、はっきり言えばキリストの
時代の地面は26m下にある(聖書考古学)つまり、皆踏んずけているということに
なる。オーマイゴッド そう、神は自分の心にいるわけで(宗教学)す。
じゃぁ 心はどこにあるかって?きかれれば 夏目さんちにあるのね。
わかるかなぁ~ なんちゃって