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「さとりの化けもん」 稲田 和子・筒井 悦子 編

2013年06月18日 00時20分25秒 | 民話(昔話)
 「子どもに語る 日本の昔話」2 (全三巻) 稲田 和子・筒井 悦子 編 こぶま社 1995年
 「さとりの化けもん」 福島県の昔話

 ざっと、昔 あったと。
 昔むかし、山奥の一軒家に泊まって、木や竹で細工仕事をしているじいさまがあった。
秋が深くなって、山の木の葉がぽっつりぽっつり散りはじめた。
 ある日、じいさまは火を燃やしながら、
「冬の支度せねばなんねえ。今日は、かんじきでもつくるべ」と、思っていた。

 すると、そこへひょっこりと、ひひ猿というのか、猿が年とったような、不思議なものが入って来て、
「じいさま、じいさま、ちっと火にあたらせてくろや」と言った。
「ああ、いいとも、いいとも。さあ、あたれ」と、じいさまは、口では言ったものの、心の中では、
「この野郎、火にあたらせろ、なんて、言ってるが、
『おれを取って食うべ』と、思って来たんでねえか」と、思っていた。
 すると、そのひひみたいなやつは、目をギロリと光らせて、
「じいさま、じいさま、おまえが今、考えていたこと、あててみっか」と、笑いながら言った。
「おう、あててみれ」と、じいさまが答えると、
「『この野郎、火にあたらせろ、なんて、言ってるが、 おれを取って食うべと思って来たんでねえか』
と、思ったな」と、言ったから、じいさまはたまげてしまった。

 そして、「こいつ、気味の悪い野郎だ、ナタでもって、やっつけてやっか」と、考えた。
すると、そいつは、じいさまの心をそっくり読んでしまって、
「じいさま、今度は『こいつ、気味の悪い野郎だ、ナタでもって、やっつけてやっか』と、思ったな」と、言った。
 じいさまは、ますます、気味悪くなって、「こいつはいったい、なんだべ」と、考えていた。
すると、そのひひみたいなやつは、
「おれは、さとりというもんで、人の気持ちはなんでもさとることができる。
今、奥山から出てきたところだ」と、話した。

 じいさまは、このさとりにはとてもかなわんと思ったので、
「相手になるのはやめだ、なにも考えねえで、仕事すべえ」と、
火のそばで、かんじきにする竹を丸めていた。
 その時、なんの拍子か、手元がゆるんで、丸めた竹がじいさまの手を離れ、火の粉をちらしながら、
さとりの顔にパチーンと、はねてしまった。
 さすがのさとりも、これにはおどろいて、
「いや、人間ちゅうのは、おっかねえもんだ。さとりきれねえことをする」と、言って、
あたふたと、奥山へ逃げ込んでしまった。

 ざっと市が栄えた。