「一番はじめは一の宮」 明治後期~昭和にかけて歌われた 手まり歌、お手玉歌
一番はじめは一の宮(いちのみや)
二は日光東照宮
三は讃岐の金比羅さん( 佐倉の惣五郎)
四(し)は信濃の善光寺
五つ出雲の大社(おおやしろ)
六つ村々鎮守さま
七つ成田の不動さま
八つ八幡の八幡宮 (大和の東大寺/法隆寺)
九つ高野の弘法さん
十(とお)は東京招魂社 (東京泉岳寺/本願寺)
十一 心願 かけたなら
浪子の病も 治らぬか
ごうごうごう なる汽車は
武雄と浪子の 別れ汽車
二度と逢えない 汽車の窓
鳴いて血を吐く 不如帰(ほととぎす)
一番はじめは一の宮(いちのみや)
二は日光東照宮
三は讃岐の金比羅さん( 佐倉の惣五郎)
四(し)は信濃の善光寺
五つ出雲の大社(おおやしろ)
六つ村々鎮守さま
七つ成田の不動さま
八つ八幡の八幡宮 (大和の東大寺/法隆寺)
九つ高野の弘法さん
十(とお)は東京招魂社 (東京泉岳寺/本願寺)
十一 心願 かけたなら
浪子の病も 治らぬか
ごうごうごう なる汽車は
武雄と浪子の 別れ汽車
二度と逢えない 汽車の窓
鳴いて血を吐く 不如帰(ほととぎす)