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民話 語り手と聞き手が紡ぎあげる世界

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「金田一京助先生のこと」 松本 之男

2014年04月28日 00時34分59秒 | 雑学知識
 「金田一京助先生のこと」 松本 之男(55才) 

 今日(4月26日)、図書館に行った帰りに、下野新聞ニュースカフェに寄った。
コーヒーでも飲みながら、図書館で借りた本を読もうと思ったのだ。
 待っている間、なにげなく本棚を見たら「とっておきのいい話」というタイトルの本が目に入った。
エッセイを書くのになにかヒントになることないかな、と手に取って読んでいると、
ほんとにいい話に見つけたので、パンフレットの白紙のとこに書き写した。

 書いた人の妹が金田一先生のところで家事見習いをしたことがあって、その時、聞いた話らしい。
 金田一先生は四人の子どもを授かったが、お金がなく、医者に見せてやれずに、
生まれてまもない三人の子どもを亡くし、たった一人、春彦が生き残った。

 前略

 金田一京助先生は「春彦には命の恩人がいます」と言って、次のような話をしてくれた。
「息子にも召集が来て、戦地へ向かいました。
数ヶ月が過ぎたころ、『日本軍の命運をかけた大作戦を行うが、もしかしたら最後になるかも
分からないので面会をしておくように』との上官の話があった。

 この手紙が届き、私は春彦の言う研究論文を持って急いで船で朝鮮に渡り、息子と面会をしました。
春彦が一心不乱に自分の研究論文に目を通して誤りを訂正しているところに上官がやって来て、
『君は何をしているのか』と尋ねられました。
息子が『私は自分の研究論文が遺書になるかも分かりませんので、
心残りがないように最後の見直しをしております』と答えると、
上官から『君は今度の作戦に参加しないでよろしい』という命令が下されました。
あの時に作戦に参加された兵隊は全員戦死されたそうです。
今、思うと、あの時の上官の一言が春彦の命を救ったのです」
と、静かに話してくださいました。

 後略


 所載「とっておきのいい話」 下野新聞社 平成11年