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「芥川龍之介随筆集」 石割 透編

2015年07月07日 23時50分05秒 | 文章読本(作法)
 「芥川龍之介随筆集」 石割 透編  岩波文庫 2014年

 解説 石割 透

 前略

 芥川竜之介の最初の随筆集の表題は『点心』であった。「点心とは、早飯前及び午前午後哺前の小食を指」し、芥川自身、その「自序」で、「小説や戯曲を飯とすれば、これらの随筆は点心に過ぎぬ。のみならずわたしはこの四五年、丁度点心でも喫するやうに、時々これらの随筆を草した。」と記している。随筆は「飯」ではなく、あくまで「点心」に過ぎない・・・。随筆がそのような位置に置かれたことがそのまま、明治・大正という慌ただしく展開した時代の性格を炙り出していよう。

 中略

 とは言え、日本の近代文学史を顧みれば、名随筆と評される作品は数多い。しかし、「随筆家」と呼ぶに相応しい人物を挙げよ、との問いを差し出された場合、誰しも、はたと、その答えに窮するのではないか。現代では、エッセイ賞なども設けられ、そこから出発した人も幾人かは思い浮かぶが、名随筆を著し、それによって著名になることから出発した人を、小説家に比して、直ぐに思い起こすことは難い。
 随筆は、通常は、小説創作などで著名になった人たちが、虚構という装置に隠れることなく、日常の生活に即した感想、感慨を形式に囚われずに記す、そこに読者は、小説には覗えない、日常の自分たちと同じ地平に生きる作者を感じ取り、出版サイドもそのような読者の期待の地平に沿うべく、作家に随筆執筆を依頼するのが一般であったろう。中戸川吉二は、先に記した「同人漫語」で、随筆は「書き手の価打(ママ)が一番露骨に文章に出る。」と記しているが、その場合の「書き手」は、小説家、文学者に限らず、時には科学者、政治家、芸能人でもあった。
 雑誌における随筆の位置は、主に小説家の場合、アンケート類、時には家族までも伴った顔写真、書簡、公表される日記と同様に、虚構という装置に隠れず、作者自身の生の姿をそこに直接に浮かび上がらせることにある。そのような随筆の性格ゆえに読者はそれを喜び、迎えた。それは小説は作者の個人の人生の様相の反映であるとする、「個人としての作者」という認識が強化され、読者の作品を読む行為にも、作品を通して作者の生きる風貌に接することができるという読者の認識が固定化した、自然主義以後の文学動向が齋した所産でもあった。