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森繁久彌「向田邦子」を語る その5

2017年04月08日 00時16分13秒 | 人の紹介(こんな人がいる)
  森繁久彌「向田邦子」を語る その5

 「重役読本」の重役氏の原型は、向田さんのお父さんでしょう。だから、しばらくは「母や弟たちに聴かれるの、嫌だわ」なんて、しきりにボヤいていました。
 堅実でいて、古風で、ひと一倍に子供をかわいがるサラリーマンの家庭がバックボーンにありますね。事実、お父さんは東邦生命の幹部社員で、最後は本社の部長職を務めあげた方だと洩れうかがいました。

 重役氏の短所は私を観察していた。トイレの戸を開けっぱなしにして・・・なんて書いてアルト、ゾッとしましたね。やっぱり、私のコトを識っているとしか考えられない。
 普通のひとの暮らしのなかから、人間のもつ情けなさ、俗物根性、弱さをそっと取り出して、悪意なく俎上にのせて好意的に料理する。こういった向田さんの熟練技の萌芽が「重役読本」に、読みとれるのではないでしょうかね。

 私は思います。向田さんのテレビ、ラジオの台本はただの台本ではない。戯曲に近い台本だ。贅沢な中身でおつゆがたっぷり。この「重役読本」から日本映画なら映画の、『父は悲しき重役なりき』てな本が一本まるごととれるのです。
「重役読本」の放送中に何度も「向田さん、これ、出版物にしたらどうだい。一冊の本をつくんなさいよ」と勧めたものです。その度に彼女は「うそ、うそ。こういうのは一回限りの命よ」とテレること、テレること。一回でパッと開いて終わる花火と同じでいいというのです。