安心院に佐田の京石と呼ばれる場所があります。
この地に纏わる昔話がこちら。
99までやって、最後の1つでダメになる話は鬼の階段作りの話しなど沢山あります。先日訪れた熊野の磨崖仏の逸話にもありました。
最後まで、気を抜かないという昔の人の戒めか、事を成すのは難しい例えなのか、、、。
この山に阿蘇山が噴火して沢山の柱状の石が降ってきたようです。
この山は米神山。米神山は登山ができるようで、ストーンサークルが頂上にあるようです。
太古の祭祀場であり、米神山頂上から山腹にかけて「日ノ神谷」「月ノ神谷」と呼ばれる複数の岩郡があるようです。かなり急な山で1時間くらいはかかります。とのことで、やめました。
ネットで画像をいただきました。
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こんなのがあるみたいです。。動画もありますが、かなり急な登山の感じでしたから、登る際はそれなりの装備は欠かせません。
私たちは下から拝みました。
↑こちらは、刺さったままのそのままの様子。こちらで神事が今も行われています。
こちらは石が点在していたものを後々立てたものだと翁さんは仰っていました。
阿蘇山の噴火で急に冷やされて柱状節理になった石の角がとれて丸くなったものだろう。福井の東尋坊を思い出します。
太古何万年前の大地の息吹をこの地に感じます。
近くには田んぼがあり、こしき石という石もあるようです。
下の佐田の京石は、横たわっていますが、太古からそのまま寝かせた状態のもののようです。
また、古代文字が刻まれている石の話もありましたが、目を凝らしてみましたがみえませんでした。
翁さんが車の中で言っていましたが、この辺りの高速道路開通の際、工事中にゴロゴロと弥生やら縄文時代の遺跡が出てきたようです。
しかし、工事を止めることは出来ないですからね、、、。と。
便利さを求めて開発される環境と自然の狭間で人は生き続けているんだなぁと超古代の祭祀跡を見て感じました。
佐田京石のある米神山の近くの轟山(とどろきやま)にもストーンサークルがあるようです。そちらの動画を興味があればご覧ください。