大善人へ身魂磨き

善でありたいと思う。日々精進。感情の渦に呑み込まれそうな時もあるけれど最後には明るく静かな大海原に和合したい。

宇佐神宮参拝記 ③

2022-08-07 06:29:00 | 神社仏閣
宇佐神宮参拝記続きです。

つぎは、若宮神社です。仁徳天皇と他四柱(ご兄弟)が御祭神です。



近くには、莵道稚郎子命(ウジノワキイラツコノミコト)が春宮神社に祀られていました。とても優秀な皇太子であり、応神天皇は次期天皇にと期待しており、また、渡来人のワニ博士が家庭教師をしたようですね。


こちらの画像はおかりしました。

応神天皇の子であり皇太子として期待された莵道稚郎子命は、兄である後の仁徳天皇と皇位を譲りあい、そして、応神天皇の死後、天皇不在を嘆き自ら宇治川で命をたったとされていました。お名前も、ウジノワキイラツコ。この御祭神は若宮神社とは別に一柱だけで祀られていました。

ここは、ガイドさんがチラッとしか案内しなかったので、あとで調べました。。

仁徳天皇誕生秘話仁徳天皇にまつわる話しは、実は色々と気になる部分があります。確かめることは不可能ですが、いつかこの違和感のてがかりがあれば、整理したいです。


下はイノノメとよばれ、ハートマーク。猪の目という意味だそうで、和気清麻呂を猪が救った話がこの宇佐神宮には伝えられています。つまりは皇室の守護をした神獣の目がイノノメで、宇佐神宮だけでなく、色んな神社にあるようです。トリビアですね☺️





次に、何故、神仏融合になったのか、、これは、隼人族が関係しています。
大和朝廷に逆らった隼人一族を景行天皇が悉く殺した後、疫病が流行ったため、天皇は仏の力を借りて鎮魂をしなければと、初めて神社に仏教を融合させたようです。ガイドさん、この場所で話します。。



山幸彦を大和朝廷とすると、海幸彦が隼人(熊襲)、、とも言われる方がいます。。

次は下宮です。ここは、伊勢神宮でいう外宮と同じ役割のお宮でした。お食事を作る神様です。





下は、亀の甲羅で占いをする亀卜の際、それを焼いた熱を冷ます竹のようです。亀卜については、先日書いていますから、ガイドさんの話がよくわかり面白かったです。




下の写真は、大分のお酒。下は焼酎。いいちことか有名ですね。

真ん中の、お酒の名前にもなっている双葉山は大分出身の力士で、いまだに連勝記録が抜かされていないようです。



次は、宇佐神宮内の八坂神社へ。
御祭神は素戔嗚尊。きちんと手を合わせてきました。大きな御神木が聳え立っていました。



八坂神社のそばに、廃仏毀釈前には確かにあった弥勒寺跡があります。

明治時代の神仏分離により、神社にあるお寺は全て取り壊されました。

こんな↓のが広大な敷地にあったのです。ご本尊の薬師如来は近くの大善寺に安置されたようです。薬師如来は、市杵島姫の別名。神道の宗像三女神。同じ無形の存在に、色んな名前を色々つけますね。。



私は、何故寺にある神社は大丈夫なのか?と聞きました。もともと、寺だった所に神社を建てたものは廃仏毀釈の難は逃れたようです。
確かに、同日参拝した富貴寺と両子寺には、神社がありましたから。

最後に呉橋。こちらも詳しく説明してくださいました。。中国を模して作られており、名前も呉越の呉からきているとか。





このあと、極楽寺に。ここには、大善寺だけでなく、神仏融合の時代に祀られたご本尊が安置されていました。

廃仏毀釈のさい、川に捨てられたものを、それはあまりにも酷いと後々安置したようで、室町時代の作だそうでした。

お寺には傷ついたご本尊が安置され、歴史や宗教の流れを感じました。


つづく