私が20歳の時に母は死んだ。大学のある東京から呼ばれて帰ったその前夜、「元気にやってるかと」訊かれ、頼まれて風呂を焚いて、入れた翌朝のことだった。
病弱で、私が三歳の時に脳腫瘍手術で聴覚での音の識別を失った母。掌に字をなぞって伝え、声が返ってくる僅かな対話は、母の眼差しに包まれていた日々だった。家で出した葬式には、母が筆談で相談にのっていた近所の人が寄り添ってくれて、喪主の私に、涙が出たのは一年 . . . 本文を読む
もし今、あなたの子どもが医師、看護師、福祉師士で、コロナ感染者の現場に出かけるとしたら、止めますか?
もし今、あなたが仕事で人ごみに出かけなければならないとしたら、行きますか?
もし今、子どもや親に食べさせるもがなく買い物の行列に並ばなければならないとしたら、
子どもを一緒につれてゆきますか?・・・
その時その時、それぞれの立場で、求められていることがある。不要不急とは、その時どの立場をと . . . 本文を読む
不平等条約の撤廃と人種差別反対を唱えて、明治維新以後富国強兵策を成功し膨張した日本は、多くの移民をハワイから米国・中・南米へ送り、糊口をしのいだ。日清・日露戦争、第一次世界大戦を戦勝国側にたった妄信が、ABCDラインによるエネルギー包囲網に抗することもできず、町中で戦地に向かう兵士に旗を振った。全国の空爆・艦砲射撃、そして原爆を、天からの祟りのように教育された戦後、勢力のバランス状態でしかない(平 . . . 本文を読む
保育器の中の初孫の映像が届いた。
一か月の早産で、でてきたか弱いけど、確かな命。細い母親の触れる指に応えて、表情を変え、身体をうごかす。心電計の配線が呼吸に揺れ続け、生まれたよと、伝え続けている。
我が息子の誕生には、その重さを受け止めるのが精いっぱいだった。私も、ここまで生きてきてよかったと、おばあちゃんになった妻、そして、私の母に、ありがとうと。
初孫の誕生の喜び、この命の有難さが溢れて . . . 本文を読む
夢を見た。頭上をB29が飛び、婦女子は家から出ないようにと言われている瀬戸内の島。「これからどうする?」と聞かれる私が立っていた。
4月29日、姫路本城能楽堂で、JINMOさんのライブ記録。5月1日、高砂市生石神社にて、JINMOさんの奉納演奏記録。5月2日、吉備津神社側の墓参りと寺参り、備前を姫路、そして帰京。
吉備津神社前の店2軒は、父方の藤井と母方の堀家の血統。母方が赴任したのは児島湾干 . . . 本文を読む
佃住吉神社の例祭が終わり、埋め込まれる前の大幟柱・抱が、堀に浮かぶ。
それぞれの柱・抱が、いつ造られたかは、僅かしか解らない。
「これは、佃大橋ができた時、、、」三部の柱をみて長老が想いだす。
樹は切られ製材され木材となり、育った歳だけ保つという。
しかし、春~秋に伐採された樹には、栄養分が残り、腐り易い。
水揚げが穏やかな冬に切られ、ゆっくり乾燥された材は、強い。
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誰にも、この世の神秘や美しさ或いは恐ろしさに、身も心も震えたことが在るでしょう。神道というと、ある特定の意図や宗教だと、区別・理解してレッテルを貼りがちですし、その道の専門家の話だけでは、腑に落ちないことも残ります。 しかし、比較宗教学のトーマス・カスーリス著の「神道」:ちく学芸文庫で、私なりにスッキリしました。 . . . 本文を読む
今日は、母の誕生日。今年も春なのだ。
母は産後のひだちが悪く入院し、私は藤沢のエリザベス・サンダーホームに預けられた。そして、父の実家の岡山のマリア園、それから母の実家の九番へ。吉井川河口の土手の上の郵便局だった。
財閥解体で独立した父は日本橋室町で起業して、繊維の仕事で浜松へ。香港暮らしでレパルスベイが忘れられない父は、別荘地のような弁天島に住みついた。干拓していた水辺の家、モガだった母が焼 . . . 本文を読む
今日は、母の命日
私を生んだときから病弱で、二年に一度は入院していた母だが、私の大学二年まで生きていてくれた。
知らせを聞いて駆けつけたのが2月10日。私の目を見ながら「学校はいいの・・・・・・風呂に入れて」と。五右衛門風呂に薪をくべ、抱き上げて風呂桶に。風呂がいつまでも温かかったと言って、翌日息を引き取った。病とともに、いろいろな悩みを越える手がかりを探しながら生きてた母には、病床まで相談に . . . 本文を読む
今年も1月が終わりかけている。「面白きことも無き世を、面白く」
暮らすエネルギーは、好奇心だけじゃない。
「ありがとう」と言われると、もう少し。
手元不如意で、もう少し。
いつになったら、徘徊の足と気を止め、余生とやら
ゆっくり楽しむ日が来るのだろう?
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自分が動くスピードと受ける刺激量は、比例していない。
スピードが上がると視野が狭くなり、喋れば聴くことが困難になる。
刺激を受け入れて、消化して、吐き出す循環は、快便よりは便秘気味の方が、いい。
昼間の雑踏での刺激の蓄積が、明け方脳で整理終わるころ、ほろっとでてくる塊は、納得できる言葉やイメージ。
陽がめぐり、月がめぐり、星がめぐるサイクルでも、同じようなことが起きているかもしれないが、
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昨日、教会の演出での震災メモリアルイベントを取材した。オルガンとピアノのデュオは、父の声。語りとピアノは、マリア。、黙祷と祈り。ミサの形式は、神の家のなかの心地よさ。
その後、銀座の水菜の収穫祭に廻った。福井の水菜は雪を起し、囲いをして育てるとのこと。
春を先取りするよな、喜びがあった。
日光の法要では、砂に祈り、東北に撒く。つづく読経の先は無 . . . 本文を読む
中央区成人の日記念式典を取材して、3年目。311を超えた新成人の’メッセージ’に、自身の二十歳の頃を、思い起こしました。
新成人の集いとメッセージ、中央区成人の日記念式典
実行委員長のメッセージでは、ケネディーの言葉を引用しながら、「自身の直感を信じて進もう」と語ります。副委員長のメッセージでは、感謝の謝の時は、謝罪の謝の字と読み解いて、「謝ること」 . . . 本文を読む