モノと心の独り言

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市民メディアの甘え

2005-09-26 07:24:35 | コミュニケーション-メディア
<市民にとって、メディアとは>シンポジウムで
25日、パソコン再生などの活動をしているNPOイーパーツなどが主催した
市民メディアを考えるシンポジウムを聴取した。
九州山江村で「住民ディレクター」を展開している岸本氏、電通NGOの
広告からアースデー、キャンドルナイト、ホワイトバンドなどを手がけてきた
NPO広告メディアクリエイティブ「サステナ」のマエキタミヤコ氏などが
基調講演とパネリストを務めた。

<現状は>
マスメディアがメディア・ミックスされ、企業も、行政も、市民も、
コミュニケーションからメディアへと繋がり始めた状況に参加しうる日本では、
もう、市民メディアとマスメディアを区別している甘えは捨てなくてはと思う。

多世代が、TV-WEB-電話に繋がって、同じ言語を話している日本で、
”気になる”と、振り向かせる”リアリティ”を、伝えられなければ、
相手の行動は変わらないということなのだ。

”リアリティ”を伝えるには、
”市民活動だから”という甘えも、スキルの稚拙さ、手段の不足も、言い訳にならない。
どんなに細くても、伝え・応えるためのプロセスの全てが、繋がっていなければならない。

そこに、コストを賄う人や組織・資金がついてくる。
市民メディアだから、行政メディアだからと、他の人の力を借りるなら、
企業・広告の資金を受け入れてゆくことを、拒む必要はないのではないか?
(昨日は、メディアのコスト、時間、集中力、費用などの話はなかったが)

<要は>
市民が何かいいことしているからとか、
官庁・行政・官庁の公的な活動だからとか、
”公共”という神話に、自分で甘えないようにしよう。

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