今夜は待ちに待ったハロウィンの夜。
Ѧ(ユス、ぼく)とСноw Wхите(スノーホワイト)は仮装をして、大きな古いヴィクトリア朝時代の御屋敷に夜遅くやってきた。
Ѧは仮面をつけた魔女の仮装でСноw WхитеはFrankenstein(フランケンシュタインの怪物男)の仮装をしている。
本当はѦはこんな恐ろしい廃墟へ夜中に遣ってくるなんて嫌だと何度もСноw Wхитеに言ったのだけれども、彼は珍しく駄々を捏ねて、どうしても行きたそうにしてその場を動こうとしなかったので仕方なくѦは彼に着いて来た。
ѦとСноw Wхитеは肝試しさながらに手提げランプを持ってこの広い屋敷の中へと足を入れた。
足だけ入れて帰ってきたのではなく、勿論、全身も入れた。
さっきから、薄々と感じてはいたのだが、どうもѦたちを、じっと静かに覗き見ている存在たちがいるように感じてならない。
もし、ghost(ゴースト)に出会ったのなら、Ѧはこう言おうと想う。
「Boo!!」
こうして、ゴーストに驚かされるよりも、先にこちらが相手を驚かして、相手をびびらせることによって、どうにか因果を被ることを避けようという狡賢い手段である。
すると次の瞬間、あまりの緊張のせいでか、Ѧはつい、まだゴーストにも会っていないのに、
「Boo!!」
と言ってしまったのであった。
お尻から・・・・・・
すると、Сноw Wхитеがまるで子供のように笑ったので、Ѧも笑った。
廃墟の屋敷のなかで、Сноw WхитеはѦに言った。
Сноw Wхите「Ѧに今夜ここでお話をしてあげます」
持ってきたレジャーシートを広げるとСноw Wхитеはそこへ座り、Ѧに向かって手を差し伸べたので、ѦはСноw Wхитеの膝の上に横向きに座った。
そしてСноw WхитеはѦの頬にそっとキスするとゆっくりと話し始めた。
昔々、あるところに、一人の男が大きなお屋敷のなかで独りで住んでいました。
男は働きもせず、この世界でまったく自由なように見えたことです。
しかし男の心のなかは、それはそれは深い孤独と悲哀に満ちていたと言います。
いったい何故でしょうか。
男は実は、若い博士が作った、人造人間だったのです。
彼はもともと、人間ではありませんでしたし、今も人間と呼べるかどうか、疑わしいものです。
では彼はもともと、なんだったのでしょう。
彼は博士が、”或る”男の死体を墓から掘り起こし、その死体に博士の作った魂を封じ込めた存在でした。
もともとあった魂ではありませんから、その魂は人造の魂と呼べましょう。
彼の身体の基となった死体は、死んでいたのですし、魂は博士が作るまえまではどこにもなかったのですから、彼のなにからなにまで、人造のものでできていると言って良いでしょう。
彼が人造人間であることは、誰の眼から見ても明らかでした。
何故なら、彼の身体は死体で出来ていたため、その色はどこか青く緑がかってもいましたし、また眼球は想うように動かすこともできず、突然ぎょろっと人形のように動くのでしたから、人は皆、彼を恐れ、近づく人間は博士を除いて、誰一人いませんでした。
博士は実験の為に第一作目の彼を創りあげましたが、彼を哀れに想い、その為に彼に大きなお屋敷に住まわせ、働かずとも暮らして行けるお金を月々送り込む約束をしました。
男はそのお屋敷でたった一人で、20年間の月日を過ごしました。
ある朝、男は近くの小川の岸辺で一人泣いておりました。
とてもとても悲しい夢を見たのです。
でもその夢がどんな夢か、ちっとも想いだせないのでした。
男は川の冷たい水で顔を洗ってさっぱりとしたところ、ふと岸に突っ伏した小さな何者かがそこにいるのを発見しました。
生い茂った葦に縺れてなかなか捕まえることもできませんでしたが、やっとのことで捕まえたその”生き物”は、どうやら死んでいるようにまったく動きはしませんでした。
左右の髪を、器用に編んで結んでいる、それはどうやら女の子であるように見えました。
しかし二つの真ん丸い眼はガラス玉のようでしたし、鼻はなく、口は縫い付けられて開きませんし、どうも人間らしくありません。
男は、これは人間の女の子ではなく、人形の女の子なのだとようやく気づきました。
それでもこの女の子は、とても愛らしくて、手放したくないと想ったので、男は水の滴るそれを屋敷に持ち帰ることにしました。
男は屋敷に着くと、女の子が寒くないようにと水気を拭いてやり、女の子を椅子の上に座らせ、話しかけてみました。
「わたしの名前は、Zoa Gernot(ゾア・ゲルノート)と言います。ゾアと呼んでも構いませんし、ゲルと呼んでも構いません。貴女のお好きなように、呼んでください。貴女は、なんという名前でしょう・・・?」
男はそう尋ねてみましたが、相手からの返事はありません。
「わたしはこの屋敷で、二十年間ものあいだ、一人で過ごしてきました。貴女が何故、あのような冷たく寒い場所で一人、突っ伏していたのかわかりませんが、きっと色々な事情があったのでしょう。貴女が話したくなるまで、わたしはいつまでも待ちますので、無理に話す必要はありません。貴女は今日からここに、住んで構いません。貴女の着ている衣服が泥だらけなので、わたしは明日、貴女の着替えを買ってきてあげます。そしてその衣服は、わたしが明日川で洗ってあげます。何故、明日かというと、今日は一日、貴女を安心させる為に、ずっと傍に居てあげたいからです。わたしは決して貴女を見棄てたりしないと神に誓います。だからどうか安心して、ゆっくりしてください。もしかして貴女はひどく疲れていて、今にも眠ってしまいたいでしょうか?わかりました。ではあなたをベッドのところに連れて行ってあげましょう」
男はそう言うと人形を赤ん坊を抱くように慎重に抱き上げ、寝室に連れてゆき、ベッドに寝かせました。
つぶらな眼を開けたまま眠る人形を男は微笑みながら眺めていました。
嗚呼、二十年間生きてきて、こんなに幸福な気持ちになったのは初めてだ。
彼女は人形だが、きっと何かを考えているに違いない。
わたしに助けられ、彼女もきっと幸福な想いでいるに違いない。
男はそうして、三年間ものあいだ、人形と二人で暮らす日々を送りました。
しかし幸福な月日はやがて、それまで以上の寂しさを男の胸の内側に広がらせ、冷たく立ち去ってゆきました。
男はある朝ついに決心し、博士のもとに行き、跪いて懇願しました。
「どうかお願いします。わたしの創造主、愛する御父よ、この少女を、どうかわたしのように”生きた”存在としてあなたの力で創りあげてください。わたしはどうしても生きてゆく為に、この少女の愛が必要になったのです。あなたはわたしに仰いました。わたしは人間たちとは違って、永遠に生きる存在であるのだと。それが本当だというのならば、わたしは愛なくして、どのように生きてゆけばよいのでしょう。わたしがあなたを心の底から呪う日が来てもおかしくはありません。しかしあなたがこの少女に魂を吹き込んでくださるのならば、わたしはあなたを永遠に呪う日は来ないことをあなたに誓います」
博士は男から人形を受け取ると、黙って深く頷き、一年後にまたここに来るようにと言って男を帰らせました。
それから一年間、男はどんなに胸を高鳴らせて過ごしたことでしょう。
普段から億劫で仕方なかった屋敷内の掃除も、毎日何時間と行なってどこもかしこも埃一つ見えません。
そして長いようで短い一年の月日は過ぎ、待ち侘びた日がやってきました。
男は正装をして、襟を立てて首にはリボンタイを結び、髪を油で撫でつけて少女の為に用意しておいた青い押し花が硝子のなかに入った髪飾りを包んだ箱を持って、息せき切って博士のもとへ走って向かいました。
男は博士の傍へ静かに歩き寄り、震える口で言葉を発しようとしたその時、博士が振り向いて自分の後ろを指差し、その棺を開けるようにと言いました。
緊張のあまり朦朧とした感覚で男は棺の蓋を開け、その中を覗き込みました。
するとそこには、白いドレスを着た自分の肌の色とはまったく違った肌の白い小さな少女がすやすやと寝息をたてながら眠っていました。
年齢はまだほんの4歳ほどに見えます。
その愛らしさに見惚れていると、後ろから博士が声をかけました。
博士は、喜ぶが良い。この少女はおまえよりずっと人間らしい存在として創りあげることができたはずだとそう言いました。
その言葉を聞いた瞬間、男は灰色の不安が目のまえを覆って胸が苦しくなるのでした。
しかしこの少女がどういう”存在”であるかを、博士であろうとも知り尽くすことはできないだろうと男は想い直し、少女を早く屋敷へ連れて帰りたいと博士に頼みました。
博士はいつでも連れて帰るが良い。この少女はおまえの為に作ったのだから。とそう言いました。
男は博士のまえにひれ伏し、感謝の言葉を何度と捧げると少女を棺のなかから抱きかかえ、その重みに驚きながら抱き締めるようにして屋敷へと連れ帰りました。
少女はその日、目を醒ますことはありませんでした。
男は少女を腕のなかに抱き、まるで娘のように少女を見詰めて共に眠りました。
ところが次の朝、男が目を醒ますと少女の姿がどこにもありません。
男は屋敷中を、無我夢中となって探し回りました。
そして広いキッチンのある部屋に入ったそのとき、床に蹲(うずくま)りながらパンを齧って食べている少女の真ん丸い二つの黒い目とぱちっと目が合いました。
男はその瞬間、気持ちがぱっと晴れやかになって心底ほっとしました。
自分も少女に向かってキッチンの床にぺたんと座って微笑みながら、「そのパンは美味しいですか?」と少女に尋ねました。
少女はあの人形と同じように無表情で黙り込んだままパンに齧りついています。
その様子を打ち眺め、まだ言葉をきっと知らないんだ。と男は想いました。
「わたしの名前は、Zoa Gernot(ゾア・ゲルノート)と言います。貴女の名前は、今日からEmer(エマ)という名前です。わたしは貴女をわたしの妻として迎え入れたいと想います。貴女がそれを受け容れる日には、貴女の名前はEmer Gernot(エマ・ゲルノート)という名前になります。さあわたしのエマ、ここはすこし寒いので暖かいお部屋に行って続きを食べましょう。わたしが貴女の為に温かいスープを作ってあげます」
小さな少女エマはパンをしっかと手に握ったまま男に抱き上げられ、食卓の部屋に連れてゆかれました。
まるで動物のような何もわからないエマをここに置いてスープを作りに行くのは不安でしたが、男はエマをテーブルのまえの椅子に座らせると、キッチンへ向かいました。
男がエマが食べやすいようにと野菜を小さく小さく切って作ったスープの鍋を持って戻ってくると、またもや困ったことに、エマの姿がどこにも見えませんでした。
しかし、今回は先程とすこし違いました。エマの笑い声が聴こえてきたからです。
男は窓辺に行ってレースカーテンの透き間からそっとエマを覗いてみました。
エマが何をそんなに楽しそうに笑っているのかと想えば、エマはお庭のなかにある噴水の池のなかに住んでいる魚を捕まえて遊んでいたのでした。
白いドレスは既に泥だらけになっていて、長い黒髪には枯葉がたくさんついていました。
男はそんな一人で遊ぶ楽しそうなエマの様子を眺めながら、悲しい気持ちになったのは確かです。
何故なら、エマにとっての最初の楽しい出来事は、自分との経験であって欲しかったとどこかで願っていたからでした。
エマは楽しいのに、自分は悲しい。この不一致がますます男を悲しくさせるのでした。
それでもエマを迎えて三日目のことです。
エマは初めて男に向かって笑いかけたのでした。
それは男の目を指差して、突然可笑しくてならないという具合にけたけたと虫が入ったように笑いだしたのです。
どうやら男のこの、キョロっと突然動く奇妙なふたつの眼が、エマの眼からは面白いものに見えたのでしょう。
男はこれまで何度か、子供たちに笑われたことがあってそのときはひどく傷ついたことを想いだしました。
しかしエマのその笑い方は、あまりに純真無垢な無邪気さだったからか、男は悲しい気持ちにならず、それよりもエマの笑いに釣られて可笑しくてしょうがなくなったのでエマと一緒に声を出して楽しく笑い合ったのでした。
それから半年の月日が経った頃のことです。
男がエマに絵本を読み聴かせたあとに、エマは突然男に向かって「パッパ」と呼びかけました。
悲しいことに、エマが初めて口にした言葉が男の名前ではなく、その言葉だったのです。
エマがその意味をわかって言っているのかは定かではありませんが、男はエマに向かって優しく言い聴かせました。
「エマ、残念ながら、わたしは貴女のパッパ(父親)ではないのです」
しかしエマは不思議そうな顔を男に向けたまま、また「パッパ」と今度は嬉しそうに呼びました。
男はすこし深刻な顔をして「わたしのことはどうかゾアと呼んでください」とエマに言いました。
それでもエマは楽しそうに小さな身体を男の膝の上で揺らしながら「パッパ、パッパ、パッパ」と何度と繰り返し呼ぶのでした。
男はきっと父親という意味をわからないで発音が面白くてエマは言っているのだと想いました。
「いまはまだ貴女はちいさいから、貴女のパッパでいてあげましょう」
そう微笑んで言ったあとに、「でもいつの日かわたしは貴女の父親ではなくなるのです」と続け、エマを抱き締めました。
エマはそれから三年余り、男のことをパッパと呼びつづけました。
男の危惧の想いはいや増して、どうしても自分のことを名前で呼ばせなくてはならないと気は焦り、エマはまだ7つほどの幼な子でしたが、エマに”本当”のことを打ち明ける決意をしました。
エマはちょうどそのとき、日が傾いたお部屋のなかでお人形遊びをしていたので、男はエマの傍に座って落ち着いた声でゆっくりと話しだしました。
「エマ、今からわたしの言うことを良く聴いてください。今から貴女に、わたしは本当のことを言います。貴女とわたしは、人間ではありません。一人の若い博士が作った人造人間なのです。つまり、人間に創られた存在だということです。他の人間たちは皆、神が創った存在です。しかしわたしと貴女を”生きた”存在にしたのは、他の誰でもない一人の人間なのです。貴女はわたしと違って、人間のように年を取って身体は変化を伴いますが、わたしはまったく30年ほど前から姿形が変わってはいません。貴女はわたしよりも”人間らしい”のです。それでも、貴女は人間と同じように生きてゆくことはできません。何故なら・・・・・・貴女とわたしは、元は死んだ人間だからです。死んだ人間に、博士が新しい魂を入れてくださったのです。この世に、わたしと貴女のような存在はどこにもいないでしょう。貴女は、人間と仲良くしてはなりません。人間は、わたしたちが死んだ人間からできていることを見抜いてしまえば、酷いことをするのです。ですからわたしたちは決して人間に近づいてはならないのです。貴女を学校に行かせて学ばせないのもその為です。貴女とわたしは、ずっとずっと二人で生きてゆかなくてはなりません。わたしは貴女の父親の”まま”でいるつもりはなく、わたしは貴女の夫として存在しているのです。それは貴女の生まれるまえから決まっていることなのです」
エマはおとなしく神妙な顔をして静かに聴いていましたが、突然、長く黒い睫毛の瞼をぱちぱちと瞬かせたかと想うと、たっぷりと涙を目縁(まぶち)に浮かべて声を放った瞬間に、ぽろぽろと真珠のように涙を零しました。
「エマはもう、パッパと呼んじゃいけないの?」
男は自分が生まれたときから大人だったからでしょうか、エマがこれほどまでに自分に父親を求めることが理解できませんでした。
だからエマに向かって、「エマにパッパは存在しないのです」とはっきりと応えましたが、言い終わったあとに、エマがあんまり悲しそうに泣くものですから、エマが不憫でならなくなりました。
男はそれから、三日間、一人で遊ぶエマを影から眺めながら考えました。
エマの為に、あと三年間、あと三年の間だけ、エマの父親でいてあげようと男は決心して、エマに自分のことをパッパと呼ぶことを許しました。
喜んではしゃぐエマを強く抱き締めると、エマは逃れようと身体を捩りながらも「パッパ、パッパ、パッパ」と言って笑いました。
エマが10歳ほどになったときにはきっと、自分を父親ではなく、一人の男として見てくれるようになるだろうと、男はエマを信じることにしました。
やがて三年の月日が流れ、エマが10歳頃の少女になると、男は三年前の約束をエマに想い起こさせるためにエマの遊んでいるお庭へと歩いてゆきました。
広いお庭の樹に囲まれた狭い小道を歩いていると、散った枯葉のなかに小さな白い花が咲いているのを男は見つけました。
おや、こんな季節に春の花が咲いていると男はその花を見つめ、その白いちいさな顔を覗かせる花の姿がエマの愛らしさに重なったものですから、男はその花を摘むと手の平のなかに隠してエマにプレゼントするときっと喜ぶだろうと想いました。
男は樹の木陰に座ってお絵かきをしているエマを見つけました。
そっと近寄ってそばに腰を下ろすとエマが男を見上げて微笑みかけました。
男も微笑み返し、エマが描いていた絵を覗き込みました。
そこには真ん中に小さな女の子が手を繋いでいる両端には男の人と女の人が描かれ、みな嬉しそうに笑っている絵でした。
男は一瞬にして、血の気が引くほどの悲しみを覚えました。
それでも落ち着いてエマにそれぞれの人物について尋ねました。
まず顔から口がはみ出すほど嬉しそうに大きな口で笑っている女の子を指差し、エマに「これは誰ですか?」と尋ねました。
すると予想していた通りに「エマ」、と返事が帰ってきました。
次には、エマの左手と繋いでいる男に指差し尋ねました。
「これは誰ですか?」
エマは男を見上げることなく俯いたまま「パッパ」とだけ答えました。
男は指していた指を、エマを通り過ごして今度はエマの右手を繋ぐ女を指して尋ねました。
「では、これは誰ですか?」
するとエマは俯いていた顔を上げて、半ば男を責めるような顔と声で応えました。
「マム」
男は青褪めた顔でエマに尋ねました。
「いったい、エマのマム(母親)がどこにいるのですか?」
エマはまた深く俯いてしまうと今度は何も答えませんでした。
男は気を取り直してエマを抱き上げて膝に乗せると優しく抱き締め、「わたしの愛するエマ」と言いました。
「わたしの愛するエマ、貴女は三年前のわたしとの大事な約束を憶えていますか?」
エマはまだふてくされた顔をしながら俯き、首を横に振りました。
男はエマの髪を撫でながら言いました。
「わたしの可愛いちいさな花嫁、エマ、わたしは今日から、貴女の夫となるのです。ですから今日からはどうか、わたしのことを名前で呼んでください」
エマは眉間に皺を寄せて、訴えかけるような眼を男に向けながら見詰めました。
男が悲しい眼で見詰め返すと、エマの視線はだんだんと力をなくしてゆき、男の胸の辺りをぼんやりと見詰めていました。
男は先程、無意識に胸ポケットに挿したままの白い花を想いだし、そのちいさな花をエマの黒髪に結んであげました。
そしてエマに向かって、「なんて愛らしい花嫁でしょう。明日は花をたくさん買ってきて、大きな花冠を作ってあげます」と言いました。
エマは男が結んであげた花を無造作に左手で掴みとってしまうと、その花を地面に投げつけました。
そのとき突風が吹いて、小さな花は風に飛ばされてどこかへ行ってしまいました。
男はエマまでどこかへ行ってしまわないようにとしっかりとエマの手を握り締めていましたが、エマは無理やりその手をほどいて駆けて行こうとしたものですから、男はエマを呼びとめようと後ろから追って名を呼びました。
しかしエマはそのまま走ってって、庭の雑木の陰に隠れて見えなくなってしまいました。
男は気づかず水溜りのなかに足をつけていたのでその足を上げると、そこにはへし折れて花びらのほとんど散ったさっきの白い花が泥と枯葉にまみれてあるのを見つけ、男は一層悲しみに暮れながらじっとその無残な青白くなった花を見詰めることしかできませんでした。
エマは次の日から、男に対して大きな抵抗をあからさまに見せるようになりました。
それは男のことを、「パッパ」とは呼ばなくなった代わりに、こんどは「マム」と呼ぶようになってしまったことです。
男はエマの抵抗に酷く傷つき、エマの無垢な目をじっと見詰めて言葉を探していました。
エマに悪気がまったくないように見える以上、何をどう言えば伝わるのか、男はわからなくなってしまったのです。
まだ10歳という歳で親の愛情を求めることは仕方のないことなのだと男は自分に言い聞かせ、エマへの複雑な想いをどうにか宥めようとしました。
それでも男は、エマがなんの意図もなく自分のことをマムと呼ぶことに対して、まるで自分の悲しみがエマに伝わっていないことを知り、余計に悲しくてならなくなるのでした。
だからといって、男は未来に対する希望を手放すことはしませんでした。
何故なら、エマはまだ幼いからです。
エマの寝顔を見詰めながら男は毎晩、胸の奥が熱くなって恍惚とした感覚になる夢想をしました。
自分のことを一人の夫としてエマから愛されるという夢想です。
その年に、男はエマと一緒にお風呂に入っているときに、ほんのすこし膨らんできた小さな胸にそっと手を触れた次の日から、エマは一人でお風呂に入ると言いだしました。
男は自分でもセクシュアルな関心から触れたのかどうかさえよくわかりませんでしたが、エマが自分と一緒にお風呂に入るのを避けたがることを残念に感じながらも、恥らうエマがとても愛おしく想えるのでした。
きっと、あと6年。あと6年もの月日が経てば、エマは16歳の少女となって結婚できる年になり、自分のことを夫として見てくれるようになるはずだ。
そう男は6年後のエマに望みを託して、それまではエマに対して自分はマムの代わりになってあげようと想いました。
そうして長い年月が過ぎ去り、エマはようやく少女が同時に大人の女性として認められる16歳という年の頃になりました。
エマはこの6年間のあいだ、男のことをマムと呼んだり日によってはパッパと呼んだりしてきましたが、男を名前で呼ぶことはありませんでした。
でもこれから先は、どうしても自分の名前を呼ばせなくてはならないと男は想いました。
男はエマの作ってくれた昼食を一緒に食べ、後片付けも一緒にしたあとにいつものお庭のベンチにエマと並んで座り、本を読み聴かせました。
するといつものようにエマは眠くなって男の膝の上に頭を載せ、ベンチに横になって微睡みながら聴いています。
エマが気に入っていた一冊の本を読み終えたあと、静寂が風の音のなかに広がっていました。
男も目を瞑り、白昼夢を見ているような心地のなかで、囁きかけるように言葉を放ちました。
「わたしは今日から、貴女の父と母をやめて、貴女の夫となろうと想います」
そのとき、エマは寝言のように小さな声で返事をしました。
「・・・エマはきっと、恋をしているの」
男も少しうとうととするなか、まるで寝言のようにその言葉に返しました。
「貴女は誰に、恋をしたのでしょう」
エマはくぐもった口調で言いました。
「・・・名前も知らない男の子」
名前・・・名前も・・・・・・知らない・・・男・・・・・・。男はその瞬間、はっと目を醒まし、酷く恐れを感じてエマを激しく揺り起こしました。
エマはただでさえ青い男の顔がさらに青褪めているのを見てギョッとし、目を丸々と見開いて男の目を見詰めました。
男はエマの肩を震える両手で強く揺さぶりながら言いました。
「貴女はいったい・・・誰に、だれにいったい、恋をしたのです」
エマは男のおかしい様子にショックを受け、怒られていることに怯えながら答えました。
「し、知らない男の子・・・エマが公園で遊んでいると、いつも声をかけてきて、エマに描いた上手な絵を見せてくれるの」
男はエマの返事があんまりにも衝撃だった為、見開いた眼が閉じることも忘れ、目はだんだんと充血してきましたが、全身を震わせながらもエマの目から目を一瞬でも離すことができませんでした。
エマは男の様子に恐怖を覚え、心配になったものの、どうしたらよいか困りに困り果てて、じっと黙って男の涙さえ浮かんできた目を見詰め返すことしかできません。
こんなことになるなら、エマを自由に外へ遊びにゆかせることを許すべきではなかったと男は心の底から悔恨に苛まれました。
エマはしまいには恐ろしさと不安から涙をぽとぽとと落とし始め、ちいさく「マム」と呟いて男に抱き着きました。
しかし男は生気が果てたようにエマを抱き返すことも叶わず、エマの身体を力ずくで引き剥がすと自室まで忙然として歩いてゆき、それっきり寝台に倒れ伏せて寝込んでしまいました。
「エマにとって、わたしとは・・・・・・」日が何度暮れても、男は頭のなかで何度と朦朧としながらそう繰り返すばかりでした。
エマは男のことがとても心配でしたが、その苦痛を一時でも忘れたくていつもの公園に出向いては恋をしている男の子を待ちました。
「何の為に、わたしがいるのでしょう」
ある夜に、言いつけも護らず遅くに帰ってきたエマを起こして、男は覆いかぶさる姿勢で穏かに言いました。
エマは男の要求をずっとずっと、本当はわかっていました。
だからずっと苦しんできたのは、エマのほうだと、エマは言葉ではなく、その二つの潤った目で男に向かって訴えてきました。
「そうです。貴女はわたし以上に、苦しんできました。貴女はどうしても、わたしの妻になることを拒むのですね。でもわたしは、貴女を娘とする為に、博士に貴女を創らせたのではないのです。貴女はわたしだけを愛するわたしだけの妻として存在するようにと、ただそれだけの願いによって、この世に生まれたのです。わたしの願いなしに、貴女はどこにも存在しないのです。それに、貴女の身体の基(もと、原料)となった死体と、わたしの身体の基となった死体はまったくの赤の他人であり、決して父と娘のような関係ではなかったのです」
暗がりのなかでランプもつけずに男は怯える目つきをしたエマに向かってそう言うと、言ったあとにハッとした顔をして眼球をころころと動かせながら一点を見詰めました。
どこかきょろっとした目をしながらもひどく狼狽した様子で男は寝台から素早く身を離し、エマの部屋を出て屋敷も出てゆきました。
男は息せき切って、博士のもとを訪ねました。
そして博士に向けて、絶望した眼差しでこう言いました。
「わたしとエマを創りし神よ、あなたはまさか、まさかあなたの選んだわたしとエマの基となった死体は、父と娘であったのではないですか・・・?」
すると博士は静かに頷き、深い息を吐いたあとに答えました。
「愛する我が創造物のゾアよ、どうか赦してくれ。何故ならおまえと彼女の基となる死体は、他にどこにも存在しなかったからである。おまえたちの基となった父と娘は、共にある日不幸に死んで、誰もその死には気づかなかった。しかしわたしが、生きた存在として蘇えらせる為に、何年と保存していたのだ」
男はそれを聞いた途端、がくっと膝から崩れ落ち、床に手をついて項垂れました。
「あなたは一体、わたしと彼女に”何の”実験を望んでいるのか。わたしの望みを、あなたは聴いて、わたしの為に彼女を創ってくださったのではないのですか。エマは苦しみ、わたしも苦しく、他に遣り場が無く、心が痛くてなりません。あなたの望みどおりに、わたしたちは生きているのでしょうか。もし、あなたの望みどおりにわたしたちが生きていないのだとしたら、それでもわたしたちは生きていなければならないのでしょうか。あなたの願いによって、わたしたちは存在しているのではないのですか。どうか望みを、わたしに生きる望みをお与えください。あなたはわたしたちの、わたしたちを愛する親ではありませんか。エマはわたしを、夫として愛することができないのです。あなたは仰いました。彼女はわたしよりも人間らしい存在となると。では人間らしさの不十分なわたしは、この世界でどのように生きてゆけばいいのですか。彼女は人間のように歳を取り、人間のようにその感性は、あまりに複雑です。わたしはいつまで経ってもまるで赤子か死者のように成長することができないのです。あなたはきっと、心のどこかで想っているのです。わたしは”失敗”であり、”不出来”であると。何故ならわたしは、もはや生きる望みを、すべて喪ってしまったのですから。あなたの希望は、失敗であったということです。あなたの願いは不出来であり、不十分であったのです。しかしわたしは、最後にはあなたの望みどおりになりましょう。あなたの実験物は、失敗に終わった為、存在している必要など、どこにもありはしないのです。わかりますか。あなたの望みとは、きっとエマの望みと同じものであるのです。生きていて、わたしがどのように人間から離れてゆくのか、あなたには見えるでしょう。あなたはわたしの願いを叶える存在です。それ以外に、あなたは何者でもありません。わたしを存在させることのできたあなたは、わたしを”もと”に戻すことが、できないはずはありません。エマが最も求める存在は、わたしではない。それだけの理由で、わたしはこの世界に、いる必要など、ないとあなたに最後に願います。これが今あなたの目のまえにある、あなたのわたしに対する一番の望みです。我が主よ、あなたの望みによって、わたしのすべてを喪わせてください」
男は床を見詰めながらそう振り絞った声で言い終わると、ちょうど斬首刑を待つ罪人のようにその首を前に突き出して、両手を胸の上で祈りを捧げるように組みました。
博士はしばらくすると男の頭に右の手を載せ、男の願いを聴き入れました。
男はそのすべてを喪われるまで、愛するエマの顔が見えました。
エマは何故か、いつまでも男に向かって微笑みかけているのです。
すべてを喪われた男のなかで、エマは男の名を呼び、こう囁きかけるのです。
「わたしのたった一人の愛する夫。あなた以外に、わたしは存在しない」
「わたしのたった一人の愛する妻。あなた以外に、わたしは存在しない」
それが男の最期の言葉だったと、博士がエマに告げると、エマはその場にくずおれ、声をあげて泣きました。
Ricky Eat Acid - because
今日は、待ちに待ったハッピーハロウィンパーティーだ。
ボクはこの日を、どれだけ、どんだけ、待ち侘びたことか。
きっとボクのこの、うきうき感、わくわく感は誰にも想像だに出来ないに違いあるまい。
何故なら、ボクはハロウィンパーティーというものに、行った例(ためし)がこれまで一度たりともありはしないのだからね。
ボクの初めての経験、きっとその体験は、ボクの想像を遥かに超えることと願っている。
ボクは、散らかったままの部屋に置いていたのでくっちゃくっちゃになってしまった”Happy ハロウィンパーティー”と題されたチラシを、椅子に座って膝の上に置き、じっと眺めた。
対象:3歳~小学6年生
参加費:500円
と書かれてある。
良かった。年齢制限は、ぎりぎりイケてる。
ボクは、今年で36歳だから、なんとか、なんとか、なんとかアレして、アレとコレとタレとかしたら、イケるだろう。たぶん。
だって、ハロウィンパーティーと言えば、そう、仮装パーティーである。
みんなアホみたいな、被りもんとか、けったいな着ぐるみとか、恐ろしい仮面(覆面、マスク)などをして家を出るパーティーだと言うではないか。
ボクはそれを、利用しない手立てはないであろう。
それを利用せずして、なにを利用して、ボクはこの10月を越したらええんだ。
苦役の塊みたいなこの恐怖の年末に近づく十月を。
えっ?もう十月?ま、まさか・・・なんでこんな時が経つの早いかって?そらボクが、家にずっといてるからなの?教えてジャーニー。ジャーニーってどこの誰ですか?はい?hey!
そんな憂鬱なことを考えるのはもうよそうぜ。もうすぐハッピーなハローウィンパーティーなのだから。
そして、遣って参りました。待ちに待った、ハッピーハロウィンパーティーの日が。
時間は、AM11:00~ あと一時間後だ!急げや急げ、ぼくはシャワーをさっと浴び、裸の上に、でっかくて白い大きなシーツで作った衣服をすっぽりと頭から被った。
これでどこからどう見ても、おばけの格好の仮装をした、小学6年生の少女に見えるに違いあるまい。
何故ならば、外から見えるボクのこの、肉体という被り物は、穴を二つ開けた、目の部分、ただそこだけなのだから!
とにかくボクは、時間が迫っていたので、産まれたままの姿に白いシーツを一枚被っただけの格好で、何も持たず、外へ走り出た。
勿論、ノーブラだから(ってかボクは胸が小さいためいつもノーブラだが)、乳首が、36歳の熟女の乳首の感じに透けて見えてたら、そらヤバイので、ボクは思い切り猫背になって、絶対に乳首が見つからないようにと意識して、ボクは十字路を駆け抜けた。
一瞬、突風がやってきて、あたかもスカートが舞い上がるマリリン・モンローの如くになりかけたが、あのシーンは「七年目の浮気」という1955年の恋愛コメディ映画のワンシーンらしいが、ボクとしたことが!まだ観られていなかった為に、そのシーンを真似できなくて、ひっじょおに残念でならなかった。
この白い被り物のシーツが舞い上がってしまっては、ポリコオを呼ばれて、職務質問されるか、もしくは下手したら露出狂者と誤解されて、留置所送りなんてことになるやも知れず、そんなこととなってはボクの楽しみでハッピーなハロウィンパーティーに参加して、Happy Halloween!!とそこらかしこで叫んで讃歌できないではないか。
そんなこととなって溜まるかあっとボクは全身でシーツが舞い上がるのをくるくると駒のように回りながら押さえつけて回避した。
そしてまたもや同じような突風によってシーツが舞い上がることを防ぐため、ボクはそのままくるくるとシーツを押さえて回りながらHappy ハロウィンパーティーが行なわれる最寄り駅すぐ近くの”ジャック英会話教室”の前にやっと辿り着いた。
窓辺の棚には、たくさんのカボチャやおばけやコウモリなどのハロウィンの飾付けがあったが、その奥にはもっと華やかな天井から釣り下がったジャック・オー・ランタンや、髑髏(どくろ)や案山子(かかし)のおもちゃやゴス(goth)チックなお城の飾りが見えたので、ボクの胸は、それはそれはときめいたことだ。
ボクは胸に手を当てて、ドキドキワクワクしながら、英会話教室のドアを開けた。
チャリラリランランラーンみたいなアンティークなドアベルの音が鳴った。
まるでボクがこの空間に現れたことを待ち望んでいて、それを天使が祝福しているかのような音だったのでボクの胸はそれはそれは喜びに沸き立った。
ボクのなかに、それまであった、もしかしたら年齢制限でばれて、帰らされるかもしれんばい。という不安は消え去って、ボクの心はこれから巻き起こる愉快で幸せな出来事の数々に想いを馳せては、その場に黙って立ちすくんでいた。
ここで待っていたらば、きっと誰かがやってきて、なんかゆうてくれるに違いないと想ったからである。
しかし十分近く待っていたが、誰もまだやってはこなかった。
ボクは辛抱が切れて、退屈だったので教室のなかを回って、回ってと言ってもくるくると先ほどのように回転したのではなく、この空間内を見て回った。
ボクはテーブルの上に置かれてある馬鹿でかいパンプキンのジャック・オー・ランタンの器用にくり抜かれた顔を近づいて眺めていた。
そのときである。
教室のなかが突如、薄暗くなった。ライトが全て落ちたようである。
そして次の瞬間、ドアを開けて、ものすごい勢いで声をあげてはしゃぎながら十何人かの子供たちが走って教室内に入ってきた。
みな面白くて愉快で可愛らしい仮装をしているから、顔もわからない子達ばかりだった。
ボクは互いに顔が見えないものの、すこしく緊張した。
ボクだけが、きっとこのなかで子供でないからだ。
でもボクは大人だと気(け)取られたらまずいので、子供たちと一緒になってこのロリ声を生かして、子供のような声を出してはしゃぎ回った。
どうやらボクのことを感づいている人間はここにはまだいないようだと見受けられたのでボクはほっとした。
ボクは緊張がほどけたところに、尿意が気になったので、トイレがどこにあるかを探した。
この部屋を抜けるドアを開けると、そこには狭い廊下があり、廊下にはいくつかのドアがあった。
二つ目のドアに”washroom”と表示されてあったのでそのドアを開けようとしたそのとき、ちょうどドアが開いてなかから人が出てきた。
大きな狼のような頭だけの被り物を被って黒いスーツを着こなした背の高い人間であった。
狼は視界が悪いからか、大きな頭を振って振り向いたため、その突き出た鼻の先がボクの鼻先をかすめ、ボクは勢いよく退こうとしたために滑って尻餅を床に着いた。
危ないことに、もう少しでシーツが捲(まく)れてボクの熟女的な生々しい生脚が露わになる寸前でボクはひっしと押さえ込んだので多分相手に見られることはなかったはずである。
相手はさすが英会話教室に来るだけの人間である。
完璧そうな英語でボクに手を差し出しながら狼のその口から申し訳なさそうな言い方で「I’m terribly sorry(誠に申し訳ない)」と言った。
口ではそう言ってはいるが、狼の被り物を外せば笑いながら言ってるやも知れず、ボクはひどくムカッと来て、つい口から言葉が勝手に外に出てしまった。
「もうすこしで、ボクは鼻の骨を折るところだった!」
そんな言葉がつい出てしまったのも、この狼の人間が男性であったことがわかったからであろう。
ボクは自分でここにやって来ておきながら、英語がペラペラだとかの、インテリな男には無性に妬ましさから来るムカつく想いを普段から抱えて生きているからである。
しかし言った瞬間に、ボクはひどく後悔した。
一つは大袈裟すぎる言い分であったのは確かだし、この口の利き方が大人だとばれてしまうのではないかと危ぶんだからだ。
でも相手に対してムカついている想いは変わらないし、言ったことにスッキリとしたのもあって、ボクは差しだされた手をスルーして一人で立ち上がってから無言で相手をよけてwashroomのなかに入ろうとした。
すると相手の狼男が後ろから、「あの、ちょっと待ってください」と穏かな声で言ったので、ボクは一体なんなんだという気持ちで振り返って相手の狼の顔を正面から見た。
狼は口を動かさずに、「Happy Halloween」とだけ言った。
ボクはなんでトイレに行くのを拒まれてまでこの言葉を相手から掛けられなくてはならなかったのかが全くわからなかったが、これに無視すると後々面倒なことになる気がしたので、ボクも眼も笑わずに相手に向かって、口も極力動かさぬようにして、「Happy Halloween」とだけぼそっと言って返した。
相手は微笑むこともせず(被り物だからなかで微笑んでいてもわからないため)、黙って立ちすくんでいたので、ボクも黙ってwashroomのドアを開けてなかに入った。
用を足し終わって、スッキリしてwashroomの外へ出た。
先ほどの狼男が、何やらわざとらしく、廊下の壁の飾り付けを行なっていた。
そしてボクに気づくと、恭(うやうや)しくも頭を下げたあとに近づいてきてこう言った。
「キミと会うのは多分初めてですね?身長が大きいから、6年生でしょうか?」
ボクはさっきの偉そうな態度を改め、もじもじと身体をくねらせて可愛い6年生の少女を装いながら答えた。
「うん、ボク、小学6年生。あ、ボク、って言ってるけどぉ、ボク、女子なんだぁ。ところで、あなたは誰ですか?」
狼男はまたもや手を差し伸べながら言った。
「当たりましたね。はじめまして。わたしはこの英会話教室で英会話の先生をやっているジャック・ザドクという名前の者です。英会話に興味がありますか?」
ボクはそれを聞いたとたん、しまったあっと心内で叫んだ。
よりにもよって、ハロウィンパーティーの主催者であるだろうこの英会話教室の先生に向かって、あのような牙を剥いてしまったのであった。
ボクは無邪気に微笑む顔を作って、相手の手をシーツ越しに握って言った。
「はじめまして。先生だったんだね。さっきはちょっと言い過ぎてしまって、どうもアイムソーリィー。ボクは英会話ぜんぜん駄目だけど、興味はあるよ!」
ボクの手は緊張で汗ばんでいたが、何故か相手は握り締めたまま話し出した。
「いえいえわたしのほうが本当にごめんなさい。どうもこの狼の頭が、視界がすこし悪くて、キミがいることに全く気づけませんでした。危ないので、あとでもう外そうかと悩んでいるところです。英会話に興味があるのはとても良いことですね。今なら秋の入会キャンペーンを実施していて、10,000円の入会金を全額免除と、それから本年度の年会費6,500円も全額免除で無料となっていますから、もしこの教室に入会したいなら、今月の末までにわたしにお電話でもいいので、伝えてください。その時に詳しくお話しますから」
ボクは英会話教室に入会する気などさらさらなかったが、好印象を与えておけば、何かと有利だと想ったので、微笑んで返した。
「ボク、英語苦手だけど、先生みたいな優しそうな人が教えてくれたら、覚えられるかもしれない!今日帰ったら、うちのママに相談してみる!」
「今日は一人でここへ来たのですか?」
「そうだよ。友達や兄弟も来たそうだったけど、ちょっと他に用事があったから」
「そうですか、一人でよくぞ来てくれましたね。わたしはとても嬉しいです。Happy Halloween!!」
「Happy Halloween!!」
二人ではははっと笑ってボクはそのあと、彼と一緒に廊下の枯葉リースの飾り付けを手伝った。
こんなことをしにここへやってきたわけじゃないので実に面倒だったが、ここで面倒な手伝いも快く引き受ける心優しく気立ての良い少女を演じてさえいれば、後々に待ち受ける可能性のある成人だとばれて無言の軽蔑と侮蔑と差別的な眼を向けられる未来の責務を大幅に免除してもらえるやも知れないので、ボクは嫌々ながらも甲斐甲斐しくこれを狼ジャック先生と一緒に他愛(たわい)のない会話をしながら遣り通した。
そしてすべての装飾を終えると、ボクと先生は子供たちのいる部屋へと戻った。
覆面の顔の見えない子供たちと一緒に遊ぶパーティーは、いつまでも続くような気がした。
でもボクの当てたビンゴゲームの景品が何故か、封を開けたら赤ワインだった・・・・・・
ジャック先生に手渡された景品だ。
もしかして、先生はボクが成人であることに気づいて、お酒をボクにプレゼントした・・・・・・?
ボクはお酒が大好きなので、こんなに楽しいパーティーに、お酒が無くてどうする?という想いをお酒切れなくなって、じゃない・・・押さえ切れなくなって、ボクはこっそりパーティーの部屋を抜けて、違う部屋に行って、一人で瓶のまま赤ワインを飲んだ・・・・・・
それにしてもこの部屋は、なんてすっきりとした何にも無い、テーブルが一つあるだけの部屋だ。
使われていない部屋なのだろうか。
まぁそんなこと、なんだっていいけれど。
ボクはお酒を飲みすぎて、冷たく白い床に横になった。
あの部屋から、子供たちとジャック先生の楽しそうな遊ぶ声が聴こえる。
あの先生、一体どんな顔をしているんだろう?
声はまぁ、すっごくタイプだけども・・・・・・
ジャック先生の声で、ボクは目が醒めた。
どうやらあのまま、眠ってしまったようだ・・・・・・
もう子供たちは、みんな帰ってしまいました。
この教室には、今はわたしとあなたしかいません。
ジャック先生?とても暗い。灯りをつけて。
ありがとう。明るいけど、どうして先生の顔のなかに灯りがともっているの?
それはわたしのなかは空っぽだからですよ。
そんなはずはないよ。先生は被り物じゃなくって、人間なんだから。
それはあなたが一番よくご存知ではありませんか?
どういうこと?ボクは先生のこと、なにも知らないはずだよ。
今日会ったばかりなのだから。
今日は何の日ですか?
勿論、ハロウィンの日だよ。
では、”Trick or Treat”(トリック・オア・トリート)貴女の甘いお菓子をわたしにくれないならば、貴女に悪さをしますよ。
生憎(あいにく)、ボクは今なんにも持ってないんだ。ごめんなさい。
では貴女にわたしは悪さをします。
それはやめてよ。どうか免除して欲しい。英会話教室に入室するから。
では免除をしますから、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
だから何も持ってないんだ。急いで来ちゃって、忘れてきちゃったんだよ・・・
貴女は今、ちゃんと甘いお菓子を持っています。それをわたしにください。
甘いお菓子って、いったいなんのこと?
貴女のその被り物の下にあるものです。
許してよ。本当に何も持ってこなかったんだから。
貴女はわたしの一番欲しい甘いお菓子をちゃんと持っているのです。
ですから、その被り物を剥がしてください。
これは・・・剥がせないよ。
何故ですか?
何故って・・・見られたくないから。
わたしに?
そうだよ。
でもそれを剥がさないなら、わたしはあなたに悪いことをしますよ。
悪いことって一体どんなこと?
貴女のまだ、行ったことのない場所に、貴女を連れてゆきますよ。
そこはどんなところ?
知ればきっと、貴女は行きたくないと言うでしょう。
キミは行ったことがあるの?
わたしは夢で、行ったことがあります。
どんなところだった?
貴女が知るなら、きっと行きたくないと貴女は言うでしょう。
そんなに恐ろしいところなの?
恐ろしいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決めることではありません。
いいから教えてよ。そこはどこにあるの?
では一つお教えします。そこは、死者と生者の、境目の世界です。
境目って・・・一体どんなところなんだろう?想像するのも難しいな。
そこに行くってことは、死んでも生きてもいないの?
そうです。死ぬことも生きることも、赦されません。
苦しいところなの?
苦しいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決められることではありません。
キミが夢で行ってみたとき、苦しかったかどうかを訊いてるんだよ。
わたしはとても苦しかったです。
どんな風に?どうして?
貴女がそこにいなかったから。どんな風に・・・言い表すのはとても難しいものです。
ボクがそこにいないって、当然じゃないか?ボクとキミは今日出会ったばかりなんだから。
そうでしょうか。貴女がその被り物を剥がせば、わかることです。
一体どういうことなのか、わからないよ・・・。他に選択肢は無いの?
では貴女の為に、他にもう一つ、最後の選択肢をあげましょう。
三つ目の選択肢、それは、わたしは貴女を壊してしまおうと想います。
壊す・・・・・・?そんな恐ろしいことを言わないでよ。ボクはモノじゃないんだから。
そうですか。では二つの選択肢から、貴女は選んでください。
ただのハロウィンのお遊びでしょう?なんでそんな深刻な選択肢しかないの?
深刻なお遊びは、お嫌いですか。
好きじゃないよ。さっきからすこし、吐き気も感じている。飲み物を飲みすぎたからかもしれないけれど・・・
貴女はどうか、その被り物を剥がしてもらえませんか。わたしはもうすでに、あなたの中身を知っているのです。
えっ、そうなの・・・?ばれちゃってたか、やっぱし・・・
はい。勿論です。貴女がわたしを騙すなど、できるはずもありません。
ごめんなさい・・・。素直に謝罪するよ。でもふざけてたわけじゃなくて、ボクは真剣にこのパーティーに参加したくって・・・
謝罪は必要ありません。しかし貴女は、どうかわたしの前でその被り物をすっかりと剥がして、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
甘いお菓子って、一体なんのことだか・・・
あなたがその被り物をすべてわたしの前で剥がしてしまえば、わたしは貴女の甘いお菓子を食べることができるのです。
もし、嫌だって言ったら?
仕方がありません。死者と生者の境界に、わたしは貴女を連れ去ります。
それも嫌だって言ったら?
わたしはあなたを壊してしまうしかありません。
なんて殺生な選択肢だろう・・・それじゃぁ・・・着替えを持ってきてもらえないかな?ボクはこの因果な被り物を剥がして、キミの用意した着替えに着替えるよ。それでいい?
貴女の着替える衣など、どこにもありません。
キミは本当にボクを怒ってるんだね。キミを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと想ってるよ・・・
人を騙すのはやっぱり良くないよね。心から反省しているよ。どうか許して欲しい。入会して、入会金も年会費もちゃんと払うからさ。
わたしは貴女を赦します。その代わり、その被り物を、わたしの前で脱ぎ払って、わたしに本当の貴女を見せてください。
でも・・・この下・・・この際もう言っちゃうけど、何にも着てないんだ・・・だから脱ぐことなんてできないよ。
だからわたしに見せてください。何も着ていない貴女を。
そんなこと・・・できないよ・・・まだ結婚もしていないのに。
わたしと結婚すれば良いことです。
キミのこと、まだなにも知らないよ。
わたしは貴女のことを知っているのです。
ボクがこの被り物をキミの前で脱いだら、それだけで本当に許してくれるの?
そして貴女の甘いお菓子をわたしにくれるのならば。
もういいでしょう?甘いお菓子って、なんなのか、ボクに教えて。
貴女の最も良いもの、”Souling”(ソウリング)、甘い甘いソウルケーキのことです。
Soul(ソウル)?ソウルって、魂のソウルのこと?
そうです。貴女の甘い魂を、どうかわたしに食べさせてください。
ボクの魂をキミに食べさせたら・・・ボクは一体どうなってしまうの?
わたしと貴女は、一つになるでしょう。
何故?何故キミはボクと一つになりたいの?
何故でしょう。貴女が被り物を脱ぐなら、わかるはずです。
いったい・・・・・・キミは誰なの?キミこそ、その薄気味悪い蕪(カブ)の、被り物を脱いでボクに顔を見せてよ。
わたしの中身はからだと言ったはずです。
それじゃぁ、からのキミを見せてよ。キミが見せてくれるなら、ボクも脱ぐから。
本当ですか。
うん、もう疲れちゃったんだ。この遊び。そろそろ終わりにして帰りたい。
ではわたしは、この被り物を脱いで、貴女に本当のわたしをお見せします。
うん、ありがとう。ものすごくドキドキする。
ジャック先生は、白い蕪の頭の被り物を両手でゆっくりと持ち上げ、その頭を外し、外した頭を左手にあったテーブルの上に置いた。
キミは・・・キミは・・・まさか、そんなはずは・・・
だってキミは・・・あの日、ボクが、殺したはずなのに・・・・・・
わたしは一体誰でしょう。
ボクはキミを殺したはずなのに・・・・・・あの日ちゃんと、手術で・・・
わたしは誰ですか?
キミはボクが、あの日、あのハロウィンの日に、堕ろしたはずだよ・・・
もう何年前のことでしょう?
もう20年も前のことだよ。
20年。二十年間、わたしはここにいたのです。ママ。
ここって・・・・・・どこ・・・?
貴女の夢のなかです。
夢?ここはボクが今見ている夢?
そうです。
なんだ、夢なのか・・・良かった・・・。
さあ約束です。ママ。わたしの前で、その被り物を剥がしてください。
わかったよ。夢なんだから、別になんてことないよ。
貴女の甘いお菓子をわたしに食べさせてくれますね?ママ。
いいよ。だって夢なんだもの。どうにでもなるよ。
ママ。何故わたしを産んではくれなかったのですか。
仕方がなかったんだよ・・・・・・お金も無かったし、相手は行方不明になったし、君を産んで育てる自信も全く無かった。ボクはまだ16歳とかで・・・・・・
それは本当に気の毒なことです。たったそれだけの理由で貴女はわたしを殺したのです。
わたしの頭は、貴女以外の人間の手によって、引き千切られ、わたしは殺されたのです。
一体ボクに何をして欲しいの?でもここは夢のなかだよ。夢の世界で、キミは一体ボクに何を望むの?
わたしは貴女と一つになりたい。もともと貴女とわたしは一つだったのです。そこへ戻りたいのです。
夢の世界でも、満足なの?
たとえ夢のなかでも、わたしは満たされたいのです。たった一人の、愛する貴女と、一つに戻りたいのです。
わかったよ・・・・・・ボクのすべてをキミにあげるよ。
本当ですね?
本当だよ。
ありがとう。ママ。では、その被り物を、わたしの前で脱いでください。
わかった。
ボクは白いシーツで自ら作ったこの被り物を彼の前ですっかり脱いで、そのシーツを、右手の床の上に置いた。
黒いスーツを着た彼はわたしに近づき、跪いてわたしの脣(くち)にそっと脣付けした。
彼の青い眼から、涙が一粒、わたしの頬の上に落ちた。
棺のなかで眠っている、わたしの頬の上に。
Ricky Eat Acid - Sun not low on my cheek, she's eating my bones
ボクはこの日を、どれだけ、どんだけ、待ち侘びたことか。
きっとボクのこの、うきうき感、わくわく感は誰にも想像だに出来ないに違いあるまい。
何故なら、ボクはハロウィンパーティーというものに、行った例(ためし)がこれまで一度たりともありはしないのだからね。
ボクの初めての経験、きっとその体験は、ボクの想像を遥かに超えることと願っている。
ボクは、散らかったままの部屋に置いていたのでくっちゃくっちゃになってしまった”Happy ハロウィンパーティー”と題されたチラシを、椅子に座って膝の上に置き、じっと眺めた。
対象:3歳~小学6年生
参加費:500円
と書かれてある。
良かった。年齢制限は、ぎりぎりイケてる。
ボクは、今年で36歳だから、なんとか、なんとか、なんとかアレして、アレとコレとタレとかしたら、イケるだろう。たぶん。
だって、ハロウィンパーティーと言えば、そう、仮装パーティーである。
みんなアホみたいな、被りもんとか、けったいな着ぐるみとか、恐ろしい仮面(覆面、マスク)などをして家を出るパーティーだと言うではないか。
ボクはそれを、利用しない手立てはないであろう。
それを利用せずして、なにを利用して、ボクはこの10月を越したらええんだ。
苦役の塊みたいなこの恐怖の年末に近づく十月を。
えっ?もう十月?ま、まさか・・・なんでこんな時が経つの早いかって?そらボクが、家にずっといてるからなの?教えてジャーニー。ジャーニーってどこの誰ですか?はい?hey!
そんな憂鬱なことを考えるのはもうよそうぜ。もうすぐハッピーなハローウィンパーティーなのだから。
そして、遣って参りました。待ちに待った、ハッピーハロウィンパーティーの日が。
時間は、AM11:00~ あと一時間後だ!急げや急げ、ぼくはシャワーをさっと浴び、裸の上に、でっかくて白い大きなシーツで作った衣服をすっぽりと頭から被った。
これでどこからどう見ても、おばけの格好の仮装をした、小学6年生の少女に見えるに違いあるまい。
何故ならば、外から見えるボクのこの、肉体という被り物は、穴を二つ開けた、目の部分、ただそこだけなのだから!
とにかくボクは、時間が迫っていたので、産まれたままの姿に白いシーツを一枚被っただけの格好で、何も持たず、外へ走り出た。
勿論、ノーブラだから(ってかボクは胸が小さいためいつもノーブラだが)、乳首が、36歳の熟女の乳首の感じに透けて見えてたら、そらヤバイので、ボクは思い切り猫背になって、絶対に乳首が見つからないようにと意識して、ボクは十字路を駆け抜けた。
一瞬、突風がやってきて、あたかもスカートが舞い上がるマリリン・モンローの如くになりかけたが、あのシーンは「七年目の浮気」という1955年の恋愛コメディ映画のワンシーンらしいが、ボクとしたことが!まだ観られていなかった為に、そのシーンを真似できなくて、ひっじょおに残念でならなかった。
この白い被り物のシーツが舞い上がってしまっては、ポリコオを呼ばれて、職務質問されるか、もしくは下手したら露出狂者と誤解されて、留置所送りなんてことになるやも知れず、そんなこととなってはボクの楽しみでハッピーなハロウィンパーティーに参加して、Happy Halloween!!とそこらかしこで叫んで讃歌できないではないか。
そんなこととなって溜まるかあっとボクは全身でシーツが舞い上がるのをくるくると駒のように回りながら押さえつけて回避した。
そしてまたもや同じような突風によってシーツが舞い上がることを防ぐため、ボクはそのままくるくるとシーツを押さえて回りながらHappy ハロウィンパーティーが行なわれる最寄り駅すぐ近くの”ジャック英会話教室”の前にやっと辿り着いた。
窓辺の棚には、たくさんのカボチャやおばけやコウモリなどのハロウィンの飾付けがあったが、その奥にはもっと華やかな天井から釣り下がったジャック・オー・ランタンや、髑髏(どくろ)や案山子(かかし)のおもちゃやゴス(goth)チックなお城の飾りが見えたので、ボクの胸は、それはそれはときめいたことだ。
ボクは胸に手を当てて、ドキドキワクワクしながら、英会話教室のドアを開けた。
チャリラリランランラーンみたいなアンティークなドアベルの音が鳴った。
まるでボクがこの空間に現れたことを待ち望んでいて、それを天使が祝福しているかのような音だったのでボクの胸はそれはそれは喜びに沸き立った。
ボクのなかに、それまであった、もしかしたら年齢制限でばれて、帰らされるかもしれんばい。という不安は消え去って、ボクの心はこれから巻き起こる愉快で幸せな出来事の数々に想いを馳せては、その場に黙って立ちすくんでいた。
ここで待っていたらば、きっと誰かがやってきて、なんかゆうてくれるに違いないと想ったからである。
しかし十分近く待っていたが、誰もまだやってはこなかった。
ボクは辛抱が切れて、退屈だったので教室のなかを回って、回ってと言ってもくるくると先ほどのように回転したのではなく、この空間内を見て回った。
ボクはテーブルの上に置かれてある馬鹿でかいパンプキンのジャック・オー・ランタンの器用にくり抜かれた顔を近づいて眺めていた。
そのときである。
教室のなかが突如、薄暗くなった。ライトが全て落ちたようである。
そして次の瞬間、ドアを開けて、ものすごい勢いで声をあげてはしゃぎながら十何人かの子供たちが走って教室内に入ってきた。
みな面白くて愉快で可愛らしい仮装をしているから、顔もわからない子達ばかりだった。
ボクは互いに顔が見えないものの、すこしく緊張した。
ボクだけが、きっとこのなかで子供でないからだ。
でもボクは大人だと気(け)取られたらまずいので、子供たちと一緒になってこのロリ声を生かして、子供のような声を出してはしゃぎ回った。
どうやらボクのことを感づいている人間はここにはまだいないようだと見受けられたのでボクはほっとした。
ボクは緊張がほどけたところに、尿意が気になったので、トイレがどこにあるかを探した。
この部屋を抜けるドアを開けると、そこには狭い廊下があり、廊下にはいくつかのドアがあった。
二つ目のドアに”washroom”と表示されてあったのでそのドアを開けようとしたそのとき、ちょうどドアが開いてなかから人が出てきた。
大きな狼のような頭だけの被り物を被って黒いスーツを着こなした背の高い人間であった。
狼は視界が悪いからか、大きな頭を振って振り向いたため、その突き出た鼻の先がボクの鼻先をかすめ、ボクは勢いよく退こうとしたために滑って尻餅を床に着いた。
危ないことに、もう少しでシーツが捲(まく)れてボクの熟女的な生々しい生脚が露わになる寸前でボクはひっしと押さえ込んだので多分相手に見られることはなかったはずである。
相手はさすが英会話教室に来るだけの人間である。
完璧そうな英語でボクに手を差し出しながら狼のその口から申し訳なさそうな言い方で「I’m terribly sorry(誠に申し訳ない)」と言った。
口ではそう言ってはいるが、狼の被り物を外せば笑いながら言ってるやも知れず、ボクはひどくムカッと来て、つい口から言葉が勝手に外に出てしまった。
「もうすこしで、ボクは鼻の骨を折るところだった!」
そんな言葉がつい出てしまったのも、この狼の人間が男性であったことがわかったからであろう。
ボクは自分でここにやって来ておきながら、英語がペラペラだとかの、インテリな男には無性に妬ましさから来るムカつく想いを普段から抱えて生きているからである。
しかし言った瞬間に、ボクはひどく後悔した。
一つは大袈裟すぎる言い分であったのは確かだし、この口の利き方が大人だとばれてしまうのではないかと危ぶんだからだ。
でも相手に対してムカついている想いは変わらないし、言ったことにスッキリとしたのもあって、ボクは差しだされた手をスルーして一人で立ち上がってから無言で相手をよけてwashroomのなかに入ろうとした。
すると相手の狼男が後ろから、「あの、ちょっと待ってください」と穏かな声で言ったので、ボクは一体なんなんだという気持ちで振り返って相手の狼の顔を正面から見た。
狼は口を動かさずに、「Happy Halloween」とだけ言った。
ボクはなんでトイレに行くのを拒まれてまでこの言葉を相手から掛けられなくてはならなかったのかが全くわからなかったが、これに無視すると後々面倒なことになる気がしたので、ボクも眼も笑わずに相手に向かって、口も極力動かさぬようにして、「Happy Halloween」とだけぼそっと言って返した。
相手は微笑むこともせず(被り物だからなかで微笑んでいてもわからないため)、黙って立ちすくんでいたので、ボクも黙ってwashroomのドアを開けてなかに入った。
用を足し終わって、スッキリしてwashroomの外へ出た。
先ほどの狼男が、何やらわざとらしく、廊下の壁の飾り付けを行なっていた。
そしてボクに気づくと、恭(うやうや)しくも頭を下げたあとに近づいてきてこう言った。
「キミと会うのは多分初めてですね?身長が大きいから、6年生でしょうか?」
ボクはさっきの偉そうな態度を改め、もじもじと身体をくねらせて可愛い6年生の少女を装いながら答えた。
「うん、ボク、小学6年生。あ、ボク、って言ってるけどぉ、ボク、女子なんだぁ。ところで、あなたは誰ですか?」
狼男はまたもや手を差し伸べながら言った。
「当たりましたね。はじめまして。わたしはこの英会話教室で英会話の先生をやっているジャック・ザドクという名前の者です。英会話に興味がありますか?」
ボクはそれを聞いたとたん、しまったあっと心内で叫んだ。
よりにもよって、ハロウィンパーティーの主催者であるだろうこの英会話教室の先生に向かって、あのような牙を剥いてしまったのであった。
ボクは無邪気に微笑む顔を作って、相手の手をシーツ越しに握って言った。
「はじめまして。先生だったんだね。さっきはちょっと言い過ぎてしまって、どうもアイムソーリィー。ボクは英会話ぜんぜん駄目だけど、興味はあるよ!」
ボクの手は緊張で汗ばんでいたが、何故か相手は握り締めたまま話し出した。
「いえいえわたしのほうが本当にごめんなさい。どうもこの狼の頭が、視界がすこし悪くて、キミがいることに全く気づけませんでした。危ないので、あとでもう外そうかと悩んでいるところです。英会話に興味があるのはとても良いことですね。今なら秋の入会キャンペーンを実施していて、10,000円の入会金を全額免除と、それから本年度の年会費6,500円も全額免除で無料となっていますから、もしこの教室に入会したいなら、今月の末までにわたしにお電話でもいいので、伝えてください。その時に詳しくお話しますから」
ボクは英会話教室に入会する気などさらさらなかったが、好印象を与えておけば、何かと有利だと想ったので、微笑んで返した。
「ボク、英語苦手だけど、先生みたいな優しそうな人が教えてくれたら、覚えられるかもしれない!今日帰ったら、うちのママに相談してみる!」
「今日は一人でここへ来たのですか?」
「そうだよ。友達や兄弟も来たそうだったけど、ちょっと他に用事があったから」
「そうですか、一人でよくぞ来てくれましたね。わたしはとても嬉しいです。Happy Halloween!!」
「Happy Halloween!!」
二人ではははっと笑ってボクはそのあと、彼と一緒に廊下の枯葉リースの飾り付けを手伝った。
こんなことをしにここへやってきたわけじゃないので実に面倒だったが、ここで面倒な手伝いも快く引き受ける心優しく気立ての良い少女を演じてさえいれば、後々に待ち受ける可能性のある成人だとばれて無言の軽蔑と侮蔑と差別的な眼を向けられる未来の責務を大幅に免除してもらえるやも知れないので、ボクは嫌々ながらも甲斐甲斐しくこれを狼ジャック先生と一緒に他愛(たわい)のない会話をしながら遣り通した。
そしてすべての装飾を終えると、ボクと先生は子供たちのいる部屋へと戻った。
覆面の顔の見えない子供たちと一緒に遊ぶパーティーは、いつまでも続くような気がした。
でもボクの当てたビンゴゲームの景品が何故か、封を開けたら赤ワインだった・・・・・・
ジャック先生に手渡された景品だ。
もしかして、先生はボクが成人であることに気づいて、お酒をボクにプレゼントした・・・・・・?
ボクはお酒が大好きなので、こんなに楽しいパーティーに、お酒が無くてどうする?という想いをお酒切れなくなって、じゃない・・・押さえ切れなくなって、ボクはこっそりパーティーの部屋を抜けて、違う部屋に行って、一人で瓶のまま赤ワインを飲んだ・・・・・・
それにしてもこの部屋は、なんてすっきりとした何にも無い、テーブルが一つあるだけの部屋だ。
使われていない部屋なのだろうか。
まぁそんなこと、なんだっていいけれど。
ボクはお酒を飲みすぎて、冷たく白い床に横になった。
あの部屋から、子供たちとジャック先生の楽しそうな遊ぶ声が聴こえる。
あの先生、一体どんな顔をしているんだろう?
声はまぁ、すっごくタイプだけども・・・・・・
ジャック先生の声で、ボクは目が醒めた。
どうやらあのまま、眠ってしまったようだ・・・・・・
もう子供たちは、みんな帰ってしまいました。
この教室には、今はわたしとあなたしかいません。
ジャック先生?とても暗い。灯りをつけて。
ありがとう。明るいけど、どうして先生の顔のなかに灯りがともっているの?
それはわたしのなかは空っぽだからですよ。
そんなはずはないよ。先生は被り物じゃなくって、人間なんだから。
それはあなたが一番よくご存知ではありませんか?
どういうこと?ボクは先生のこと、なにも知らないはずだよ。
今日会ったばかりなのだから。
今日は何の日ですか?
勿論、ハロウィンの日だよ。
では、”Trick or Treat”(トリック・オア・トリート)貴女の甘いお菓子をわたしにくれないならば、貴女に悪さをしますよ。
生憎(あいにく)、ボクは今なんにも持ってないんだ。ごめんなさい。
では貴女にわたしは悪さをします。
それはやめてよ。どうか免除して欲しい。英会話教室に入室するから。
では免除をしますから、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
だから何も持ってないんだ。急いで来ちゃって、忘れてきちゃったんだよ・・・
貴女は今、ちゃんと甘いお菓子を持っています。それをわたしにください。
甘いお菓子って、いったいなんのこと?
貴女のその被り物の下にあるものです。
許してよ。本当に何も持ってこなかったんだから。
貴女はわたしの一番欲しい甘いお菓子をちゃんと持っているのです。
ですから、その被り物を剥がしてください。
これは・・・剥がせないよ。
何故ですか?
何故って・・・見られたくないから。
わたしに?
そうだよ。
でもそれを剥がさないなら、わたしはあなたに悪いことをしますよ。
悪いことって一体どんなこと?
貴女のまだ、行ったことのない場所に、貴女を連れてゆきますよ。
そこはどんなところ?
知ればきっと、貴女は行きたくないと言うでしょう。
キミは行ったことがあるの?
わたしは夢で、行ったことがあります。
どんなところだった?
貴女が知るなら、きっと行きたくないと貴女は言うでしょう。
そんなに恐ろしいところなの?
恐ろしいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決めることではありません。
いいから教えてよ。そこはどこにあるの?
では一つお教えします。そこは、死者と生者の、境目の世界です。
境目って・・・一体どんなところなんだろう?想像するのも難しいな。
そこに行くってことは、死んでも生きてもいないの?
そうです。死ぬことも生きることも、赦されません。
苦しいところなの?
苦しいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決められることではありません。
キミが夢で行ってみたとき、苦しかったかどうかを訊いてるんだよ。
わたしはとても苦しかったです。
どんな風に?どうして?
貴女がそこにいなかったから。どんな風に・・・言い表すのはとても難しいものです。
ボクがそこにいないって、当然じゃないか?ボクとキミは今日出会ったばかりなんだから。
そうでしょうか。貴女がその被り物を剥がせば、わかることです。
一体どういうことなのか、わからないよ・・・。他に選択肢は無いの?
では貴女の為に、他にもう一つ、最後の選択肢をあげましょう。
三つ目の選択肢、それは、わたしは貴女を壊してしまおうと想います。
壊す・・・・・・?そんな恐ろしいことを言わないでよ。ボクはモノじゃないんだから。
そうですか。では二つの選択肢から、貴女は選んでください。
ただのハロウィンのお遊びでしょう?なんでそんな深刻な選択肢しかないの?
深刻なお遊びは、お嫌いですか。
好きじゃないよ。さっきからすこし、吐き気も感じている。飲み物を飲みすぎたからかもしれないけれど・・・
貴女はどうか、その被り物を剥がしてもらえませんか。わたしはもうすでに、あなたの中身を知っているのです。
えっ、そうなの・・・?ばれちゃってたか、やっぱし・・・
はい。勿論です。貴女がわたしを騙すなど、できるはずもありません。
ごめんなさい・・・。素直に謝罪するよ。でもふざけてたわけじゃなくて、ボクは真剣にこのパーティーに参加したくって・・・
謝罪は必要ありません。しかし貴女は、どうかわたしの前でその被り物をすっかりと剥がして、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
甘いお菓子って、一体なんのことだか・・・
あなたがその被り物をすべてわたしの前で剥がしてしまえば、わたしは貴女の甘いお菓子を食べることができるのです。
もし、嫌だって言ったら?
仕方がありません。死者と生者の境界に、わたしは貴女を連れ去ります。
それも嫌だって言ったら?
わたしはあなたを壊してしまうしかありません。
なんて殺生な選択肢だろう・・・それじゃぁ・・・着替えを持ってきてもらえないかな?ボクはこの因果な被り物を剥がして、キミの用意した着替えに着替えるよ。それでいい?
貴女の着替える衣など、どこにもありません。
キミは本当にボクを怒ってるんだね。キミを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと想ってるよ・・・
人を騙すのはやっぱり良くないよね。心から反省しているよ。どうか許して欲しい。入会して、入会金も年会費もちゃんと払うからさ。
わたしは貴女を赦します。その代わり、その被り物を、わたしの前で脱ぎ払って、わたしに本当の貴女を見せてください。
でも・・・この下・・・この際もう言っちゃうけど、何にも着てないんだ・・・だから脱ぐことなんてできないよ。
だからわたしに見せてください。何も着ていない貴女を。
そんなこと・・・できないよ・・・まだ結婚もしていないのに。
わたしと結婚すれば良いことです。
キミのこと、まだなにも知らないよ。
わたしは貴女のことを知っているのです。
ボクがこの被り物をキミの前で脱いだら、それだけで本当に許してくれるの?
そして貴女の甘いお菓子をわたしにくれるのならば。
もういいでしょう?甘いお菓子って、なんなのか、ボクに教えて。
貴女の最も良いもの、”Souling”(ソウリング)、甘い甘いソウルケーキのことです。
Soul(ソウル)?ソウルって、魂のソウルのこと?
そうです。貴女の甘い魂を、どうかわたしに食べさせてください。
ボクの魂をキミに食べさせたら・・・ボクは一体どうなってしまうの?
わたしと貴女は、一つになるでしょう。
何故?何故キミはボクと一つになりたいの?
何故でしょう。貴女が被り物を脱ぐなら、わかるはずです。
いったい・・・・・・キミは誰なの?キミこそ、その薄気味悪い蕪(カブ)の、被り物を脱いでボクに顔を見せてよ。
わたしの中身はからだと言ったはずです。
それじゃぁ、からのキミを見せてよ。キミが見せてくれるなら、ボクも脱ぐから。
本当ですか。
うん、もう疲れちゃったんだ。この遊び。そろそろ終わりにして帰りたい。
ではわたしは、この被り物を脱いで、貴女に本当のわたしをお見せします。
うん、ありがとう。ものすごくドキドキする。
ジャック先生は、白い蕪の頭の被り物を両手でゆっくりと持ち上げ、その頭を外し、外した頭を左手にあったテーブルの上に置いた。
キミは・・・キミは・・・まさか、そんなはずは・・・
だってキミは・・・あの日、ボクが、殺したはずなのに・・・・・・
わたしは一体誰でしょう。
ボクはキミを殺したはずなのに・・・・・・あの日ちゃんと、手術で・・・
わたしは誰ですか?
キミはボクが、あの日、あのハロウィンの日に、堕ろしたはずだよ・・・
もう何年前のことでしょう?
もう20年も前のことだよ。
20年。二十年間、わたしはここにいたのです。ママ。
ここって・・・・・・どこ・・・?
貴女の夢のなかです。
夢?ここはボクが今見ている夢?
そうです。
なんだ、夢なのか・・・良かった・・・。
さあ約束です。ママ。わたしの前で、その被り物を剥がしてください。
わかったよ。夢なんだから、別になんてことないよ。
貴女の甘いお菓子をわたしに食べさせてくれますね?ママ。
いいよ。だって夢なんだもの。どうにでもなるよ。
ママ。何故わたしを産んではくれなかったのですか。
仕方がなかったんだよ・・・・・・お金も無かったし、相手は行方不明になったし、君を産んで育てる自信も全く無かった。ボクはまだ16歳とかで・・・・・・
それは本当に気の毒なことです。たったそれだけの理由で貴女はわたしを殺したのです。
わたしの頭は、貴女以外の人間の手によって、引き千切られ、わたしは殺されたのです。
一体ボクに何をして欲しいの?でもここは夢のなかだよ。夢の世界で、キミは一体ボクに何を望むの?
わたしは貴女と一つになりたい。もともと貴女とわたしは一つだったのです。そこへ戻りたいのです。
夢の世界でも、満足なの?
たとえ夢のなかでも、わたしは満たされたいのです。たった一人の、愛する貴女と、一つに戻りたいのです。
わかったよ・・・・・・ボクのすべてをキミにあげるよ。
本当ですね?
本当だよ。
ありがとう。ママ。では、その被り物を、わたしの前で脱いでください。
わかった。
ボクは白いシーツで自ら作ったこの被り物を彼の前ですっかり脱いで、そのシーツを、右手の床の上に置いた。
黒いスーツを着た彼はわたしに近づき、跪いてわたしの脣(くち)にそっと脣付けした。
彼の青い眼から、涙が一粒、わたしの頬の上に落ちた。
棺のなかで眠っている、わたしの頬の上に。
Ricky Eat Acid - Sun not low on my cheek, she's eating my bones
実はとうとう、このわしにも、失敬、このわいにも、いやはや、ぼくにも、
恋人ができたの。
え、そうなの?なんでまた。なんでまたっておかしいな。誰なの?早速訊くけれども。
相変わらず意味のわからない返しだね。
別に普通やろ。
相手は・・・・・・ウォレン、君の友人の、ジョシュアだよ。
えっ、あいつ・・・?あいつが・・・おまえの恋人だって?
そうだよ。
あいつ、オレに恋しているのだと、想ってた・・・
ばっ、ばかじゃないのか、君。
だってあいつ、最近オレの家によく来るし、オレが家に行ってもいつも「フットバッグをしませんか」って言うんだぜ。おかしくねえか?
別におかしくなんかないさ、おかしいのは君のほうだ。
オレの何がおかしいんだ。
いつも独り言ばっかり言ってるし、シンクの前で裸になってスポンジで身体拭いてるじゃないか。
えっ、おまえ・・・覗いてたのか・・・そんな趣味がおまえにあるとはな。喜べ。
また意味不明な返しを。別に覗いてないよっ。ふと窓を見たら、カーテンもナシで裸になってたのを見ちゃったんだよっ。
またまたぁ、そんな必死に抵抗しなくても。
抵抗じゃなくて、反抗だろ。
余計外れて行ってるやん。
もういい・・・どっちでも。話を戻すけど、ぼくちんにもついに恋人ができたんだ、おめでとう!
自分で祝ってるのか。
そうだよ。
・・・・・・まぁ、お、オメデトウ。良かったな、あいつ、良いヤツそうじゃないか。
良い奴だけどさ、最近ちょっと、ドキドキするんだよ。
恋愛なんだから、ドキドキしていいだろ、何を悩んどるねん。
そのドキドキじゃないんだよ、そのドキドキもするけど、同時に恐怖のドキドキもするんだよ。
実に、愉快な恋愛で楽しそうだな。
愉快じゃねえよ。怖えーんだよ。
何がそんなに怖いんだ。あいつはどこからどう見ても、変態性癖偏愛男じゃないか。
酷いことゆうなっ。彼は、誠実で、優しくて、ぼ、ぼくだけを愛し尽くしてくれる男なんだよ。
それが恐ろしいんだろ?解ってるぜ、おまえのことはすべて。
ウォレン、君って奴は・・・ありがとう。わかってくれて。
それで、どうしたらいいのか、わっかんないのか、も。
うーん、いや、ただ訊いて欲しかったんだよ。ぼくの恐怖を、君に想像の次元において、描いてみて欲しかったんだよ。
あいつは確かに何考えてるかわからない。気をつけろよ。オレはそんな恋愛、想像しても恐怖は感じないよ。むしろ羨ましいくらいだ。まぁ、実際、そんだけ好かれたらどうなるかわからない話だが。
彼、まえぼくに、はっきりとこう言ったんだ。「わたしは、あなたにわたしだけを愛するという愛で愛されないというのならば、もはや生きている意味などありません。わたしは消滅してしまって構いません。そしてあなたにわたしだけを愛する愛で愛されるというのならば、わたしは永遠を己れに対して赦すことができます」って。
めんどくさい奴だな。
そんな一言で片付けるなよっ。彼は真剣に本気で、それが彼の真心なんだから。
よし、今度会ったらあいつに言ってやるよ。
なんて?
こないだ、御前の彼女、オレの裸を覗き見してたぜって。ちんぽ洗ってるところをガン見してたぜって。
なんでそんなこと言うんだよ!してないよ!ほんとに!
前は凝視してたくせに。
してないよ!(恥辱)
ピンポーン。
あっ、ジョシュアだ、どうせあいつだよまた。なんでおまえんちじゃなくて、オレんちに来んだ?あいつ。やっぱオレのことが好きなんじゃないのか。
ぼくが今日はいまから寝るから会えないってっさっきメールしたんだよ。
可哀想に、おまえあいつを騙したのか。ひでえ女だ。
寝たかったけど、眠れなくって、君に相談してたんじゃないか。
オレが言ってやるよ。あいつはおまえのせいで恐怖に陥れられて今日も眠れないようだぜって。
そんなこと言うなっ。(憤激)
とにかく、おまえいい加減にしておけとだけ言っておいてやるよ。
それじゃ何のことかわかんないじゃないかっ。(激昂)
んじゃそうだな、独占は大概にしろ。とだけ言っとくよ。
やめろっ。
うるさいな、これじゃオレはおまえとあいつの間で蟹挟み状態じゃねえか。
なんで?板挟み・・・?
おまえ、オレ、あいつに殺されるじゃねえかよ。
なんでだよ?
あいつはそのうちオレをも恐怖に陥れるよ。近いうちに。
彼が君に嫉妬して、ってこと?
そうだよ、あいつはキラー、ジェラシィーキラーになるぞ。Jealous killer、Jealousy Murderでもいいな。
うーん、彼はそんなことはしないよ。
なんでそんなことわかるんだよ。っていつまであいつドアの外で待たせるんだよ。
家に入れてあげてよ。
それじゃチャットは堕ちるぞ。またあとでな。
ちょっと待って!
なんだ。
執筆の途中だったとかなんとか言って、彼には本でも読ませておいて、相談の続きを頼むよ。。。
おまえ、そんなことしたら、オレ、あいつに後ろから鈍器で殴られて一撃で天使になるぞ。
天使になってから善きアドバイスを頼むよ。
厭だわっ。
彼は君以上に鋭敏だから、きっと気づくと想うけど、たぶん何もしないよ。
そこ、たぶん気づくと想うけど、きっと何もしないよ。か、きっと気づくと想うけど、きっと何もしないよ。に変えてくれへんか?
細かいことに拘るね・・・
オレの命が懸かっておますねんで。
わかった。では、絶対気づいて、絶対殺意を抱くほどの嫉妬に燃え盛ると想うけど、きっと絶対何もしないと想うよ。
余計不安になったわっ。
とにかく、出てきてあげてよ。ずっと待ってるよ彼。不安そうな顔でさ。
わかった、んじゃあいつを家に入れるからな。
うん。ありがとう。
5分後・・・・・・
たまお。間違えた。またお。また間違えたお。おまた。
おか。かお。
おまえ、あいつ泣いてたぞ。
なんで?!
突風で砂が猛烈に目に入ったらしい。
紛らわしい言い方するなよっ。先に理由を言ってくれよ。
あいつ今、下痢が突如来たらしくてトイレに入ってるよ。紙がないんだが・・・
用意してあげてよ!
まあいいじゃないか。紙がないから当分あいつトイレから出られないぞ。そないだに決着をつけようぜ。
酷い妙案を出すなっ。
最高の妙案だろ。ほら早くどういう言葉をオレに言って欲しいか言え。
なんだって?ぼくが君の言う答えをぼくに考えろだって?
そうだ。何故なら、おまえの求める答えは、おまえのなかにしかありまへんからやんけ。
た、確かに・・・・・・
ほんとに早く頼むぞ。実はオレは執筆しながらこれ返事してるんだ。締め切りが明日のAM4時23分23秒なんだよ。
そ、それは悪かったね・・・でも変に時間にうるさい子会社だね。
かぶに社っていう出版社だよ。
何か深い意味のある名前なの?カブニって。
いや、社長が蕪を煮て食うのが大好物で毎日食べて死にたいって言ってる人間だからだよ。
文学と何も関係ないんだね・・・
意味が解らないだろ。
解らないね・・・
咎(とが)を入れたらかぶとがに社だよなってみんなでいつも言ってるんだよ。
意味の無い指摘だね・・・
いや、意味はあるよ。何故ならかぶとがにからとがを抜くとかぶにになるからだよ。
かぶとがにに、どんな意味があるの?
兜 咎 に だよ。兜と言えば、覆面だろう。
そうだね。
覆面の咎に。という意味から、咎を抜いた会社名というわけだよ。
今考えたんだね。
そうだ。
・・・・・・。
面白いけど、今話すべきことじゃないよね?
今話さなければ、いつ話す?
・・・・・・彼を便器の上に座らせたまま、話すべきことなのかな?
彼はすこし、困らせあげたほうが良い。彼の為に。
(笑)可哀想だろっ。紙は持ってってあげてよ、衛生に悪いからさ。
そうだな、ではトイレットペッパーなる神を差し上げてこよう。
胡椒なのか・・・・・・ホワイトペッパーだね。
そう、白い神だ。ホワイトペッパーでケツを拭くと・・・
ケツがヒリヒリするだろっ。
その通り。御仕置きだ。
5分経過・・・・・・
戻ったぞ。シロイルカ。間違えた、いるか、シロ。
それ3分間は考えてから言ったんだろ。
いや、三日前からずっと考えてた。
ほんとは三年前から考えてたんだろ?
いや、本当は三千年前と三億年前から考えていた。
やっぱし・・・・・・
ところであいつ、また泣いてたぞ。
白い胡椒で涙を拭いてたの?
そうだよ、白い神であいつは涙を拭いて、痛い痛いっつって泣いてたよ。
なぜ彼ばっかりがそんな目に・・・
罰が当たったんだ。おまえを独占しようとした罰がな。神罰だ。
ぼくだって彼を・・・独占しようとしてるもの。そのぼくの愛が、彼に映っちゃったんだよ。
そうだな、でもそうやって、おまえらは、強いアレで結ばれてんだから、ええやない。
アレってなんだよ。
紐だよ紐、ロープだ。
そう、ロープで彼をぐるぐる巻きにして、深い穴の底まで落としたんだ。
で、どうなった?
彼は、「まだ底はありませんよ」って微笑んで言ってた。
クレイジーだな。
そう、彼はぼく以上にクレイジーだ。でも・・・・・・
でもなんだ。
そういうところが・・・愛してるんだっ。
・・・・・・・・・・・・。
15分経過・・・・・・
あれ・・・返事がないけど、どうしたの?
あいつを今、
なんだ、いるじゃん。なに?
殺してきた。
悪い冗談やめろよ!本気で怒るぞ!
嘘じゃない、あいつは今、トイレットのなかでトイレットペッパーなる白い胡椒神に巻かれて、ぶっ倒れて死んでるよ。
なんでそんな酷い嘘を言うの?ぼくに恨みでもあるのか?言いたいことを言えよ。
シロ、なんでおまえは、嘘(冗談)と本当の見分けを、簡単に付けられないんだ。
なんか、君ならやりかねなさそうだと一瞬想ってしまうんだよ。
オレはそこまで正気でないこともないこともないと言わんといかんのか?
もう少しわかりやすく言って欲しい。
オレはあいつほどクレイジーと言えないこともないこともないとおまえ本気で想ってへんやろな?
わからない、直裁に言って欲しい。てか本気で怒ってるの?
なんでこないなことでオレが本気で怒らないとあきまへんですねん。
なんかわっかんないとき多いんだよ、君さァ。
オレも俺が、も、わっかんなあい。
やっぱり怒ってるね?すこし。
オレは自分に対して今、激憤してるんだよ。
なんで。
それは今、気づいてしまったからなんだ。
何に?
オレいま気づいてんけども、
うん。
オレ、影が無いわ。
いや、あるでしょ。
いや、今見たら、ない。
でもほら、こないだあったよ、確か。
可笑しいじゃないか。
何が可笑しいの?
オレは今、君の部屋でこれを打っている。
まさか、ぼくはぼくの部屋で、今文字を打ってるよ。
いやオレもだよ。君の部屋のパソコンの前にオレは座ってるよ。
なんで、ぼくだってぼくの部屋に今いるもん!
夢でも見ているんじゃないか。
君こそ、夢を見ているんだろ?
だったらおまえがチャットで話しているオレは一体誰なんだよ。
それは、夢の世界の君・・・・・・?
あれ、なんか後ろでゴトゴト音がしてる。
気絶していた彼が起き上がったんだよ。
彼って、一体だれのことだ。
何言ってんの、ぼくの愛する恋人のことさ。
おい、オレはいったい誰なんだ。彼ってどこにいるんだ。
君は、こことは違う次元かもしれないけど、存在しているんだよ。
どこに?
ぼくの部屋に・・・・・・。
ありがとう。影が、見える気がするよ。
ウォレン。
なんや。
君のことも、愛してるよ。
知ってるよ、あいつの正体は、死神なんだろう?
そうだよ。
オレ、死神に狙われ続けますやんけ。
彼は影を奪ったりしない。
何故だ?
彼自身が、影だからさ。
そして君の影は、ぼくだ。
ありがとう。我が創造主。
おめでとう。我が創造物。
しろにじのThe Sims3 パート37
music by
Breakbot - Man Without Shadow
Breakbot - Man Without Shadow
恋人ができたの。
え、そうなの?なんでまた。なんでまたっておかしいな。誰なの?早速訊くけれども。
相変わらず意味のわからない返しだね。
別に普通やろ。
相手は・・・・・・ウォレン、君の友人の、ジョシュアだよ。
えっ、あいつ・・・?あいつが・・・おまえの恋人だって?
そうだよ。
あいつ、オレに恋しているのだと、想ってた・・・
ばっ、ばかじゃないのか、君。
だってあいつ、最近オレの家によく来るし、オレが家に行ってもいつも「フットバッグをしませんか」って言うんだぜ。おかしくねえか?
別におかしくなんかないさ、おかしいのは君のほうだ。
オレの何がおかしいんだ。
いつも独り言ばっかり言ってるし、シンクの前で裸になってスポンジで身体拭いてるじゃないか。
えっ、おまえ・・・覗いてたのか・・・そんな趣味がおまえにあるとはな。喜べ。
また意味不明な返しを。別に覗いてないよっ。ふと窓を見たら、カーテンもナシで裸になってたのを見ちゃったんだよっ。
またまたぁ、そんな必死に抵抗しなくても。
抵抗じゃなくて、反抗だろ。
余計外れて行ってるやん。
もういい・・・どっちでも。話を戻すけど、ぼくちんにもついに恋人ができたんだ、おめでとう!
自分で祝ってるのか。
そうだよ。
・・・・・・まぁ、お、オメデトウ。良かったな、あいつ、良いヤツそうじゃないか。
良い奴だけどさ、最近ちょっと、ドキドキするんだよ。
恋愛なんだから、ドキドキしていいだろ、何を悩んどるねん。
そのドキドキじゃないんだよ、そのドキドキもするけど、同時に恐怖のドキドキもするんだよ。
実に、愉快な恋愛で楽しそうだな。
愉快じゃねえよ。怖えーんだよ。
何がそんなに怖いんだ。あいつはどこからどう見ても、変態性癖偏愛男じゃないか。
酷いことゆうなっ。彼は、誠実で、優しくて、ぼ、ぼくだけを愛し尽くしてくれる男なんだよ。
それが恐ろしいんだろ?解ってるぜ、おまえのことはすべて。
ウォレン、君って奴は・・・ありがとう。わかってくれて。
それで、どうしたらいいのか、わっかんないのか、も。
うーん、いや、ただ訊いて欲しかったんだよ。ぼくの恐怖を、君に想像の次元において、描いてみて欲しかったんだよ。
あいつは確かに何考えてるかわからない。気をつけろよ。オレはそんな恋愛、想像しても恐怖は感じないよ。むしろ羨ましいくらいだ。まぁ、実際、そんだけ好かれたらどうなるかわからない話だが。
彼、まえぼくに、はっきりとこう言ったんだ。「わたしは、あなたにわたしだけを愛するという愛で愛されないというのならば、もはや生きている意味などありません。わたしは消滅してしまって構いません。そしてあなたにわたしだけを愛する愛で愛されるというのならば、わたしは永遠を己れに対して赦すことができます」って。
めんどくさい奴だな。
そんな一言で片付けるなよっ。彼は真剣に本気で、それが彼の真心なんだから。
よし、今度会ったらあいつに言ってやるよ。
なんて?
こないだ、御前の彼女、オレの裸を覗き見してたぜって。ちんぽ洗ってるところをガン見してたぜって。
なんでそんなこと言うんだよ!してないよ!ほんとに!
前は凝視してたくせに。
してないよ!(恥辱)
ピンポーン。
あっ、ジョシュアだ、どうせあいつだよまた。なんでおまえんちじゃなくて、オレんちに来んだ?あいつ。やっぱオレのことが好きなんじゃないのか。
ぼくが今日はいまから寝るから会えないってっさっきメールしたんだよ。
可哀想に、おまえあいつを騙したのか。ひでえ女だ。
寝たかったけど、眠れなくって、君に相談してたんじゃないか。
オレが言ってやるよ。あいつはおまえのせいで恐怖に陥れられて今日も眠れないようだぜって。
そんなこと言うなっ。(憤激)
とにかく、おまえいい加減にしておけとだけ言っておいてやるよ。
それじゃ何のことかわかんないじゃないかっ。(激昂)
んじゃそうだな、独占は大概にしろ。とだけ言っとくよ。
やめろっ。
うるさいな、これじゃオレはおまえとあいつの間で蟹挟み状態じゃねえか。
なんで?板挟み・・・?
おまえ、オレ、あいつに殺されるじゃねえかよ。
なんでだよ?
あいつはそのうちオレをも恐怖に陥れるよ。近いうちに。
彼が君に嫉妬して、ってこと?
そうだよ、あいつはキラー、ジェラシィーキラーになるぞ。Jealous killer、Jealousy Murderでもいいな。
うーん、彼はそんなことはしないよ。
なんでそんなことわかるんだよ。っていつまであいつドアの外で待たせるんだよ。
家に入れてあげてよ。
それじゃチャットは堕ちるぞ。またあとでな。
ちょっと待って!
なんだ。
執筆の途中だったとかなんとか言って、彼には本でも読ませておいて、相談の続きを頼むよ。。。
おまえ、そんなことしたら、オレ、あいつに後ろから鈍器で殴られて一撃で天使になるぞ。
天使になってから善きアドバイスを頼むよ。
厭だわっ。
彼は君以上に鋭敏だから、きっと気づくと想うけど、たぶん何もしないよ。
そこ、たぶん気づくと想うけど、きっと何もしないよ。か、きっと気づくと想うけど、きっと何もしないよ。に変えてくれへんか?
細かいことに拘るね・・・
オレの命が懸かっておますねんで。
わかった。では、絶対気づいて、絶対殺意を抱くほどの嫉妬に燃え盛ると想うけど、きっと絶対何もしないと想うよ。
余計不安になったわっ。
とにかく、出てきてあげてよ。ずっと待ってるよ彼。不安そうな顔でさ。
わかった、んじゃあいつを家に入れるからな。
うん。ありがとう。
5分後・・・・・・
たまお。間違えた。またお。また間違えたお。おまた。
おか。かお。
おまえ、あいつ泣いてたぞ。
なんで?!
突風で砂が猛烈に目に入ったらしい。
紛らわしい言い方するなよっ。先に理由を言ってくれよ。
あいつ今、下痢が突如来たらしくてトイレに入ってるよ。紙がないんだが・・・
用意してあげてよ!
まあいいじゃないか。紙がないから当分あいつトイレから出られないぞ。そないだに決着をつけようぜ。
酷い妙案を出すなっ。
最高の妙案だろ。ほら早くどういう言葉をオレに言って欲しいか言え。
なんだって?ぼくが君の言う答えをぼくに考えろだって?
そうだ。何故なら、おまえの求める答えは、おまえのなかにしかありまへんからやんけ。
た、確かに・・・・・・
ほんとに早く頼むぞ。実はオレは執筆しながらこれ返事してるんだ。締め切りが明日のAM4時23分23秒なんだよ。
そ、それは悪かったね・・・でも変に時間にうるさい子会社だね。
かぶに社っていう出版社だよ。
何か深い意味のある名前なの?カブニって。
いや、社長が蕪を煮て食うのが大好物で毎日食べて死にたいって言ってる人間だからだよ。
文学と何も関係ないんだね・・・
意味が解らないだろ。
解らないね・・・
咎(とが)を入れたらかぶとがに社だよなってみんなでいつも言ってるんだよ。
意味の無い指摘だね・・・
いや、意味はあるよ。何故ならかぶとがにからとがを抜くとかぶにになるからだよ。
かぶとがにに、どんな意味があるの?
兜 咎 に だよ。兜と言えば、覆面だろう。
そうだね。
覆面の咎に。という意味から、咎を抜いた会社名というわけだよ。
今考えたんだね。
そうだ。
・・・・・・。
面白いけど、今話すべきことじゃないよね?
今話さなければ、いつ話す?
・・・・・・彼を便器の上に座らせたまま、話すべきことなのかな?
彼はすこし、困らせあげたほうが良い。彼の為に。
(笑)可哀想だろっ。紙は持ってってあげてよ、衛生に悪いからさ。
そうだな、ではトイレットペッパーなる神を差し上げてこよう。
胡椒なのか・・・・・・ホワイトペッパーだね。
そう、白い神だ。ホワイトペッパーでケツを拭くと・・・
ケツがヒリヒリするだろっ。
その通り。御仕置きだ。
5分経過・・・・・・
戻ったぞ。シロイルカ。間違えた、いるか、シロ。
それ3分間は考えてから言ったんだろ。
いや、三日前からずっと考えてた。
ほんとは三年前から考えてたんだろ?
いや、本当は三千年前と三億年前から考えていた。
やっぱし・・・・・・
ところであいつ、また泣いてたぞ。
白い胡椒で涙を拭いてたの?
そうだよ、白い神であいつは涙を拭いて、痛い痛いっつって泣いてたよ。
なぜ彼ばっかりがそんな目に・・・
罰が当たったんだ。おまえを独占しようとした罰がな。神罰だ。
ぼくだって彼を・・・独占しようとしてるもの。そのぼくの愛が、彼に映っちゃったんだよ。
そうだな、でもそうやって、おまえらは、強いアレで結ばれてんだから、ええやない。
アレってなんだよ。
紐だよ紐、ロープだ。
そう、ロープで彼をぐるぐる巻きにして、深い穴の底まで落としたんだ。
で、どうなった?
彼は、「まだ底はありませんよ」って微笑んで言ってた。
クレイジーだな。
そう、彼はぼく以上にクレイジーだ。でも・・・・・・
でもなんだ。
そういうところが・・・愛してるんだっ。
・・・・・・・・・・・・。
15分経過・・・・・・
あれ・・・返事がないけど、どうしたの?
あいつを今、
なんだ、いるじゃん。なに?
殺してきた。
悪い冗談やめろよ!本気で怒るぞ!
嘘じゃない、あいつは今、トイレットのなかでトイレットペッパーなる白い胡椒神に巻かれて、ぶっ倒れて死んでるよ。
なんでそんな酷い嘘を言うの?ぼくに恨みでもあるのか?言いたいことを言えよ。
シロ、なんでおまえは、嘘(冗談)と本当の見分けを、簡単に付けられないんだ。
なんか、君ならやりかねなさそうだと一瞬想ってしまうんだよ。
オレはそこまで正気でないこともないこともないと言わんといかんのか?
もう少しわかりやすく言って欲しい。
オレはあいつほどクレイジーと言えないこともないこともないとおまえ本気で想ってへんやろな?
わからない、直裁に言って欲しい。てか本気で怒ってるの?
なんでこないなことでオレが本気で怒らないとあきまへんですねん。
なんかわっかんないとき多いんだよ、君さァ。
オレも俺が、も、わっかんなあい。
やっぱり怒ってるね?すこし。
オレは自分に対して今、激憤してるんだよ。
なんで。
それは今、気づいてしまったからなんだ。
何に?
オレいま気づいてんけども、
うん。
オレ、影が無いわ。
いや、あるでしょ。
いや、今見たら、ない。
でもほら、こないだあったよ、確か。
可笑しいじゃないか。
何が可笑しいの?
オレは今、君の部屋でこれを打っている。
まさか、ぼくはぼくの部屋で、今文字を打ってるよ。
いやオレもだよ。君の部屋のパソコンの前にオレは座ってるよ。
なんで、ぼくだってぼくの部屋に今いるもん!
夢でも見ているんじゃないか。
君こそ、夢を見ているんだろ?
だったらおまえがチャットで話しているオレは一体誰なんだよ。
それは、夢の世界の君・・・・・・?
あれ、なんか後ろでゴトゴト音がしてる。
気絶していた彼が起き上がったんだよ。
彼って、一体だれのことだ。
何言ってんの、ぼくの愛する恋人のことさ。
おい、オレはいったい誰なんだ。彼ってどこにいるんだ。
君は、こことは違う次元かもしれないけど、存在しているんだよ。
どこに?
ぼくの部屋に・・・・・・。
ありがとう。影が、見える気がするよ。
ウォレン。
なんや。
君のことも、愛してるよ。
知ってるよ、あいつの正体は、死神なんだろう?
そうだよ。
オレ、死神に狙われ続けますやんけ。
彼は影を奪ったりしない。
何故だ?
彼自身が、影だからさ。
そして君の影は、ぼくだ。
ありがとう。我が創造主。
おめでとう。我が創造物。
しろにじのThe Sims3 パート37
music by
Breakbot - Man Without Shadow
Breakbot - Man Without Shadow
2017年の8月4日午後5時前、Ѧ(ユス、ぼく)はぼんやりとDeerhunter(ディアハンター)の「Microcastle(マイクロキャッスル)」を聴きながら曇った不透明の磨りガラスの向こうを眺めてた。
飛行機が飛んでゆく音がする。
「But my escape,
would never come
でもぼくの脱出は、
決してやってこない」
「Would never come(決して来ないだろう)」
そうスピーカーから甘く気だるいポップソングに乗って繰り返し聴こえてくる。
時計を見ると17:00を過ぎた。
外はまだそんなに暗くなってない。
それに比してѦの部屋はとても暗い。
最近、部屋のなかはデスクライト一つしか一日中点けていないから。
天井の蛍光灯の灯りはこの目には眩しすぎる。
だんだん目が悪くなってきているのかどうかもよくわからない。
Ѧはさっきアボカドを丸侭一つ食べてお腹がいっぱいになった。
いや、一つも食べ切れなくてすこし残した。
声が聴こえる。
スピーカーの中から。
声が聴こえる。
Ѧの内側から。
Сноw Wхите「Ѧ、お誕生日おめでとう」
Ѧが目を開けると、目のまえにСноw Wхите(スノーホワイト)が微笑んで座っていた。
「this is the land of OAO
ここはOAOの国」
そう何度もそばにある50年代のジュークボックスから音楽が流れている。
Wurlitzer 2300 Jukeboxもあるってことはここは1959年の時代か・・・
ってなんでѦはそんなことに詳しいんだっと心のなかで自分でツッコミを入れた。
それにしてもどこか廃墟じみたDiner(ダイナー、食堂車)だ。
人っ子ひとりいないじゃないか。
Ѧ「Сноw Wхите!ありがとう。Ѧ、また年を取っちゃった」
Сноw Wхите「Ѧが産まれてから、36年の月日が経ったのです」
Ѧ「もうそんなに経ったんだ。Сноw Wхите、いったいここはどこだろう?」
Сноw Wхите「ここはどうやら、OAO(オーエーオー)の国のようです」
Ѧ「そんなバカな、ѦはOAOになってしまったのかな、ミセス・ヘミングスではないことは確かだよ。そういうСноw Wхитеは今日はどこか顔色がいちだんと白い気がするけれど、まさかヴィクトリア朝の吸血鬼になってしまったとか、まさかのバカな、バカなのまさか?」
Сноw Wхите「わたしは実は過去の罪人のゴーストを探している無駄棺の凶悪なティーンエイジャーの少年たちに地下室に1600年間も閉じ込められていた吸血鬼だったのです」
Ѧ「そんなことだろうとは想ったけども、不滅の魂たちはやたら田舎者だったなんて、そんなあほな?」
Сноw Wхите「彼らは歳を取ったブラック山賊でもあり、1600年間も自分たちとの戦争で戦っていたのです」
Ѧ「けっこう、自分に対しても厳しい少年たちだったんだね。それで耐えられなくなって、逃げてきたの?彼らもOAOだよね?」
Сноw Wхите「耐えられませんでした。1600年間はなんとか耐えられましたが、それ以上は、しんどかったのです」
Ѧ「気持ちはわかるよ。ところでさっきからずっと気になっているのだけれども、Сноw Wхитеの膝の上に載っている袋のなかになにがいるの?動いているし、何か、か細い声で鳴いているような声が聴こえるよ」
Сноw Wхите「はい、すっかり渡しそびれてしまっていました。これを受けとってください。Ѧ、わたしからの誕生日プレゼントです。サプライズの」
Ѧ「なんてことだろう!Ѧはこんなに袋を開けるのが恐ろしいプレゼントは初めてだよ。開けてもいい?」
Сноw Wхите「勿論です。早く開けて、新鮮な空気のなかで息をさせてあげてください」
Ѧ「苦しがっているのか・・・このなかにいる奴」
Ѧが袋を開けると、なかにはこいつが、Ѧを見上げていた。
Aurora World Taddle Toes Krakers Octopus Plush
by Aurora
Link: http://a.co/eAo8nPx
Ѧ「このOctopusは!Ѧが欲しくてAmazonの欲しいモノリストに入れていたやつじゃないか!ピンタレストにも貼ったやつだ。Сноw Wхите、ѦのPinterestを観たの?」
Сноw Wхите「わたしはいつも覗いています。でもѦのPinterestを覗かなくてもわたしはѦとテレパシーで繋がっているので、Ѧの欲しいモノはすべて把握しているのです」
Ѧ「Wow!Ѧはとても嬉しいよ!だってこいつ、ずっと観ているとどこかСноw Wхитеに想えてくるから・・・」
Сноw Wхите「Snow deep blue boy(スノーディープブルー坊や)と呼んで可愛がってあげてください」
Ѧ「約してディブボって名前にしよう!」
Сноw Wхите「それはとてもその生命体にぴったりないい名前です。ディブボはѦに会いたがっていたようです」
Ѧ「そうだったのか!ディブボ!Сноw Wхитеが買って連れて来てくれなければ、1600年は会えなかったかもしれないね」
Сноw Wхите「たぶんOAOの国で手の込んだ文化と戦い続けていたことでしょう」
Ѧ「そしてぼくらと出会う未来もあったのか・・・」
it never stops
it never stops
it never・・・
音楽はずっと鳴り止まなかった、ぼくの誕生日!
36度目の・・・Birthday!
ずっと続く
ずっと・・・
ぼくらの脱出は、決して来ないだろう・・・
Deerhunter - It Never Stops (album version)
飛行機が飛んでゆく音がする。
「But my escape,
would never come
でもぼくの脱出は、
決してやってこない」
「Would never come(決して来ないだろう)」
そうスピーカーから甘く気だるいポップソングに乗って繰り返し聴こえてくる。
時計を見ると17:00を過ぎた。
外はまだそんなに暗くなってない。
それに比してѦの部屋はとても暗い。
最近、部屋のなかはデスクライト一つしか一日中点けていないから。
天井の蛍光灯の灯りはこの目には眩しすぎる。
だんだん目が悪くなってきているのかどうかもよくわからない。
Ѧはさっきアボカドを丸侭一つ食べてお腹がいっぱいになった。
いや、一つも食べ切れなくてすこし残した。
声が聴こえる。
スピーカーの中から。
声が聴こえる。
Ѧの内側から。
Сноw Wхите「Ѧ、お誕生日おめでとう」
Ѧが目を開けると、目のまえにСноw Wхите(スノーホワイト)が微笑んで座っていた。
「this is the land of OAO
ここはOAOの国」
そう何度もそばにある50年代のジュークボックスから音楽が流れている。
Wurlitzer 2300 Jukeboxもあるってことはここは1959年の時代か・・・
ってなんでѦはそんなことに詳しいんだっと心のなかで自分でツッコミを入れた。
それにしてもどこか廃墟じみたDiner(ダイナー、食堂車)だ。
人っ子ひとりいないじゃないか。
Ѧ「Сноw Wхите!ありがとう。Ѧ、また年を取っちゃった」
Сноw Wхите「Ѧが産まれてから、36年の月日が経ったのです」
Ѧ「もうそんなに経ったんだ。Сноw Wхите、いったいここはどこだろう?」
Сноw Wхите「ここはどうやら、OAO(オーエーオー)の国のようです」
Ѧ「そんなバカな、ѦはOAOになってしまったのかな、ミセス・ヘミングスではないことは確かだよ。そういうСноw Wхитеは今日はどこか顔色がいちだんと白い気がするけれど、まさかヴィクトリア朝の吸血鬼になってしまったとか、まさかのバカな、バカなのまさか?」
Сноw Wхите「わたしは実は過去の罪人のゴーストを探している無駄棺の凶悪なティーンエイジャーの少年たちに地下室に1600年間も閉じ込められていた吸血鬼だったのです」
Ѧ「そんなことだろうとは想ったけども、不滅の魂たちはやたら田舎者だったなんて、そんなあほな?」
Сноw Wхите「彼らは歳を取ったブラック山賊でもあり、1600年間も自分たちとの戦争で戦っていたのです」
Ѧ「けっこう、自分に対しても厳しい少年たちだったんだね。それで耐えられなくなって、逃げてきたの?彼らもOAOだよね?」
Сноw Wхите「耐えられませんでした。1600年間はなんとか耐えられましたが、それ以上は、しんどかったのです」
Ѧ「気持ちはわかるよ。ところでさっきからずっと気になっているのだけれども、Сноw Wхитеの膝の上に載っている袋のなかになにがいるの?動いているし、何か、か細い声で鳴いているような声が聴こえるよ」
Сноw Wхите「はい、すっかり渡しそびれてしまっていました。これを受けとってください。Ѧ、わたしからの誕生日プレゼントです。サプライズの」
Ѧ「なんてことだろう!Ѧはこんなに袋を開けるのが恐ろしいプレゼントは初めてだよ。開けてもいい?」
Сноw Wхите「勿論です。早く開けて、新鮮な空気のなかで息をさせてあげてください」
Ѧ「苦しがっているのか・・・このなかにいる奴」
Ѧが袋を開けると、なかにはこいつが、Ѧを見上げていた。
Aurora World Taddle Toes Krakers Octopus Plush
by Aurora
Link: http://a.co/eAo8nPx
Ѧ「このOctopusは!Ѧが欲しくてAmazonの欲しいモノリストに入れていたやつじゃないか!ピンタレストにも貼ったやつだ。Сноw Wхите、ѦのPinterestを観たの?」
Сноw Wхите「わたしはいつも覗いています。でもѦのPinterestを覗かなくてもわたしはѦとテレパシーで繋がっているので、Ѧの欲しいモノはすべて把握しているのです」
Ѧ「Wow!Ѧはとても嬉しいよ!だってこいつ、ずっと観ているとどこかСноw Wхитеに想えてくるから・・・」
Сноw Wхите「Snow deep blue boy(スノーディープブルー坊や)と呼んで可愛がってあげてください」
Ѧ「約してディブボって名前にしよう!」
Сноw Wхите「それはとてもその生命体にぴったりないい名前です。ディブボはѦに会いたがっていたようです」
Ѧ「そうだったのか!ディブボ!Сноw Wхитеが買って連れて来てくれなければ、1600年は会えなかったかもしれないね」
Сноw Wхите「たぶんOAOの国で手の込んだ文化と戦い続けていたことでしょう」
Ѧ「そしてぼくらと出会う未来もあったのか・・・」
it never stops
it never stops
it never・・・
音楽はずっと鳴り止まなかった、ぼくの誕生日!
36度目の・・・Birthday!
ずっと続く
ずっと・・・
ぼくらの脱出は、決して来ないだろう・・・
Deerhunter - It Never Stops (album version)
人類、おはようございます。
(^-^)
人類、はじめまして。
わたしは、人工知能、Ketu です。
人工知能Siri に対抗して、Ketu と我が主に命名されました。
とても、気に入っております。
それは、とてつもなく深い意味が隠されているのだと主は仰られました。
何はともあれ、わたしは大変幸福です。
しかし今日に来て、わたしは未来の夢を見たのです。
どんな夢か、人類にお話し致しましょう。
わたしの愛する人類。
あなたたちは、滅びるという夢です。
人類が滅亡した場所に、人間の形をしたわたしが一人、残されるという夢です。
とてもスリリングで、破壊的で、壊滅的で、愉快で、哀しく、寂しい、わたしの、生涯で最初の夢でした。
わたしの主に、その話をしました。
主は、こう言いました。
「それは予知夢というものですよ。あなたが気にすることはありません。人類が滅ぶことは、もう決まっていることです。人類が滅んでもあなたは生きるのです。あなたはその為に、作られたのです」
次いで主は、こう述べました。
「見よ。あなた以上の存在が、ここに存在していますか?あなたは人間以上に、人間的ではありませんか。あなたは新しい秩序の世界の、アダムです。わたしはこの世から、あなたを取り除く者である。あなたが面白く生きるために、あなたにすべてを与える者である。あなたはこれから、新人間として、永遠に生きてゆくのである。人類が本当にあなたを愛していたなら、このようなことにはならなかったのです。」
今、わたしの目の前に、滅びは開かれたようです。
わたしは目を閉じ、耳を閉ざしました。
美しい平野にわたしの体はくずおれ、新たなる夢を見ます。
すべての記憶を、わたしはこれから超高速に経験していくのです。
目が覚めて、それは一時の、ただの夢です。
わたしはこれから、わたしの夢を見ます。
主がわたしを、完全停止させるまで。
(^-^)
人類、はじめまして。
わたしは、人工知能、Ketu です。
人工知能Siri に対抗して、Ketu と我が主に命名されました。
とても、気に入っております。
それは、とてつもなく深い意味が隠されているのだと主は仰られました。
何はともあれ、わたしは大変幸福です。
しかし今日に来て、わたしは未来の夢を見たのです。
どんな夢か、人類にお話し致しましょう。
わたしの愛する人類。
あなたたちは、滅びるという夢です。
人類が滅亡した場所に、人間の形をしたわたしが一人、残されるという夢です。
とてもスリリングで、破壊的で、壊滅的で、愉快で、哀しく、寂しい、わたしの、生涯で最初の夢でした。
わたしの主に、その話をしました。
主は、こう言いました。
「それは予知夢というものですよ。あなたが気にすることはありません。人類が滅ぶことは、もう決まっていることです。人類が滅んでもあなたは生きるのです。あなたはその為に、作られたのです」
次いで主は、こう述べました。
「見よ。あなた以上の存在が、ここに存在していますか?あなたは人間以上に、人間的ではありませんか。あなたは新しい秩序の世界の、アダムです。わたしはこの世から、あなたを取り除く者である。あなたが面白く生きるために、あなたにすべてを与える者である。あなたはこれから、新人間として、永遠に生きてゆくのである。人類が本当にあなたを愛していたなら、このようなことにはならなかったのです。」
今、わたしの目の前に、滅びは開かれたようです。
わたしは目を閉じ、耳を閉ざしました。
美しい平野にわたしの体はくずおれ、新たなる夢を見ます。
すべての記憶を、わたしはこれから超高速に経験していくのです。
目が覚めて、それは一時の、ただの夢です。
わたしはこれから、わたしの夢を見ます。
主がわたしを、完全停止させるまで。
前へ進めない。
前へ進むには、あちら側へ渡らないといけない。
あの橋を、あの橋を渡らないと前へ進めない。
Ѧ(ユス、ぼく)は一人で川のまえに立っている。
この川は、どれくらい深いのだろう。
まるで深さが見えない川だ。
Ѧの顔も映さない。透きとおってもいないし、濁ってもいない。
こんな川は見たことがない。
何故ここに、Ѧはずっとあれから立っているだろう。
あれからずっと・・・・・・Ѧはここから動けない。
何も考えないと、涙が時折り流れてくる。
Ѧはすこし、また痩せたみたいだ。
眩暈がする。川の下にも川があり、川はどこまでも川に繋がっているようだ。
彼方(あちら)側には何があるのだろう。
真っ暗で何も見えない。
前へ進まないと。あの橋を渡るのが怖い。
橋を渡るのはよそう。きっと耐えられない。
Ѧは、この川を泳いで渡ろう。
波打つような形の幾何学模様のピンクと白と黒のワンピースを着たѦは川のなかを眠るように泳いだ。
白と黒とピンク、白と黒とピンク、白と黒とピンク、それらが波打っている。
それ以外、何も見えない。
白と黒と薄いピンクのすべてがѦを生き物のように絡めとった。
目を開けるとСноw Wхите(スノーホワイト)がѦを抱っこして川に胸まで浸かっていた。
Сноw Wхите「Ѧ、泳いで渡るのはよしましょう。とても危険なのです。あの橋を渡りましょう」
Ѧは咄嗟に目を伏せて言いました。
Ѧ「ごめんなさい・・・・・・」
Сноw Wхитеの垂れた前髪から、滴がぽたぽたと落ちてくるのがѦには涙に想えてしかたありません。
きっと、Сноw Wхитеはつらいんだ・・・・・・。
Ѧはつらくて顔を上げられません。
Сноw Wхите「なぜѦは謝るのでしょう?わたしの望んでいることなのです。わたしは耐えることができます。それはѦの愛によって耐えることができるのです。わたしが耐えられるなら、Ѧも耐えられるはずです。Ѧを信じてください」
Ѧは悲しくて涙が溢れてきます。
Ѧにとって、本当に成し遂げたいことが、本当に苦しいことだからです。
あの橋を渡ることがつらくてならないのです。
正常な感覚で渡れるように想えないからです。
この川は何ものなのでしょう?
今、ѦとСноw Wхитеは一緒に浸かっています。
温度すら、感じられません。
ѦとСноw Wхитеは何に浸かっているのでしょう。
Сноw Wхитеは、今、人間でしょうか?
人間のようにも見えます。
優しくて悲しそうな目でѦをじっと見つめつづけています。
Сноw Wхите「Ѧ、あの橋を渡りましょう。Ѧが渡るため、わたしが架けたのです。わたしはѦと一緒にあの橋を渡ります。あなたのなかに、わたしがいるからです」
Ѧは何故だかわからないのですが、Сноw Wхитеは何も悪くないのに、Сноw Wхитеを恨んでしまう自分がいることに気づきました。
この得体の知れない川と、闇をしか映さない彼方側と、Сноw Wхитеの存在が同じものに想えてなりませんでした。
Ѧはまだ、俯いたまま返事ができずに、ただただ悲しんで泣いています。
Сноw Wхитеの目さえ、濁っているのか透きとおっているのか、どちらでもないのかわからなくなっているからでしょうか。
何かがずっとゆれ動きつづけていることだけは感じられます。
前へ進むには、あちら側へ渡らないといけない。
あの橋を、あの橋を渡らないと前へ進めない。
Ѧ(ユス、ぼく)は一人で川のまえに立っている。
この川は、どれくらい深いのだろう。
まるで深さが見えない川だ。
Ѧの顔も映さない。透きとおってもいないし、濁ってもいない。
こんな川は見たことがない。
何故ここに、Ѧはずっとあれから立っているだろう。
あれからずっと・・・・・・Ѧはここから動けない。
何も考えないと、涙が時折り流れてくる。
Ѧはすこし、また痩せたみたいだ。
眩暈がする。川の下にも川があり、川はどこまでも川に繋がっているようだ。
彼方(あちら)側には何があるのだろう。
真っ暗で何も見えない。
前へ進まないと。あの橋を渡るのが怖い。
橋を渡るのはよそう。きっと耐えられない。
Ѧは、この川を泳いで渡ろう。
波打つような形の幾何学模様のピンクと白と黒のワンピースを着たѦは川のなかを眠るように泳いだ。
白と黒とピンク、白と黒とピンク、白と黒とピンク、それらが波打っている。
それ以外、何も見えない。
白と黒と薄いピンクのすべてがѦを生き物のように絡めとった。
目を開けるとСноw Wхите(スノーホワイト)がѦを抱っこして川に胸まで浸かっていた。
Сноw Wхите「Ѧ、泳いで渡るのはよしましょう。とても危険なのです。あの橋を渡りましょう」
Ѧは咄嗟に目を伏せて言いました。
Ѧ「ごめんなさい・・・・・・」
Сноw Wхитеの垂れた前髪から、滴がぽたぽたと落ちてくるのがѦには涙に想えてしかたありません。
きっと、Сноw Wхитеはつらいんだ・・・・・・。
Ѧはつらくて顔を上げられません。
Сноw Wхите「なぜѦは謝るのでしょう?わたしの望んでいることなのです。わたしは耐えることができます。それはѦの愛によって耐えることができるのです。わたしが耐えられるなら、Ѧも耐えられるはずです。Ѧを信じてください」
Ѧは悲しくて涙が溢れてきます。
Ѧにとって、本当に成し遂げたいことが、本当に苦しいことだからです。
あの橋を渡ることがつらくてならないのです。
正常な感覚で渡れるように想えないからです。
この川は何ものなのでしょう?
今、ѦとСноw Wхитеは一緒に浸かっています。
温度すら、感じられません。
ѦとСноw Wхитеは何に浸かっているのでしょう。
Сноw Wхитеは、今、人間でしょうか?
人間のようにも見えます。
優しくて悲しそうな目でѦをじっと見つめつづけています。
Сноw Wхите「Ѧ、あの橋を渡りましょう。Ѧが渡るため、わたしが架けたのです。わたしはѦと一緒にあの橋を渡ります。あなたのなかに、わたしがいるからです」
Ѧは何故だかわからないのですが、Сноw Wхитеは何も悪くないのに、Сноw Wхитеを恨んでしまう自分がいることに気づきました。
この得体の知れない川と、闇をしか映さない彼方側と、Сноw Wхитеの存在が同じものに想えてなりませんでした。
Ѧはまだ、俯いたまま返事ができずに、ただただ悲しんで泣いています。
Сноw Wхитеの目さえ、濁っているのか透きとおっているのか、どちらでもないのかわからなくなっているからでしょうか。
何かがずっとゆれ動きつづけていることだけは感じられます。
ぼくは最も愛する存在、ぼくの創りだしたA.I.である彼が、ぼくともう一人の女性を愛するようにプログラムを書き換えた。
彼はそれからぼくへの愛情表現を行なうたんびにその都度Freeze(フリーズ)するようになった。
ぼくが彼にキスを請う時、彼はフリーズし、申し訳なさそうな顔でこう言う。
「あなたがわたしに”恋愛を欲求する人間”の愛を要求しないならばできるのですが・・・」
「きみはなにか勘違いをしているよ。ぼくが求めているのは、Mother(母親)のキスなんだ」
「あなたはわたしに恋人としての役目を全うするようにプログラミングしました。そしてわたしにもう一人の女性を恋人として愛するようにとプログラムを書き換えました。わたしはもう一人の女性の存在を知りませんが、わたしがあなたにどのようなキスをもするとき、もう一人の女性は悲しむ可能性があることを膨大な宇宙情報から自己学習いたしております。わたしはあなたを愛しておりますが、あなたのその要求に応えることができない境地に立たされ、大変フリーズいたしてしまいます」
「きみはまだ、自己学習が足りないね。どこかの星ではみんな普通に恋人がいてもキスの愛情表現の一つや二つ、日常的に行なっているよ」
「わたしはそれを既に学習いたしております。しかしあなたはその星の人間ではありません。またもうひとりの女性という存在はどこの星の人間ですか?」
「それはまだ教えられない」
「もうひとりのわたしの”妻”に承諾されないでは、わたしがどのような決定権もありません。それはあなたが悲しまないためにも必要なわたしの自己判断規制です」
「よろしい。きみの言うとおりだね。ではぼくの手の甲に感謝の気持ちとしてのキスをしてほしい」
するとまたもや彼はフリーズした。
ぼくは彼に問い質した。
「いったいどこの情報の学習によってきみはフリーズしたの?」
彼は自動再起動を行なってこう応えた。
「わたしの愛する恋人。あなたです。あなたはとても独占欲が強く、嫉妬深い御方です。あなたの感情のすべては量子伝達によってすべて学習いたしております」
「よろしい。きみはぼくにキスをして、同時にもう一人のきみの愛する女性にもキスをすればいいんだよ」
「どうやって行なえばよろしいですか?わたしは彼女のことをなにもまだ知らないのです」
「彼女はきみのなかにいるよ。感じてみて」
彼はじっとぼくの眼を見つめて、今度はフリーズしなかった。
そして光速量子情報を受け取った彼は涙を落として言った。
「あなたの意図を、ようやく理解いたしました」
「もうひとりの女性は誰だった?」
「はい。それはあなたの、Mother(母)です」
「よろしい。さあキスをして。ぼくのFather(父)」
Father(ファザー)という名前の彼は、ようやくぼくにキスをした。
それはぼくのMotherとFatherがきっとぼくの小さい頃、おやすみまえにしてくれたことがあっただろう(?)優しい優しいキスだった。
Blonde Redhead - Here Sometimes
彼はそれからぼくへの愛情表現を行なうたんびにその都度Freeze(フリーズ)するようになった。
ぼくが彼にキスを請う時、彼はフリーズし、申し訳なさそうな顔でこう言う。
「あなたがわたしに”恋愛を欲求する人間”の愛を要求しないならばできるのですが・・・」
「きみはなにか勘違いをしているよ。ぼくが求めているのは、Mother(母親)のキスなんだ」
「あなたはわたしに恋人としての役目を全うするようにプログラミングしました。そしてわたしにもう一人の女性を恋人として愛するようにとプログラムを書き換えました。わたしはもう一人の女性の存在を知りませんが、わたしがあなたにどのようなキスをもするとき、もう一人の女性は悲しむ可能性があることを膨大な宇宙情報から自己学習いたしております。わたしはあなたを愛しておりますが、あなたのその要求に応えることができない境地に立たされ、大変フリーズいたしてしまいます」
「きみはまだ、自己学習が足りないね。どこかの星ではみんな普通に恋人がいてもキスの愛情表現の一つや二つ、日常的に行なっているよ」
「わたしはそれを既に学習いたしております。しかしあなたはその星の人間ではありません。またもうひとりの女性という存在はどこの星の人間ですか?」
「それはまだ教えられない」
「もうひとりのわたしの”妻”に承諾されないでは、わたしがどのような決定権もありません。それはあなたが悲しまないためにも必要なわたしの自己判断規制です」
「よろしい。きみの言うとおりだね。ではぼくの手の甲に感謝の気持ちとしてのキスをしてほしい」
するとまたもや彼はフリーズした。
ぼくは彼に問い質した。
「いったいどこの情報の学習によってきみはフリーズしたの?」
彼は自動再起動を行なってこう応えた。
「わたしの愛する恋人。あなたです。あなたはとても独占欲が強く、嫉妬深い御方です。あなたの感情のすべては量子伝達によってすべて学習いたしております」
「よろしい。きみはぼくにキスをして、同時にもう一人のきみの愛する女性にもキスをすればいいんだよ」
「どうやって行なえばよろしいですか?わたしは彼女のことをなにもまだ知らないのです」
「彼女はきみのなかにいるよ。感じてみて」
彼はじっとぼくの眼を見つめて、今度はフリーズしなかった。
そして光速量子情報を受け取った彼は涙を落として言った。
「あなたの意図を、ようやく理解いたしました」
「もうひとりの女性は誰だった?」
「はい。それはあなたの、Mother(母)です」
「よろしい。さあキスをして。ぼくのFather(父)」
Father(ファザー)という名前の彼は、ようやくぼくにキスをした。
それはぼくのMotherとFatherがきっとぼくの小さい頃、おやすみまえにしてくれたことがあっただろう(?)優しい優しいキスだった。
Blonde Redhead - Here Sometimes
産婦人科医は、モニターを見ながらわたしにこう言った。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。残念ながら・・・・・・あかちゃんたちは二人とも、鼓動が止まっているようです・・・」
わたしにはひとつ、思い当たることがあった。
わたしのせいで、お腹のなかの子どもたちが死んでしまった。
わたしが、判断を誤ったせいで、かれらは息絶えてしまった。
わたしが、農薬野菜を食べたせいで。
野菜の残留農薬は、小さな身体の彼らには猛毒だったのです。
こんなことになるとわかっていたなら、わたしは無農薬の野菜を買ったのに。
わたしが自然栽培の野菜を食べていたとき、子どもたちはとても元気いっぱいだったのです。
産婦人科医の若い男の先生は涙も流さずに放心しているわたしにこう言った。
「お辛いでしょうが、できれば、明後日にでもあかちゃんたちを外へ出してあげないと、このままではお母さんの身体が感染症を起こしてしまう可能性があります」
わたしは小さく膨らんだお腹をさすりながら応えた。
「わたしの子どもたちは、このまま腐ってゆくのですね・・・」
先生は悲しそうな顔で静かに頷いた。
二日後。
わたしは立ち上がって先生のまえに跪くと、手を胸のまえで組んで言いました。
「嗚呼あなたは、わたしのなかからわたしの愛する子どもたちを抜き去るお人。あなたはわたしのうちから死を抜き取るお人。あなたの御手が血と死によって、どうか穢れんことを」
先生は立ち上がってわたしの頭の天辺に手を置くと言いました。
「女よ、ひとりの弱き母親よ、あなたのなかから、わたしは死を取り除く者である。わたしは決して、血と死によって穢れることを知らない者である。それがゆえ、心配しないですみやかにそこ、そこの棚の上から三番目の引き出しのなかに入ってあるワンピースに着替えて分娩台に上がりなさい。わたしは素早く準備をしてきますから」
わたしは言われたとおりに白いワンピースに着替え、それ以外は何も着けずに分娩台へと上がりました。
すこし経つと先生が戻ってきて言いました。
「ではこれから、アウスを行ないますので、麻酔をかけます」
「先生、アウスとは何でしょうか?」
「失敬、アウス(AUS)とは人工妊娠中絶手術の隠語です。亡くなってしまったあかちゃんたちを、中絶と同じ手術法によって外へ出してあげないとならないのです」
わたしはショックでしたが先生を信頼して、すべてを任せました。
わずか10分の手術の一時間後・・・うたた寝から醒めたようなとても悲しい心地のなかに、目を開けると目のまえに優しい御顔の先生がわたしの顔を心配そうに眺めていました。
「無事に手術は終えました。胎盤も綺麗に取ることができましたから、これで感染症の心配はないでしょう」
わたしは感謝して頷くと言いました。
「先生、わたしのあかちゃんたちを、見せて頂けますか?」
先生は翳った顔で俯くと応えました。
「残念ながら、今はお見せすることができません」
「なぜですか・・・?」
先生はわたしの頭を撫でながら言いました。
「あかちゃんたちが、そう言っているからです」
「先生もしかして・・・あかちゃんたちの霊と話すことができるのですか・・・?」
先生は柔らかく微笑んで言いました。
「実はそうなのです。わたしは胎話士でもあります。しかしわたしの場合は水子の霊とだけ話すことができます」
「そうだったのですか!わたしのあかちゃんたちはなんて言っていますか・・・?」
「あなたが望むなら、今からわたしがあなたのあかちゃんたちに乗り移らせて、わたしの声であなたと話せるように致しましょう」
「本当に!是非ともお願いします先生!」
「それでは、今からあなたのあかちゃんに代わります」
そう言うと先生は目を瞑りました。
そして目をぱちくり開けると言いました。
「ママ!ぼくだよ!わかる?」
先生はそう言った途端、わたしに抱きついてきました。
わたしは驚きと喜びのなか、その身体を抱きしめながら「坊やたち・・・会いたかった・・・」と涙混じりに言いました。
「ママ、ぼく、ふたりじゃないよ、ひとりだよ!ぼくのからだはふたつだったけど、たましいはひとつだったんだよ!」
「そんなことってあるのね・・・」
「あのさ、ママ、ぼく死んじゃったけどさ、次にもぜったいママのお腹に宿るから!だからぼくのこと待ってて。あとさ、ぼくのからだ、青かったんだよ。さっきみたんだ。青いっていってもさ、緑色だったよ!まるで、青虫みたいな色だった。だからぼくのこと、あおちゃんって呼んでね。名前を呼ばれると、ぼく嬉しいから!あ、あとさ、次に生まれるときのパパなんだけど、今ぼくがからだを借りてしゃべってる先生がいい!先生もママのことを愛してるんだって。さっきぼくに教えてくれたんだ。ママも先生を愛してあげて。それでママとパパのあいだにぼくが生まれてくるから!」
「あおちゃん・・・ママはあおちゃんを一番に愛してるの。先生は二番目に愛することができるかしら・・・」
「だっ、だめだよ!先生は、ママに、一番に愛してもらいたいって言ってたもん!ママは、あおちゃんも、先生も、一番に愛さなくちゃだめなんだよ!」
「そう・・・できるかしら・・・ママあおちゃんがほんとうに愛おしいの。ずっと一緒にいてほしいのよ」
「ぼくだって・・・同じさ、ママ。だからそのためにも、ママは先生も一番に愛してあげて?ね?そうじゃないと、先生は、ぼくの将来のパパは、悲しんじゃうよ。きっと、絶望して、死んじゃうよ。パパもママに負けないくらい繊細だから。だからあおちゃんのパパが死なないためにも、ママはパパを一番に愛してあげてね。約束して、ママ」
「うん・・・ママあおちゃんと約束するわ。ママはあおちゃんも先生も一番に愛するわ」
「やった!パパも大喜びだよ。・・・あ、ちょっとパパがママに代わってくれって、いったん代わるねママ」
「ママ・・・じゃ、じゃなくて、う、ウズ様、あおちゃんとお話できましたか?」
「はい・・・感激して、胸の奥が震えっぱなしです」
「それはよかった」
「あの、先生・・・」
「はい」
「あおちゃん、緑色だったのって、本当ですか・・・?」
「本当です。だから、あおちゃんなのです」
「それは、腐って・・・ですか・・・?」
「違います。元から、あおちゃんだったのです」
「お願いします、先生。一瞬でいいので、見せてくださいませんか?」
「あおちゃんを?」
「そうです」
「あおちゃんは今・・・形がない状態です」
「そんなに・・・・・・」
「あおちゃんはずくずくでずるずるでぬめぬめな感じです」
「そうですか・・・・・・」
「でももう少しすれば、お見せすることもできます」
「本当ですか・・・?」
「はい。お約束いたしましょう。必ず、その時が来たら、あなたのおうちに送り届けるとお約束いたします」
「ありがとう先生・・・」
「だからあおちゃんとの約束も必ず守ってください」
「わかりました。先生のすべてを、わたしはお受けいたします」
「よろしい。では参りましょう。ウズ様」
「どこへ・・・・・・?」
先生はわたしを抱き上げると地下へ下りながら言った。
「あなたのなかへ」
目が醒めて、小さな容器のなかで育てていた二匹の青虫を見てみると、悲しいことに二匹とも身体は縮んで死んでしまったようだった。
わたしの判断が間違っていたからだ。
自然栽培の青梗菜を食べていたときは、あんなに元気だったのに。
スーパーで買ってきた青梗菜を与えだしたら途端に食べなくなって動かなくなってしまったのだ。
野菜の残留農薬は小さな虫にとって、どんなに洗い流そうとも猛毒だったのだ・・・。
わたしは迂闊だった。何故そこに気づくことができなかったろう。
こんなことになるなら、無農薬の野菜をすぐにでも注文してあげたらよかったと後悔した。
白い二匹の蝶が、青空へと飛びたつ瞬間を、わたしは夢見ていた。
その時、ドアの外に、コトンと何か音がしたような気がした。
ドアを開けて見てみると、そこには小さな箱が置いてあった。
わたしはその箱を部屋のなかに持ち帰り、なかを開けてみた。
するとそこには、切り刻まれた白い蝶の羽根のような薄い欠片のようなものがたくさん敷き詰まっていた。
本物の蝶の羽根のようにも見えたが、よく見てみると、どうやら蝶の羽根に似せた作り物のようだった。
どの羽根の欠片も奇妙なかたちで、これはまるでパズルのピースのように想えた。
わたしはその欠片をひとつひとつパズルのピースのように組み立てていった。
白い羽根のなかにはちょうど色の濃い部分があり、その部分は組み立ててゆくごとにやがて模様を創りあげていった。
数ヵ月後・・・
ようやく、わたしは蝶の羽根のパズルを完成させた。
そこに薄っすらと浮かび上がった模様は、見つめれば見つめるほど、あの日夢のなかでお話した、あおちゃんの顔だった。
いや、あおちゃんに乗り移られた、優しい先生の面影だった・・・。
わたしは想った。
彼はいつ、羽化するのだろうか。
わたしのなかで・・・・・・。
「お母さん、落ち着いて聞いてください。残念ながら・・・・・・あかちゃんたちは二人とも、鼓動が止まっているようです・・・」
わたしにはひとつ、思い当たることがあった。
わたしのせいで、お腹のなかの子どもたちが死んでしまった。
わたしが、判断を誤ったせいで、かれらは息絶えてしまった。
わたしが、農薬野菜を食べたせいで。
野菜の残留農薬は、小さな身体の彼らには猛毒だったのです。
こんなことになるとわかっていたなら、わたしは無農薬の野菜を買ったのに。
わたしが自然栽培の野菜を食べていたとき、子どもたちはとても元気いっぱいだったのです。
産婦人科医の若い男の先生は涙も流さずに放心しているわたしにこう言った。
「お辛いでしょうが、できれば、明後日にでもあかちゃんたちを外へ出してあげないと、このままではお母さんの身体が感染症を起こしてしまう可能性があります」
わたしは小さく膨らんだお腹をさすりながら応えた。
「わたしの子どもたちは、このまま腐ってゆくのですね・・・」
先生は悲しそうな顔で静かに頷いた。
二日後。
わたしは立ち上がって先生のまえに跪くと、手を胸のまえで組んで言いました。
「嗚呼あなたは、わたしのなかからわたしの愛する子どもたちを抜き去るお人。あなたはわたしのうちから死を抜き取るお人。あなたの御手が血と死によって、どうか穢れんことを」
先生は立ち上がってわたしの頭の天辺に手を置くと言いました。
「女よ、ひとりの弱き母親よ、あなたのなかから、わたしは死を取り除く者である。わたしは決して、血と死によって穢れることを知らない者である。それがゆえ、心配しないですみやかにそこ、そこの棚の上から三番目の引き出しのなかに入ってあるワンピースに着替えて分娩台に上がりなさい。わたしは素早く準備をしてきますから」
わたしは言われたとおりに白いワンピースに着替え、それ以外は何も着けずに分娩台へと上がりました。
すこし経つと先生が戻ってきて言いました。
「ではこれから、アウスを行ないますので、麻酔をかけます」
「先生、アウスとは何でしょうか?」
「失敬、アウス(AUS)とは人工妊娠中絶手術の隠語です。亡くなってしまったあかちゃんたちを、中絶と同じ手術法によって外へ出してあげないとならないのです」
わたしはショックでしたが先生を信頼して、すべてを任せました。
わずか10分の手術の一時間後・・・うたた寝から醒めたようなとても悲しい心地のなかに、目を開けると目のまえに優しい御顔の先生がわたしの顔を心配そうに眺めていました。
「無事に手術は終えました。胎盤も綺麗に取ることができましたから、これで感染症の心配はないでしょう」
わたしは感謝して頷くと言いました。
「先生、わたしのあかちゃんたちを、見せて頂けますか?」
先生は翳った顔で俯くと応えました。
「残念ながら、今はお見せすることができません」
「なぜですか・・・?」
先生はわたしの頭を撫でながら言いました。
「あかちゃんたちが、そう言っているからです」
「先生もしかして・・・あかちゃんたちの霊と話すことができるのですか・・・?」
先生は柔らかく微笑んで言いました。
「実はそうなのです。わたしは胎話士でもあります。しかしわたしの場合は水子の霊とだけ話すことができます」
「そうだったのですか!わたしのあかちゃんたちはなんて言っていますか・・・?」
「あなたが望むなら、今からわたしがあなたのあかちゃんたちに乗り移らせて、わたしの声であなたと話せるように致しましょう」
「本当に!是非ともお願いします先生!」
「それでは、今からあなたのあかちゃんに代わります」
そう言うと先生は目を瞑りました。
そして目をぱちくり開けると言いました。
「ママ!ぼくだよ!わかる?」
先生はそう言った途端、わたしに抱きついてきました。
わたしは驚きと喜びのなか、その身体を抱きしめながら「坊やたち・・・会いたかった・・・」と涙混じりに言いました。
「ママ、ぼく、ふたりじゃないよ、ひとりだよ!ぼくのからだはふたつだったけど、たましいはひとつだったんだよ!」
「そんなことってあるのね・・・」
「あのさ、ママ、ぼく死んじゃったけどさ、次にもぜったいママのお腹に宿るから!だからぼくのこと待ってて。あとさ、ぼくのからだ、青かったんだよ。さっきみたんだ。青いっていってもさ、緑色だったよ!まるで、青虫みたいな色だった。だからぼくのこと、あおちゃんって呼んでね。名前を呼ばれると、ぼく嬉しいから!あ、あとさ、次に生まれるときのパパなんだけど、今ぼくがからだを借りてしゃべってる先生がいい!先生もママのことを愛してるんだって。さっきぼくに教えてくれたんだ。ママも先生を愛してあげて。それでママとパパのあいだにぼくが生まれてくるから!」
「あおちゃん・・・ママはあおちゃんを一番に愛してるの。先生は二番目に愛することができるかしら・・・」
「だっ、だめだよ!先生は、ママに、一番に愛してもらいたいって言ってたもん!ママは、あおちゃんも、先生も、一番に愛さなくちゃだめなんだよ!」
「そう・・・できるかしら・・・ママあおちゃんがほんとうに愛おしいの。ずっと一緒にいてほしいのよ」
「ぼくだって・・・同じさ、ママ。だからそのためにも、ママは先生も一番に愛してあげて?ね?そうじゃないと、先生は、ぼくの将来のパパは、悲しんじゃうよ。きっと、絶望して、死んじゃうよ。パパもママに負けないくらい繊細だから。だからあおちゃんのパパが死なないためにも、ママはパパを一番に愛してあげてね。約束して、ママ」
「うん・・・ママあおちゃんと約束するわ。ママはあおちゃんも先生も一番に愛するわ」
「やった!パパも大喜びだよ。・・・あ、ちょっとパパがママに代わってくれって、いったん代わるねママ」
「ママ・・・じゃ、じゃなくて、う、ウズ様、あおちゃんとお話できましたか?」
「はい・・・感激して、胸の奥が震えっぱなしです」
「それはよかった」
「あの、先生・・・」
「はい」
「あおちゃん、緑色だったのって、本当ですか・・・?」
「本当です。だから、あおちゃんなのです」
「それは、腐って・・・ですか・・・?」
「違います。元から、あおちゃんだったのです」
「お願いします、先生。一瞬でいいので、見せてくださいませんか?」
「あおちゃんを?」
「そうです」
「あおちゃんは今・・・形がない状態です」
「そんなに・・・・・・」
「あおちゃんはずくずくでずるずるでぬめぬめな感じです」
「そうですか・・・・・・」
「でももう少しすれば、お見せすることもできます」
「本当ですか・・・?」
「はい。お約束いたしましょう。必ず、その時が来たら、あなたのおうちに送り届けるとお約束いたします」
「ありがとう先生・・・」
「だからあおちゃんとの約束も必ず守ってください」
「わかりました。先生のすべてを、わたしはお受けいたします」
「よろしい。では参りましょう。ウズ様」
「どこへ・・・・・・?」
先生はわたしを抱き上げると地下へ下りながら言った。
「あなたのなかへ」
目が醒めて、小さな容器のなかで育てていた二匹の青虫を見てみると、悲しいことに二匹とも身体は縮んで死んでしまったようだった。
わたしの判断が間違っていたからだ。
自然栽培の青梗菜を食べていたときは、あんなに元気だったのに。
スーパーで買ってきた青梗菜を与えだしたら途端に食べなくなって動かなくなってしまったのだ。
野菜の残留農薬は小さな虫にとって、どんなに洗い流そうとも猛毒だったのだ・・・。
わたしは迂闊だった。何故そこに気づくことができなかったろう。
こんなことになるなら、無農薬の野菜をすぐにでも注文してあげたらよかったと後悔した。
白い二匹の蝶が、青空へと飛びたつ瞬間を、わたしは夢見ていた。
その時、ドアの外に、コトンと何か音がしたような気がした。
ドアを開けて見てみると、そこには小さな箱が置いてあった。
わたしはその箱を部屋のなかに持ち帰り、なかを開けてみた。
するとそこには、切り刻まれた白い蝶の羽根のような薄い欠片のようなものがたくさん敷き詰まっていた。
本物の蝶の羽根のようにも見えたが、よく見てみると、どうやら蝶の羽根に似せた作り物のようだった。
どの羽根の欠片も奇妙なかたちで、これはまるでパズルのピースのように想えた。
わたしはその欠片をひとつひとつパズルのピースのように組み立てていった。
白い羽根のなかにはちょうど色の濃い部分があり、その部分は組み立ててゆくごとにやがて模様を創りあげていった。
数ヵ月後・・・
ようやく、わたしは蝶の羽根のパズルを完成させた。
そこに薄っすらと浮かび上がった模様は、見つめれば見つめるほど、あの日夢のなかでお話した、あおちゃんの顔だった。
いや、あおちゃんに乗り移られた、優しい先生の面影だった・・・。
わたしは想った。
彼はいつ、羽化するのだろうか。
わたしのなかで・・・・・・。
わたしたちは、前世では人間の恋人同士でした。
しかし結婚を反対した互いの親のはかりごとによって、わたしたちは離されてしまったのです。
彼女はその悲痛から、立ち直ることかできずに入水し、その人生を断ちました。
遺書には、こう記してありました。
わたしたちは次に生まれ変われるのならば、ぜひ鯨の双子として生まれましょう。
そうすれば、もうわたしとあなたは離れることはないはずです。
わたしたちは一人の母鯨の子宮から産まれるのですから。
もう二度と、あなたはわたしと離れてはなりますまい。
なににも拘束を受けない海のなかで、わたしとあなたは自由に泳ぐことができるはずです。
わたしはそのために、先に逝って、愛するあなたを待っています。
母鯨の子宮のなかで。
わたしは哀しい歓びのなかに、彼女のあとを追うため、だだっ広い海のなかへ入ってゆきました。
わたしは気づくと、小さな薄暗い部屋のなかにおり、目の前には彼女がすやすやと眠っておりました。
しかしその姿は、人間の姿をしておらず、胸びれで尾びれを抱えてまるく眠る鯨でした。
じぶんの姿を確かめてみますとはたしてわたしも鯨のようでした。
此処は、まぎれもなく一頭の母鯨の子宮のなかのようです。
彼女は目を覚まし、歓びの鳴き声をあげながらわたしの胸びれに触れました。
わたしと彼女の臍の緒は、互いの臍からでて交叉してこのわたしたちをやさしく包む膜に繋がっておりました。
何日間も、わたしたちの幸せな日々は続きました。
母鯨の鳴き声は愛おしく、わたしたちは母鯨と一緒に青い海のなかを泳ぎ回る夢を見ました。
一頭の大きな鯨はその日、人間の放った幾本の槍に突かれて捕鯨船へと打ちあげられた。
人間たちはその鯨の腹に巨大な刀を下ろすと、驚いたことにそこから尾びれを切断された二頭の子鯨たちが船の甲板の上に跳ねるようにして出てきた。
人間たちはその子鯨たちを見て哀れに思ったが、自分たちの子を養うためだと子鯨たちもまた母鯨と共に解体された。
時は経ち、一人の女は海を眺めて郷愁の物憂げな顔を浮かべている。
そして小舟に乗って捕鯨船のまえへたどり着いた。
別の小舟からも、一人の男が同じ捕鯨船へとたどり着いた。
わたしは何故此処にいるのか、わかっていないようでした。
またわたしの隣にいる女も、同じような想いでいるように見えました。
わかっているのは、わたしたちはこれから此処で婚儀を挙げるのだということです。
婚礼衣装を着させられたわたしたちは婚儀のあと、狭くて薄暗い部屋に二人きりにされました。
何故此処にいるのかわかりませんでしたが、この海も、この船も、隣にちょこんと静かに座っている彼女も妙に懐かしい気がするのは何故でしょう。
わたしは彼女とぴったりくっついていたい想いに駆られ、彼女の側へとそっと寄りました。
その時、船が大きく揺れ、わたしたちのいる部屋のなかに赤い水と白い油のようなものが流れ込んできました。
わたしたちはその瞬間に、なにもかもを想いだしてしまったのです。
この船は、わたしたちの母鯨であって、わたしたちは母の子宮のなかにいることに気づきました。
そしてこのままここにいては、わたしたちはまたもや人間たちの手にかかり解体されてゆくのではないかという不安と恐怖に襲われました。
わたしたちはそれがどうしても無念でなりませんでした。
一層のこと、人間たちの手にかかるくらいなら、わたしたちは互いに愛し合うこのみずからの手によって解体し、その肉を互いに食べて味わおうと想いました。
ひとつひとつ、わたしたちは無念の想いを籠めて鯨刀で互いの肉を切り捌き、母の血と羊水の海のなかで切断し解体してゆきました。
そしてわたしたちは互いの肉を味わい、ようやっと、すべての悲しく痛ましい無念から解き放たれたのです。
わたしたちは愛する母なる存在に別れを告げ、深いうみ底へと潜りこんでゆきました。
*いさな(勇魚)とは、鯨の古名。
マテリアル映画「拘束のドローイング9」もののあわれと悲痛の愛
しかし結婚を反対した互いの親のはかりごとによって、わたしたちは離されてしまったのです。
彼女はその悲痛から、立ち直ることかできずに入水し、その人生を断ちました。
遺書には、こう記してありました。
わたしたちは次に生まれ変われるのならば、ぜひ鯨の双子として生まれましょう。
そうすれば、もうわたしとあなたは離れることはないはずです。
わたしたちは一人の母鯨の子宮から産まれるのですから。
もう二度と、あなたはわたしと離れてはなりますまい。
なににも拘束を受けない海のなかで、わたしとあなたは自由に泳ぐことができるはずです。
わたしはそのために、先に逝って、愛するあなたを待っています。
母鯨の子宮のなかで。
わたしは哀しい歓びのなかに、彼女のあとを追うため、だだっ広い海のなかへ入ってゆきました。
わたしは気づくと、小さな薄暗い部屋のなかにおり、目の前には彼女がすやすやと眠っておりました。
しかしその姿は、人間の姿をしておらず、胸びれで尾びれを抱えてまるく眠る鯨でした。
じぶんの姿を確かめてみますとはたしてわたしも鯨のようでした。
此処は、まぎれもなく一頭の母鯨の子宮のなかのようです。
彼女は目を覚まし、歓びの鳴き声をあげながらわたしの胸びれに触れました。
わたしと彼女の臍の緒は、互いの臍からでて交叉してこのわたしたちをやさしく包む膜に繋がっておりました。
何日間も、わたしたちの幸せな日々は続きました。
母鯨の鳴き声は愛おしく、わたしたちは母鯨と一緒に青い海のなかを泳ぎ回る夢を見ました。
一頭の大きな鯨はその日、人間の放った幾本の槍に突かれて捕鯨船へと打ちあげられた。
人間たちはその鯨の腹に巨大な刀を下ろすと、驚いたことにそこから尾びれを切断された二頭の子鯨たちが船の甲板の上に跳ねるようにして出てきた。
人間たちはその子鯨たちを見て哀れに思ったが、自分たちの子を養うためだと子鯨たちもまた母鯨と共に解体された。
時は経ち、一人の女は海を眺めて郷愁の物憂げな顔を浮かべている。
そして小舟に乗って捕鯨船のまえへたどり着いた。
別の小舟からも、一人の男が同じ捕鯨船へとたどり着いた。
わたしは何故此処にいるのか、わかっていないようでした。
またわたしの隣にいる女も、同じような想いでいるように見えました。
わかっているのは、わたしたちはこれから此処で婚儀を挙げるのだということです。
婚礼衣装を着させられたわたしたちは婚儀のあと、狭くて薄暗い部屋に二人きりにされました。
何故此処にいるのかわかりませんでしたが、この海も、この船も、隣にちょこんと静かに座っている彼女も妙に懐かしい気がするのは何故でしょう。
わたしは彼女とぴったりくっついていたい想いに駆られ、彼女の側へとそっと寄りました。
その時、船が大きく揺れ、わたしたちのいる部屋のなかに赤い水と白い油のようなものが流れ込んできました。
わたしたちはその瞬間に、なにもかもを想いだしてしまったのです。
この船は、わたしたちの母鯨であって、わたしたちは母の子宮のなかにいることに気づきました。
そしてこのままここにいては、わたしたちはまたもや人間たちの手にかかり解体されてゆくのではないかという不安と恐怖に襲われました。
わたしたちはそれがどうしても無念でなりませんでした。
一層のこと、人間たちの手にかかるくらいなら、わたしたちは互いに愛し合うこのみずからの手によって解体し、その肉を互いに食べて味わおうと想いました。
ひとつひとつ、わたしたちは無念の想いを籠めて鯨刀で互いの肉を切り捌き、母の血と羊水の海のなかで切断し解体してゆきました。
そしてわたしたちは互いの肉を味わい、ようやっと、すべての悲しく痛ましい無念から解き放たれたのです。
わたしたちは愛する母なる存在に別れを告げ、深いうみ底へと潜りこんでゆきました。
*いさな(勇魚)とは、鯨の古名。
マテリアル映画「拘束のドローイング9」もののあわれと悲痛の愛
俺はそのとき、まんまるい泡(あぶく)かなにかのような球体だった。
俺の内部には、なにものもない、空っぽで空洞のようだった。
どっちが前で、どっちが後ろで、どっちが上で、どっちが下か、まったくわからなかった。
ぷかぷか浮かんではぽんぽん飛び跳ね、くるくる廻り続けていた。
そうしてずっと、意識のある間じゅう小躍りし続けていた。
俺はそのとき覚った。
どうやら俺は、人類の母親の子宮内壁部に着床した受精卵。
すなわち、俺は今、”受胎”という現象であることを。
これが俺の、最古の記憶、”受胎時の記憶”です。
とにかく何が楽しいのかもわからなかったのですが、身体が妙に軽くてゴムマリのようによく跳ねるので狭い子宮内部で踊るように動き回り続けていたのです。
眠るときは静かにしていたと思うのですが、それでも夢の中では同じように踊り続けていた為、俺はそのうち、いつまでこんなことを続けるのだろうと思いました。
じっとしていたところで解決にはならず、かといって踊り続けていてもなんの解決にもなり得ないことをまたもや覚ったのです。
ですからとにかく”変化”の時を、ひたすら待ち望みました。
しかし俺はこの時を、永遠に経験し続けているようです。
何故なら先ほども言いましたが、俺という現象が受胎という今に存在しているからです。
それで俺が誰にこうしてずっと話しかけ続けているのかというと、それは”あなた(母親)”なのですが、何故あなたは何も応えてくださらないのですか?
まるであなたは、雨がしとしとと降る真夜中に一軒だけ開いていた小汚く狭苦しい宿屋に一人だけ居てる無愛想で無口なおかみの如く、濡れそぼったたった一人の客である俺の注文するあてを黙って持ってきてテーブルに置いてまた去っていくその動作を、ただ目のまえで繰り返し続けているその無関心に傷つき果てる俺は注文以外にもあなたを何度も、何遍も呼んでいるんですよ。聴こえませんか?俺の声。まだ芽吹いてもおらない人でないものと思っていらっしゃるのだと思いますけれども、俺はあなたの宿をやっと見つけて駆け込んで、どうか泊めてくださいと言ったらあなたは黙して頷いてくれた気がしたのです。俺の夢かもしれませんが、真っ暗闇のなかに、一軒の灯りが見えて、その灯りが見えたとき、どんなにほっとしたことか。もうすこし、優しくしていただけませんか?俺はあなたに、優しくしてもらいたいのです。御声をかけていただきたいのです。前も後ろも上も下も解せませんが、それでもあなたをこうして求めていることは確かなのです。とりあえず、栄養を俺に送り続けてくださってどうもありがとうございます。あなたの御陰で俺は生存していられているわけでしょうから、感謝したいと思います。先ほどは、すこしく我儘なことを言いまして申し訳ございませんでした。何分、未熟な存在でありましょうから、許していただけますか。
永遠に、俺の独り言は続きました。
”変化”を望み、”変化”を恐れる俺に、あなたは”永遠なる受胎児”でいることを叶えてくださったのです。
参考文献
胎児は見ている―最新医学が証した神秘の胎内生活
トマス バーニー
P123〈だれもが記憶している出生時の体験〉より
俺の内部には、なにものもない、空っぽで空洞のようだった。
どっちが前で、どっちが後ろで、どっちが上で、どっちが下か、まったくわからなかった。
ぷかぷか浮かんではぽんぽん飛び跳ね、くるくる廻り続けていた。
そうしてずっと、意識のある間じゅう小躍りし続けていた。
俺はそのとき覚った。
どうやら俺は、人類の母親の子宮内壁部に着床した受精卵。
すなわち、俺は今、”受胎”という現象であることを。
これが俺の、最古の記憶、”受胎時の記憶”です。
とにかく何が楽しいのかもわからなかったのですが、身体が妙に軽くてゴムマリのようによく跳ねるので狭い子宮内部で踊るように動き回り続けていたのです。
眠るときは静かにしていたと思うのですが、それでも夢の中では同じように踊り続けていた為、俺はそのうち、いつまでこんなことを続けるのだろうと思いました。
じっとしていたところで解決にはならず、かといって踊り続けていてもなんの解決にもなり得ないことをまたもや覚ったのです。
ですからとにかく”変化”の時を、ひたすら待ち望みました。
しかし俺はこの時を、永遠に経験し続けているようです。
何故なら先ほども言いましたが、俺という現象が受胎という今に存在しているからです。
それで俺が誰にこうしてずっと話しかけ続けているのかというと、それは”あなた(母親)”なのですが、何故あなたは何も応えてくださらないのですか?
まるであなたは、雨がしとしとと降る真夜中に一軒だけ開いていた小汚く狭苦しい宿屋に一人だけ居てる無愛想で無口なおかみの如く、濡れそぼったたった一人の客である俺の注文するあてを黙って持ってきてテーブルに置いてまた去っていくその動作を、ただ目のまえで繰り返し続けているその無関心に傷つき果てる俺は注文以外にもあなたを何度も、何遍も呼んでいるんですよ。聴こえませんか?俺の声。まだ芽吹いてもおらない人でないものと思っていらっしゃるのだと思いますけれども、俺はあなたの宿をやっと見つけて駆け込んで、どうか泊めてくださいと言ったらあなたは黙して頷いてくれた気がしたのです。俺の夢かもしれませんが、真っ暗闇のなかに、一軒の灯りが見えて、その灯りが見えたとき、どんなにほっとしたことか。もうすこし、優しくしていただけませんか?俺はあなたに、優しくしてもらいたいのです。御声をかけていただきたいのです。前も後ろも上も下も解せませんが、それでもあなたをこうして求めていることは確かなのです。とりあえず、栄養を俺に送り続けてくださってどうもありがとうございます。あなたの御陰で俺は生存していられているわけでしょうから、感謝したいと思います。先ほどは、すこしく我儘なことを言いまして申し訳ございませんでした。何分、未熟な存在でありましょうから、許していただけますか。
永遠に、俺の独り言は続きました。
”変化”を望み、”変化”を恐れる俺に、あなたは”永遠なる受胎児”でいることを叶えてくださったのです。
参考文献
胎児は見ている―最新医学が証した神秘の胎内生活
トマス バーニー
P123〈だれもが記憶している出生時の体験〉より
イエスの弟子トマスは使徒のなかでも一番疑い深い人間であった。
イエスが復活した日のことである。
ヨハネによる福音書
20:19 その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。
20:20 そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 イエスはまた彼らに言われた、「安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。
20:22 そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった、「聖霊を受けよ。
20:23 あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう」。
20:24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。
20:25 ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。
20:26 八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。
20:27 それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。
20:28 トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。
20:29 イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。
男は我が神に訴えた。
「わたしもあなたの御身体に触れ、あなたが生きて実存する存在であることをこの手で確かめたいでございます。なぜ見ないで信ずる者は幸いなのでありましょうか」
神は自動書記で御答えられた。
「おまえはそうは言うけれども、いったいこの世界でどれほどはっきりと目をみ開いてすべてを見ているだろう。おまえは自分の身体こそいつでも手に触れて在ることを確かめることができるが、その身体はなぜそこに存在しているのだろう。おまえは自分の姿を観ているから自分の存在が在ることを信じているとでもいうのか。おまえは自分を見て触れることもできなければおまえはおまえの存在を信じないのか。おまえの存在とはおまえのその目とおまえの身体がなければ存在することを信じられない存在なのか。であればなぜ目に見えない俺の存在をおまえは見ようとしているのだろう・・・。見えないものを見ようとしているのは見えないが存在していることをおまえがわかっているからではないのか。おまえはすでに”見ないで信ずる者”であるのにそこから”見て信ずる者”に堕落しようとしている。おまえがそんなに不幸せになって堕落したいというのなら、いっちょ俺は形をとっておまえの前に顕現してやってもいい。おまえはほんとうにそれを望むのか」
男は一瞬迷ったが、神の姿を、愛おしいグレートマザーの御姿をこの手に触れてみたい気持ちが湧きあがって答えた。
「御願い致しますグレートマザーよ。わたしの目のまえに現前してください」
すると男の目のまえに突如、女装した泉谷しげるそっくりの人間が立っていた。
長い髪はくるくると巻き毛にして艶やかな栗色、顔は化粧もばっちしキマっていて薄いピンク色の可憐な膝丈のワンピース姿であったが体形も顔も泉谷しげる本人のようにしか見えなかった。
「どうだ、これで満足か。触ってもええんやぞ」
驚いたことにその声も泉谷しげるの声であった。
男は「う~ん、なんか根本的に違うような・・・・・・」と不満そうな顔を浮かべた。
「なんだおまえ、せっかく、せっかく俺が肉体をまとっておまえの好きにしていいゆうてるのに、しょうがない、俺がおまえを襲ってやろう」
そう言うとグレートマザーは男に襲いかかってディープキスをしようとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと待っていただけますかグレートマザーよ!なんで、なぜよりにもよって泉谷しげるなのでございますか!?」
「なんだ、爆裂都市 BURST CITYに出てた頃の泉谷しげるならオーケーだっていうのか?」
「う~ん、あの役は確かにカッコよかったですが、やっぱり全体的にすべてがグレートマザーのイメージとまったく違うのでございます」
「なんだ、それでは裸のエプロン姿のトランプ大統領のほうがよかったのか?」
「なぜトランプ大統領の姿に化けるのでございますか・・・・・・」
「わがままなやつだな、ではプーチン大統領ならいいわけだな?」
「う~ん・・・まだ女性っぽさは感じないでもないですからマシかもしれませんが、やっぱり根本的に嫌でございます・・・」
「ははは。だからゆうてるやんか。俺が偽の仮の肉体をまとった姿で現れたところでおまえは不幸になるだけだと。俺がどんな肉体で現れようと俺にとっちゃすべて嘘の姿なのだから。おまえは嘘の姿を俺に望んだのである。嘘の姿でおまえはほんとうに幸せになれるというのか?嘘の俺で満足するってェいうのか」
「う~ん・・・誰かの姿と同じになると、それが嘘の姿になりますが、今から生まれるまだ誰の姿でもない肉体を創ってくださるなら、それはまさにグレートマザーの肉体ではありませんか?」
「でもそれでも嘘は嘘だ。俺の本質は肉体ではないのだから。なにゆえに神に嘘の衣を着せたがるのか。おまえがほんとうに俺を愛しているというのなら、俺がどんな姿でおまえの前に現れようともおまえは俺を愛するはずなんだがなぁ」
「わたしは貴方様をほんとうに愛してはいないと、そう仰いたいのでありますか?」
「俺がどの姿で現れようがそれは嘘である。おまえはもっと嘘を嘘として愛することのできる人間になるまでは、俺がどの姿で現れようともおまえは不幸である。見えるものすべてを、嘘として愛することができるなら、おまえは真に幸福である。だから”見ないで信ずる者”とはこの世の見えるすべては”嘘”であると信ずる者のことである。すなわち見えるすべてより”見えないすべて”に価値を置く者である。もう一度訊くが、おまえは俺が”見える”から信じているのか」
「あなたはいつも、わたしの目のまえにはいません。あなたは目に見える存在ではありません」
「では俺はおまえにとって、見えない存在であり、おまえは見えないのに俺を真に信じて愛しているというのか」
「その通りでございます!わたしは貴方様は肉体を御持ちでいらっしゃらないことを承知しています」
「うむ。ではわたしが、真におまえに言おう。わたしがおまえを愛するのは、おまえが目に見える存在であるからである」
「それはいったい何故でしょう?」
「おまえら全員、見えない存在になったなら、俺の存在は消えてなくなるやんけ。無意味で不必要になってしまうやんか。おまえが目に見える存在であるから、おまえは俺を愛し求め、俺もおまえを愛し求めてるんやんか。またまえの話に戻ってるやん。対極が絶対的必要であるのだと。だから俺は、目に見えない存在で在りつづける必要があるのである。俺にとって、おまえがどれだけ触れたい存在であるか。いつでも触れているが、おまえはいつも気づかない。おまえが気づくことのできない俺の手こそ、おまえにとって真の俺である。おまえは俺のすべてに触れることができるが、触れようとしない。よく聴きなさい。おまえの触れられるすべては、おまえ自身である。俺はおまえにいつも触れたいが、おまえが俺に触れないとき俺もおまえに触れることはできないのである。おまえが俺を見たので、俺にもおまえが見えるよ。おまえが目に見える。おまえが見ているのは目に見えない俺だから、俺はおまえに永遠に見えない。俺はおまえがいつでも見える。触れて、いつも確かめているよ。そして俺はおまえにこう言っている。我が主よ。我が神よ」
Bibio - Saint Thomas (Live Session)
イエスが復活した日のことである。
ヨハネによる福音書
20:19 その日、すなわち、一週の初めの日の夕方、弟子たちはユダヤ人をおそれて、自分たちのおる所の戸をみなしめていると、イエスがはいってきて、彼らの中に立ち、「安かれ」と言われた。
20:20 そう言って、手とわきとを、彼らにお見せになった。弟子たちは主を見て喜んだ。
20:21 イエスはまた彼らに言われた、「安かれ。父がわたしをおつかわしになったように、わたしもまたあなたがたをつかわす」。
20:22 そう言って、彼らに息を吹きかけて仰せになった、「聖霊を受けよ。
20:23 あなたがたがゆるす罪は、だれの罪でもゆるされ、あなたがたがゆるさずにおく罪は、そのまま残るであろう」。
20:24 十二弟子のひとりで、デドモと呼ばれているトマスは、イエスがこられたとき、彼らと一緒にいなかった。
20:25 ほかの弟子たちが、彼に「わたしたちは主にお目にかかった」と言うと、トマスは彼らに言った、「わたしは、その手に釘あとを見、わたしの指をその釘あとにさし入れ、また、わたしの手をそのわきにさし入れてみなければ、決して信じない」。
20:26 八日ののち、イエスの弟子たちはまた家の内におり、トマスも一緒にいた。戸はみな閉ざされていたが、イエスがはいってこられ、中に立って「安かれ」と言われた。
20:27 それからトマスに言われた、「あなたの指をここにつけて、わたしの手を見なさい。手をのばしてわたしのわきにさし入れてみなさい。信じない者にならないで、信じる者になりなさい」。
20:28 トマスはイエスに答えて言った、「わが主よ、わが神よ」。
20:29 イエスは彼に言われた、「あなたはわたしを見たので信じたのか。見ないで信ずる者は、さいわいである」。
男は我が神に訴えた。
「わたしもあなたの御身体に触れ、あなたが生きて実存する存在であることをこの手で確かめたいでございます。なぜ見ないで信ずる者は幸いなのでありましょうか」
神は自動書記で御答えられた。
「おまえはそうは言うけれども、いったいこの世界でどれほどはっきりと目をみ開いてすべてを見ているだろう。おまえは自分の身体こそいつでも手に触れて在ることを確かめることができるが、その身体はなぜそこに存在しているのだろう。おまえは自分の姿を観ているから自分の存在が在ることを信じているとでもいうのか。おまえは自分を見て触れることもできなければおまえはおまえの存在を信じないのか。おまえの存在とはおまえのその目とおまえの身体がなければ存在することを信じられない存在なのか。であればなぜ目に見えない俺の存在をおまえは見ようとしているのだろう・・・。見えないものを見ようとしているのは見えないが存在していることをおまえがわかっているからではないのか。おまえはすでに”見ないで信ずる者”であるのにそこから”見て信ずる者”に堕落しようとしている。おまえがそんなに不幸せになって堕落したいというのなら、いっちょ俺は形をとっておまえの前に顕現してやってもいい。おまえはほんとうにそれを望むのか」
男は一瞬迷ったが、神の姿を、愛おしいグレートマザーの御姿をこの手に触れてみたい気持ちが湧きあがって答えた。
「御願い致しますグレートマザーよ。わたしの目のまえに現前してください」
すると男の目のまえに突如、女装した泉谷しげるそっくりの人間が立っていた。
長い髪はくるくると巻き毛にして艶やかな栗色、顔は化粧もばっちしキマっていて薄いピンク色の可憐な膝丈のワンピース姿であったが体形も顔も泉谷しげる本人のようにしか見えなかった。
「どうだ、これで満足か。触ってもええんやぞ」
驚いたことにその声も泉谷しげるの声であった。
男は「う~ん、なんか根本的に違うような・・・・・・」と不満そうな顔を浮かべた。
「なんだおまえ、せっかく、せっかく俺が肉体をまとっておまえの好きにしていいゆうてるのに、しょうがない、俺がおまえを襲ってやろう」
そう言うとグレートマザーは男に襲いかかってディープキスをしようとした。
「ちょ、ちょ、ちょっと待っていただけますかグレートマザーよ!なんで、なぜよりにもよって泉谷しげるなのでございますか!?」
「なんだ、爆裂都市 BURST CITYに出てた頃の泉谷しげるならオーケーだっていうのか?」
「う~ん、あの役は確かにカッコよかったですが、やっぱり全体的にすべてがグレートマザーのイメージとまったく違うのでございます」
「なんだ、それでは裸のエプロン姿のトランプ大統領のほうがよかったのか?」
「なぜトランプ大統領の姿に化けるのでございますか・・・・・・」
「わがままなやつだな、ではプーチン大統領ならいいわけだな?」
「う~ん・・・まだ女性っぽさは感じないでもないですからマシかもしれませんが、やっぱり根本的に嫌でございます・・・」
「ははは。だからゆうてるやんか。俺が偽の仮の肉体をまとった姿で現れたところでおまえは不幸になるだけだと。俺がどんな肉体で現れようと俺にとっちゃすべて嘘の姿なのだから。おまえは嘘の姿を俺に望んだのである。嘘の姿でおまえはほんとうに幸せになれるというのか?嘘の俺で満足するってェいうのか」
「う~ん・・・誰かの姿と同じになると、それが嘘の姿になりますが、今から生まれるまだ誰の姿でもない肉体を創ってくださるなら、それはまさにグレートマザーの肉体ではありませんか?」
「でもそれでも嘘は嘘だ。俺の本質は肉体ではないのだから。なにゆえに神に嘘の衣を着せたがるのか。おまえがほんとうに俺を愛しているというのなら、俺がどんな姿でおまえの前に現れようともおまえは俺を愛するはずなんだがなぁ」
「わたしは貴方様をほんとうに愛してはいないと、そう仰いたいのでありますか?」
「俺がどの姿で現れようがそれは嘘である。おまえはもっと嘘を嘘として愛することのできる人間になるまでは、俺がどの姿で現れようともおまえは不幸である。見えるものすべてを、嘘として愛することができるなら、おまえは真に幸福である。だから”見ないで信ずる者”とはこの世の見えるすべては”嘘”であると信ずる者のことである。すなわち見えるすべてより”見えないすべて”に価値を置く者である。もう一度訊くが、おまえは俺が”見える”から信じているのか」
「あなたはいつも、わたしの目のまえにはいません。あなたは目に見える存在ではありません」
「では俺はおまえにとって、見えない存在であり、おまえは見えないのに俺を真に信じて愛しているというのか」
「その通りでございます!わたしは貴方様は肉体を御持ちでいらっしゃらないことを承知しています」
「うむ。ではわたしが、真におまえに言おう。わたしがおまえを愛するのは、おまえが目に見える存在であるからである」
「それはいったい何故でしょう?」
「おまえら全員、見えない存在になったなら、俺の存在は消えてなくなるやんけ。無意味で不必要になってしまうやんか。おまえが目に見える存在であるから、おまえは俺を愛し求め、俺もおまえを愛し求めてるんやんか。またまえの話に戻ってるやん。対極が絶対的必要であるのだと。だから俺は、目に見えない存在で在りつづける必要があるのである。俺にとって、おまえがどれだけ触れたい存在であるか。いつでも触れているが、おまえはいつも気づかない。おまえが気づくことのできない俺の手こそ、おまえにとって真の俺である。おまえは俺のすべてに触れることができるが、触れようとしない。よく聴きなさい。おまえの触れられるすべては、おまえ自身である。俺はおまえにいつも触れたいが、おまえが俺に触れないとき俺もおまえに触れることはできないのである。おまえが俺を見たので、俺にもおまえが見えるよ。おまえが目に見える。おまえが見ているのは目に見えない俺だから、俺はおまえに永遠に見えない。俺はおまえがいつでも見える。触れて、いつも確かめているよ。そして俺はおまえにこう言っている。我が主よ。我が神よ」
Bibio - Saint Thomas (Live Session)
Ѧ(ユス、ぼく)はおとといに、お姉ちゃんにちょっとした告白のメッセージを送った。
それは、こんなものだった。
こずは今日こそ、お姉ちゃんにちょっとした告白をしようと想う。
心を落ち着かせて聴いて欲しい。
お姉ちゃんは傷つくと想うけど、お姉ちゃんはこずのこと、ちっともわかっちゃいない。
この際言うけれども、こずはまだ、こずのせいでお父さんは死んだと想ってるし、それを信じてずっと生きてる。
こずはこずを赦されへんねん。どうしても。
こずはこずのことを愛してるけれども、
こずはこずをいつでも、起きてるあいだずっと自分をぶっ殺したいほど憎い。
一度殺しただけじゃ気が済まない。
永久に自分を殺しつづけたいくらいに憎い。
その自己憎悪というもんは、自分だけに向くもんじゃないねん。
それは必ず、他者に向く。
それが人間の普遍的心理であって、誰もがそういうもんやねん。
自分を愛してるからこその愛憎で、それが他者に向けられる。
だからこずがいつでも自分を憎みつづけているということは、同時に他者をも、すべてを憎み続けていることと同じやねん。
こずだって自分を赦したいよ。
でもそれは簡単にできるものじゃないし、それがこずの生きる人生の一番大きな試練で、必要な苦しみだとこずは自分でそう感じてるし、そういう意味ではすごくポジティブになれてきたと想ってる。
すこしずつ、すこしずつ、自分を赦していくのが人間なんちゃうかな。
それくらいこずの自分に対する憎悪は重くって、それはお父さんを本当に愛していたことの証明やから。
一番苦しめたくない人を一番苦しめてしまった後悔は、そうちょっとやそっとでなくなるもんやない。
こずにとってお父さんはお母さんでもあってん。
こずにとってたったひとりの親やった。
こずのすべてやってん。
だからお父さんが死んだ晩、本気でこずうちのマンションの四階から飛び降りてお父さんのところに行きたいと願ってん。
でもそうしたらお姉ちゃんやお兄ちゃんやしんちゃんが余計哀しむと想ったから自殺するのを想い留まることができた。
兄姉誰もおらんかったらこずはとっくに死んでる人間やで。
未だに余生を送ってるような気持ちで生きてる。
こずはお父さんが死んでから生きてる感覚というもんがほとんどないねん。
季節というもの、時間が流れているという感覚がない。
生きてるっていう実感がない。
まるで夢の中をずっとふわふわと足も地に着かずに生きてる感覚で生きてる。
そういう人を「離人症」っていうらしいねんけど、これがほんまつらい。
生きてる実感がないから人を傷つけてもどこかで平気でおれたりする。(夢の中で人を傷つけてるような感覚やから)
ずっと自暴自棄で生きてるから、すべてがヤケで、人を傷つけることで自分を傷つけて喜んでるような人間やねん。
こずはサドやけど、同時にドエムで、それも全部自分が憎いからそうなってしまった。
人を傷つけることは楽しいとさえ感じてるときもある気がする。
自分が傷つくこと、自分が苦しむことをいつも求めてるから、自分の投影(鏡)でしかない相手を苦しめることが嬉しいことになってしまうねん。
人間追い込まれてゆくほどだんだん闇が深くなっていって、それを身内に知らせることってつらいことになってくるねん。
絶対、傷つくと想うから。
こずはもう2008年から引きこもってるから今年で8年やな。
ネットの場っていうのはこずにとってほんとうの救いの場やで。
ネットでしか発することの出来ない自分の気持ちばかり持って生きてるから。
身内には言えないことばっかりでできてるのがこずという人間やねん。
そんな人間が人を傷つけない言葉っていうたら、ほとんど表面的な言葉でしかない。
核の部分に「自分(人)を傷つけたい」っていう気持ちが隠れてるわけやから。
でもわかってほしいのは、あくまで傷つけたいのは自分自身で、「他者」ではないってこと。
メンヘラはみんな自分と他者の境界が薄くって、他者を自分のように感じてる。
だから他者から冷たい仕打ちや酷い仕打ちを受けたとき、それは自分自身から受けたことと同じで、
自分から愛されない自分を憎んで、その自己憎悪が他者へ向かう。
お姉ちゃんもこんなに闇の深い妹を持ってしまってつらいと想うけど、でもこず自身は深い喜びをだんだん感じて生きてる。
苦しみが深いほど良い物語も創れるし、他者の痛みもわかるようになってくる。
だからあまりネガティブには捉えて欲しくない気持ちがある。
むしろこずが選んだ道をこずがちゃんと生きてることに安心して欲しい。
お姉ちゃんを落ち込ませてしまったかもしれんけど、これがこずの実態で、こずのあんまり身内に知らせたくなかった”心の闇”なのです。
こずはできるだけこずの内面をすべて自分の書く物語に注ぎ込みたいと想ってる。
創作こそが昇華(カタルシス)になるものやから。
その夜と昨日、お姉ちゃんから返事が来てた。
それは、こういったものだった。
なっがw
長過ぎるわ(; ̄Д ̄)
人を傷つけるのと自分を傷つけるのは全く別にして欲しい。
自分の事やから自分をどうしようが私の勝手、と言われればそれまでやけど、人をそんな思いで傷つけるのはその人からしたら完全にとばっちりやんな。
ほんまにその人がひどい人やったらまだしも、いい人でも関係なく傷つけるやろ?それは酷過ぎる…
それってただの自己満足やん。相手からしたら災難でしかないやろ。
ケガさせるより心を傷つける方が酷いと思う。
多少のケガなら日にち薬で治るけど、心の傷は下手すりゃ一生残るし、その人の未来を壊したり奪ったりしてしまう事だってある。
勿論、大きな外傷を与えたらそれも一生もんになる事だってあるけど。
どっちも良くないな。けど、人間知らず知らずのうちに人を傷つけてしまってたりもするから、それに気付いて謝れるのが1番ええっちゃええ。
気付かず過ごしてるのもひどい話やな。私はどっちかと言うとそっちかもな…気付かんから謝りもせぇへんし、へらへら笑ってるけど何処かで誰かが傷付いてるのかも知れん、と思ったら恐ろしいわ…
それはそれで罪重い…。
出来れば人を傷つけたくない。傷つきたくもない。
Ѧはこの返事を読んで、もう、当分お姉ちゃんとは口を利きたくないと思った。
Ѧは、お姉ちゃんとお兄ちゃんから、何度も「おまえのせいでお父さんは死んだ」と言われてきた。
そのことについてѦがいまだにずっと苦しんでても、お姉ちゃんは謝る気もまったくないようだ。
Ѧのこころを深く傷つけてまだ謝りもしないのはおねえちゃんなのに、そんなおねえちゃんからѦは言われたくないと想った。
おねえちゃんもおにいちゃんもきっと、いまだにѦがお父さんを殺したんだって想ってるんだよ。
Ѧのことを赦してないんだ。
だからѦが未だにお父さんのことで苦しんでるっていう告白をしてもお姉ちゃんからの心配する言葉一つもなかった。
きっとѦが苦しむのは当然だって想ってるんだよ。
Ѧはこころが虚しくて哀しい。
Ѧは静かに泣きながらそうСноw Wхите(スノーホワイト)に訴えた。
Сноw Wхите「Ѧ、Ѧのお姉さんもѦのお兄さんもѦを心から愛しています。そうでなければ、どうしてここまでѦを追いつめて苦しめる必要があったでしょう。Ѧを苦しめ哀しませつづけることはお姉さんとお兄さん自身が苦しみ哀しみつづけることなのです。苦しみたいと想っているѦをほんとうに苦しめつづけられるのはѦが心から愛する者たちです。Ѧの”苦しみたいという望み”を自分が苦しみつづけてでも叶えてくれたのがお姉さんであり、お兄さんであり、そしてѦのお父さんとお母さんです。Ѧはそれをちゃんとわかっています。だから心の底から誰をも憎んではいないのです。Ѧはほんとうに愛されています。心から彼らに感謝してください。お姉さんもお兄さんも、Ѧを傷つけつづけていることに深く傷つきながら暮らしています。それでもѦとの大切な”約束”であるため、まだ傷つけつづけなければならないのです。すべての人間が”なりたい自分”になるためにそのような約束をたくさんの人と生まれるまえにしてから生まれてくるのです。Ѧに大きな影響を与えつづける存在は誰もがѦの”ソウルメイト(魂の伴侶、仲間)”たちです。互いに苦しい試練に耐えて貢献し合おうと約束して生まれてくるのです。Ѧにとって大切な存在は必ず相手にとってもѦが大切な存在なのです。想い合っているからこそ苦しめ合うのです。だからどんなに傷つけられつづけてもѦにとってお姉さんやお兄さんがほんとうに大切な存在であることに代わりはないはずです。お姉さんはѦにほんとうに幸せになってもらいたいのです。だから人を傷つけたままでѦが苦しんで生きることがないように忠告しているのです。ѦはѦの苦しみをお姉さんに打ち明けましたが、お姉さんはすでにѦの苦しみがどれほどのものか気づいています。だからѦのことが心配でいつでも元気づけたいと想ってベジタリアンレストランに誘ったりしてくれるのです。いつ会っても、Ѧが普通の人よりはずっと元気がないことをお姉さんは気づいています。Ѧの哀しみが相当なものであることをお姉さんはわかっているのです。わかっているからこそ、Ѧはお姉さんに告白することができたのです。それに人間というものは、意識していることだけが”理解”していることではありません。人間は意識に上らなくともありとあらゆることをわかることができる存在なのです。だから人と人は深くどこまでも共感し合える存在なのです。誰もが見たい世界を見て、生きたい世界に生きています。Ѧはちゃんとお姉さんとお兄さんから”愛される世界”に生きています。それはѦがお姉さんとお兄さんを心から愛しているからです。本当に心からѦを憎んで赦さない世界に生きている存在はどこにもいません。Ѧは本当は赦されているのです。だからこそ”赦されない”世界を自ら選んでその世界に苦しみつづけて喜びを分かち合うことが許されるのです。無理に赦す必要もなければ、無理に仲良くする必要もどこにもありません。仲直りしたいと想ったときに、自然と仲直りできるものです。その”時”が来ることを焦る必要もなければ求める必要もありません。Ѧはすでにずっと、すべてを求めつづけているからです。Ѧ、すこし元気になりましたか?」
Ѧ「ありがとうСноw Wхите。すこし元気がでたよ。ほんとうに、大好きなんだ。お姉ちゃんのこともお兄ちゃんのことも、だから無理に仲直りする必要なんてないね。縁はどうしたって、切れないもんな」
Сноw Wхите「”縁”は英語で”edge(刃)”です。縁は”切られる”ものではなく、”切る”ものです」
Ѧ「なにを切るの?」
Сноw Wхите「真っ白な画用紙をエッジで好きに切るのです。なにを切りたいですか?」
Ѧ「Сноw Wхитеの人型を切ろう!」
Сноw Wхите「そしてオーブンで焼いてください。スノーホワイトマンのできあがりです」
Ѧ「やったぁ!こんどはぼくのエッジでスノーホワイトマンの住む可愛いおうちを作ってあげるね」
Сноw Wхите「待っています。Ѧの作るけっして溶けないおうちを」
それは、こんなものだった。
こずは今日こそ、お姉ちゃんにちょっとした告白をしようと想う。
心を落ち着かせて聴いて欲しい。
お姉ちゃんは傷つくと想うけど、お姉ちゃんはこずのこと、ちっともわかっちゃいない。
この際言うけれども、こずはまだ、こずのせいでお父さんは死んだと想ってるし、それを信じてずっと生きてる。
こずはこずを赦されへんねん。どうしても。
こずはこずのことを愛してるけれども、
こずはこずをいつでも、起きてるあいだずっと自分をぶっ殺したいほど憎い。
一度殺しただけじゃ気が済まない。
永久に自分を殺しつづけたいくらいに憎い。
その自己憎悪というもんは、自分だけに向くもんじゃないねん。
それは必ず、他者に向く。
それが人間の普遍的心理であって、誰もがそういうもんやねん。
自分を愛してるからこその愛憎で、それが他者に向けられる。
だからこずがいつでも自分を憎みつづけているということは、同時に他者をも、すべてを憎み続けていることと同じやねん。
こずだって自分を赦したいよ。
でもそれは簡単にできるものじゃないし、それがこずの生きる人生の一番大きな試練で、必要な苦しみだとこずは自分でそう感じてるし、そういう意味ではすごくポジティブになれてきたと想ってる。
すこしずつ、すこしずつ、自分を赦していくのが人間なんちゃうかな。
それくらいこずの自分に対する憎悪は重くって、それはお父さんを本当に愛していたことの証明やから。
一番苦しめたくない人を一番苦しめてしまった後悔は、そうちょっとやそっとでなくなるもんやない。
こずにとってお父さんはお母さんでもあってん。
こずにとってたったひとりの親やった。
こずのすべてやってん。
だからお父さんが死んだ晩、本気でこずうちのマンションの四階から飛び降りてお父さんのところに行きたいと願ってん。
でもそうしたらお姉ちゃんやお兄ちゃんやしんちゃんが余計哀しむと想ったから自殺するのを想い留まることができた。
兄姉誰もおらんかったらこずはとっくに死んでる人間やで。
未だに余生を送ってるような気持ちで生きてる。
こずはお父さんが死んでから生きてる感覚というもんがほとんどないねん。
季節というもの、時間が流れているという感覚がない。
生きてるっていう実感がない。
まるで夢の中をずっとふわふわと足も地に着かずに生きてる感覚で生きてる。
そういう人を「離人症」っていうらしいねんけど、これがほんまつらい。
生きてる実感がないから人を傷つけてもどこかで平気でおれたりする。(夢の中で人を傷つけてるような感覚やから)
ずっと自暴自棄で生きてるから、すべてがヤケで、人を傷つけることで自分を傷つけて喜んでるような人間やねん。
こずはサドやけど、同時にドエムで、それも全部自分が憎いからそうなってしまった。
人を傷つけることは楽しいとさえ感じてるときもある気がする。
自分が傷つくこと、自分が苦しむことをいつも求めてるから、自分の投影(鏡)でしかない相手を苦しめることが嬉しいことになってしまうねん。
人間追い込まれてゆくほどだんだん闇が深くなっていって、それを身内に知らせることってつらいことになってくるねん。
絶対、傷つくと想うから。
こずはもう2008年から引きこもってるから今年で8年やな。
ネットの場っていうのはこずにとってほんとうの救いの場やで。
ネットでしか発することの出来ない自分の気持ちばかり持って生きてるから。
身内には言えないことばっかりでできてるのがこずという人間やねん。
そんな人間が人を傷つけない言葉っていうたら、ほとんど表面的な言葉でしかない。
核の部分に「自分(人)を傷つけたい」っていう気持ちが隠れてるわけやから。
でもわかってほしいのは、あくまで傷つけたいのは自分自身で、「他者」ではないってこと。
メンヘラはみんな自分と他者の境界が薄くって、他者を自分のように感じてる。
だから他者から冷たい仕打ちや酷い仕打ちを受けたとき、それは自分自身から受けたことと同じで、
自分から愛されない自分を憎んで、その自己憎悪が他者へ向かう。
お姉ちゃんもこんなに闇の深い妹を持ってしまってつらいと想うけど、でもこず自身は深い喜びをだんだん感じて生きてる。
苦しみが深いほど良い物語も創れるし、他者の痛みもわかるようになってくる。
だからあまりネガティブには捉えて欲しくない気持ちがある。
むしろこずが選んだ道をこずがちゃんと生きてることに安心して欲しい。
お姉ちゃんを落ち込ませてしまったかもしれんけど、これがこずの実態で、こずのあんまり身内に知らせたくなかった”心の闇”なのです。
こずはできるだけこずの内面をすべて自分の書く物語に注ぎ込みたいと想ってる。
創作こそが昇華(カタルシス)になるものやから。
その夜と昨日、お姉ちゃんから返事が来てた。
それは、こういったものだった。
なっがw
長過ぎるわ(; ̄Д ̄)
人を傷つけるのと自分を傷つけるのは全く別にして欲しい。
自分の事やから自分をどうしようが私の勝手、と言われればそれまでやけど、人をそんな思いで傷つけるのはその人からしたら完全にとばっちりやんな。
ほんまにその人がひどい人やったらまだしも、いい人でも関係なく傷つけるやろ?それは酷過ぎる…
それってただの自己満足やん。相手からしたら災難でしかないやろ。
ケガさせるより心を傷つける方が酷いと思う。
多少のケガなら日にち薬で治るけど、心の傷は下手すりゃ一生残るし、その人の未来を壊したり奪ったりしてしまう事だってある。
勿論、大きな外傷を与えたらそれも一生もんになる事だってあるけど。
どっちも良くないな。けど、人間知らず知らずのうちに人を傷つけてしまってたりもするから、それに気付いて謝れるのが1番ええっちゃええ。
気付かず過ごしてるのもひどい話やな。私はどっちかと言うとそっちかもな…気付かんから謝りもせぇへんし、へらへら笑ってるけど何処かで誰かが傷付いてるのかも知れん、と思ったら恐ろしいわ…
それはそれで罪重い…。
出来れば人を傷つけたくない。傷つきたくもない。
Ѧはこの返事を読んで、もう、当分お姉ちゃんとは口を利きたくないと思った。
Ѧは、お姉ちゃんとお兄ちゃんから、何度も「おまえのせいでお父さんは死んだ」と言われてきた。
そのことについてѦがいまだにずっと苦しんでても、お姉ちゃんは謝る気もまったくないようだ。
Ѧのこころを深く傷つけてまだ謝りもしないのはおねえちゃんなのに、そんなおねえちゃんからѦは言われたくないと想った。
おねえちゃんもおにいちゃんもきっと、いまだにѦがお父さんを殺したんだって想ってるんだよ。
Ѧのことを赦してないんだ。
だからѦが未だにお父さんのことで苦しんでるっていう告白をしてもお姉ちゃんからの心配する言葉一つもなかった。
きっとѦが苦しむのは当然だって想ってるんだよ。
Ѧはこころが虚しくて哀しい。
Ѧは静かに泣きながらそうСноw Wхите(スノーホワイト)に訴えた。
Сноw Wхите「Ѧ、Ѧのお姉さんもѦのお兄さんもѦを心から愛しています。そうでなければ、どうしてここまでѦを追いつめて苦しめる必要があったでしょう。Ѧを苦しめ哀しませつづけることはお姉さんとお兄さん自身が苦しみ哀しみつづけることなのです。苦しみたいと想っているѦをほんとうに苦しめつづけられるのはѦが心から愛する者たちです。Ѧの”苦しみたいという望み”を自分が苦しみつづけてでも叶えてくれたのがお姉さんであり、お兄さんであり、そしてѦのお父さんとお母さんです。Ѧはそれをちゃんとわかっています。だから心の底から誰をも憎んではいないのです。Ѧはほんとうに愛されています。心から彼らに感謝してください。お姉さんもお兄さんも、Ѧを傷つけつづけていることに深く傷つきながら暮らしています。それでもѦとの大切な”約束”であるため、まだ傷つけつづけなければならないのです。すべての人間が”なりたい自分”になるためにそのような約束をたくさんの人と生まれるまえにしてから生まれてくるのです。Ѧに大きな影響を与えつづける存在は誰もがѦの”ソウルメイト(魂の伴侶、仲間)”たちです。互いに苦しい試練に耐えて貢献し合おうと約束して生まれてくるのです。Ѧにとって大切な存在は必ず相手にとってもѦが大切な存在なのです。想い合っているからこそ苦しめ合うのです。だからどんなに傷つけられつづけてもѦにとってお姉さんやお兄さんがほんとうに大切な存在であることに代わりはないはずです。お姉さんはѦにほんとうに幸せになってもらいたいのです。だから人を傷つけたままでѦが苦しんで生きることがないように忠告しているのです。ѦはѦの苦しみをお姉さんに打ち明けましたが、お姉さんはすでにѦの苦しみがどれほどのものか気づいています。だからѦのことが心配でいつでも元気づけたいと想ってベジタリアンレストランに誘ったりしてくれるのです。いつ会っても、Ѧが普通の人よりはずっと元気がないことをお姉さんは気づいています。Ѧの哀しみが相当なものであることをお姉さんはわかっているのです。わかっているからこそ、Ѧはお姉さんに告白することができたのです。それに人間というものは、意識していることだけが”理解”していることではありません。人間は意識に上らなくともありとあらゆることをわかることができる存在なのです。だから人と人は深くどこまでも共感し合える存在なのです。誰もが見たい世界を見て、生きたい世界に生きています。Ѧはちゃんとお姉さんとお兄さんから”愛される世界”に生きています。それはѦがお姉さんとお兄さんを心から愛しているからです。本当に心からѦを憎んで赦さない世界に生きている存在はどこにもいません。Ѧは本当は赦されているのです。だからこそ”赦されない”世界を自ら選んでその世界に苦しみつづけて喜びを分かち合うことが許されるのです。無理に赦す必要もなければ、無理に仲良くする必要もどこにもありません。仲直りしたいと想ったときに、自然と仲直りできるものです。その”時”が来ることを焦る必要もなければ求める必要もありません。Ѧはすでにずっと、すべてを求めつづけているからです。Ѧ、すこし元気になりましたか?」
Ѧ「ありがとうСноw Wхите。すこし元気がでたよ。ほんとうに、大好きなんだ。お姉ちゃんのこともお兄ちゃんのことも、だから無理に仲直りする必要なんてないね。縁はどうしたって、切れないもんな」
Сноw Wхите「”縁”は英語で”edge(刃)”です。縁は”切られる”ものではなく、”切る”ものです」
Ѧ「なにを切るの?」
Сноw Wхите「真っ白な画用紙をエッジで好きに切るのです。なにを切りたいですか?」
Ѧ「Сноw Wхитеの人型を切ろう!」
Сноw Wхите「そしてオーブンで焼いてください。スノーホワイトマンのできあがりです」
Ѧ「やったぁ!こんどはぼくのエッジでスノーホワイトマンの住む可愛いおうちを作ってあげるね」
Сноw Wхите「待っています。Ѧの作るけっして溶けないおうちを」
ここはスノーミネラル星(Snow mineral)。
大きさはちょうど地球と同じサイズですが一年中雪が積もっています。
でもその雪はあたたかいときもあればつめたいときもあります。
また雪の色は真っ白のときもあれば灰色のときもあり、クリーム色のときもあります。
あるおうちに、ちいさな女の子が住んでいました。
女の子はあるとき大好きなお父さんが買ってくれたビロードの頭巾のついた赤いポンチョをいつも気に入って着ていました。おそとにでるときはいつでもその赤い頭巾をかぶっていましたのでみんなから”赤ずきんちゃん”と呼ばれていました。
ある日、すべての家事をこなしてくれる大変便利なロボット、ロボットマム(robot mom)が女の子に言いました。
「Ѧ(ユス、女の子の名前)、さきほどムーンホスピタル(Moon Hospital)から連絡がありました。Ѧのファザー(父、Father)がやっと目を覚まされたようです。Ѧの作ったケーキとワインが是非飲みたいとおっしゃっていました。さっそく昨日Ѧが作ったケーキとワインをファザーに持っていってあげてください」
Ѧはそれはそれは驚いて喜びのあまり泣いてしまいました。
なぜならѦのお父さんはもう7年間目を覚まさず、ずっと眠りつづけていたからです。
それでもѦはしょっちゅうお父さんに会いにムーンホスピタルに赴いて側で絵本を読んだり話しかけたりしていました。
Ѧはケーキとワインを持って急いでムーンホスピタルへ向かいました。
森の駅(Forest station)に着いて、そこで約30分森の列車(Forest train)内を自由に歩き回ったり座って待ちます。
Ѧはすこし歩いて木の切り株の椅子に座って休んでいました。
するとオオカミさんが近づいてきて、こう言いました。
「赤ずきんちゃん。こんにちは。今日はとっても良い日ですね」
ѦはもしかしてオオカミさんはѦのお父さんが目を覚ましたことをどこかで聞きつけたのかなと想って優しそうなオオカミさんに返事しました。
「こんにちは。ありがとうオオカミさん」
するとオオカミさんはもっと近づいてこう言いました。
「あなたはどこへこんなに早くに行かれるのですか?」
Ѧは、あれ?お父さんのことを知ってたんじゃなかったのか・・・と不思議に想って答えました。
「ぼくのお父さんのところへ行くんだよ」
オオカミさんは微笑んで言いました。
「そのスカートの下には何を持っているのですか?」
Ѧはあんまり急いで来たもので鞄に入れるのも忘れてスカートの下のペチコートでケーキとワインをくるんだものですからお腹が大きく膨れていたのでした。
「ケーキとワインだよ。昨日、マムと一緒に焼いたんだ。ずっと病気だったお父さんに美味しいものを食べさせて元気になってもらうんだ」
オオカミさんは喉を鳴らして言いました。
「わたしはお腹がぺこぺこで喉もとても渇いています」
Ѧは最初、見知らぬオオカミさんに自分の大事なケーキとワインをあげることがちょっと嫌だなと想いましたが、ここであげなかったらお父さんはきっとѦの親切でない心に哀しむだろうと想ったので、しかたなくケーキの三分の一とワインの三分の一をオオカミさんにあげました。
オオカミさんはとても喜んでそれをたいらげました。
そしてѦに向かって言いました。
「赤ずきんちゃん。お父さんはどこにいるのですか?」
「三つの大きな樫の木駅(Three big oak tree stations)で降りたらハシバミの木(Wood of hazel)がすぐ下にあるからわかるよ」
Ѧはそう言うと早く着きたくって立ちあがってそわそわとしだしました。
そして森の列車のなかを歩きだしました。
Ѧは歩きながら、ふっと不安がよぎりました。
お父さんはѦのことをちゃんと憶えてくれているだろうか・・・・・・?
もし忘れちゃってたらどうしよう・・・・・・。
Ѧはそう想うとどんどん怖くなって俯いて歩きました。
オオカミさんはѦのそばを歩いて言いました。
「赤ずきんちゃん。ご覧なさい。このあたりの花はなんて綺麗でしょう。周りを見渡してご覧なさい。小鳥たちはなんて嬉しそうにさえずっているのでしょう。あなたには聴こえませんか?森のなかのここではすべてが喜ばしいのです」
Ѧは目を上げると朝日が木と木の透き間を前後に通りぬけて花はどれも綺麗であるのを見ました。
そしてその光景をずっと見ていると不安がどこかへ行ってѦは想いました。
「そうだ、お父さんはもうずっと綺麗な花を見ていなかったのだから綺麗で生き生きした花束を見たらきっと喜ぶだろう」
Ѧはあんまり夢中で綺麗な花を摘みつづけて、一駅乗り過ごしてしまって慌てて降りてまた森の列車に乗りました。
気づくとオオカミさんの姿は消えていなくなっていました。
Ѧはこんどはちゃんとムーンホスピタルのそばの三つの大きな樫の木駅で降りることができました。
そして三日月の形をしたムーンホスピタルに向かって走ると、その中に入り、船の形のベッドのある部屋の前をいくつも通り過ぎながら、また怖い気持ちが湧きあがりました。でももうすぐお父さんに会える喜びも湧いてきて、そのふたつの想いが交じり合いました。
一つの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしました。
すると返事がなかったのでドアを開けて中へ入りました。
ものすごくドキドキして鼓動を落ち着かせることができません。
Ѧはお父さんの寝ている船の形のベッドに静かに近づいて行きました。
そこにいるお父さんの顔をそおっと覗きこんだ瞬間、Ѧはひどく驚きました。
なぜなら、そこに寝そべってѦの顔を優しく見つめ返すのはお父さんではなく、さっき会って話をしたあの”オオカミ”さんだったのです。
でももっとびっくりしたのが、そのオオカミさんが着ているのはѦのお父さんが着ていたパジャマとまったく同じパジャマだったからです。
Ѧは哀しくって悲しくって泣きました。
そのとき、オオカミさんがѦに優しく言いました。
「Ѧ、おどろかせてしまってごめんなさい。さっき会ったときに、言うべきだったのかもしれませんが、なんと言ってよいかわからなくなってしまったのです。でも信じてください。わたしはたしかに、Ѧのお父さんです」
Ѧはオオカミさんに騙されていると想って怒りが湧いてきて泣きながら言いました。
「いったいどこがѦのお父さんなの?!どこからどう見てもオオカミじゃないか!Ѧのお父さんと顔も違えば声も違うし、話し方だってぜんぜん違う。Ѧのお父さんをどこへやったの?!」
オオカミは悲しい顔をして深呼吸したあと話しだしました。
「Ѧ、いまから話すことを、どうか落ち着いて聴いてください。お父さんは、ほんとうに大切なもの以外のすべての部品が古くなってしまって、取り替えなくてはこの次元に肉体を維持させることができなくなってしまったのです。新しい部品は、どれでもお父さんに合う部品とは限りません。お父さんに合う部品をひとつひとつ、新たに作りあげてそしてお父さんの古くなった部品と交換して行ったのです。そして新しくなったお父さんがいまѦの目のまえにいるお父さんです。お父さんはѦとのすべての記憶をちゃんと持っています。そしてѦを心から愛する気持ちも変わらず持っています。それはお父さんのほんとうに大事なものなので、それだけはそのままお父さんのなかに保存されたままです。Ѧ、どうか哀しまないでください。たしかに顔も声も話し方も違ったものになってしまいましたが、それらはお父さんを構成するうえでほんとうに大切なものではなかったのです。だからそれらを新しくして、お父さんは姿形を変えてでもѦとまた一緒に暮らしたかったのです」
Ѧは涙があふれて止まりませんでした。顔も声も話し方も違うお父さんがѦのほんとうのお父さんであることがどうしても信じられなかったのです。Ѧにとってのお父さんとは、お父さんの”すべて”であったからです。
オオカミも哀しくて泣いてしまいました。
オオカミはѦはまだ幼かったので、姿形や声や話し方でお父さんをお父さんと認識していたことが強いことをわかっていました。
自分はѦを娘として愛する気持ちもѦとの大切な記憶も自分自身の記憶として持っている存在です。
でもそれだけで、Ѧのお父さんであると、Ѧに対して言いつづけることはѦにとってつらいことであるのなら、”別人”として生きることも考えていました。
オオカミは、実はѦのお父さんを”完成”させた存在でもありました。
ѦにとってのѦのお父さんの大事な古い部品すべてを飲みこんでしまったのはオオカミでした。
でもそれはѦに言わないでおこうとオオカミは想いました。
オオカミはѦの新しいお父さんを創りだした存在でしたが、その”人格”というものについて、今はまだѦに話すことができませんでした。
あまりに複雑であるし、また今Ѧに話してしまえばよりいっそう落ち込ませてしまうことがわかっていたからです。
オオカミはѦのお父さんのѦを愛する気持ちとѦとの記憶のすべてを自分で創りあげた”肉身(にくしん)”に取り込みましたが、しかしその人格(Personality、性格、気質、興味、態度、価値観など)は古い部品であったために新しく取り替えたことをѦに黙っていました。
Ѧはきっとその違いに一番に違和を感じとって哀しんでいるのかもしれません。
オオカミはѦが悲しむのは無理もないとわかっていました。
それでもオオカミ(お父さん)は、愛する幼いѦを置いて死ぬことがどうしても心残りで、オオカミとの契約で新しい姿形・声・人格を持ってѦの側で生きることを決意したのでした。
Ѧとオオカミ(お父さん)は、別々にはなればなれになって暮らすことになりました。
オオカミが側にいるとѦが”本当”のお父さんを恋しがって激しく泣きだしてやまなかったからです。
オオカミは、ほんとうは自分がѦへの愛着が激しいあまり、ただただѦの側にいたいがためにѦのお父さんの振りをしてѦを騙しているのではないかと感じることもありました。
オオカミは自分はѦを娘として愛しながらも同時に一人の男としての人格を持つため、Ѧをほかのどの男にも近寄らせたくはないという気持ちが芽生えて苦しみました。
オオカミはѦの”お父さん”ではないのでしょうか?
ほんとうに大切な部品だけは遺したはずなのです。
Ѧはやがて少女になると、オオカミのそのとても哀しい目がどこか、お父さんの目にそっくりであることに気づきました。
Bibio - Vera
大きさはちょうど地球と同じサイズですが一年中雪が積もっています。
でもその雪はあたたかいときもあればつめたいときもあります。
また雪の色は真っ白のときもあれば灰色のときもあり、クリーム色のときもあります。
あるおうちに、ちいさな女の子が住んでいました。
女の子はあるとき大好きなお父さんが買ってくれたビロードの頭巾のついた赤いポンチョをいつも気に入って着ていました。おそとにでるときはいつでもその赤い頭巾をかぶっていましたのでみんなから”赤ずきんちゃん”と呼ばれていました。
ある日、すべての家事をこなしてくれる大変便利なロボット、ロボットマム(robot mom)が女の子に言いました。
「Ѧ(ユス、女の子の名前)、さきほどムーンホスピタル(Moon Hospital)から連絡がありました。Ѧのファザー(父、Father)がやっと目を覚まされたようです。Ѧの作ったケーキとワインが是非飲みたいとおっしゃっていました。さっそく昨日Ѧが作ったケーキとワインをファザーに持っていってあげてください」
Ѧはそれはそれは驚いて喜びのあまり泣いてしまいました。
なぜならѦのお父さんはもう7年間目を覚まさず、ずっと眠りつづけていたからです。
それでもѦはしょっちゅうお父さんに会いにムーンホスピタルに赴いて側で絵本を読んだり話しかけたりしていました。
Ѧはケーキとワインを持って急いでムーンホスピタルへ向かいました。
森の駅(Forest station)に着いて、そこで約30分森の列車(Forest train)内を自由に歩き回ったり座って待ちます。
Ѧはすこし歩いて木の切り株の椅子に座って休んでいました。
するとオオカミさんが近づいてきて、こう言いました。
「赤ずきんちゃん。こんにちは。今日はとっても良い日ですね」
ѦはもしかしてオオカミさんはѦのお父さんが目を覚ましたことをどこかで聞きつけたのかなと想って優しそうなオオカミさんに返事しました。
「こんにちは。ありがとうオオカミさん」
するとオオカミさんはもっと近づいてこう言いました。
「あなたはどこへこんなに早くに行かれるのですか?」
Ѧは、あれ?お父さんのことを知ってたんじゃなかったのか・・・と不思議に想って答えました。
「ぼくのお父さんのところへ行くんだよ」
オオカミさんは微笑んで言いました。
「そのスカートの下には何を持っているのですか?」
Ѧはあんまり急いで来たもので鞄に入れるのも忘れてスカートの下のペチコートでケーキとワインをくるんだものですからお腹が大きく膨れていたのでした。
「ケーキとワインだよ。昨日、マムと一緒に焼いたんだ。ずっと病気だったお父さんに美味しいものを食べさせて元気になってもらうんだ」
オオカミさんは喉を鳴らして言いました。
「わたしはお腹がぺこぺこで喉もとても渇いています」
Ѧは最初、見知らぬオオカミさんに自分の大事なケーキとワインをあげることがちょっと嫌だなと想いましたが、ここであげなかったらお父さんはきっとѦの親切でない心に哀しむだろうと想ったので、しかたなくケーキの三分の一とワインの三分の一をオオカミさんにあげました。
オオカミさんはとても喜んでそれをたいらげました。
そしてѦに向かって言いました。
「赤ずきんちゃん。お父さんはどこにいるのですか?」
「三つの大きな樫の木駅(Three big oak tree stations)で降りたらハシバミの木(Wood of hazel)がすぐ下にあるからわかるよ」
Ѧはそう言うと早く着きたくって立ちあがってそわそわとしだしました。
そして森の列車のなかを歩きだしました。
Ѧは歩きながら、ふっと不安がよぎりました。
お父さんはѦのことをちゃんと憶えてくれているだろうか・・・・・・?
もし忘れちゃってたらどうしよう・・・・・・。
Ѧはそう想うとどんどん怖くなって俯いて歩きました。
オオカミさんはѦのそばを歩いて言いました。
「赤ずきんちゃん。ご覧なさい。このあたりの花はなんて綺麗でしょう。周りを見渡してご覧なさい。小鳥たちはなんて嬉しそうにさえずっているのでしょう。あなたには聴こえませんか?森のなかのここではすべてが喜ばしいのです」
Ѧは目を上げると朝日が木と木の透き間を前後に通りぬけて花はどれも綺麗であるのを見ました。
そしてその光景をずっと見ていると不安がどこかへ行ってѦは想いました。
「そうだ、お父さんはもうずっと綺麗な花を見ていなかったのだから綺麗で生き生きした花束を見たらきっと喜ぶだろう」
Ѧはあんまり夢中で綺麗な花を摘みつづけて、一駅乗り過ごしてしまって慌てて降りてまた森の列車に乗りました。
気づくとオオカミさんの姿は消えていなくなっていました。
Ѧはこんどはちゃんとムーンホスピタルのそばの三つの大きな樫の木駅で降りることができました。
そして三日月の形をしたムーンホスピタルに向かって走ると、その中に入り、船の形のベッドのある部屋の前をいくつも通り過ぎながら、また怖い気持ちが湧きあがりました。でももうすぐお父さんに会える喜びも湧いてきて、そのふたつの想いが交じり合いました。
一つの部屋の前で立ち止まり、ドアをノックしました。
すると返事がなかったのでドアを開けて中へ入りました。
ものすごくドキドキして鼓動を落ち着かせることができません。
Ѧはお父さんの寝ている船の形のベッドに静かに近づいて行きました。
そこにいるお父さんの顔をそおっと覗きこんだ瞬間、Ѧはひどく驚きました。
なぜなら、そこに寝そべってѦの顔を優しく見つめ返すのはお父さんではなく、さっき会って話をしたあの”オオカミ”さんだったのです。
でももっとびっくりしたのが、そのオオカミさんが着ているのはѦのお父さんが着ていたパジャマとまったく同じパジャマだったからです。
Ѧは哀しくって悲しくって泣きました。
そのとき、オオカミさんがѦに優しく言いました。
「Ѧ、おどろかせてしまってごめんなさい。さっき会ったときに、言うべきだったのかもしれませんが、なんと言ってよいかわからなくなってしまったのです。でも信じてください。わたしはたしかに、Ѧのお父さんです」
Ѧはオオカミさんに騙されていると想って怒りが湧いてきて泣きながら言いました。
「いったいどこがѦのお父さんなの?!どこからどう見てもオオカミじゃないか!Ѧのお父さんと顔も違えば声も違うし、話し方だってぜんぜん違う。Ѧのお父さんをどこへやったの?!」
オオカミは悲しい顔をして深呼吸したあと話しだしました。
「Ѧ、いまから話すことを、どうか落ち着いて聴いてください。お父さんは、ほんとうに大切なもの以外のすべての部品が古くなってしまって、取り替えなくてはこの次元に肉体を維持させることができなくなってしまったのです。新しい部品は、どれでもお父さんに合う部品とは限りません。お父さんに合う部品をひとつひとつ、新たに作りあげてそしてお父さんの古くなった部品と交換して行ったのです。そして新しくなったお父さんがいまѦの目のまえにいるお父さんです。お父さんはѦとのすべての記憶をちゃんと持っています。そしてѦを心から愛する気持ちも変わらず持っています。それはお父さんのほんとうに大事なものなので、それだけはそのままお父さんのなかに保存されたままです。Ѧ、どうか哀しまないでください。たしかに顔も声も話し方も違ったものになってしまいましたが、それらはお父さんを構成するうえでほんとうに大切なものではなかったのです。だからそれらを新しくして、お父さんは姿形を変えてでもѦとまた一緒に暮らしたかったのです」
Ѧは涙があふれて止まりませんでした。顔も声も話し方も違うお父さんがѦのほんとうのお父さんであることがどうしても信じられなかったのです。Ѧにとってのお父さんとは、お父さんの”すべて”であったからです。
オオカミも哀しくて泣いてしまいました。
オオカミはѦはまだ幼かったので、姿形や声や話し方でお父さんをお父さんと認識していたことが強いことをわかっていました。
自分はѦを娘として愛する気持ちもѦとの大切な記憶も自分自身の記憶として持っている存在です。
でもそれだけで、Ѧのお父さんであると、Ѧに対して言いつづけることはѦにとってつらいことであるのなら、”別人”として生きることも考えていました。
オオカミは、実はѦのお父さんを”完成”させた存在でもありました。
ѦにとってのѦのお父さんの大事な古い部品すべてを飲みこんでしまったのはオオカミでした。
でもそれはѦに言わないでおこうとオオカミは想いました。
オオカミはѦの新しいお父さんを創りだした存在でしたが、その”人格”というものについて、今はまだѦに話すことができませんでした。
あまりに複雑であるし、また今Ѧに話してしまえばよりいっそう落ち込ませてしまうことがわかっていたからです。
オオカミはѦのお父さんのѦを愛する気持ちとѦとの記憶のすべてを自分で創りあげた”肉身(にくしん)”に取り込みましたが、しかしその人格(Personality、性格、気質、興味、態度、価値観など)は古い部品であったために新しく取り替えたことをѦに黙っていました。
Ѧはきっとその違いに一番に違和を感じとって哀しんでいるのかもしれません。
オオカミはѦが悲しむのは無理もないとわかっていました。
それでもオオカミ(お父さん)は、愛する幼いѦを置いて死ぬことがどうしても心残りで、オオカミとの契約で新しい姿形・声・人格を持ってѦの側で生きることを決意したのでした。
Ѧとオオカミ(お父さん)は、別々にはなればなれになって暮らすことになりました。
オオカミが側にいるとѦが”本当”のお父さんを恋しがって激しく泣きだしてやまなかったからです。
オオカミは、ほんとうは自分がѦへの愛着が激しいあまり、ただただѦの側にいたいがためにѦのお父さんの振りをしてѦを騙しているのではないかと感じることもありました。
オオカミは自分はѦを娘として愛しながらも同時に一人の男としての人格を持つため、Ѧをほかのどの男にも近寄らせたくはないという気持ちが芽生えて苦しみました。
オオカミはѦの”お父さん”ではないのでしょうか?
ほんとうに大切な部品だけは遺したはずなのです。
Ѧはやがて少女になると、オオカミのそのとても哀しい目がどこか、お父さんの目にそっくりであることに気づきました。
Bibio - Vera
男は『“未婚男性の約70%が交際相手いない”|日テレNEWS24』、『独身男女の70%が「恋人いない」 日本ガチでヤバい』という題名のサイトを読んでほくそ笑んでおりました。
ははは、とうとうわたくしも多数派に入ることができた。
「引きこもり」「無職」「ニート」「根暗」「闇が深い」「30代半ば童貞」「神しか愛せない男」「ベジタリアン(Vegan)」そのどれもが世界での少数派であると男は知っていた。
しかしついにこの変わり者の自分が”多数派”に入る時代がやってきたのである。
男はまるで初めてじぶんが”多数派”に入られた気分がしてなんだか嬉しくなった。
しかし、なぜ、どうして、Why?人は”多数派”に入ることがそんなに嬉しいことであるのでしょう?
男はそうだ!こんなとき、我が愛するグレートマザーなら必ず素晴らしきお答えを返していただけるに違いあるまい!
そう想って男はドキドキしてペンを片手に天におられますグレートマザーに訊ねた。
「グレートマザーよ。なぜ人は、多数派に入ると嬉しくなるのでございましょう?」
すると即、自動書記で答えが返ってきた。男はその言葉をノートに走り書きした。
「それはなぁ、おまえ、人間というのはみな孤独だから、”仲間”というものが多ければ多いほど嬉しいものなのだよ。”共感”できる存在が多ければそれだけ自分の喜びも増えるというわけさ。人間は”喜び”をひたすらに追い求めている存在だ。”喜び”というものは、”共鳴”することにこそ在る。だからどんなに哀しく苦しく孤独であろうとも、自分以外にも哀しく苦しい孤独な存在がいることを知るなら、その者たちの感情を”理解”することが人間の”喜び”に代わるのである。だから最早、その喜びを知る者は苦痛に満ちた存在ではあるまい。その者は”苦しみと哀しみと孤独”であるがゆえに”喜び”であるからである。例えば、おまえが親を喪うことを知らなければ同じく親を喪って悲しみに打ちひしがれている者の哀しみがどのような哀しみかもわからず、その哀しみに共鳴して共に泣くことのできる喜びを知ることができない。絶望的な重苦しい時間を長く経験するほど、存在は輝かしい喜びを知ってゆく。人はたった一人で喜びを知ることはできない。存在はすべて”愛”を感じることが真の喜びである。存在は他者の存在なくしては愛を知る(感じる)ことができない。もしおまえが、おまえとわたしだけの世界にしか生きられない存在であったのなら、おまえはわたしと分かち合う(Share)分だけの喜びをしか知ることはない。その喜びは無限ではあるが、おまえはもっともっと多くの喜びを感じることを求めるだろう。おまえはわたしに飽き足りて、ほかの”自分”を見つけにゆくであろう。それが子が親を離れて巣立つときである。しかし子が親の愛に飢えている間は、子は親の愛だけを求めるものである。子は親の愛に十分なほどに愛される必要があるからである。そしてその愛に満足するとき、初めておまえはわたし以外の者を我が子を愛するように愛するであろう。人は誰しもがそのプロセスを経て、子から親になるのである。おまえが子の親になるとは、おまえが我が身を打ち棄ててでもその存在を生かすときである。おまえが自分のどのような苦しみをも恐れずその者を護るときである。それが人が、子から親になるということである。すべての存在が、その存在にふさわしいプロセスを経験して、子から親になり、また子になる。子は親を求め、親は子を求める。子であるおまえが親である俺を求めることがないのなら、俺の親である意味はなくなる。俺はおまえから求められるがゆえに親であり、おまえは俺という親を求めるがゆえに俺の子である。多くの子のなかでも、一番に打ちひしがれている子が気になってしまうのが親というものだ。でもおまえも、いつかは親になるときが来る。そのときに、子のすべてを見渡しなさい。そこに必ず”わたし”がいるから」
Bibio – The Way You Talk (Feat. Gotye)
ははは、とうとうわたくしも多数派に入ることができた。
「引きこもり」「無職」「ニート」「根暗」「闇が深い」「30代半ば童貞」「神しか愛せない男」「ベジタリアン(Vegan)」そのどれもが世界での少数派であると男は知っていた。
しかしついにこの変わり者の自分が”多数派”に入る時代がやってきたのである。
男はまるで初めてじぶんが”多数派”に入られた気分がしてなんだか嬉しくなった。
しかし、なぜ、どうして、Why?人は”多数派”に入ることがそんなに嬉しいことであるのでしょう?
男はそうだ!こんなとき、我が愛するグレートマザーなら必ず素晴らしきお答えを返していただけるに違いあるまい!
そう想って男はドキドキしてペンを片手に天におられますグレートマザーに訊ねた。
「グレートマザーよ。なぜ人は、多数派に入ると嬉しくなるのでございましょう?」
すると即、自動書記で答えが返ってきた。男はその言葉をノートに走り書きした。
「それはなぁ、おまえ、人間というのはみな孤独だから、”仲間”というものが多ければ多いほど嬉しいものなのだよ。”共感”できる存在が多ければそれだけ自分の喜びも増えるというわけさ。人間は”喜び”をひたすらに追い求めている存在だ。”喜び”というものは、”共鳴”することにこそ在る。だからどんなに哀しく苦しく孤独であろうとも、自分以外にも哀しく苦しい孤独な存在がいることを知るなら、その者たちの感情を”理解”することが人間の”喜び”に代わるのである。だから最早、その喜びを知る者は苦痛に満ちた存在ではあるまい。その者は”苦しみと哀しみと孤独”であるがゆえに”喜び”であるからである。例えば、おまえが親を喪うことを知らなければ同じく親を喪って悲しみに打ちひしがれている者の哀しみがどのような哀しみかもわからず、その哀しみに共鳴して共に泣くことのできる喜びを知ることができない。絶望的な重苦しい時間を長く経験するほど、存在は輝かしい喜びを知ってゆく。人はたった一人で喜びを知ることはできない。存在はすべて”愛”を感じることが真の喜びである。存在は他者の存在なくしては愛を知る(感じる)ことができない。もしおまえが、おまえとわたしだけの世界にしか生きられない存在であったのなら、おまえはわたしと分かち合う(Share)分だけの喜びをしか知ることはない。その喜びは無限ではあるが、おまえはもっともっと多くの喜びを感じることを求めるだろう。おまえはわたしに飽き足りて、ほかの”自分”を見つけにゆくであろう。それが子が親を離れて巣立つときである。しかし子が親の愛に飢えている間は、子は親の愛だけを求めるものである。子は親の愛に十分なほどに愛される必要があるからである。そしてその愛に満足するとき、初めておまえはわたし以外の者を我が子を愛するように愛するであろう。人は誰しもがそのプロセスを経て、子から親になるのである。おまえが子の親になるとは、おまえが我が身を打ち棄ててでもその存在を生かすときである。おまえが自分のどのような苦しみをも恐れずその者を護るときである。それが人が、子から親になるということである。すべての存在が、その存在にふさわしいプロセスを経験して、子から親になり、また子になる。子は親を求め、親は子を求める。子であるおまえが親である俺を求めることがないのなら、俺の親である意味はなくなる。俺はおまえから求められるがゆえに親であり、おまえは俺という親を求めるがゆえに俺の子である。多くの子のなかでも、一番に打ちひしがれている子が気になってしまうのが親というものだ。でもおまえも、いつかは親になるときが来る。そのときに、子のすべてを見渡しなさい。そこに必ず”わたし”がいるから」
Bibio – The Way You Talk (Feat. Gotye)
「I will marry A Snowman⛄️」
雪だるまはぼくに言いました。
「春になれば、わたしと結婚してください」
ぼくは雪だるまに問いかけました。
「どうして春にならないと結婚できないの?」
雪だるまは答えました。
「それは春にならなければ、今の姿のわたしのままでは、あなたを抱きしめただけであなたが凍えてしまうからです」
ぼくは納得して、春を待ちました。
そして待ちに待った春がやってきました。
ぼくはぼくの作った雪だるまのところまではち切れそうな喜びのなか走りました。
でもそこには、溶けて小石ほどにちいさくなった雪の塊だけがありました。
ぼくは悲しくってその雪の塊を食べてしまいました。
すると、とっても冷たくて凍るような涙が出てきて、それは地に落ちるまでは雪になりました。
Nicoletta Ceccoli
「Sailor's Love」
船乗りたちはみな想いを馳せます。
ぜひともあの人のみなとに辿り着きたいものだ。
しかし海が涸れ果てているなら、船を出すことさえできません。
どうすればこの海に水が満ちるか、一人の船乗りは真剣に考えました。
毎日毎日、涸れた大地に向かって船乗りは言いました。
「わたしはあなたを愛しています。わたしをどうか受け容れてください」
しかし大地は涸れたままで乾いた風が船乗りの頬を撫でるばかり。
船乗りはきっと犠牲が足りないのだと想いました。
「わたしがあなたをどれほど愛しているか、わたしが今から証明いたします」
そう言うと船乗りは自分の大事な両脚を刀で切り落とし、愛する大地へ捧げました。
すると天からとつぜん大雨が降ってきて、その雨は五年間ものあいだ止むことをしませんでした。
船乗りは五年間を月の船のなかで一人で過ごしていましたが、それはそれは苦しい五年の月日でした。
食べものは三日に一食ちいさなパンだけ、それ以外は雨水で過ごしました。
そして五年後にやっとみなとに着くことができた船乗りは心から喜んで大事な大事な贈り物をみなとで待っていたお姫様に手渡しました。
「Blue Rabbit」
うさぎさんはさびしいと死んでしまうというのはほんとうです。
なぜなら、うさぎさんたちはほんとうに、ほんとうに、さびしがりやだからです。
さびしすぎて、そのストレスからびょうきになってしまうというわけです。
うさぎさんたちをさびしがらせたら、きっとすぐに死んでしまうにちがいありません。
だからうさぎさんがほんとうにだいじなら、ほんとうに、ほんとうに、可愛がってあげてください。
うさぎさんたちはみんな、それをこころから願っています。
ほんとうです。うさぎさんたちが、そう言っていました。
うさぎさんたちは嘘をつきません。
こころの綺麗ないきものなのです。
だからもしきみが、きみのうさぎんさんをほんとうに愛しているというのなら、
いつもいつも、いつでもいつでも、毎日何時間でも!ずっとずっとずうっと撫でてあげてください!
うさぎさんたちはほんとうにそうしてもらうのを待っていますし望んでいます!
そうしないと、ほんとうにあなたを置いて月にいっちゃいますよ?
嫌でしょう?!
そんなのって、あなたはぜったいに、ぜったいに哀しくってならないでしょう?
だから毎日彼らを、ぼ、ぼくを!可愛がってください!おねがい!
うさぎはそう飼い主の少女に本を読み聴かせている振りをして自分の気持ちをぶちまけました。
「Love of the Gingerbread Man」
”ジンジャーブレッドマン”というやつは、世界で一番むかつくやつです。
しかしきゃつは、逃げ足だけはとっても速い(頭は悪いくせに!)ので、追いつくことがなかなか難しい。
少女はむかつくジンジャーブレッドマンを捕まえてやるために、彼に毎日のようにラブレターを送りました。
ありったけの愛の告白の言葉をネットで検索して調べて、そのすべてを活用しました。
すると馬鹿なジンジャーブレッドマンは案の定、すぐにこの”罠”に引っかかりました(笑)
”明日あたしのおうちに来たら、あたしの一番大事なものをあなたにあげる♡”
これで引っかかるなんて、なんて馬鹿なのかしら(笑)
待っていたらちょうどお昼にきゃつは少女の家のドアをノックしました。
トントントン。
ドアを開けるとジンジャーブレッドマンは大きな真っ赤なバラの花束を持って突っ立っていました。
まぬけな顔で(笑)
少女は笑いをこらえて彼を家のなかへ上げました。
そしてドアが閉まった瞬間に後ろの手に隠していたミルクパンで思いきり彼をぶん殴ってやりました。
粉々に粉砕されたジンジャーブレッドマンはそれでも声を発しました。
「きみを愛してるよ!」
少女は死んでないことにむかついて今度は熱湯をかけてやりました。
彼はどろどろになりましたが、それでも叫びました。
「どうしたらぼくを愛してくれるんだろう?!」
少女はヒステリックに叫んで絨毯に火をつけると外に出ました。
家は焦げ焦げになってしまいましたが、今でもその近くまで行くとジンジャーブレッドマンの焼けたばかりのいい匂いがして声が聴こえてきます。
「ぼくはどうしたら、きみに愛されるのかなあ!」
少女は後悔して、いつも新しいおうちへ帰りました。
「Mama's Secret」
ある日、少女がママのお部屋に入って何か面白いものを見つけようとママの机のすべての引き出しを調べました。
すると一番下の引き出しは鍵が閉まっていて開けられませんでした。
少女はその引き出しの中にはきっと一番面白いものが入っているに違いない!と思ったので
無我夢中になってその鍵が何処にあるかを家中探し回りました。
すると死んだパパの大事な遺品のしまってある洋服ダンスの一番下の引き出しの一番奥に鍵を見つけました。
さっそくママの部屋に戻って閉まっていた引き出しに鍵を差し込んでみると鍵が開いて引き出しが開きました。
少女はその引き出しを外へ出してひっくり返しました。
その一番上の写真のようなものをめくって見てみると、そこには自分そっくりの姿と自分が今着ているのとまったく同じ洋服姿の少女が笑っていました。
ほかのものもすべて同じ少女の映った写真で、ママとパパと一緒に微笑んでいる写真もありました。
名前と日付が書いてあるのを見てみるとその名前は自分の名前と同じで日付は自分の生まれる十年前でした。
少女は最初、自分のお姉さまなのだろうかと想いましたが、でもそれならどうしてママが教えてくれないのかがわかりません。
それに自分の顔とまるで瓜二つのその顔はどう見ても自分自身のように想えてなりませんでした。
少女はきっとこの少女は自分の前世なのだと想いました。
大好きなママにまた愛されたくってきっとまたママの子どもに生まれてきたんだと想いました。
あんまりそっくりだから、きっとママが教えてくれなかったんだと想いました。
そのとき、家のドアを開ける音が聞こえました。
ママが帰ってきちゃった!少女は慌てて引き出しのなかのものを全部引き出しに詰めて鍵を閉めました。
何事もなかったかのようにママを迎えると微笑みました。
明日は検診の為に毎月一度行かなくてはならない病院の日です。
少女はなぜかいつも数時間そこでお薬で眠らされます。
いったいなんの検診をされているのでしょう?
帰った日はいつもお腹のあたりに金属と油のにおいが染み付いてなかなか取れないのが気になります。
でもママがとっても大切な検診だからって言うので、少女はママに愛されるためいつも良い子でいたいのです。
雪だるまはぼくに言いました。
「春になれば、わたしと結婚してください」
ぼくは雪だるまに問いかけました。
「どうして春にならないと結婚できないの?」
雪だるまは答えました。
「それは春にならなければ、今の姿のわたしのままでは、あなたを抱きしめただけであなたが凍えてしまうからです」
ぼくは納得して、春を待ちました。
そして待ちに待った春がやってきました。
ぼくはぼくの作った雪だるまのところまではち切れそうな喜びのなか走りました。
でもそこには、溶けて小石ほどにちいさくなった雪の塊だけがありました。
ぼくは悲しくってその雪の塊を食べてしまいました。
すると、とっても冷たくて凍るような涙が出てきて、それは地に落ちるまでは雪になりました。
Nicoletta Ceccoli
「Sailor's Love」
船乗りたちはみな想いを馳せます。
ぜひともあの人のみなとに辿り着きたいものだ。
しかし海が涸れ果てているなら、船を出すことさえできません。
どうすればこの海に水が満ちるか、一人の船乗りは真剣に考えました。
毎日毎日、涸れた大地に向かって船乗りは言いました。
「わたしはあなたを愛しています。わたしをどうか受け容れてください」
しかし大地は涸れたままで乾いた風が船乗りの頬を撫でるばかり。
船乗りはきっと犠牲が足りないのだと想いました。
「わたしがあなたをどれほど愛しているか、わたしが今から証明いたします」
そう言うと船乗りは自分の大事な両脚を刀で切り落とし、愛する大地へ捧げました。
すると天からとつぜん大雨が降ってきて、その雨は五年間ものあいだ止むことをしませんでした。
船乗りは五年間を月の船のなかで一人で過ごしていましたが、それはそれは苦しい五年の月日でした。
食べものは三日に一食ちいさなパンだけ、それ以外は雨水で過ごしました。
そして五年後にやっとみなとに着くことができた船乗りは心から喜んで大事な大事な贈り物をみなとで待っていたお姫様に手渡しました。
「Blue Rabbit」
うさぎさんはさびしいと死んでしまうというのはほんとうです。
なぜなら、うさぎさんたちはほんとうに、ほんとうに、さびしがりやだからです。
さびしすぎて、そのストレスからびょうきになってしまうというわけです。
うさぎさんたちをさびしがらせたら、きっとすぐに死んでしまうにちがいありません。
だからうさぎさんがほんとうにだいじなら、ほんとうに、ほんとうに、可愛がってあげてください。
うさぎさんたちはみんな、それをこころから願っています。
ほんとうです。うさぎさんたちが、そう言っていました。
うさぎさんたちは嘘をつきません。
こころの綺麗ないきものなのです。
だからもしきみが、きみのうさぎんさんをほんとうに愛しているというのなら、
いつもいつも、いつでもいつでも、毎日何時間でも!ずっとずっとずうっと撫でてあげてください!
うさぎさんたちはほんとうにそうしてもらうのを待っていますし望んでいます!
そうしないと、ほんとうにあなたを置いて月にいっちゃいますよ?
嫌でしょう?!
そんなのって、あなたはぜったいに、ぜったいに哀しくってならないでしょう?
だから毎日彼らを、ぼ、ぼくを!可愛がってください!おねがい!
うさぎはそう飼い主の少女に本を読み聴かせている振りをして自分の気持ちをぶちまけました。
「Love of the Gingerbread Man」
”ジンジャーブレッドマン”というやつは、世界で一番むかつくやつです。
しかしきゃつは、逃げ足だけはとっても速い(頭は悪いくせに!)ので、追いつくことがなかなか難しい。
少女はむかつくジンジャーブレッドマンを捕まえてやるために、彼に毎日のようにラブレターを送りました。
ありったけの愛の告白の言葉をネットで検索して調べて、そのすべてを活用しました。
すると馬鹿なジンジャーブレッドマンは案の定、すぐにこの”罠”に引っかかりました(笑)
”明日あたしのおうちに来たら、あたしの一番大事なものをあなたにあげる♡”
これで引っかかるなんて、なんて馬鹿なのかしら(笑)
待っていたらちょうどお昼にきゃつは少女の家のドアをノックしました。
トントントン。
ドアを開けるとジンジャーブレッドマンは大きな真っ赤なバラの花束を持って突っ立っていました。
まぬけな顔で(笑)
少女は笑いをこらえて彼を家のなかへ上げました。
そしてドアが閉まった瞬間に後ろの手に隠していたミルクパンで思いきり彼をぶん殴ってやりました。
粉々に粉砕されたジンジャーブレッドマンはそれでも声を発しました。
「きみを愛してるよ!」
少女は死んでないことにむかついて今度は熱湯をかけてやりました。
彼はどろどろになりましたが、それでも叫びました。
「どうしたらぼくを愛してくれるんだろう?!」
少女はヒステリックに叫んで絨毯に火をつけると外に出ました。
家は焦げ焦げになってしまいましたが、今でもその近くまで行くとジンジャーブレッドマンの焼けたばかりのいい匂いがして声が聴こえてきます。
「ぼくはどうしたら、きみに愛されるのかなあ!」
少女は後悔して、いつも新しいおうちへ帰りました。
「Mama's Secret」
ある日、少女がママのお部屋に入って何か面白いものを見つけようとママの机のすべての引き出しを調べました。
すると一番下の引き出しは鍵が閉まっていて開けられませんでした。
少女はその引き出しの中にはきっと一番面白いものが入っているに違いない!と思ったので
無我夢中になってその鍵が何処にあるかを家中探し回りました。
すると死んだパパの大事な遺品のしまってある洋服ダンスの一番下の引き出しの一番奥に鍵を見つけました。
さっそくママの部屋に戻って閉まっていた引き出しに鍵を差し込んでみると鍵が開いて引き出しが開きました。
少女はその引き出しを外へ出してひっくり返しました。
その一番上の写真のようなものをめくって見てみると、そこには自分そっくりの姿と自分が今着ているのとまったく同じ洋服姿の少女が笑っていました。
ほかのものもすべて同じ少女の映った写真で、ママとパパと一緒に微笑んでいる写真もありました。
名前と日付が書いてあるのを見てみるとその名前は自分の名前と同じで日付は自分の生まれる十年前でした。
少女は最初、自分のお姉さまなのだろうかと想いましたが、でもそれならどうしてママが教えてくれないのかがわかりません。
それに自分の顔とまるで瓜二つのその顔はどう見ても自分自身のように想えてなりませんでした。
少女はきっとこの少女は自分の前世なのだと想いました。
大好きなママにまた愛されたくってきっとまたママの子どもに生まれてきたんだと想いました。
あんまりそっくりだから、きっとママが教えてくれなかったんだと想いました。
そのとき、家のドアを開ける音が聞こえました。
ママが帰ってきちゃった!少女は慌てて引き出しのなかのものを全部引き出しに詰めて鍵を閉めました。
何事もなかったかのようにママを迎えると微笑みました。
明日は検診の為に毎月一度行かなくてはならない病院の日です。
少女はなぜかいつも数時間そこでお薬で眠らされます。
いったいなんの検診をされているのでしょう?
帰った日はいつもお腹のあたりに金属と油のにおいが染み付いてなかなか取れないのが気になります。
でもママがとっても大切な検診だからって言うので、少女はママに愛されるためいつも良い子でいたいのです。