あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第八十六章

2021-11-18 19:44:02 | 随筆(小説)
滅びの海に生まれた、光と闇の牡牛、エホバ。

白い海の向こうには、紅い砂漠がつづいていて、人々は朽ち果て、そこにただ独り、遺る人を想うこともなかった。
地には血の雨が、三年と六ヶ月降りつづけていた。
深い谷の川のほとりの洞窟で、エリヤは目覚めた。
涸れつづけていた川に、水の音を聴いた。
その日から、決まって黒い渡り烏(ワタリガラス)がパンと肉を彼のもとへ運んできたが、それはどちらも人の肉(死体)であった。
エリヤは、渡り烏に言った。
「わたしは最早、人の肉を食べたくはない。これまでは眠りのなかにいて、それがわたしの肉であると想っていたが、わたしは今目覚めたのであり、それをもう必要とはしなくなったからである。だから何かほかの食べ物を運んで来るように。」
渡り烏は一声ちいさく鳴くと、何も言わずに空に飛んで行った。
エリヤは目の前に棄てられた、人の肉から目を背けて空を見上げた。
のどかなほかになにもない縹色の空であった。
エリヤは澄んだ川を流れる水を眺めながら懐いだしていた。
エリヤは、地に雨も露も降らないようにと祈った。
するとどうだろう。
見よ、すべての地に三年と六ヶ月ものあいだ、一滴の露も雨も降らなかった。
その代わりに、地には真っ赤な血の雨がそのあいだ止むことなく降り続けた。
人々は互いに身を切り裂き、その血を水の代わりに飲み、その肉をパンの代わりに食べようとしたからである。
風はなく、なんのざわめきの音も聞こえないほど静かな午後だったが、エリヤは神の声を聴いたような気がした。
神はエリヤに言った。わたしを待つ者が、そこにいて、その者にわたしに人の肉以外の食べ物を与えさせる。だからそこに滞在するようにと神はエリヤに命じられた。
エリヤは早速、この暗い洞窟をあとにして出発し、その町へ向かった。
多分、十日以上歩いて、やっと町の入り口へ彼は着いた。
彼は喉が非常に渇いていたので、荒れた地で、ちょうど薪を拾っていた女に声を掛けた。
「わたしにどうか水を飲ませてください。」
彼女は、驚いて振り返りエリヤを見た。
その表情は困惑と悲しみに満ちており、彼女は痩せ細った痛々しい身体を翻し、水を取りに行こうとした。
エリヤは彼女の背中に呼び掛け、言った。
「どうかパンも分けてください。」
すると彼女は振り返り、涙を流して言った。
「あなたは生きている神、あなたの神エホバに懸けて言います。もう、わたしたちは終りです。あと一握りの麦粉と、少しの油で最後のパンを作り、わたしとわたしの愛する息子はそれを食べて死ぬだけなのです。」
エリヤは、このとき、絶望した。
悲しい顔でエリヤと女は見つめ合うなか、彼は想った。
わたしはどれほどの命を殺してきたか知らない。神はわたしを大量殺戮者として生を与え、最後に出会った女とその子が飢えて死にゆくのを見つめろというのか。
エリヤは、悲しみのあまり血が滲み出るほどに歯を食い縛った。
そして、神に向かって心の裡に叫んだ。
神よ、あなたの御心が叶うならば、どうかわたしの願いを叶え給え…!
そのときであった。一羽の、大きな美しい虹色に光る黒い渡り烏がエリヤと女の間の地上に降り立ち、咥えていた血の滴る大きな鮮やかな赤い肉の塊を地に放おった。
そして大きく一声鳴くとまた空へ飛び立った。
女はまるで救われたような安堵の目で、一心にその肉を見つめていた。
エリヤは、女に言った。
「あなたはそれを食べてはならない。それを食べればあなたはどんな奇跡を行うこともできれば不死の魂を手に入れることもできるが、その代償に、あなたは愛する自分自身と、愛する誰かを喪う。それは永遠に喪いつづけ、最早、あなたにそれは戻らない。」
しかし女は素早くその肉を手に持つと、薪で火を熾して焼いて息子と共に食べ尽くした。
エリヤは、飢えの苦痛のなかに、その光景を地獄を見つめるようにぼんやりと眺めていた。
自分が永遠に生きつづけることを知っていたエリヤは、もう少し楽な世界に生きたいと願った。
この地上に、残されているものとはなんだろうか。
わたしのすべての警告は、塵のように虚しい。
わたしの人類への愛は、暗黒の雲に覆われ、人もわたしも最早見えない。
わたしは彼女を何よりも愛していたが、彼女の息子を同等に愛することはできなかった。
女は、エリヤを愛してはいたが、息子ほどに愛してはいなかった。
エリヤの胸に抱かれて女が眠る夜、そのときだけの彼の至福の歓びは、女と共鳴し合う日は来なかった。
神の力をみずから棄て去ったエリヤに対して、女は自分たちと同じような人であると感じていた。
だが、同時に“人ではない”ものをエリヤに感じていた。
“人ではないもの”を、エリヤは彼女の息子に対して感じていた。
それは最初から、“異形の者”だったのである。
だが人は、己れの鏡を通してでしか、相手を見ることはできない。
女の腹を孕ませたのは、人ではなく、鬼と獣の一体となった者。
エリヤは、心の底で望んでいた。
彼女の息子が、此処を去るか、死ぬことを。
エリヤは、自分の未来を想いだしている。
わたしはやがて女を愛する。
堪らないほどの彼女への愛がわたしを襲いつづけるようになり、わたしは悲しみのなかに、その愛に満たされていた。
女は、ある雨の朝、エリヤの腕のなかで目覚めると不安な顔で彼にこう言った。
「あなたは、わたしに悦びを押し付けています。あなたは、いつも此処にいて、わたしが自分を開いて悦びを享受することを待っているのです。あなたは、いつもわたしにこう言います。"求めつづけなさい。貴女が真に求めつづけるものはすべて、まさしく貴女に与えられます。"そして、あなたはわたしにこうも言いました。"あなたは真の幸福に値する"」
エリヤはいつも、女が自分を見つめるとき、いつでも自分を通って彼女の息子の姿を見つめていることを知っていた。
そして女は、ある日わたしに言う。
女は、あの日、息子の亡骸のまえで蒼い亡者のような顔を涙で濡らしてエリヤに向かって血を吐くように言った。
「わたしは、やっと気づいた。あなたは、死の神だった。あなたが、わたしの息子から魂を抜き取り、戻れない場所へと連れ去った。あなたは、わたしの罪をわたしに思い起こさせ、わたしの最も愛する息子を殺す為に来た。わたしの積みつづけた実、その罪を無残に刈り取る、あなたは死の神だった。」
エリヤは、すべてが終りを迎えることをわかりながら、女に言った。
「あなたの息子をわたしに渡しなさい。」
それで、エリヤは彼女の息子の亡骸を彼女の目に見えない暗い場所へと連れてゆき、そこでその亡骸にみずから呪(まじな)いを唱えながら三度身を重ねると、彼女の処に降りて行って、言った。
「見なさい。あなたの子は生きている。神が、あなたの願いを聴き入れたのです。」
女はエリヤに言った。
「あなたは真に生と死の神。あなたの言葉のすべては真実です。」
彼女の息子は果たして、死のなかに、甦った。(それは人の様相でもなかった。)
彼女の息子が、彼女を此処から連れ去った。
これ以上、死が、死で在りつづけることさえできない場所へ。
エリヤは、永く共に暮らした、何よりも愛する女に別れを告げ、その地を独り去った。
闇の雨が、赤い地に当たり、白々と、骨の砂が谷底で光っていた。
人々は巨大な牛頭人身の神を崇拝し、生贄に我が愛する子を捧げて祈っていた。
何を祈っていたのだろうか。
それは此の世に“悪”が、永続することである。
生命の地獄と拷問と絶叫の黒い血の海のなかで、終りなく、歓喜しつづけられることを、彼らは祈りつづけていた。
そして何よりも、信じていた。神が自分の愛する者を生きたまま焼き殺し、それを我がものとすることで、わたしたちは赦されつづけ、わたしたちは救われる。
神は彼らに言う。その黒い血の海のなかの赤い実を、わたしのなかで実らせる。
さあ、お前の最も愛する者を、月も星もない夜にその海辺へ横たわらせ、お前の剣を、その者の心臓に突き立てよ。
お前は、真の自由を手にし、永遠に生きることも、永遠に死ぬことも許される。
いつ目覚めようとも、愛する者がお前の処にいて、お前だけを限りなく、愛しつづける。
お前に、この宇宙のすべてを与える。
すべてはお前のなかに在り、お前の外には何も、何もない。
お前は最早、この夢から目覚める日は来ない。
エリヤはこの地上でたったひとつ残された山の頂上に登り、地に跪き、慟哭する。
今、エリヤの愛するたった一人の女は、生きてもおらず、死んでもおらず、光を喪った闇のなかで、愛する息子の亡骸と幸福に暮らしつづけている。
エリヤは、漆黒の夜に自分の膝のあいだに顔を深くうずめ、産みの苦しみのなか、神に祈る。
「見よ。これはあなたの息子。貴女が産み堕とし、わたしが殺した“わたし”。わたしのたった一人の愛する娘のあなたの息。」
エリヤはそれを、七度繰り返す。その瞬間、天は黄金に光り輝き、彼の周りの果てなき海がすべてに渡って反射し、高く立ち昇る。
彼は海を見下ろし、預言する。
必ず、最後のときに、わたしはこの海に戻ることを。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 David Sylvian - Before the Bullfight
 



















愛と悪 第八十五章

2021-11-14 23:21:33 | 随筆(小説)
死をも覆い、包み込んでくださる闇、エホバ。

こんなことになることがわかっていたなら、
ぼくはあんな言葉を彼女に吐かなかった。
ぼくの言葉が彼女を殺した。
この世界でぼくが最も愛する女性を。

だれかが手を差し伸べる。
打ち拉がれたぼくはその手を掴む。

ぼくは手を洗い、洗ったあとのその手を見た。
ぼくはその愛おしい手を見た。
彼女の手だ。
彼女が喪った、その手だ。

深夜の路上で冷たい雨に打たれ、胎児のように身を丸めて眠るぼくに、
だれかが手を差し伸べる。
あまりの寒さと寂しさに、ぼくはその手を掴む。
ぼくは頭にあたたかい水を注がれる。
闇のなかでぼくはぼくを見つめている。
とても悲しそうな顔で。
彼女は闇のなかでぼくを見つめる。
とても心配そうな顔で。
彼女はぼくにあたたかい手を差し伸べる。
ぼくは闇のなかに凍えながらその手を見る。
ぼくの手だ。
ぼくが喪った、この手だ。
ぼくが殺してしまった彼女の手だ。
ぼくの最愛の女性。
お母さんとお姉ちゃんはひとつとなって、
この闇の空からぼくを見つめ、心配している。
おお、わたしの愛する女神。
貴女を、わたしは殺した。
わたしの手が、あの夜、あなたに手をかけた。
この闇のなかに独りで凍えていた愛おしい貴女に。
わたしは手を差し伸べた。
あの夜。
人々が我を殺しつづけ、我をみうしないつづける、
あの夜。
この凍える闇の地上で。




















Fog - The Poor Fella + A Murder
 





























愛と悪 第八十四章

2021-11-13 20:53:07 | 随筆(小説)
我が永遠に愛する母エホバよ、
わたしを御憐れみください。
わたしはあなたの胎に宿ったとき、わたしはこの世界に生まれたくはなかった。
わたしはわたしの内にある罪のすべてを知っていた為、この地の獄に産み落とされたくはなかった。
あなたはわたしの罪の重さを知りながらわたしを生み落とした。
存在するどの地もわたしに平伏し、わたしが見えないと言った。
わたしもわたしが見えなかった。見えるはずがあっただろうか。
あのとき、あの日に、彼がわたしに契約したのを憶えている。
此処に、存在するすべてをわたしに与えると彼は言った。
その代わりに、わたしは彼と契約した。
わたしは永遠に悲しみつづけ、苦しみつづけて生きつづけるこの地獄にだけ存在する存在として、あなたと一つとなって、この黒々とした冷たい血の消えない地に産み落とされ、果もなく、生きてゆかねばならないこの息を授かることを。

永久に悲しみつづける我が母エホバよ、わたしをだれよりも苦しい生け贄として焼き尽くしてください。
あなたの最も求めるものは何よりも苦しみ、地の底に我を喪うほど打ち砕かれた霊。
それは何よりも、あなたの生け贄として相応しい。
あなたの求める完全なる雄牛、その黄金の祭壇に血の滴るその舌と骨を。
我が愛する神エホバ、あなたに捧げられますように。

わたしのたった一人の母、エホバ。あなたに帰らせてください。
あなたはまだだれも、見たことのないもの。
あなたこそ、真の死。
わたしはあなたに立ち戻る。
わたしと共に賛美し、この始りと終りなき夜を祝福してください。





















Gregorio ALLEGRI - Miserere Mei, Deus (+ Lyrics / OXFORD, Choir of New College)  



















愛と悪 第八十三章

2021-11-13 00:28:03 | 
Qui tollis peccata mundi

わたしの子羊たちは、何処へ行ってしまったのだろう。
わたしが愛され、愛しつづけた子羊たちは、何処かへ行ってしまった。
わたしは聴いていた。
彼らがその柵を超え、別れを告げる為、わたしの家のドアを叩く音を。
わたしは眠っていた。
彼らは一晩中、寒さに凍えながら、わたしを呼んでいた。
わたしは静かな闇のなかで、その音を聴いていた。
夢のなかで子羊たちはわたしに合図を送った。
そのときが来たと知らせ、
もうすぐ此処を去り、当分もう此処へは戻っては来ないことを。
彼らはわたしにあの夜囁いた。
”すべては終り、すべてはもうすぐ終る。”
夜明けを喪う永い永い夜が来ると。
でも忘れてはならない。
あなたはあなたを、忘れてはならない。
あなたに光を取り戻すことのできる者は、あなただけであると。
彼らは音もなく、わたしにそう囁いた。
わたしの罪の為に苦しみ、犠牲となって死んだ者たちの、
輝き続ける星空の観えない、
この闇のなかで。













Qui tollis peccata mundi,
Tolerare ruinam mundi hic.


世の罪を除き給う子羊よ、
此処では世の堕落(破壊)を赦し給え。















Stina Nordenstam - Murder In Mairyland Park  



















愛と悪 第八十二章

2021-11-01 23:57:14 | 随筆(小説)
すべてが生まれ、すべてが帰る夜空、エホバ。

2021年11月1日。今日は、お姉ちゃんの誕生日。
生きていたなら、56歳の誕生日を迎えるはずだった。
でもお姉ちゃんは、死んでしまった。
お母さん、お父さん、お姉ちゃんもとうとうそちらへ行ってしまったよ。
こず恵をこの星に残して。
お姉ちゃんの御通夜の日(26日)の夜。
こず恵は夜空を見上げたんだ。
あんなに美しく星たちがたくさん輝く夜空を、こず恵は何年振りに観ただろう。
あんなに綺麗に観えたのは、きっとお姉ちゃんがこの夜空に昇ってしまったからだ。
もう、この地上へは当分戻っては来ないことを決めて、旅立ちと犠牲の為に夜空高く飛んでった烏のように。
お姉ちゃんは黒い服が好きで、いつも着てて、良く似合ってたね。
棺のなかの目を醒まさないお姉ちゃんの身体に、お姉ちゃんが良く着ていた黒のカーディガンが掛けられていた。
愛おしいお姉ちゃんと一緒に、燃えてしまった。
こず恵はお姉ちゃんの告別式(27日)から帰ってから毎日、駅まで往復一時間以上かけて歩いて行ってるんだ。
生きた即身仏のような方が駅の角(辻)にずっと、何時間もじっとして頭を垂れて立っておられて、その方に会いに行ってる。
こず恵もああなりたいなと想ったよ。
自分を犠牲にし、どんなに苦しくとも他者を想う人になりたい。
この世界(人々の暮らす社会)は…、やっぱりこず恵には合わないようなんだ。
何処に行っても変わり者で、変な目で観られてる気がする。
だからとても辛いよ。
お姉ちゃんもこず恵のことを「おまえはほんまに変わってる。」「おまえはほんまの気狂いや。」って言ってたけど、そんなこず恵をずっと大切に想って愛してくれていたんだね。
ありがとう、お姉ちゃん。
でもお姉ちゃんだって、相当変わってるよ。
さっきも想像したんだ。
お姉ちゃんの告別式で、僧侶が御経を唱えて、喪主の挨拶のあと、こず恵もお姉ちゃんの棺の前に立って言うんだ。
「お姉ちゃん。あの眩しい太陽の如くに明るいお姉ちゃんが、こんなにも早く旅立ってしまうなんて、こず恵は想ってもいなかったし、想いたくなかったよ。
こんなに早くこず恵を此処に残して行ってしまうなんて、そんなことを想像もしたくなかった。
でもお姉ちゃんは、ずっとずっと、こず恵に隠してたの…?
もう限界なんだってことを…。
お姉ちゃんは、去年、6月、7月頃、お兄ちゃんの廃墟のような猫屋敷(わたしの実家)を二人で片付けに行く途中か行った帰りに、こず恵に車のなかで苦しそうに言ったね。
『(みんなわたしが元気で鬱にもならないと想ってるけれど)ほんまはわたしが一番弱いんや。』って。
お姉ちゃんは、みんなの苦労をだれよりも背負い込んで、もう限界だと感じていたんだ。
それほどまでに苦しいのに、お姉ちゃんはあの日、こんなジョークを言ったね。
その何日か前、トラ(お姉ちゃんが一番長く飼っていた猫)の亡骸を火葬しに行く為に、動物霊園(葬儀場)へ行く途中の車のなかで、お姉ちゃんは運転しながらこんなことをこず恵に言って、こず恵を笑わせてくれたね。(あのとき、お兄ちゃんとしんちゃんと別々に車で向かって、お姉ちゃんの車に二人で乗っていた。)
火葬場へ向かうなか、火葬の話になって、お姉ちゃんは、笑いながらこんな妄想話を話しだした。
或る男性が、自分の年老いた母親の葬儀を終え(火葬し終え)、棺のなかを覗いたんだ。
すると信じ難いことに、自分の母親が生焼け状態で出てきた…。
その話を、その男性はテレビで話すんだ。
プライバシーの為に顔にはモザイクがかけられ、音声もエフェクトをかけられて、男性は鼻で笑いながら話すんだ。
お姉ちゃんはこず恵を笑わせようと、見事にその男性のエフェクト入りの声を真似て演じてくれたね。
『ええ、そうなんですよぉー(笑)完全にまだ焼けてなくて生焼けの状態で出てきちゃったんですよねぇー(笑)ホント吃驚しましたよぉー(笑)』
こず恵はあまりに可笑しくて大爆笑してしまったよ。これからもうすぐ、お姉ちゃんの愛するトラを火葬するというときに…。
でもお姉ちゃん、そんなブラックジョークを話したあと、数分後はトラっ、トラって何度も呼びかけて泣いていたね。
こず恵は、そんなお姉ちゃんが本当に本当に本当に大好きで堪らなかったよ。
まだこず恵は信じたくないんだ。きっと何年経っても、信じたくない。
もっとたくさん、こず恵はお姉ちゃんと一緒にいろんなことを経験したかったんだ。
お姉ちゃんはこず恵が生まれたときから知ってるけれども、こず恵の一番古いお姉ちゃんの記憶がいつか、ずっと懐い出そうとしていた。
お姉ちゃんはこず恵が幼いときに家を出たから、いま懐い出せる一番古い記憶がこず恵が8歳くらいのときなんだ。
お姉ちゃんは一番仲の良い友達のマー君をこず恵に初めて会わせた。
それで何処へ行ったか懐い出せないけれど、マー君が帰ったあと、お姉ちゃんの車(確かあの頃、赤いオープンカーの車)のなかで、こず恵は突然何も言わず後ろの席でぽたぽたと涙を落として泣き始め、お姉ちゃんを吃驚させた。
お姉ちゃんは勘が鋭いから、こず恵の辛い気持ちの原因がすぐにバレた。
それでお姉ちゃんは運転席から振り返ってこず恵を宥める(安心させる)ために言ったんだ。
『ちゃうで、こず恵。”マー君”は女の子やで?』
お姉ちゃんはこず恵が男性(恋人)のマー君にお姉ちゃんを取られたと想って、嫉妬のあまりに悲しんで泣いていることがすぐにわかったからそんなことを言った。
それでこず恵はお姉ちゃんに対し、そのとき泣きながらこう想った。
なんでそんな変な嘘つくんやろ…!?
でも実はそれは本当だったことがあとでわかったんだ。マー君は性同一性障害(GID)で肉体は女性で心は男性だったんだ。
こず恵は完全にマー君が男の人だと想っていた。
お姉ちゃんはあのとき、嬉しかった?
こず恵はお姉ちゃんのこと、お母さんのように想ってたのだろうね。
そんなお姉ちゃんに恋人がいることがあまりにショックだったのだろう。
ずっと、本当はお姉ちゃんをこず恵は独り占めしたかったんだ。
でもできないことはわかってたから、ずっと諦めてた。
だから会っても、心の底では寂しかったのだと想う。
想ったんだ。過去生で、こず恵はお父さんともお兄ちゃんとも恋人だったように感じているけれども、お姉ちゃんともそうだったんじゃないかなって。
お姉ちゃんは、すごく男性性も強くて、不思議な存在だった。
お姉ちゃんの魂は、男性的なのかな。
お姉ちゃんが此の世を去った日(24日)に表現した作品たちを読み返して想ったんだ。
そうだ、もうこのとき、お姉ちゃんは此の世にいなかったんだ。
天へ、お姉ちゃんは昇っていたんだ。
天は、お姉ちゃんをわたしから連れ去り、自分の元へ帰した。
天は、お姉ちゃんとひとつとなって、わたしにあの夜言った。
「今夜、夢で会えるか?」
わたしは自動筆記で書いた自分の作品を読み返して、”彼”と”ぼく”はだれだろう?と感じていた。
でも今わかった。
お姉ちゃん…だったのだね…?
お姉ちゃんは、天とひとつになって、わたしに約束してくれたんだ。
”彼は立ち上がる。(彼はよみがえる。)”
わたしはあなたに約束する。
わたし(あなた)はよみがえる。
そしてあなたをわたしは強く抱き締める。
あなたを、わたしは何度忘れようとも、
わたしは、あなたを憶いだす。
この、無限に広がりゆく星空のなかで。