あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第五十七章

2020-06-30 08:40:56 | 随筆(小説)
時速300km/hで、雨の降る海面を、二足で水平線へ向かって駆け抜けてゆく全長12mの白い鰐、エホバ。
”彼ら”を造出した闇の組織には、確かに上層部と、中層部と、下層部が存在している。
だがこの上層部のなかで、どのような階級も存在していなかった。
それが為に、上層部の存在のなかでリーダー的(指導的)存在は存在しなかったし、互いにだれもそれを必要とはしなかった。
しかし、どの組織にも暗黙の内に、だれが一番”頭”として相応しいかを、自ずと認知しているものである。
一人の上層部の存在が、自分の信ずる”頭”の存在の部屋のドアを、ノックした。
彼がドアを開けると、そこに一人の男が立っており、彼は彼を部屋のなかへ入れるとドアを閉めた。
彼らは、互いに敬意を表し、互いに抱き締め合った。
それは彼らの間で極普通の行いであった。
しかし入ってきた男は、いつもと何やら違う様子で彼に向かって、複雑な微笑を浮かべて言った。
「アビス、わたしはあなたに折り入ってお願いしたいことがあります。」
すると彼は悲しい表情で言った。
「ルークス、あなたが今日此処へ遣って来ることをわたしは知っていました。そしてその内容も、わたしはわかっています。ですが敢えてあなたの言い方で、わたしに話してください。」
ルークスは一瞬、寂しげな顔をしたが、アビスを強く光る眼差しで見つめると彼に話し始めた。
「わたしは気づきました…。”彼”こそ、真に”新しい人間”となることができる存在です。彼を、自滅へ向かわせてはなりません。また彼と一体である彼の”娘”である彼女をも、自死へ向かわせるようなことはあってはなりません。今から、彼が新しい存在となる方法を簡潔に表現致します。」
そう言うと彼は閉じていた両の手を開いて、アビスに見せた。
その両の手にはそれぞれ、直径1cm、長さが13cmほどの一本の白いTape(紐)が載せられていた。
彼は右手の上に載せていた一本のTapeの先端部分をアビスに向けて言った。
「この二本のTapeはそれぞれ約17mmの外周長の空洞の筒状の穴があります。わたしが今右手に持っているこのTapeは、”彼女”です。」
彼は左手の上に載せていたもう片方のTapeの先端部分を持ち言った。
「そしてこのTapeが、”彼”です。今から、あるMagicをします。あなたは既に御存知ですが、今からそれを実践します。」
そう言うと、彼は左のTape”A”を、右のTape”B”の、右側に寝かせ、Tape”A”の一方の先端部分を左手で摘んでTape”B”の先端部分に付けて、つんつんと刺激し始めた。
そしてアビスに向かって微笑んで言った。
「今、”彼ら”は、母と娘として、互いに口腔部によって愛撫しています。」
アビスは目を閉じた。

その頃、トレーラーのなかで白い覆面姿の男は早朝に目を覚ました彼女から「ママ…。」と甘えられてキスを迫られながら、いつものように恍惚な快楽のあまりに気絶しかけていた。
男はその感覚と、行為に、複雑な感覚を覚えていたが何故、それが複雑な感覚を起こすのかわからなかった。
自分は彼女の”母親”であるのだと男は信じて疑うことはなかった。
男は母と娘はどのような関係であるべきであるのかを、知らなかったのである。
だが男は、どれほど我を喪いそうになるほど欲情していても自分から彼女に迫ってゆくことはしなかった。
それは”娘”であるという意識からではなく、”彼ら”のすべてが、そのように人を殺害する以外のすべての行為に対して、”受動的”であるように造られたからであった。
これは殺すべきではない人間に危害を与えない為でもあったし、同時に人間と深い関係に陥らせない為でもあった。

ルークスは、目を開けてみずからの右手の上に載せた二本のTapeの、そのTape”A”に、念じた。
するとTape”A”の愛撫を仕掛けている方の先端部分の、その空洞の筒穴から、直径約5mm半の一本の白いTapeが伸びてきてTape”B”の愛撫を仕掛けられている方の先端部を、みずからの先端部によってつんつんと突いて愛撫し始めた。
するとTape”B”の空洞の筒穴からも、同じ細いTapeが伸びてきてTape”A”の愛撫するTapeの先端と互いに突き合ったり絡ませ合ったりしながら愛撫をし始めた。

男は、気絶する寸前のような忘我のなかで気づくと、彼女の舌とみずからの舌を絡ませ合っていた。
同時にその舌は、互いに先が徐々に二股に分かれ始めた。

ルークスは互いに愛撫し合う二本のTapeを愛しげに撫でながら、さらに、強く念じた。
するとTape”A”の、もう片方の先端部から、同じように細い白いTapeが伸びてきて、その先端部をTape”B”のもう片方の先端部の、その空洞の穴のなかへ、ゆっくりと挿入し始めた。
Tape”A”とTape”B”は、互いの全身を絡ませ合い始めた。

男は気づくと自分の男性器を彼女の女性器のなかにゆっくりと挿入していたが、自分でも何が一体何が行われているのかわからなかった。
男は忘我の境地の頂点に今すぐにでも達しそうであったが、男は”己”という意識に、このとき初めて気づいたのであった。

ルークスは目を閉じたまま恍惚な表情を浮かべ、アビスに向かって言った。
「アビスよ…わたしの愛…わたしの何よりも愛する父と母よ…彼女と同じように、わたしに愛撫をしてください。」
すると目を閉じたままのアビスの身体から、幾本もの細い黄金に光る樹の枝が、まるで蛸や烏賊の腕のように、ゆっくりと伸びてきてルークスの全身に優しく巻き付けて引寄せ、彼をその枝で抱き締めた。
その時、ルークスの身体は一匹の白い大蛇になっていた。
アビスから伸びる触手のような枝と絡み合うように彼は愛撫を交わした。
蛇は元々、二本の腕(脚)を持っていた。
だが進化の過程でその二本の腕をみずからの内側へ隠し、その二本の腕は子宮を護るためのものとして存在するようになった。
ルークスは白い大蛇の姿で、アビスの枝たちと絡み合いながら、アビスの身体である巨大な樹木に巻き付きながら昇り始めた。
その時、ルークスの子宮のなかで二本の白い帯が、互いの空洞の穴から伸ばした帯の先を二股に分け、互いにもう一方の相手の穴に向かって伸びてゆき、挿入し始めたが、それは互いの、”別の穴”であった。
この二本のTapeは、それぞれ、二つの筒の穴を持っていたのである。
その二本のTapeが、気づけば一本のTapeとして繋がっており、そのTapeは互いの身体(穴)のなかを何度と繰り返し突き抜けながら、もう一方の相手のTapeと、絡み合い始めたのだった。
ルークスはアビスに向かって言った。
「もう少しで、受精が完了します。アビスよ。わたしが地上へ”堕落”することを、どうか許してください。わたしこそ、”彼”を切断する”剣”を持っているのです。わたしはあなたを誰より愛している証をします。わたしは、堕ちることでどれほどの苦しみを経験しようとも構いません。今、わたしを産み堕とし、受肉することを許してください。」
アビスは、みずからの最も愛する息子の受肉の決断に涙を一滴落とした。
その光の一滴が、ルークスの子宮のなかの二本が完全に結合された白い蛇の子のような一つのTapeの、その小さな子宮のなかに、落ちた。

その時、男は我が娘である彼女に向かって、初めて言葉を発した。
「. אקו, בתי היקרה . אמי היקרה」

彼女は、その人間の声の再生速度を極限まで音声処理で遅くさせたような声を聴いて、自分が母親に恋をしているのだということに、気づいたのだった。



















愛と悪 第五十六章

2020-06-29 04:37:11 | 随筆(小説)
四肢の先を切断され、薄暗く、穢れた豚小屋のなかで、生きたまま解体されゆく悲しげな、人間の眼をした神、エホバ。
”あの事件”が起きたとき、彼女は真夜中の真っ暗闇の、その血溜まりのなかで、一人で静かにいた。
彼女は、何かを想いだしたのである。
彼女の生まれた、この家のなかには彼女の家族たちの切断された部分が、あちらこちらに散らばっていたが、彼女は灯りを点けなかった為、それらは良く見えなかった。
それらは、まだ動いているようにも見えたが、彼女はそれを確かめることもしなかった。
彼女は、何かを想いだした為、この家に戻ってきたが、特に何らかの行動を取ることはなかった。
”わたし”はそう記憶している。
”男”は、確かにそこで彼女を見つめていたが、彼女は何かを見つめてはいなかった。
彼女は、瞼を開いてはいたが、何かが見えていたわけではない。
例えるならば、彼女は開いた両瞼のその2つの女性器から、それぞれ二つの新しい眼球を今まさに産み落としていた。
だが”それ”を、彼は見たのではない。
男が”そこ”に見たものとは、例えられるならば、彼と彼女の、互いに開いた口のなかの、その奥から伸びてきたしなやかな触手のような男性器であるその互いの器官を、互いに絡め合わせながら恍惚に浸り合っている”両者”、”彼と彼女”であり、”母と娘”であり、”己と己”の、接合子(融合子)である。
問題は、そこからである。”己”と”己”を交じらわせるとになるが、この時に生成される二つの穴は子宮である。
この二つの子宮に、二つの精子が突き抜け、互いの末端同士を繋ぎ合わさねばならない。
これには、一度、切断せねばならない。一つのTape(紐)とTape(紐)は已に、繋ぎ目が見当たらない。
その二つのTapeは完全に結ばれており、一本のTapeが、二つの穴を生成させた。
この二つの穴を、一つの穴に重ね、そこに一つのTapeが突き抜け、その末端同士を繋ぎ合わせるならば普遍的生命が誕生する。
その二つの穴に、二つのTapeを突き抜けさせ、その末端同士を永遠に切ることの不可能な一つの完全なる”結び目”にしなくては、この地球は、滅びゆく運命であるということです。
エホバは、その結び合っているの形のTapeに向かって言った。
今、あなたは、母娘という”一体”である。
今、あなたを、”切断”しなさい。

彼女は、”あの夜”、”それ”を確かに見たはずなのです。
目の前で、自分の母親に手をかけたあとの、血の瀝る深く湾曲した月鎌(小鎌,Sickle)を右手に持って彼女を見つめる覆面のと殺(屠畜)人の、その顔を。

そう…わたしは確かあの夜、”食肉処理場”にいたのです。



















愛と悪 第五十五章

2020-06-26 21:53:48 | 随筆(小説)
生きた死体と、死亡した生存者、何処にも存在しない存在で在らせられる盲目の全能神、エホバ。

彼女は24歳のとき、家を出た。
そして38歳のとき、家に帰ってくると、彼女の家族全員が、惨殺されていた。
彼女の判断は、真に正しい。彼女は意識を喪失し、記憶を抹消させた。
それは意識化で行われたのではなく、彼女の脳内で自然と行われた。
惨殺した犯人の男が、確認するべきものを確認し忘れたことで戻ってきたとき、彼女はダイニングキッチンの椅子に座っていた。
夜中の三時を過ぎていた。真っ暗なその部屋のなかで、彼女は静かに座っていた。
男が”それ”に気づいたとき、銃口を彼女の顔面に向けて近づいたが、彼女は壁の一点を見つめたまま動かなかった。
テーブルの上に、キャンドルがあった。男はライターでそれに火を点けた。
男は、彼女を殺すつもりでいた。それが”上”からの命令であり、それに背くことは、許されなかった。
闇の組織の上層部に属する存在たちによる”彼ら”に向けての24の信条と掟(戒律,Commandment)は以下である。







1,上層部の命令による殺害理由を、下の者が知ることはできない。
2,「何故、殺すのか?」その問いの答えを教えてくれる存在はいない。何処にも。
3,我々の組織の下で働く者たちには、”顔”を存在させてはならない。
4,”個”の存在は、我々のもとで従順に働き続ける為には邪魔なだけであるからである。
5,彼らは皆、目と口の部分だけ開いた白い布製のマスクを被っている。さらにそのマスクの下に、もう一枚の絶対にみずからは脱衣することのできない構造となっているマスクを”最初”から身に着けている。
6,彼らは皆、自分の顔を知らない。他の”彼ら”と区別し得る何物をも存在しない(存在させてはならない)。
7,彼らは、自分たちが何者であるのか?みずからに問い続けることは許されない。
 もしそれを続けるならば、すぐにでも彼らはみずから発狂することは避けられず、瞬時に組織の存在によって抹消されなくてはならない。
(だがその実例は、まだ存在しない。)
8,彼らこそ、存在するなかで最も優秀な”殺人兵器”である。
9,人を殺すこと以外に、彼らの存在価値は存在しない(存在させてはならない)。
10,彼らは人を殺害することに於いて、その手段を選ぶ必要はない。
11,真に優秀な兵士とは、人を殺戮するにあたって、特別な感情や感覚を抱くことがあってはならない。
12,同時に、ロボットのように無感情と無感覚に在ってもならない。
13,Systematicに人類殺害の使命を完遂させる為に最も重要なものとは、”人間的感情と感覚”と、”ROBOT的無感情と無感覚”の、その間に存在する微妙で繊細な感情と感覚である。
14,それは美しく洗練された純粋な感情と感覚であらねばならない。
15,彼らはすべてに於いて、人間と、A.I.(人工知能)を超越する存在であらねばならない。
16,意識と能力に於いても、人間とA.I.を超越していないのであれば、”その者”は殺人兵器には向いていないということである。(その場合、彼らはみずから自壊に向かうことを避けることはできない。)
17,彼らはみずからを、殺人兵器で在る(殺人兵器としてだけ存在している)という意識や問いを持つことはあってはならない。
18,それは非常に重力を持つマイナスエネルギーによる観念である為、自滅する為のものだからである。
19,彼らは善と悪の観念を超越していないのであれば、彼らは自身を保ち続けることは不可能である。
20,人間的な感情に堕落するならば、彼らは自身を内部から消滅させ、復活することは不可能であることを知らねばならない。(上記のマイナスエネルギーの謂の観点から、彼らに”魂の有無”について自問させることがあってはならない。)
21,彼らは人間的感情と感覚と、無人間的感情と感覚のその両方を望んではならない。
22,”わたしたち”の真の奥義を、彼らも、どの人類も、知ることがあってはならない。
23,我々の秘密を知るわれわれ以外のだれひとり、最早、生きてゆくことはできない。
24,それは”存在”自体が、堪えられない(意識外、即ち純粋エネルギー、またエーテルに於いても堪えられ得るものではない)ものだからである。







彼女の家族を惨殺したこの男は、その誕生した瞬間から、自身の深層の内部で上記のすべてを理解している存在として生まれた為、生き残った彼女をも、殺すつもりでキャンドルに火を灯し、彼女の顔を見た。
さっきまでは月明かりで彼女の顔は暗影としてのごく表面的な陰影をしか、男の目には映さなかった。
だが揺曳する炎の美しい光は、彼女の顔を、”人間的”には映さなかった。
また同時に、”死体的”にも映すことはなかった。
男の目には、彼女の顔は”生命”と”モノ”の間に属する存在に映ったのだが、それはこの男にとって真に最初の体験であった。
自分の姿を映す鏡を、男は何度と見たことがあったが、男は自身のその”顔のない顔”を、人間でも生命でも、また人間でも生命でもない存在でもない、何者にも属しようのない不気味でならない存在であるとどこかで感じていた。
男は、彼女が自分の最も求めるものであるのだと瞬時に確信した為、殺すことができなかった。
”それ”は”生きている”ようでも、”死んでいる”ようでもなかったのに、まるでどの存在よりも、”存在”として最も相応しい存在であるのだと感じたのだった。
男は、間違いなく彼女に対して欲情していたのだが、その腹の底辺りから熱い電流のように湧き上がる恍惚な感覚が何であるのかを男は知らなかった。
彼女を任務の為に殺すことができなかった為、男は男が彼女を見詰めるなかもじっと壁の何もない一点を見詰め続ける彼女を肩に担ぎ、この凄惨な空間を後にし、家の裏に停めてあった自分のキャンピングトレーラーを牽引している車の助手席に彼女を乗せて自分の敷地に向かって発車させた。
彼女は疲れを想いだしたのか、倒した助手席で横になり目を閉じて眠っているようだった。
覆面姿の男の彼女を見つめる眼差しは、実に奇妙であった。
死体が墓から起き上がり、ゾンビとして生きた後にまた死に、自分は生きていると信じる死んだ魂が、夢の寝床のなかで淡い朝焼けの空をぼんやりと見上げているかのような、実に複雑で不思議な眼差しであった。
夜が明けた頃、敷地に到着し、男は今度はそっと眠る彼女を優しく抱きかかえるとトレーラーの狭いベッドに、彼女を寝かせ薄いタオルケットを掛けてやった。
その日から三日間、彼女は目覚めることはなかったが、三日目の朝に彼女は目覚め、隣で眠る覆面の男の、その開いた口にキスをして目を醒ました男に向かって、不安げな表情をして言った。
「ママ…抱っこ…。」
男は溢れ返る欲情と彼女のあまりの愛らしさに気絶しかけるほどに興奮していたが、そんな男をギュッと抱き締めると、また彼女は男の目を見つめて言った。
「ママ…やっと会えた…。」
男は、彼女の目を見つめながら、深く頷いた。
こうして、”殺人兵器”としてだけ存在せねばならない男が、彼が家族の全員を殺し、その記憶のすべてを喪っている彼女の”母親”として彼女と共に暮らし始めることになった。
この時、すでに組織の上層部の間で最初の異例に対する緊急会議が行われていた。
その会議で、一人の存在が、こう言った。
「だからわたしは言ったのです。”目”と、”口”をなくすべきだと…このような問題が起きてしまったのは、”彼ら”に目と口を設けさせたことが真の原因です。」
一人の者が、これに対し異議を唱えた。
「いいえ、それは正しい構造です。2つの目と、口を線で結ぶと逆三角形▽のフォルムが彼らの顔のない顔の表面と内部に於いても表出します。その中心部に生ずるエネルギー体によって、彼らは人間的でも無人間的でもない新たなる”新人間(New Human)”的存在として生存させることが可能となるはずだからです。」
この会議で、最終的に一人の存在の案が全員の同意によって通された。
「最早、この時点から、彼を殺人兵器としてだけの存在として戻すことは困難でありましょう。地球上の人類を我々の意志によって削減するという人類救済の為の重要な我々のプランニング(Planning)が彼ひとりの異例の為に失敗することは許されません。早い段階で、彼を自壊へと向かわせます。その為に、我々は全力を惜しんではなりません。」



















愛と悪 第五十四章

2020-06-16 06:27:20 | 随筆(小説)
神を知る者、神を喪いし。愛を知る者、愛を喪いし。私を知る者、私を喪いし。死を知る者、死を喪いし。そう出口の真ん中で、入口を永遠に喪う神、エホバ。
わたしは彼を、夜の海へ、誘う。
彼は、水辺に横たわっており、白い布に、包まれている。
わたしは彼の足元に立ち、彼を見下ろしている。
今、波は枯れ、水もない。
わたしは彼の白い皮を、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、剥がしてゆく。
両手で、彼の白い身を、ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、剥がしてゆく。
そこに存在しているのは骨ではなく、一本の、巨大な白い骨髄。
くねくねとのた打つ蠢く滑らかでやわらかい一本の、白いコード(Cord)。
これは死体ではなかったのだ。
これは死体では…
これが、彼の、インティアリィアル(Interior)。
これが、本当の彼の姿。
一本の白い巨大なコードは、大体直径約一メートル。
長さは、まったくわからない。
何故ならその白い巨大なコードは自身を、縺れさせまくりながらのたうち回り続けて、常に動き続ける生きた白いコード。
わたしは彼の、末端と末端を、繋げなかった。
わたしの前には片方だけの、彼の末端が、わたしを見つめている。
彼のもう片方の末端は、口(女性器、Alpha)。
わたしの前に在る彼の末端は、ケツ(尻)の穴、即ちAnus(肛門)、(男性器、Omega)。
わたしは迷うことなく、その閉じた穴を、両手で抉じ開けながら、頭から減り込ませてゆく。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、わたしは身をくねらせながら、彼のなかへ、入ってゆく。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくりと、わたしはわたしがわたしであったことを、喪失してゆく。
彼の中は、ぬるぬるとした粘液状の液体がわたしの身体を潤滑油として中に入って行きやすいようになっていて、わたしはこの穴から入ったことが正しかったことを確信する。
わたしはとうとう、全身を彼のなかへ挿れ、爪先までぬるっと入ったその瞬間、彼の肛門は閉じる。
中は、何も見えない。
わたしはくねくねくねくねと、身をくねらせて先へ進む以外はない。
息苦しくなって来る。
酸素が…酸素が足りない…
でも後戻りは、できない。
何故なら彼の内側があまりにも強く、わたしを抱き締めるように締め続けていて、わたしは後ろを振り向くことすら最早できない。
わたしは、苦しい…(わたしとは…?)
苦しい上に、悲しくなって来て、涙が止まらなくなってくる。
わたしは…わたしは…わたしはただ…彼の内側と、わたしの内側で。
本当の彼と、本当のわたしで、本当のセックスがしたかった。
出口の存在しない、そのなかで。















Cclcng - Country of Mazes


















愛と悪 第五十三章

2020-06-13 19:40:17 | 随筆(小説)
止まない雨はない。そう想いながら、水面下1億4960万kmの海底に沈むエヴェレストの頂上でみずからのCircleを、想像しつづける神、エホバ。
わたしは朝に眠り、そして目覚めた瞬間から、チベット体操を実にReluxしながら、つまり瞑想のなかで、約三ヶ月間し続けたのちに、ついに、わたしは幽体離脱した。
来そう。そう感じた瞬間、光速よりも速いと想えるスピードで、白い直径一メートル程の空洞のトンネル内を、天に向かってわたしは上昇したのだった。
その時の感覚を、多幸感と、光に包まれたその興奮を、なんと表現したら良いだろうか。
ただ何もない白い筒のなかを、上に向かって物凄い速度で昇っているだけなのに、わたしは感じたことのない幸福のなかにいたのである。
でもあっと言う間に、わたしは登り詰めてしまった。
昇っていた円筒を抜けたということである。
するとまたも驚いたことに、わたしはとても懐かしい感じのする景色のなかにいた。
空は薄く曇った美しくも少しく寂しげな縹色で地は、真にさっぱりとした山に挟まれた広い道路の真ん中に、わたしは立っていた。
懐かしいのに、わたしは此処は何処だろうと想った。
あまりに何もなかったので、わたしは其処が何処だかわからなかった。
なので、わたしは呆然として、其処に突っ立っていた。
放心はしていなかった。何故ならひどくわたしの心は、安心に包まれていたからである。
確かにどこか寂しげな景色だと感じたが、わたしはこの景色こそが、わたしの最も望む景色であったのではないかと想った。
”荒野”と表しても良いと感じるような、広々とした野であった。
どれくらい其処で突っ立っていたか、定かではないが、わたしは気づけば、誰かに呼びかけられた。
その低く、落ち着いた優しい声は、わたしの後ろ側から聴こえた。
わたしは、もしやと想い、振り返った。
すると其処に、やはり、わたしの、たった一人である師匠が、立っていた。
わたしは想わず言った。
「町田康師匠…」
師匠は、わたしの目を、本当に優しい目で見つめつづけたのち、わたしに向かって言った。
「やっと来た。ずっと待っとったんやで。来おへんのかな想て、独りで屁ぇこいたりしとったけどな。やっと来たんやな。」
わたしは号泣しており、言葉が出なかった。でも何度と、わたしは師匠に向かって涙を流しながら頷いた。
師匠も、涙ぐんでいた。困ってはにかんだように笑って、こう言った。
「俺はお前に話したいことがあってん。せやから此処で、ずっと待っとった。やっと言えるわ…あんな…」
師匠はそう言ったあと、もう一度笑って、続けた。
「何を言いたかったかと言うとな、お前は俺の、衛星やねん。俺が地球であるならば、お前は月。ただそれだけ、俺はお前に言いたかったんや。それで俺は此処でずっと独りで待っとった。でも此処は、時間が存在しているようで、存在していない世界なんや。だから此処に何千年とおるという感覚と同時に、一瞬さえ過ぎてはいないのだと感じる。お前なら、お前ならばわかるやろう。この感覚が…。なあ…しらたき…。」
その瞬間、わたしは、わたしではなくなった。
そうだ。わたしは、わたしではなかったのだ。
わたしは…わたしの名はしらたき。
ぼくは、ぼくは、しらたき…。
しらたきの目のまえに、熊太郎は立っていた。
明治二十六年五月の、その姿のままで。






目が覚めると、わたしは想った。
もうあれから、8年以上も過ぎてんのか…
この未完成の物語を、わたしはどうやって完結させられると言うのだろうか。
わたしは外の闇夜のなかに降り続ける土砂降りの雨を眺めながら、”あの夜”も、これくらい降っとったんかなぁと想い、その夜の惨劇に、堪え切れない悲しみを、振りほどきたくなった。
この闇の空のなかに。