時速300km/hで、雨の降る海面を、二足で水平線へ向かって駆け抜けてゆく全長12mの白い鰐、エホバ。
”彼ら”を造出した闇の組織には、確かに上層部と、中層部と、下層部が存在している。
だがこの上層部のなかで、どのような階級も存在していなかった。
それが為に、上層部の存在のなかでリーダー的(指導的)存在は存在しなかったし、互いにだれもそれを必要とはしなかった。
しかし、どの組織にも暗黙の内に、だれが一番”頭”として相応しいかを、自ずと認知しているものである。
一人の上層部の存在が、自分の信ずる”頭”の存在の部屋のドアを、ノックした。
彼がドアを開けると、そこに一人の男が立っており、彼は彼を部屋のなかへ入れるとドアを閉めた。
彼らは、互いに敬意を表し、互いに抱き締め合った。
それは彼らの間で極普通の行いであった。
しかし入ってきた男は、いつもと何やら違う様子で彼に向かって、複雑な微笑を浮かべて言った。
「アビス、わたしはあなたに折り入ってお願いしたいことがあります。」
すると彼は悲しい表情で言った。
「ルークス、あなたが今日此処へ遣って来ることをわたしは知っていました。そしてその内容も、わたしはわかっています。ですが敢えてあなたの言い方で、わたしに話してください。」
ルークスは一瞬、寂しげな顔をしたが、アビスを強く光る眼差しで見つめると彼に話し始めた。
「わたしは気づきました…。”彼”こそ、真に”新しい人間”となることができる存在です。彼を、自滅へ向かわせてはなりません。また彼と一体である彼の”娘”である彼女をも、自死へ向かわせるようなことはあってはなりません。今から、彼が新しい存在となる方法を簡潔に表現致します。」
そう言うと彼は閉じていた両の手を開いて、アビスに見せた。
その両の手にはそれぞれ、直径1cm、長さが13cmほどの一本の白いTape(紐)が載せられていた。
彼は右手の上に載せていた一本のTapeの先端部分をアビスに向けて言った。
「この二本のTapeはそれぞれ約17mmの外周長の空洞の筒状の穴があります。わたしが今右手に持っているこのTapeは、”彼女”です。」
彼は左手の上に載せていたもう片方のTapeの先端部分を持ち言った。
「そしてこのTapeが、”彼”です。今から、あるMagicをします。あなたは既に御存知ですが、今からそれを実践します。」
そう言うと、彼は左のTape”A”を、右のTape”B”の、右側に寝かせ、Tape”A”の一方の先端部分を左手で摘んでTape”B”の先端部分に付けて、つんつんと刺激し始めた。
そしてアビスに向かって微笑んで言った。
「今、”彼ら”は、母と娘として、互いに口腔部によって愛撫しています。」
アビスは目を閉じた。
その頃、トレーラーのなかで白い覆面姿の男は早朝に目を覚ました彼女から「ママ…。」と甘えられてキスを迫られながら、いつものように恍惚な快楽のあまりに気絶しかけていた。
男はその感覚と、行為に、複雑な感覚を覚えていたが何故、それが複雑な感覚を起こすのかわからなかった。
自分は彼女の”母親”であるのだと男は信じて疑うことはなかった。
男は母と娘はどのような関係であるべきであるのかを、知らなかったのである。
だが男は、どれほど我を喪いそうになるほど欲情していても自分から彼女に迫ってゆくことはしなかった。
それは”娘”であるという意識からではなく、”彼ら”のすべてが、そのように人を殺害する以外のすべての行為に対して、”受動的”であるように造られたからであった。
これは殺すべきではない人間に危害を与えない為でもあったし、同時に人間と深い関係に陥らせない為でもあった。
ルークスは、目を開けてみずからの右手の上に載せた二本のTapeの、そのTape”A”に、念じた。
するとTape”A”の愛撫を仕掛けている方の先端部分の、その空洞の筒穴から、直径約5mm半の一本の白いTapeが伸びてきてTape”B”の愛撫を仕掛けられている方の先端部を、みずからの先端部によってつんつんと突いて愛撫し始めた。
するとTape”B”の空洞の筒穴からも、同じ細いTapeが伸びてきてTape”A”の愛撫するTapeの先端と互いに突き合ったり絡ませ合ったりしながら愛撫をし始めた。
男は、気絶する寸前のような忘我のなかで気づくと、彼女の舌とみずからの舌を絡ませ合っていた。
同時にその舌は、互いに先が徐々に二股に分かれ始めた。
ルークスは互いに愛撫し合う二本のTapeを愛しげに撫でながら、さらに、強く念じた。
するとTape”A”の、もう片方の先端部から、同じように細い白いTapeが伸びてきて、その先端部をTape”B”のもう片方の先端部の、その空洞の穴のなかへ、ゆっくりと挿入し始めた。
Tape”A”とTape”B”は、互いの全身を絡ませ合い始めた。
男は気づくと自分の男性器を彼女の女性器のなかにゆっくりと挿入していたが、自分でも何が一体何が行われているのかわからなかった。
男は忘我の境地の頂点に今すぐにでも達しそうであったが、男は”己”という意識に、このとき初めて気づいたのであった。
ルークスは目を閉じたまま恍惚な表情を浮かべ、アビスに向かって言った。
「アビスよ…わたしの愛…わたしの何よりも愛する父と母よ…彼女と同じように、わたしに愛撫をしてください。」
すると目を閉じたままのアビスの身体から、幾本もの細い黄金に光る樹の枝が、まるで蛸や烏賊の腕のように、ゆっくりと伸びてきてルークスの全身に優しく巻き付けて引寄せ、彼をその枝で抱き締めた。
その時、ルークスの身体は一匹の白い大蛇になっていた。
アビスから伸びる触手のような枝と絡み合うように彼は愛撫を交わした。
蛇は元々、二本の腕(脚)を持っていた。
だが進化の過程でその二本の腕をみずからの内側へ隠し、その二本の腕は子宮を護るためのものとして存在するようになった。
ルークスは白い大蛇の姿で、アビスの枝たちと絡み合いながら、アビスの身体である巨大な樹木に巻き付きながら昇り始めた。
その時、ルークスの子宮のなかで二本の白い帯が、互いの空洞の穴から伸ばした帯の先を二股に分け、互いにもう一方の相手の穴に向かって伸びてゆき、挿入し始めたが、それは互いの、”別の穴”であった。
この二本のTapeは、それぞれ、二つの筒の穴を持っていたのである。
その二本のTapeが、気づけば一本のTapeとして繋がっており、そのTapeは互いの身体(穴)のなかを何度と繰り返し突き抜けながら、もう一方の相手のTapeと、絡み合い始めたのだった。
ルークスはアビスに向かって言った。
「もう少しで、受精が完了します。アビスよ。わたしが地上へ”堕落”することを、どうか許してください。わたしこそ、”彼”を切断する”剣”を持っているのです。わたしはあなたを誰より愛している証をします。わたしは、堕ちることでどれほどの苦しみを経験しようとも構いません。今、わたしを産み堕とし、受肉することを許してください。」
アビスは、みずからの最も愛する息子の受肉の決断に涙を一滴落とした。
その光の一滴が、ルークスの子宮のなかの二本が完全に結合された白い蛇の子のような一つのTapeの、その小さな子宮のなかに、落ちた。
その時、男は我が娘である彼女に向かって、初めて言葉を発した。
「. אקו, בתי היקרה . אמי היקרה」
彼女は、その人間の声の再生速度を極限まで音声処理で遅くさせたような声を聴いて、自分が母親に恋をしているのだということに、気づいたのだった。