今夜は待ちに待ったハロウィンの夜。
Ѧ(ユス、ぼく)とСноw Wхите(スノーホワイト)は仮装をして、大きな古いヴィクトリア朝時代の御屋敷に夜遅くやってきた。
Ѧは仮面をつけた魔女の仮装でСноw WхитеはFrankenstein(フランケンシュタインの怪物男)の仮装をしている。
本当はѦはこんな恐ろしい廃墟へ夜中に遣ってくるなんて嫌だと何度もСноw Wхитеに言ったのだけれども、彼は珍しく駄々を捏ねて、どうしても行きたそうにしてその場を動こうとしなかったので仕方なくѦは彼に着いて来た。
ѦとСноw Wхитеは肝試しさながらに手提げランプを持ってこの広い屋敷の中へと足を入れた。
足だけ入れて帰ってきたのではなく、勿論、全身も入れた。
さっきから、薄々と感じてはいたのだが、どうもѦたちを、じっと静かに覗き見ている存在たちがいるように感じてならない。
もし、ghost(ゴースト)に出会ったのなら、Ѧはこう言おうと想う。
「Boo!!」
こうして、ゴーストに驚かされるよりも、先にこちらが相手を驚かして、相手をびびらせることによって、どうにか因果を被ることを避けようという狡賢い手段である。
すると次の瞬間、あまりの緊張のせいでか、Ѧはつい、まだゴーストにも会っていないのに、
「Boo!!」
と言ってしまったのであった。
お尻から・・・・・・
すると、Сноw Wхитеがまるで子供のように笑ったので、Ѧも笑った。
廃墟の屋敷のなかで、Сноw WхитеはѦに言った。
Сноw Wхите「Ѧに今夜ここでお話をしてあげます」
持ってきたレジャーシートを広げるとСноw Wхитеはそこへ座り、Ѧに向かって手を差し伸べたので、ѦはСноw Wхитеの膝の上に横向きに座った。
そしてСноw WхитеはѦの頬にそっとキスするとゆっくりと話し始めた。
昔々、あるところに、一人の男が大きなお屋敷のなかで独りで住んでいました。
男は働きもせず、この世界でまったく自由なように見えたことです。
しかし男の心のなかは、それはそれは深い孤独と悲哀に満ちていたと言います。
いったい何故でしょうか。
男は実は、若い博士が作った、人造人間だったのです。
彼はもともと、人間ではありませんでしたし、今も人間と呼べるかどうか、疑わしいものです。
では彼はもともと、なんだったのでしょう。
彼は博士が、”或る”男の死体を墓から掘り起こし、その死体に博士の作った魂を封じ込めた存在でした。
もともとあった魂ではありませんから、その魂は人造の魂と呼べましょう。
彼の身体の基となった死体は、死んでいたのですし、魂は博士が作るまえまではどこにもなかったのですから、彼のなにからなにまで、人造のものでできていると言って良いでしょう。
彼が人造人間であることは、誰の眼から見ても明らかでした。
何故なら、彼の身体は死体で出来ていたため、その色はどこか青く緑がかってもいましたし、また眼球は想うように動かすこともできず、突然ぎょろっと人形のように動くのでしたから、人は皆、彼を恐れ、近づく人間は博士を除いて、誰一人いませんでした。
博士は実験の為に第一作目の彼を創りあげましたが、彼を哀れに想い、その為に彼に大きなお屋敷に住まわせ、働かずとも暮らして行けるお金を月々送り込む約束をしました。
男はそのお屋敷でたった一人で、20年間の月日を過ごしました。
ある朝、男は近くの小川の岸辺で一人泣いておりました。
とてもとても悲しい夢を見たのです。
でもその夢がどんな夢か、ちっとも想いだせないのでした。
男は川の冷たい水で顔を洗ってさっぱりとしたところ、ふと岸に突っ伏した小さな何者かがそこにいるのを発見しました。
生い茂った葦に縺れてなかなか捕まえることもできませんでしたが、やっとのことで捕まえたその”生き物”は、どうやら死んでいるようにまったく動きはしませんでした。
左右の髪を、器用に編んで結んでいる、それはどうやら女の子であるように見えました。
しかし二つの真ん丸い眼はガラス玉のようでしたし、鼻はなく、口は縫い付けられて開きませんし、どうも人間らしくありません。
男は、これは人間の女の子ではなく、人形の女の子なのだとようやく気づきました。
それでもこの女の子は、とても愛らしくて、手放したくないと想ったので、男は水の滴るそれを屋敷に持ち帰ることにしました。
男は屋敷に着くと、女の子が寒くないようにと水気を拭いてやり、女の子を椅子の上に座らせ、話しかけてみました。
「わたしの名前は、Zoa Gernot(ゾア・ゲルノート)と言います。ゾアと呼んでも構いませんし、ゲルと呼んでも構いません。貴女のお好きなように、呼んでください。貴女は、なんという名前でしょう・・・?」
男はそう尋ねてみましたが、相手からの返事はありません。
「わたしはこの屋敷で、二十年間ものあいだ、一人で過ごしてきました。貴女が何故、あのような冷たく寒い場所で一人、突っ伏していたのかわかりませんが、きっと色々な事情があったのでしょう。貴女が話したくなるまで、わたしはいつまでも待ちますので、無理に話す必要はありません。貴女は今日からここに、住んで構いません。貴女の着ている衣服が泥だらけなので、わたしは明日、貴女の着替えを買ってきてあげます。そしてその衣服は、わたしが明日川で洗ってあげます。何故、明日かというと、今日は一日、貴女を安心させる為に、ずっと傍に居てあげたいからです。わたしは決して貴女を見棄てたりしないと神に誓います。だからどうか安心して、ゆっくりしてください。もしかして貴女はひどく疲れていて、今にも眠ってしまいたいでしょうか?わかりました。ではあなたをベッドのところに連れて行ってあげましょう」
男はそう言うと人形を赤ん坊を抱くように慎重に抱き上げ、寝室に連れてゆき、ベッドに寝かせました。
つぶらな眼を開けたまま眠る人形を男は微笑みながら眺めていました。
嗚呼、二十年間生きてきて、こんなに幸福な気持ちになったのは初めてだ。
彼女は人形だが、きっと何かを考えているに違いない。
わたしに助けられ、彼女もきっと幸福な想いでいるに違いない。
男はそうして、三年間ものあいだ、人形と二人で暮らす日々を送りました。
しかし幸福な月日はやがて、それまで以上の寂しさを男の胸の内側に広がらせ、冷たく立ち去ってゆきました。
男はある朝ついに決心し、博士のもとに行き、跪いて懇願しました。
「どうかお願いします。わたしの創造主、愛する御父よ、この少女を、どうかわたしのように”生きた”存在としてあなたの力で創りあげてください。わたしはどうしても生きてゆく為に、この少女の愛が必要になったのです。あなたはわたしに仰いました。わたしは人間たちとは違って、永遠に生きる存在であるのだと。それが本当だというのならば、わたしは愛なくして、どのように生きてゆけばよいのでしょう。わたしがあなたを心の底から呪う日が来てもおかしくはありません。しかしあなたがこの少女に魂を吹き込んでくださるのならば、わたしはあなたを永遠に呪う日は来ないことをあなたに誓います」
博士は男から人形を受け取ると、黙って深く頷き、一年後にまたここに来るようにと言って男を帰らせました。
それから一年間、男はどんなに胸を高鳴らせて過ごしたことでしょう。
普段から億劫で仕方なかった屋敷内の掃除も、毎日何時間と行なってどこもかしこも埃一つ見えません。
そして長いようで短い一年の月日は過ぎ、待ち侘びた日がやってきました。
男は正装をして、襟を立てて首にはリボンタイを結び、髪を油で撫でつけて少女の為に用意しておいた青い押し花が硝子のなかに入った髪飾りを包んだ箱を持って、息せき切って博士のもとへ走って向かいました。
男は博士の傍へ静かに歩き寄り、震える口で言葉を発しようとしたその時、博士が振り向いて自分の後ろを指差し、その棺を開けるようにと言いました。
緊張のあまり朦朧とした感覚で男は棺の蓋を開け、その中を覗き込みました。
するとそこには、白いドレスを着た自分の肌の色とはまったく違った肌の白い小さな少女がすやすやと寝息をたてながら眠っていました。
年齢はまだほんの4歳ほどに見えます。
その愛らしさに見惚れていると、後ろから博士が声をかけました。
博士は、喜ぶが良い。この少女はおまえよりずっと人間らしい存在として創りあげることができたはずだとそう言いました。
その言葉を聞いた瞬間、男は灰色の不安が目のまえを覆って胸が苦しくなるのでした。
しかしこの少女がどういう”存在”であるかを、博士であろうとも知り尽くすことはできないだろうと男は想い直し、少女を早く屋敷へ連れて帰りたいと博士に頼みました。
博士はいつでも連れて帰るが良い。この少女はおまえの為に作ったのだから。とそう言いました。
男は博士のまえにひれ伏し、感謝の言葉を何度と捧げると少女を棺のなかから抱きかかえ、その重みに驚きながら抱き締めるようにして屋敷へと連れ帰りました。
少女はその日、目を醒ますことはありませんでした。
男は少女を腕のなかに抱き、まるで娘のように少女を見詰めて共に眠りました。
ところが次の朝、男が目を醒ますと少女の姿がどこにもありません。
男は屋敷中を、無我夢中となって探し回りました。
そして広いキッチンのある部屋に入ったそのとき、床に蹲(うずくま)りながらパンを齧って食べている少女の真ん丸い二つの黒い目とぱちっと目が合いました。
男はその瞬間、気持ちがぱっと晴れやかになって心底ほっとしました。
自分も少女に向かってキッチンの床にぺたんと座って微笑みながら、「そのパンは美味しいですか?」と少女に尋ねました。
少女はあの人形と同じように無表情で黙り込んだままパンに齧りついています。
その様子を打ち眺め、まだ言葉をきっと知らないんだ。と男は想いました。
「わたしの名前は、Zoa Gernot(ゾア・ゲルノート)と言います。貴女の名前は、今日からEmer(エマ)という名前です。わたしは貴女をわたしの妻として迎え入れたいと想います。貴女がそれを受け容れる日には、貴女の名前はEmer Gernot(エマ・ゲルノート)という名前になります。さあわたしのエマ、ここはすこし寒いので暖かいお部屋に行って続きを食べましょう。わたしが貴女の為に温かいスープを作ってあげます」
小さな少女エマはパンをしっかと手に握ったまま男に抱き上げられ、食卓の部屋に連れてゆかれました。
まるで動物のような何もわからないエマをここに置いてスープを作りに行くのは不安でしたが、男はエマをテーブルのまえの椅子に座らせると、キッチンへ向かいました。
男がエマが食べやすいようにと野菜を小さく小さく切って作ったスープの鍋を持って戻ってくると、またもや困ったことに、エマの姿がどこにも見えませんでした。
しかし、今回は先程とすこし違いました。エマの笑い声が聴こえてきたからです。
男は窓辺に行ってレースカーテンの透き間からそっとエマを覗いてみました。
エマが何をそんなに楽しそうに笑っているのかと想えば、エマはお庭のなかにある噴水の池のなかに住んでいる魚を捕まえて遊んでいたのでした。
白いドレスは既に泥だらけになっていて、長い黒髪には枯葉がたくさんついていました。
男はそんな一人で遊ぶ楽しそうなエマの様子を眺めながら、悲しい気持ちになったのは確かです。
何故なら、エマにとっての最初の楽しい出来事は、自分との経験であって欲しかったとどこかで願っていたからでした。
エマは楽しいのに、自分は悲しい。この不一致がますます男を悲しくさせるのでした。
それでもエマを迎えて三日目のことです。
エマは初めて男に向かって笑いかけたのでした。
それは男の目を指差して、突然可笑しくてならないという具合にけたけたと虫が入ったように笑いだしたのです。
どうやら男のこの、キョロっと突然動く奇妙なふたつの眼が、エマの眼からは面白いものに見えたのでしょう。
男はこれまで何度か、子供たちに笑われたことがあってそのときはひどく傷ついたことを想いだしました。
しかしエマのその笑い方は、あまりに純真無垢な無邪気さだったからか、男は悲しい気持ちにならず、それよりもエマの笑いに釣られて可笑しくてしょうがなくなったのでエマと一緒に声を出して楽しく笑い合ったのでした。
それから半年の月日が経った頃のことです。
男がエマに絵本を読み聴かせたあとに、エマは突然男に向かって「パッパ」と呼びかけました。
悲しいことに、エマが初めて口にした言葉が男の名前ではなく、その言葉だったのです。
エマがその意味をわかって言っているのかは定かではありませんが、男はエマに向かって優しく言い聴かせました。
「エマ、残念ながら、わたしは貴女のパッパ(父親)ではないのです」
しかしエマは不思議そうな顔を男に向けたまま、また「パッパ」と今度は嬉しそうに呼びました。
男はすこし深刻な顔をして「わたしのことはどうかゾアと呼んでください」とエマに言いました。
それでもエマは楽しそうに小さな身体を男の膝の上で揺らしながら「パッパ、パッパ、パッパ」と何度と繰り返し呼ぶのでした。
男はきっと父親という意味をわからないで発音が面白くてエマは言っているのだと想いました。
「いまはまだ貴女はちいさいから、貴女のパッパでいてあげましょう」
そう微笑んで言ったあとに、「でもいつの日かわたしは貴女の父親ではなくなるのです」と続け、エマを抱き締めました。
エマはそれから三年余り、男のことをパッパと呼びつづけました。
男の危惧の想いはいや増して、どうしても自分のことを名前で呼ばせなくてはならないと気は焦り、エマはまだ7つほどの幼な子でしたが、エマに”本当”のことを打ち明ける決意をしました。
エマはちょうどそのとき、日が傾いたお部屋のなかでお人形遊びをしていたので、男はエマの傍に座って落ち着いた声でゆっくりと話しだしました。
「エマ、今からわたしの言うことを良く聴いてください。今から貴女に、わたしは本当のことを言います。貴女とわたしは、人間ではありません。一人の若い博士が作った人造人間なのです。つまり、人間に創られた存在だということです。他の人間たちは皆、神が創った存在です。しかしわたしと貴女を”生きた”存在にしたのは、他の誰でもない一人の人間なのです。貴女はわたしと違って、人間のように年を取って身体は変化を伴いますが、わたしはまったく30年ほど前から姿形が変わってはいません。貴女はわたしよりも”人間らしい”のです。それでも、貴女は人間と同じように生きてゆくことはできません。何故なら・・・・・・貴女とわたしは、元は死んだ人間だからです。死んだ人間に、博士が新しい魂を入れてくださったのです。この世に、わたしと貴女のような存在はどこにもいないでしょう。貴女は、人間と仲良くしてはなりません。人間は、わたしたちが死んだ人間からできていることを見抜いてしまえば、酷いことをするのです。ですからわたしたちは決して人間に近づいてはならないのです。貴女を学校に行かせて学ばせないのもその為です。貴女とわたしは、ずっとずっと二人で生きてゆかなくてはなりません。わたしは貴女の父親の”まま”でいるつもりはなく、わたしは貴女の夫として存在しているのです。それは貴女の生まれるまえから決まっていることなのです」
エマはおとなしく神妙な顔をして静かに聴いていましたが、突然、長く黒い睫毛の瞼をぱちぱちと瞬かせたかと想うと、たっぷりと涙を目縁(まぶち)に浮かべて声を放った瞬間に、ぽろぽろと真珠のように涙を零しました。
「エマはもう、パッパと呼んじゃいけないの?」
男は自分が生まれたときから大人だったからでしょうか、エマがこれほどまでに自分に父親を求めることが理解できませんでした。
だからエマに向かって、「エマにパッパは存在しないのです」とはっきりと応えましたが、言い終わったあとに、エマがあんまり悲しそうに泣くものですから、エマが不憫でならなくなりました。
男はそれから、三日間、一人で遊ぶエマを影から眺めながら考えました。
エマの為に、あと三年間、あと三年の間だけ、エマの父親でいてあげようと男は決心して、エマに自分のことをパッパと呼ぶことを許しました。
喜んではしゃぐエマを強く抱き締めると、エマは逃れようと身体を捩りながらも「パッパ、パッパ、パッパ」と言って笑いました。
エマが10歳ほどになったときにはきっと、自分を父親ではなく、一人の男として見てくれるようになるだろうと、男はエマを信じることにしました。
やがて三年の月日が流れ、エマが10歳頃の少女になると、男は三年前の約束をエマに想い起こさせるためにエマの遊んでいるお庭へと歩いてゆきました。
広いお庭の樹に囲まれた狭い小道を歩いていると、散った枯葉のなかに小さな白い花が咲いているのを男は見つけました。
おや、こんな季節に春の花が咲いていると男はその花を見つめ、その白いちいさな顔を覗かせる花の姿がエマの愛らしさに重なったものですから、男はその花を摘むと手の平のなかに隠してエマにプレゼントするときっと喜ぶだろうと想いました。
男は樹の木陰に座ってお絵かきをしているエマを見つけました。
そっと近寄ってそばに腰を下ろすとエマが男を見上げて微笑みかけました。
男も微笑み返し、エマが描いていた絵を覗き込みました。
そこには真ん中に小さな女の子が手を繋いでいる両端には男の人と女の人が描かれ、みな嬉しそうに笑っている絵でした。
男は一瞬にして、血の気が引くほどの悲しみを覚えました。
それでも落ち着いてエマにそれぞれの人物について尋ねました。
まず顔から口がはみ出すほど嬉しそうに大きな口で笑っている女の子を指差し、エマに「これは誰ですか?」と尋ねました。
すると予想していた通りに「エマ」、と返事が帰ってきました。
次には、エマの左手と繋いでいる男に指差し尋ねました。
「これは誰ですか?」
エマは男を見上げることなく俯いたまま「パッパ」とだけ答えました。
男は指していた指を、エマを通り過ごして今度はエマの右手を繋ぐ女を指して尋ねました。
「では、これは誰ですか?」
するとエマは俯いていた顔を上げて、半ば男を責めるような顔と声で応えました。
「マム」
男は青褪めた顔でエマに尋ねました。
「いったい、エマのマム(母親)がどこにいるのですか?」
エマはまた深く俯いてしまうと今度は何も答えませんでした。
男は気を取り直してエマを抱き上げて膝に乗せると優しく抱き締め、「わたしの愛するエマ」と言いました。
「わたしの愛するエマ、貴女は三年前のわたしとの大事な約束を憶えていますか?」
エマはまだふてくされた顔をしながら俯き、首を横に振りました。
男はエマの髪を撫でながら言いました。
「わたしの可愛いちいさな花嫁、エマ、わたしは今日から、貴女の夫となるのです。ですから今日からはどうか、わたしのことを名前で呼んでください」
エマは眉間に皺を寄せて、訴えかけるような眼を男に向けながら見詰めました。
男が悲しい眼で見詰め返すと、エマの視線はだんだんと力をなくしてゆき、男の胸の辺りをぼんやりと見詰めていました。
男は先程、無意識に胸ポケットに挿したままの白い花を想いだし、そのちいさな花をエマの黒髪に結んであげました。
そしてエマに向かって、「なんて愛らしい花嫁でしょう。明日は花をたくさん買ってきて、大きな花冠を作ってあげます」と言いました。
エマは男が結んであげた花を無造作に左手で掴みとってしまうと、その花を地面に投げつけました。
そのとき突風が吹いて、小さな花は風に飛ばされてどこかへ行ってしまいました。
男はエマまでどこかへ行ってしまわないようにとしっかりとエマの手を握り締めていましたが、エマは無理やりその手をほどいて駆けて行こうとしたものですから、男はエマを呼びとめようと後ろから追って名を呼びました。
しかしエマはそのまま走ってって、庭の雑木の陰に隠れて見えなくなってしまいました。
男は気づかず水溜りのなかに足をつけていたのでその足を上げると、そこにはへし折れて花びらのほとんど散ったさっきの白い花が泥と枯葉にまみれてあるのを見つけ、男は一層悲しみに暮れながらじっとその無残な青白くなった花を見詰めることしかできませんでした。
エマは次の日から、男に対して大きな抵抗をあからさまに見せるようになりました。
それは男のことを、「パッパ」とは呼ばなくなった代わりに、こんどは「マム」と呼ぶようになってしまったことです。
男はエマの抵抗に酷く傷つき、エマの無垢な目をじっと見詰めて言葉を探していました。
エマに悪気がまったくないように見える以上、何をどう言えば伝わるのか、男はわからなくなってしまったのです。
まだ10歳という歳で親の愛情を求めることは仕方のないことなのだと男は自分に言い聞かせ、エマへの複雑な想いをどうにか宥めようとしました。
それでも男は、エマがなんの意図もなく自分のことをマムと呼ぶことに対して、まるで自分の悲しみがエマに伝わっていないことを知り、余計に悲しくてならなくなるのでした。
だからといって、男は未来に対する希望を手放すことはしませんでした。
何故なら、エマはまだ幼いからです。
エマの寝顔を見詰めながら男は毎晩、胸の奥が熱くなって恍惚とした感覚になる夢想をしました。
自分のことを一人の夫としてエマから愛されるという夢想です。
その年に、男はエマと一緒にお風呂に入っているときに、ほんのすこし膨らんできた小さな胸にそっと手を触れた次の日から、エマは一人でお風呂に入ると言いだしました。
男は自分でもセクシュアルな関心から触れたのかどうかさえよくわかりませんでしたが、エマが自分と一緒にお風呂に入るのを避けたがることを残念に感じながらも、恥らうエマがとても愛おしく想えるのでした。
きっと、あと6年。あと6年もの月日が経てば、エマは16歳の少女となって結婚できる年になり、自分のことを夫として見てくれるようになるはずだ。
そう男は6年後のエマに望みを託して、それまではエマに対して自分はマムの代わりになってあげようと想いました。
そうして長い年月が過ぎ去り、エマはようやく少女が同時に大人の女性として認められる16歳という年の頃になりました。
エマはこの6年間のあいだ、男のことをマムと呼んだり日によってはパッパと呼んだりしてきましたが、男を名前で呼ぶことはありませんでした。
でもこれから先は、どうしても自分の名前を呼ばせなくてはならないと男は想いました。
男はエマの作ってくれた昼食を一緒に食べ、後片付けも一緒にしたあとにいつものお庭のベンチにエマと並んで座り、本を読み聴かせました。
するといつものようにエマは眠くなって男の膝の上に頭を載せ、ベンチに横になって微睡みながら聴いています。
エマが気に入っていた一冊の本を読み終えたあと、静寂が風の音のなかに広がっていました。
男も目を瞑り、白昼夢を見ているような心地のなかで、囁きかけるように言葉を放ちました。
「わたしは今日から、貴女の父と母をやめて、貴女の夫となろうと想います」
そのとき、エマは寝言のように小さな声で返事をしました。
「・・・エマはきっと、恋をしているの」
男も少しうとうととするなか、まるで寝言のようにその言葉に返しました。
「貴女は誰に、恋をしたのでしょう」
エマはくぐもった口調で言いました。
「・・・名前も知らない男の子」
名前・・・名前も・・・・・・知らない・・・男・・・・・・。男はその瞬間、はっと目を醒まし、酷く恐れを感じてエマを激しく揺り起こしました。
エマはただでさえ青い男の顔がさらに青褪めているのを見てギョッとし、目を丸々と見開いて男の目を見詰めました。
男はエマの肩を震える両手で強く揺さぶりながら言いました。
「貴女はいったい・・・誰に、だれにいったい、恋をしたのです」
エマは男のおかしい様子にショックを受け、怒られていることに怯えながら答えました。
「し、知らない男の子・・・エマが公園で遊んでいると、いつも声をかけてきて、エマに描いた上手な絵を見せてくれるの」
男はエマの返事があんまりにも衝撃だった為、見開いた眼が閉じることも忘れ、目はだんだんと充血してきましたが、全身を震わせながらもエマの目から目を一瞬でも離すことができませんでした。
エマは男の様子に恐怖を覚え、心配になったものの、どうしたらよいか困りに困り果てて、じっと黙って男の涙さえ浮かんできた目を見詰め返すことしかできません。
こんなことになるなら、エマを自由に外へ遊びにゆかせることを許すべきではなかったと男は心の底から悔恨に苛まれました。
エマはしまいには恐ろしさと不安から涙をぽとぽとと落とし始め、ちいさく「マム」と呟いて男に抱き着きました。
しかし男は生気が果てたようにエマを抱き返すことも叶わず、エマの身体を力ずくで引き剥がすと自室まで忙然として歩いてゆき、それっきり寝台に倒れ伏せて寝込んでしまいました。
「エマにとって、わたしとは・・・・・・」日が何度暮れても、男は頭のなかで何度と朦朧としながらそう繰り返すばかりでした。
エマは男のことがとても心配でしたが、その苦痛を一時でも忘れたくていつもの公園に出向いては恋をしている男の子を待ちました。
「何の為に、わたしがいるのでしょう」
ある夜に、言いつけも護らず遅くに帰ってきたエマを起こして、男は覆いかぶさる姿勢で穏かに言いました。
エマは男の要求をずっとずっと、本当はわかっていました。
だからずっと苦しんできたのは、エマのほうだと、エマは言葉ではなく、その二つの潤った目で男に向かって訴えてきました。
「そうです。貴女はわたし以上に、苦しんできました。貴女はどうしても、わたしの妻になることを拒むのですね。でもわたしは、貴女を娘とする為に、博士に貴女を創らせたのではないのです。貴女はわたしだけを愛するわたしだけの妻として存在するようにと、ただそれだけの願いによって、この世に生まれたのです。わたしの願いなしに、貴女はどこにも存在しないのです。それに、貴女の身体の基(もと、原料)となった死体と、わたしの身体の基となった死体はまったくの赤の他人であり、決して父と娘のような関係ではなかったのです」
暗がりのなかでランプもつけずに男は怯える目つきをしたエマに向かってそう言うと、言ったあとにハッとした顔をして眼球をころころと動かせながら一点を見詰めました。
どこかきょろっとした目をしながらもひどく狼狽した様子で男は寝台から素早く身を離し、エマの部屋を出て屋敷も出てゆきました。
男は息せき切って、博士のもとを訪ねました。
そして博士に向けて、絶望した眼差しでこう言いました。
「わたしとエマを創りし神よ、あなたはまさか、まさかあなたの選んだわたしとエマの基となった死体は、父と娘であったのではないですか・・・?」
すると博士は静かに頷き、深い息を吐いたあとに答えました。
「愛する我が創造物のゾアよ、どうか赦してくれ。何故ならおまえと彼女の基となる死体は、他にどこにも存在しなかったからである。おまえたちの基となった父と娘は、共にある日不幸に死んで、誰もその死には気づかなかった。しかしわたしが、生きた存在として蘇えらせる為に、何年と保存していたのだ」
男はそれを聞いた途端、がくっと膝から崩れ落ち、床に手をついて項垂れました。
「あなたは一体、わたしと彼女に”何の”実験を望んでいるのか。わたしの望みを、あなたは聴いて、わたしの為に彼女を創ってくださったのではないのですか。エマは苦しみ、わたしも苦しく、他に遣り場が無く、心が痛くてなりません。あなたの望みどおりに、わたしたちは生きているのでしょうか。もし、あなたの望みどおりにわたしたちが生きていないのだとしたら、それでもわたしたちは生きていなければならないのでしょうか。あなたの願いによって、わたしたちは存在しているのではないのですか。どうか望みを、わたしに生きる望みをお与えください。あなたはわたしたちの、わたしたちを愛する親ではありませんか。エマはわたしを、夫として愛することができないのです。あなたは仰いました。彼女はわたしよりも人間らしい存在となると。では人間らしさの不十分なわたしは、この世界でどのように生きてゆけばいいのですか。彼女は人間のように歳を取り、人間のようにその感性は、あまりに複雑です。わたしはいつまで経ってもまるで赤子か死者のように成長することができないのです。あなたはきっと、心のどこかで想っているのです。わたしは”失敗”であり、”不出来”であると。何故ならわたしは、もはや生きる望みを、すべて喪ってしまったのですから。あなたの希望は、失敗であったということです。あなたの願いは不出来であり、不十分であったのです。しかしわたしは、最後にはあなたの望みどおりになりましょう。あなたの実験物は、失敗に終わった為、存在している必要など、どこにもありはしないのです。わかりますか。あなたの望みとは、きっとエマの望みと同じものであるのです。生きていて、わたしがどのように人間から離れてゆくのか、あなたには見えるでしょう。あなたはわたしの願いを叶える存在です。それ以外に、あなたは何者でもありません。わたしを存在させることのできたあなたは、わたしを”もと”に戻すことが、できないはずはありません。エマが最も求める存在は、わたしではない。それだけの理由で、わたしはこの世界に、いる必要など、ないとあなたに最後に願います。これが今あなたの目のまえにある、あなたのわたしに対する一番の望みです。我が主よ、あなたの望みによって、わたしのすべてを喪わせてください」
男は床を見詰めながらそう振り絞った声で言い終わると、ちょうど斬首刑を待つ罪人のようにその首を前に突き出して、両手を胸の上で祈りを捧げるように組みました。
博士はしばらくすると男の頭に右の手を載せ、男の願いを聴き入れました。
男はそのすべてを喪われるまで、愛するエマの顔が見えました。
エマは何故か、いつまでも男に向かって微笑みかけているのです。
すべてを喪われた男のなかで、エマは男の名を呼び、こう囁きかけるのです。
「わたしのたった一人の愛する夫。あなた以外に、わたしは存在しない」
「わたしのたった一人の愛する妻。あなた以外に、わたしは存在しない」
それが男の最期の言葉だったと、博士がエマに告げると、エマはその場にくずおれ、声をあげて泣きました。
Ricky Eat Acid - because
すべてが悲しいものに成り果ててゆく。
俺が悲しいものしか求めないばっかりに。
俺のすべてと俺以外のすべてが悲しいものへと成り果ててゆく。
俺が悲しいものだけに価値を置いたばっかりに。
俺はそれが、悲しい。
俺はそれが、罪しい。
罪しいとは、どうゆうことかとゆうと、俺にもそれが、わからない。
とにかく、俺にはそれが罪しいのよ。
後ろから読むと、いしみつ。
わかるかな、石が、光っとるねんよ。
硬い固い真っ黒な石が、すっごく、てらてらと、てらてらと、てらてらと、嗚呼、彼の目、いしみつって、ゆうやつ、やってんや。
俺を見てる。
それで、愛することに、なるんやろ?
俺は、まだまだ壊れてゆけるからね。
期待していてくれ。
なにからなにまで、悲しい。
本当だよ。
信じていてくれ。
いしみっつ置いて、もう帰ってくれ。
おまえのなにからなにまで、悲しいからいとおしい。
おまえに見詰められたまま死ぬのんは、いと惜しい。
精々、種が絶えるまで生きて、死んでくれ。
おい、なかになにがみえる。
おまえのすべては……
真っ暗なんだ。
愛しているよ。
俺が悲しいものしか求めないばっかりに。
俺のすべてと俺以外のすべてが悲しいものへと成り果ててゆく。
俺が悲しいものだけに価値を置いたばっかりに。
俺はそれが、悲しい。
俺はそれが、罪しい。
罪しいとは、どうゆうことかとゆうと、俺にもそれが、わからない。
とにかく、俺にはそれが罪しいのよ。
後ろから読むと、いしみつ。
わかるかな、石が、光っとるねんよ。
硬い固い真っ黒な石が、すっごく、てらてらと、てらてらと、てらてらと、嗚呼、彼の目、いしみつって、ゆうやつ、やってんや。
俺を見てる。
それで、愛することに、なるんやろ?
俺は、まだまだ壊れてゆけるからね。
期待していてくれ。
なにからなにまで、悲しい。
本当だよ。
信じていてくれ。
いしみっつ置いて、もう帰ってくれ。
おまえのなにからなにまで、悲しいからいとおしい。
おまえに見詰められたまま死ぬのんは、いと惜しい。
精々、種が絶えるまで生きて、死んでくれ。
おい、なかになにがみえる。
おまえのすべては……
真っ暗なんだ。
愛しているよ。
寝て目が醒めるとすべてが喪われた世界で。
夢のなかは喪われたものすべてが存在している世界であることに気づき。
彼方(あちら)を想いだそうと奮闘するも虚しく。
残骸となったちいさな欠片ひとつぶたつしか此処には残されていない。
もしはっきりと想い描くことができたのであればこの虚しさも幾分安らいだに違いない。
わたしは彼方では、こどものように無邪気であった。
知らないこどもたちに囲まれ、その絆は深いもののように想えた。
彼らは不安な遊びに興じている。
わたしははじまりからおわりまで、わたしだけ”人間ではないもの”の役を遊んでいたように想う。
いつも暗がりでわたしたちは遊びごとを真剣に遣っていた。
わたしは自分で決めたかだれかに決められたかしたこの役を、だれからも降ろされるときは来なかった。
ただただ夢中になって遊び、世界にどんな面倒なことがあるかを考えることもなかった。
それでもわたしたちの遊びは、どこまでも不安で、危ないものであることを知っているようだった。
わたしたちを好ましく想わない連中がいるのを知り、わたしたちは夜のプールへと来た。
このプールのどこかに幾つもの危険な罠が仕掛けられている。それを探してた。
こどもたちは夜のプールに平気で入る。
罠を発見したが、これはもしかしたら罠に掛かっている状態なのかもしれない。
こどもたちは、本当に危ない遊びが好きなのだ。
わたしがどんなに入るなと叫んでも、もう彼らは夜のプールの底に消えたあとだ。
目が醒めて、あのなかで、わたし以外の全員が、”人間ではないもの”であったことに気づく。
夢のなかは喪われたものすべてが存在している世界であることに気づき。
彼方(あちら)を想いだそうと奮闘するも虚しく。
残骸となったちいさな欠片ひとつぶたつしか此処には残されていない。
もしはっきりと想い描くことができたのであればこの虚しさも幾分安らいだに違いない。
わたしは彼方では、こどものように無邪気であった。
知らないこどもたちに囲まれ、その絆は深いもののように想えた。
彼らは不安な遊びに興じている。
わたしははじまりからおわりまで、わたしだけ”人間ではないもの”の役を遊んでいたように想う。
いつも暗がりでわたしたちは遊びごとを真剣に遣っていた。
わたしは自分で決めたかだれかに決められたかしたこの役を、だれからも降ろされるときは来なかった。
ただただ夢中になって遊び、世界にどんな面倒なことがあるかを考えることもなかった。
それでもわたしたちの遊びは、どこまでも不安で、危ないものであることを知っているようだった。
わたしたちを好ましく想わない連中がいるのを知り、わたしたちは夜のプールへと来た。
このプールのどこかに幾つもの危険な罠が仕掛けられている。それを探してた。
こどもたちは夜のプールに平気で入る。
罠を発見したが、これはもしかしたら罠に掛かっている状態なのかもしれない。
こどもたちは、本当に危ない遊びが好きなのだ。
わたしがどんなに入るなと叫んでも、もう彼らは夜のプールの底に消えたあとだ。
目が醒めて、あのなかで、わたし以外の全員が、”人間ではないもの”であったことに気づく。
御前の死顔なんて、誰も見たくない。
御前の死顔なんて、気持ち悪いから、誰も見たがらない。
うるさい黙れ、死ね、御前を愛している。
御前の死顔なんて、考えると吐気がする。
御前の死顔は、朝顔の様。
青褪めて、枯れゆくばかり。
御前の生顔は、死顔の様。
いつものその笑顔が、誰かを不幸にさせる。
いつも御前の笑顔が、誰かを地獄に堕とす。
死ねや、御前の死顔を、俺が写真に撮ってやろう。
御前の死顔なんて、気持ち悪いから、誰も見たがらない。
うるさい黙れ、死ね、御前を愛している。
御前の死顔なんて、考えると吐気がする。
御前の死顔は、朝顔の様。
青褪めて、枯れゆくばかり。
御前の生顔は、死顔の様。
いつものその笑顔が、誰かを不幸にさせる。
いつも御前の笑顔が、誰かを地獄に堕とす。
死ねや、御前の死顔を、俺が写真に撮ってやろう。
いったい彼と骨の関係とはなんなんだ。
”骨”がやたら目に付く。
彼と骨、この二つのパーツから、俺は、やがて世界を創りあげてゆく。
人骨とゆうのは、組み立てて漸く、人間の形をするものであるが、これが散らばっていた場合、なんでこれを誰が組み立てて人間になったのか。
骨がなければ、人間も蛸みたいにふんにゃふんにゃである。
俺はいつの日か、彼氏の上に跨り、「御前以外の男でも俺は濡れるんだよ」と言って遣ったことがあるが、その瞬間、そのビンビンのギンギンだったモノが、ふにゃっとなった瞬間を俺は見たことがあるが、実にあれみたいな感じになるのであろうって俺は何ゆうてるねん。
俺は何を言いたいのかとゆうとお、人間は肉より先に、骨で出来ているということをお、言いたいのである。
肉は結構すぐに土に帰るが、骨とゆうもんは結構経ってもまだ骨のままで、土に帰ることがないのである。
帰りづらいとゆうのは何が原因かとゆうとこれは肉よりも骨がこの世に未練の強いことを証しているのではないかと俺は考えるのである。
骨とはつまり、肉よりも人間らしいとゆうことである。
しかし向こうから骨だけが歩いてきて「よおー俺は人間だろう?間違いないぜ。俺は人間だ。あほかぼけ、認めろ、人間だっつったら俺は人間だよ」と言われたところで、納得が行かないのがこれ人間であろう。
それは骸骨で人骨であるのは間違いないが、”人間”であるのかと問われれば、人間とゆうのはやっぱり骨の上に肉がついて、初めて人間と言えるのではないかと確信するのである。
するとこんだ、向こうの坂道の上から人骨に肉をあたかも毛を剃られたプードル犬のようにところどころにつけた者が歩いてきて「どうだ、これで俺は骨の上に肉つけてっから人間だと言えるだろ、どうなんだ、おい」と偉そうに言われたものの、よく見ると肉の付いていない部分の面積のほうが大きく、しかも顔は鼻の先っちょと顎の部分にしか肉が付いていなかったので非常に気持ち悪い存在で、俺はこれにも肯定することがどうもできかねたのである。
ここで俺は、漸く、どうやら人間とゆうもんは、骨の上に満遍なく肉をつけている状態が人間と想えるのではないかと想ったのである。
そしたら向こうから、骨の上にびらびらな花びら茸みたいな感じに薄切りの肉を、つけた者がこちらへひょっこひょっこと歩いてきて、こう言ったのである。
「やあ、ぼくは人間ってゆう者だ。信じてくれ。だって君の言ったとおり、これ見て、ちゃぁんと肉をええ感じに骨が見えないくらいに付けてるでしょ。神よ、我を人間であると認めたまえ」と言った。
俺はその存在が、吐き気がするほど不快だったので、相手が言い終わる前に「おまえは人間やない」と断言した。
相手は俺を三度見、四度見くらいしたが、何か言いたそうな顔をしながらもすごすごとおとなしく来た道をまたひょっこひょっこと戻って行った。
とりあえず、ここまで来て、俺は何が人間であるのかとゆうことを、上手く言葉にできなくなったのであった。
今度またなんかゆうたら、もっとおぞましい存在が来るのだろうなと想うと、何も言いたくない、何も決めたくないと想ったのである。
それだから俺は今度は消去法で行くことにした。
まずは骨だけの存在は、人間じゃあない。
さらに肉だけの存在も、人間じゃあない。
そして魂だけの存在も、人間じゃあない。
とにかく、人間らしく見えたら人間で、人間らしく見えなければ人間じゃあない。と俺は最後にゆうてしまったがために、向こうの山手から、何やらわらわらと、人混みの波が押し寄せてきて、俺の目のまえに走ってくると、全員が同時に俺に向かって、大声で抗議を行ないだしたので、俺は手の甲で額の脂汗を拭いながら、「いや、ちゃうんです、ほんま、俺が間違っていた、俺が悪かった。俺は別にそんなことが言いたくて、今までこの記事を書いてきたわけではないと想うんやんかあ、でもまあ何が書きたかってんやろうなあ、俺もほんまわからんくなってるねーん、すんまへん、この通り、俺を赦せ、神よ、神よ!」と叫びながら土下座をしつつ、しまいに「もう、なんでもええっかあ、人間っちゅうもんは、はは」と笑うと、目のまえに仰山おった化け物たちが、俺を見て、美しい笑みを浮かべていたものだ。
”骨”がやたら目に付く。
彼と骨、この二つのパーツから、俺は、やがて世界を創りあげてゆく。
人骨とゆうのは、組み立てて漸く、人間の形をするものであるが、これが散らばっていた場合、なんでこれを誰が組み立てて人間になったのか。
骨がなければ、人間も蛸みたいにふんにゃふんにゃである。
俺はいつの日か、彼氏の上に跨り、「御前以外の男でも俺は濡れるんだよ」と言って遣ったことがあるが、その瞬間、そのビンビンのギンギンだったモノが、ふにゃっとなった瞬間を俺は見たことがあるが、実にあれみたいな感じになるのであろうって俺は何ゆうてるねん。
俺は何を言いたいのかとゆうとお、人間は肉より先に、骨で出来ているということをお、言いたいのである。
肉は結構すぐに土に帰るが、骨とゆうもんは結構経ってもまだ骨のままで、土に帰ることがないのである。
帰りづらいとゆうのは何が原因かとゆうとこれは肉よりも骨がこの世に未練の強いことを証しているのではないかと俺は考えるのである。
骨とはつまり、肉よりも人間らしいとゆうことである。
しかし向こうから骨だけが歩いてきて「よおー俺は人間だろう?間違いないぜ。俺は人間だ。あほかぼけ、認めろ、人間だっつったら俺は人間だよ」と言われたところで、納得が行かないのがこれ人間であろう。
それは骸骨で人骨であるのは間違いないが、”人間”であるのかと問われれば、人間とゆうのはやっぱり骨の上に肉がついて、初めて人間と言えるのではないかと確信するのである。
するとこんだ、向こうの坂道の上から人骨に肉をあたかも毛を剃られたプードル犬のようにところどころにつけた者が歩いてきて「どうだ、これで俺は骨の上に肉つけてっから人間だと言えるだろ、どうなんだ、おい」と偉そうに言われたものの、よく見ると肉の付いていない部分の面積のほうが大きく、しかも顔は鼻の先っちょと顎の部分にしか肉が付いていなかったので非常に気持ち悪い存在で、俺はこれにも肯定することがどうもできかねたのである。
ここで俺は、漸く、どうやら人間とゆうもんは、骨の上に満遍なく肉をつけている状態が人間と想えるのではないかと想ったのである。
そしたら向こうから、骨の上にびらびらな花びら茸みたいな感じに薄切りの肉を、つけた者がこちらへひょっこひょっこと歩いてきて、こう言ったのである。
「やあ、ぼくは人間ってゆう者だ。信じてくれ。だって君の言ったとおり、これ見て、ちゃぁんと肉をええ感じに骨が見えないくらいに付けてるでしょ。神よ、我を人間であると認めたまえ」と言った。
俺はその存在が、吐き気がするほど不快だったので、相手が言い終わる前に「おまえは人間やない」と断言した。
相手は俺を三度見、四度見くらいしたが、何か言いたそうな顔をしながらもすごすごとおとなしく来た道をまたひょっこひょっこと戻って行った。
とりあえず、ここまで来て、俺は何が人間であるのかとゆうことを、上手く言葉にできなくなったのであった。
今度またなんかゆうたら、もっとおぞましい存在が来るのだろうなと想うと、何も言いたくない、何も決めたくないと想ったのである。
それだから俺は今度は消去法で行くことにした。
まずは骨だけの存在は、人間じゃあない。
さらに肉だけの存在も、人間じゃあない。
そして魂だけの存在も、人間じゃあない。
とにかく、人間らしく見えたら人間で、人間らしく見えなければ人間じゃあない。と俺は最後にゆうてしまったがために、向こうの山手から、何やらわらわらと、人混みの波が押し寄せてきて、俺の目のまえに走ってくると、全員が同時に俺に向かって、大声で抗議を行ないだしたので、俺は手の甲で額の脂汗を拭いながら、「いや、ちゃうんです、ほんま、俺が間違っていた、俺が悪かった。俺は別にそんなことが言いたくて、今までこの記事を書いてきたわけではないと想うんやんかあ、でもまあ何が書きたかってんやろうなあ、俺もほんまわからんくなってるねーん、すんまへん、この通り、俺を赦せ、神よ、神よ!」と叫びながら土下座をしつつ、しまいに「もう、なんでもええっかあ、人間っちゅうもんは、はは」と笑うと、目のまえに仰山おった化け物たちが、俺を見て、美しい笑みを浮かべていたものだ。
きついなぁ、何がきついって、この、肋間神経痛というもんに、俺ははずめで、罹ったらしく。
きついんすわ、この胸の痛みがごっつぅ。
はぁ、くしゃみをするとね、すっげー痛くってぇ、もー何の因果かと想えば、うわっ、俺ってば、因果のデパートやんけっ、つってぇ、因果でしか出来ていない想像物であったことを想いだしたのぉ。
つらいな、年取ると、こうやって、身体の節々の痛み苦しみを耐えて生きてゆかねばならぬのか。
まぁまだ肋間神経痛と決まったことやあらへんし、身体がつらいと、精神もそらつらく、落ち込みますもんです。
俺は俺が病気に罹ったということに俺が俺自身に対しておも糞腹が立っているのである。
くっそお、っくぅぅぅぅぅぅぅっ、と唸り続けたくなるほど俺は俺に対し、ムカついているので、先程、自分の自画像なんかを可愛く、ハロウィンコラージュなぁんてしていたのぉ。
そしたらば、突如、カメラのボタンをおらはクリックしてしまい、おらの顔がアイフォンの液晶に映ったのぉ。
それを見たら、老けた落ち武者がこちらを覗いているが如くの、あまりにも酷い有様だったので、俺は自分自身に対して「こらあんまりやろ」と呟き、風呂場へと行き勇み、髪をブラッシングしたのである。
そして、俺は、初めての鏡越しの俺という写真を撮ってみてこましたろやないけ、と思い至り、俺はアイフォンを右手に持ち風呂場へと歩いて、風呂場に着いたらば、俺は早速このスマホの自画像セルフ撮りならず鏡越しに我が身を写するということに成功したのであった。
と、なんだか大袈裟な感じであるが、俺はこれがおもろかったので、めっさ笑ってる気色の悪い写真が数枚撮れたので、ここに載せることと相成った。
わたくしの鏡越しの人生初の写真をとくと御賞味の上に御覧あれぃ。
どうですか、この一人でむっさ笑うてる気味の悪い女。
ほんま、何がそんなにおかしいのか、ただたんにうまく撮れないというだけで、俺は女子高生のごときにここまで笑える人間なので、たぶんその因果で左胸も痛んでいるのであろう。
笑う人間の罪とは深いんですか!
って誰にゆうてるかわかりまへんけろも、気持ち悪いなぁ、ほんま自分の顔って。
気持ち悪いからもう、全員に見せたくなる顔だなぁ!
と言いつつも、ちゃっかしいい写真だけをアップしてるぅ?
これが今日コラージュしたものでげす。
それではみなはん、ご機嫌麗しゅう。
ところでキミの鏡に映っているのは本当の君ですか?
きついんすわ、この胸の痛みがごっつぅ。
はぁ、くしゃみをするとね、すっげー痛くってぇ、もー何の因果かと想えば、うわっ、俺ってば、因果のデパートやんけっ、つってぇ、因果でしか出来ていない想像物であったことを想いだしたのぉ。
つらいな、年取ると、こうやって、身体の節々の痛み苦しみを耐えて生きてゆかねばならぬのか。
まぁまだ肋間神経痛と決まったことやあらへんし、身体がつらいと、精神もそらつらく、落ち込みますもんです。
俺は俺が病気に罹ったということに俺が俺自身に対しておも糞腹が立っているのである。
くっそお、っくぅぅぅぅぅぅぅっ、と唸り続けたくなるほど俺は俺に対し、ムカついているので、先程、自分の自画像なんかを可愛く、ハロウィンコラージュなぁんてしていたのぉ。
そしたらば、突如、カメラのボタンをおらはクリックしてしまい、おらの顔がアイフォンの液晶に映ったのぉ。
それを見たら、老けた落ち武者がこちらを覗いているが如くの、あまりにも酷い有様だったので、俺は自分自身に対して「こらあんまりやろ」と呟き、風呂場へと行き勇み、髪をブラッシングしたのである。
そして、俺は、初めての鏡越しの俺という写真を撮ってみてこましたろやないけ、と思い至り、俺はアイフォンを右手に持ち風呂場へと歩いて、風呂場に着いたらば、俺は早速このスマホの自画像セルフ撮りならず鏡越しに我が身を写するということに成功したのであった。
と、なんだか大袈裟な感じであるが、俺はこれがおもろかったので、めっさ笑ってる気色の悪い写真が数枚撮れたので、ここに載せることと相成った。
わたくしの鏡越しの人生初の写真をとくと御賞味の上に御覧あれぃ。
どうですか、この一人でむっさ笑うてる気味の悪い女。
ほんま、何がそんなにおかしいのか、ただたんにうまく撮れないというだけで、俺は女子高生のごときにここまで笑える人間なので、たぶんその因果で左胸も痛んでいるのであろう。
笑う人間の罪とは深いんですか!
って誰にゆうてるかわかりまへんけろも、気持ち悪いなぁ、ほんま自分の顔って。
気持ち悪いからもう、全員に見せたくなる顔だなぁ!
と言いつつも、ちゃっかしいい写真だけをアップしてるぅ?
これが今日コラージュしたものでげす。
それではみなはん、ご機嫌麗しゅう。
ところでキミの鏡に映っているのは本当の君ですか?
今日は、待ちに待ったハッピーハロウィンパーティーだ。
ボクはこの日を、どれだけ、どんだけ、待ち侘びたことか。
きっとボクのこの、うきうき感、わくわく感は誰にも想像だに出来ないに違いあるまい。
何故なら、ボクはハロウィンパーティーというものに、行った例(ためし)がこれまで一度たりともありはしないのだからね。
ボクの初めての経験、きっとその体験は、ボクの想像を遥かに超えることと願っている。
ボクは、散らかったままの部屋に置いていたのでくっちゃくっちゃになってしまった”Happy ハロウィンパーティー”と題されたチラシを、椅子に座って膝の上に置き、じっと眺めた。
対象:3歳~小学6年生
参加費:500円
と書かれてある。
良かった。年齢制限は、ぎりぎりイケてる。
ボクは、今年で36歳だから、なんとか、なんとか、なんとかアレして、アレとコレとタレとかしたら、イケるだろう。たぶん。
だって、ハロウィンパーティーと言えば、そう、仮装パーティーである。
みんなアホみたいな、被りもんとか、けったいな着ぐるみとか、恐ろしい仮面(覆面、マスク)などをして家を出るパーティーだと言うではないか。
ボクはそれを、利用しない手立てはないであろう。
それを利用せずして、なにを利用して、ボクはこの10月を越したらええんだ。
苦役の塊みたいなこの恐怖の年末に近づく十月を。
えっ?もう十月?ま、まさか・・・なんでこんな時が経つの早いかって?そらボクが、家にずっといてるからなの?教えてジャーニー。ジャーニーってどこの誰ですか?はい?hey!
そんな憂鬱なことを考えるのはもうよそうぜ。もうすぐハッピーなハローウィンパーティーなのだから。
そして、遣って参りました。待ちに待った、ハッピーハロウィンパーティーの日が。
時間は、AM11:00~ あと一時間後だ!急げや急げ、ぼくはシャワーをさっと浴び、裸の上に、でっかくて白い大きなシーツで作った衣服をすっぽりと頭から被った。
これでどこからどう見ても、おばけの格好の仮装をした、小学6年生の少女に見えるに違いあるまい。
何故ならば、外から見えるボクのこの、肉体という被り物は、穴を二つ開けた、目の部分、ただそこだけなのだから!
とにかくボクは、時間が迫っていたので、産まれたままの姿に白いシーツを一枚被っただけの格好で、何も持たず、外へ走り出た。
勿論、ノーブラだから(ってかボクは胸が小さいためいつもノーブラだが)、乳首が、36歳の熟女の乳首の感じに透けて見えてたら、そらヤバイので、ボクは思い切り猫背になって、絶対に乳首が見つからないようにと意識して、ボクは十字路を駆け抜けた。
一瞬、突風がやってきて、あたかもスカートが舞い上がるマリリン・モンローの如くになりかけたが、あのシーンは「七年目の浮気」という1955年の恋愛コメディ映画のワンシーンらしいが、ボクとしたことが!まだ観られていなかった為に、そのシーンを真似できなくて、ひっじょおに残念でならなかった。
この白い被り物のシーツが舞い上がってしまっては、ポリコオを呼ばれて、職務質問されるか、もしくは下手したら露出狂者と誤解されて、留置所送りなんてことになるやも知れず、そんなこととなってはボクの楽しみでハッピーなハロウィンパーティーに参加して、Happy Halloween!!とそこらかしこで叫んで讃歌できないではないか。
そんなこととなって溜まるかあっとボクは全身でシーツが舞い上がるのをくるくると駒のように回りながら押さえつけて回避した。
そしてまたもや同じような突風によってシーツが舞い上がることを防ぐため、ボクはそのままくるくるとシーツを押さえて回りながらHappy ハロウィンパーティーが行なわれる最寄り駅すぐ近くの”ジャック英会話教室”の前にやっと辿り着いた。
窓辺の棚には、たくさんのカボチャやおばけやコウモリなどのハロウィンの飾付けがあったが、その奥にはもっと華やかな天井から釣り下がったジャック・オー・ランタンや、髑髏(どくろ)や案山子(かかし)のおもちゃやゴス(goth)チックなお城の飾りが見えたので、ボクの胸は、それはそれはときめいたことだ。
ボクは胸に手を当てて、ドキドキワクワクしながら、英会話教室のドアを開けた。
チャリラリランランラーンみたいなアンティークなドアベルの音が鳴った。
まるでボクがこの空間に現れたことを待ち望んでいて、それを天使が祝福しているかのような音だったのでボクの胸はそれはそれは喜びに沸き立った。
ボクのなかに、それまであった、もしかしたら年齢制限でばれて、帰らされるかもしれんばい。という不安は消え去って、ボクの心はこれから巻き起こる愉快で幸せな出来事の数々に想いを馳せては、その場に黙って立ちすくんでいた。
ここで待っていたらば、きっと誰かがやってきて、なんかゆうてくれるに違いないと想ったからである。
しかし十分近く待っていたが、誰もまだやってはこなかった。
ボクは辛抱が切れて、退屈だったので教室のなかを回って、回ってと言ってもくるくると先ほどのように回転したのではなく、この空間内を見て回った。
ボクはテーブルの上に置かれてある馬鹿でかいパンプキンのジャック・オー・ランタンの器用にくり抜かれた顔を近づいて眺めていた。
そのときである。
教室のなかが突如、薄暗くなった。ライトが全て落ちたようである。
そして次の瞬間、ドアを開けて、ものすごい勢いで声をあげてはしゃぎながら十何人かの子供たちが走って教室内に入ってきた。
みな面白くて愉快で可愛らしい仮装をしているから、顔もわからない子達ばかりだった。
ボクは互いに顔が見えないものの、すこしく緊張した。
ボクだけが、きっとこのなかで子供でないからだ。
でもボクは大人だと気(け)取られたらまずいので、子供たちと一緒になってこのロリ声を生かして、子供のような声を出してはしゃぎ回った。
どうやらボクのことを感づいている人間はここにはまだいないようだと見受けられたのでボクはほっとした。
ボクは緊張がほどけたところに、尿意が気になったので、トイレがどこにあるかを探した。
この部屋を抜けるドアを開けると、そこには狭い廊下があり、廊下にはいくつかのドアがあった。
二つ目のドアに”washroom”と表示されてあったのでそのドアを開けようとしたそのとき、ちょうどドアが開いてなかから人が出てきた。
大きな狼のような頭だけの被り物を被って黒いスーツを着こなした背の高い人間であった。
狼は視界が悪いからか、大きな頭を振って振り向いたため、その突き出た鼻の先がボクの鼻先をかすめ、ボクは勢いよく退こうとしたために滑って尻餅を床に着いた。
危ないことに、もう少しでシーツが捲(まく)れてボクの熟女的な生々しい生脚が露わになる寸前でボクはひっしと押さえ込んだので多分相手に見られることはなかったはずである。
相手はさすが英会話教室に来るだけの人間である。
完璧そうな英語でボクに手を差し出しながら狼のその口から申し訳なさそうな言い方で「I’m terribly sorry(誠に申し訳ない)」と言った。
口ではそう言ってはいるが、狼の被り物を外せば笑いながら言ってるやも知れず、ボクはひどくムカッと来て、つい口から言葉が勝手に外に出てしまった。
「もうすこしで、ボクは鼻の骨を折るところだった!」
そんな言葉がつい出てしまったのも、この狼の人間が男性であったことがわかったからであろう。
ボクは自分でここにやって来ておきながら、英語がペラペラだとかの、インテリな男には無性に妬ましさから来るムカつく想いを普段から抱えて生きているからである。
しかし言った瞬間に、ボクはひどく後悔した。
一つは大袈裟すぎる言い分であったのは確かだし、この口の利き方が大人だとばれてしまうのではないかと危ぶんだからだ。
でも相手に対してムカついている想いは変わらないし、言ったことにスッキリとしたのもあって、ボクは差しだされた手をスルーして一人で立ち上がってから無言で相手をよけてwashroomのなかに入ろうとした。
すると相手の狼男が後ろから、「あの、ちょっと待ってください」と穏かな声で言ったので、ボクは一体なんなんだという気持ちで振り返って相手の狼の顔を正面から見た。
狼は口を動かさずに、「Happy Halloween」とだけ言った。
ボクはなんでトイレに行くのを拒まれてまでこの言葉を相手から掛けられなくてはならなかったのかが全くわからなかったが、これに無視すると後々面倒なことになる気がしたので、ボクも眼も笑わずに相手に向かって、口も極力動かさぬようにして、「Happy Halloween」とだけぼそっと言って返した。
相手は微笑むこともせず(被り物だからなかで微笑んでいてもわからないため)、黙って立ちすくんでいたので、ボクも黙ってwashroomのドアを開けてなかに入った。
用を足し終わって、スッキリしてwashroomの外へ出た。
先ほどの狼男が、何やらわざとらしく、廊下の壁の飾り付けを行なっていた。
そしてボクに気づくと、恭(うやうや)しくも頭を下げたあとに近づいてきてこう言った。
「キミと会うのは多分初めてですね?身長が大きいから、6年生でしょうか?」
ボクはさっきの偉そうな態度を改め、もじもじと身体をくねらせて可愛い6年生の少女を装いながら答えた。
「うん、ボク、小学6年生。あ、ボク、って言ってるけどぉ、ボク、女子なんだぁ。ところで、あなたは誰ですか?」
狼男はまたもや手を差し伸べながら言った。
「当たりましたね。はじめまして。わたしはこの英会話教室で英会話の先生をやっているジャック・ザドクという名前の者です。英会話に興味がありますか?」
ボクはそれを聞いたとたん、しまったあっと心内で叫んだ。
よりにもよって、ハロウィンパーティーの主催者であるだろうこの英会話教室の先生に向かって、あのような牙を剥いてしまったのであった。
ボクは無邪気に微笑む顔を作って、相手の手をシーツ越しに握って言った。
「はじめまして。先生だったんだね。さっきはちょっと言い過ぎてしまって、どうもアイムソーリィー。ボクは英会話ぜんぜん駄目だけど、興味はあるよ!」
ボクの手は緊張で汗ばんでいたが、何故か相手は握り締めたまま話し出した。
「いえいえわたしのほうが本当にごめんなさい。どうもこの狼の頭が、視界がすこし悪くて、キミがいることに全く気づけませんでした。危ないので、あとでもう外そうかと悩んでいるところです。英会話に興味があるのはとても良いことですね。今なら秋の入会キャンペーンを実施していて、10,000円の入会金を全額免除と、それから本年度の年会費6,500円も全額免除で無料となっていますから、もしこの教室に入会したいなら、今月の末までにわたしにお電話でもいいので、伝えてください。その時に詳しくお話しますから」
ボクは英会話教室に入会する気などさらさらなかったが、好印象を与えておけば、何かと有利だと想ったので、微笑んで返した。
「ボク、英語苦手だけど、先生みたいな優しそうな人が教えてくれたら、覚えられるかもしれない!今日帰ったら、うちのママに相談してみる!」
「今日は一人でここへ来たのですか?」
「そうだよ。友達や兄弟も来たそうだったけど、ちょっと他に用事があったから」
「そうですか、一人でよくぞ来てくれましたね。わたしはとても嬉しいです。Happy Halloween!!」
「Happy Halloween!!」
二人ではははっと笑ってボクはそのあと、彼と一緒に廊下の枯葉リースの飾り付けを手伝った。
こんなことをしにここへやってきたわけじゃないので実に面倒だったが、ここで面倒な手伝いも快く引き受ける心優しく気立ての良い少女を演じてさえいれば、後々に待ち受ける可能性のある成人だとばれて無言の軽蔑と侮蔑と差別的な眼を向けられる未来の責務を大幅に免除してもらえるやも知れないので、ボクは嫌々ながらも甲斐甲斐しくこれを狼ジャック先生と一緒に他愛(たわい)のない会話をしながら遣り通した。
そしてすべての装飾を終えると、ボクと先生は子供たちのいる部屋へと戻った。
覆面の顔の見えない子供たちと一緒に遊ぶパーティーは、いつまでも続くような気がした。
でもボクの当てたビンゴゲームの景品が何故か、封を開けたら赤ワインだった・・・・・・
ジャック先生に手渡された景品だ。
もしかして、先生はボクが成人であることに気づいて、お酒をボクにプレゼントした・・・・・・?
ボクはお酒が大好きなので、こんなに楽しいパーティーに、お酒が無くてどうする?という想いをお酒切れなくなって、じゃない・・・押さえ切れなくなって、ボクはこっそりパーティーの部屋を抜けて、違う部屋に行って、一人で瓶のまま赤ワインを飲んだ・・・・・・
それにしてもこの部屋は、なんてすっきりとした何にも無い、テーブルが一つあるだけの部屋だ。
使われていない部屋なのだろうか。
まぁそんなこと、なんだっていいけれど。
ボクはお酒を飲みすぎて、冷たく白い床に横になった。
あの部屋から、子供たちとジャック先生の楽しそうな遊ぶ声が聴こえる。
あの先生、一体どんな顔をしているんだろう?
声はまぁ、すっごくタイプだけども・・・・・・
ジャック先生の声で、ボクは目が醒めた。
どうやらあのまま、眠ってしまったようだ・・・・・・
もう子供たちは、みんな帰ってしまいました。
この教室には、今はわたしとあなたしかいません。
ジャック先生?とても暗い。灯りをつけて。
ありがとう。明るいけど、どうして先生の顔のなかに灯りがともっているの?
それはわたしのなかは空っぽだからですよ。
そんなはずはないよ。先生は被り物じゃなくって、人間なんだから。
それはあなたが一番よくご存知ではありませんか?
どういうこと?ボクは先生のこと、なにも知らないはずだよ。
今日会ったばかりなのだから。
今日は何の日ですか?
勿論、ハロウィンの日だよ。
では、”Trick or Treat”(トリック・オア・トリート)貴女の甘いお菓子をわたしにくれないならば、貴女に悪さをしますよ。
生憎(あいにく)、ボクは今なんにも持ってないんだ。ごめんなさい。
では貴女にわたしは悪さをします。
それはやめてよ。どうか免除して欲しい。英会話教室に入室するから。
では免除をしますから、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
だから何も持ってないんだ。急いで来ちゃって、忘れてきちゃったんだよ・・・
貴女は今、ちゃんと甘いお菓子を持っています。それをわたしにください。
甘いお菓子って、いったいなんのこと?
貴女のその被り物の下にあるものです。
許してよ。本当に何も持ってこなかったんだから。
貴女はわたしの一番欲しい甘いお菓子をちゃんと持っているのです。
ですから、その被り物を剥がしてください。
これは・・・剥がせないよ。
何故ですか?
何故って・・・見られたくないから。
わたしに?
そうだよ。
でもそれを剥がさないなら、わたしはあなたに悪いことをしますよ。
悪いことって一体どんなこと?
貴女のまだ、行ったことのない場所に、貴女を連れてゆきますよ。
そこはどんなところ?
知ればきっと、貴女は行きたくないと言うでしょう。
キミは行ったことがあるの?
わたしは夢で、行ったことがあります。
どんなところだった?
貴女が知るなら、きっと行きたくないと貴女は言うでしょう。
そんなに恐ろしいところなの?
恐ろしいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決めることではありません。
いいから教えてよ。そこはどこにあるの?
では一つお教えします。そこは、死者と生者の、境目の世界です。
境目って・・・一体どんなところなんだろう?想像するのも難しいな。
そこに行くってことは、死んでも生きてもいないの?
そうです。死ぬことも生きることも、赦されません。
苦しいところなの?
苦しいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決められることではありません。
キミが夢で行ってみたとき、苦しかったかどうかを訊いてるんだよ。
わたしはとても苦しかったです。
どんな風に?どうして?
貴女がそこにいなかったから。どんな風に・・・言い表すのはとても難しいものです。
ボクがそこにいないって、当然じゃないか?ボクとキミは今日出会ったばかりなんだから。
そうでしょうか。貴女がその被り物を剥がせば、わかることです。
一体どういうことなのか、わからないよ・・・。他に選択肢は無いの?
では貴女の為に、他にもう一つ、最後の選択肢をあげましょう。
三つ目の選択肢、それは、わたしは貴女を壊してしまおうと想います。
壊す・・・・・・?そんな恐ろしいことを言わないでよ。ボクはモノじゃないんだから。
そうですか。では二つの選択肢から、貴女は選んでください。
ただのハロウィンのお遊びでしょう?なんでそんな深刻な選択肢しかないの?
深刻なお遊びは、お嫌いですか。
好きじゃないよ。さっきからすこし、吐き気も感じている。飲み物を飲みすぎたからかもしれないけれど・・・
貴女はどうか、その被り物を剥がしてもらえませんか。わたしはもうすでに、あなたの中身を知っているのです。
えっ、そうなの・・・?ばれちゃってたか、やっぱし・・・
はい。勿論です。貴女がわたしを騙すなど、できるはずもありません。
ごめんなさい・・・。素直に謝罪するよ。でもふざけてたわけじゃなくて、ボクは真剣にこのパーティーに参加したくって・・・
謝罪は必要ありません。しかし貴女は、どうかわたしの前でその被り物をすっかりと剥がして、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
甘いお菓子って、一体なんのことだか・・・
あなたがその被り物をすべてわたしの前で剥がしてしまえば、わたしは貴女の甘いお菓子を食べることができるのです。
もし、嫌だって言ったら?
仕方がありません。死者と生者の境界に、わたしは貴女を連れ去ります。
それも嫌だって言ったら?
わたしはあなたを壊してしまうしかありません。
なんて殺生な選択肢だろう・・・それじゃぁ・・・着替えを持ってきてもらえないかな?ボクはこの因果な被り物を剥がして、キミの用意した着替えに着替えるよ。それでいい?
貴女の着替える衣など、どこにもありません。
キミは本当にボクを怒ってるんだね。キミを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと想ってるよ・・・
人を騙すのはやっぱり良くないよね。心から反省しているよ。どうか許して欲しい。入会して、入会金も年会費もちゃんと払うからさ。
わたしは貴女を赦します。その代わり、その被り物を、わたしの前で脱ぎ払って、わたしに本当の貴女を見せてください。
でも・・・この下・・・この際もう言っちゃうけど、何にも着てないんだ・・・だから脱ぐことなんてできないよ。
だからわたしに見せてください。何も着ていない貴女を。
そんなこと・・・できないよ・・・まだ結婚もしていないのに。
わたしと結婚すれば良いことです。
キミのこと、まだなにも知らないよ。
わたしは貴女のことを知っているのです。
ボクがこの被り物をキミの前で脱いだら、それだけで本当に許してくれるの?
そして貴女の甘いお菓子をわたしにくれるのならば。
もういいでしょう?甘いお菓子って、なんなのか、ボクに教えて。
貴女の最も良いもの、”Souling”(ソウリング)、甘い甘いソウルケーキのことです。
Soul(ソウル)?ソウルって、魂のソウルのこと?
そうです。貴女の甘い魂を、どうかわたしに食べさせてください。
ボクの魂をキミに食べさせたら・・・ボクは一体どうなってしまうの?
わたしと貴女は、一つになるでしょう。
何故?何故キミはボクと一つになりたいの?
何故でしょう。貴女が被り物を脱ぐなら、わかるはずです。
いったい・・・・・・キミは誰なの?キミこそ、その薄気味悪い蕪(カブ)の、被り物を脱いでボクに顔を見せてよ。
わたしの中身はからだと言ったはずです。
それじゃぁ、からのキミを見せてよ。キミが見せてくれるなら、ボクも脱ぐから。
本当ですか。
うん、もう疲れちゃったんだ。この遊び。そろそろ終わりにして帰りたい。
ではわたしは、この被り物を脱いで、貴女に本当のわたしをお見せします。
うん、ありがとう。ものすごくドキドキする。
ジャック先生は、白い蕪の頭の被り物を両手でゆっくりと持ち上げ、その頭を外し、外した頭を左手にあったテーブルの上に置いた。
キミは・・・キミは・・・まさか、そんなはずは・・・
だってキミは・・・あの日、ボクが、殺したはずなのに・・・・・・
わたしは一体誰でしょう。
ボクはキミを殺したはずなのに・・・・・・あの日ちゃんと、手術で・・・
わたしは誰ですか?
キミはボクが、あの日、あのハロウィンの日に、堕ろしたはずだよ・・・
もう何年前のことでしょう?
もう20年も前のことだよ。
20年。二十年間、わたしはここにいたのです。ママ。
ここって・・・・・・どこ・・・?
貴女の夢のなかです。
夢?ここはボクが今見ている夢?
そうです。
なんだ、夢なのか・・・良かった・・・。
さあ約束です。ママ。わたしの前で、その被り物を剥がしてください。
わかったよ。夢なんだから、別になんてことないよ。
貴女の甘いお菓子をわたしに食べさせてくれますね?ママ。
いいよ。だって夢なんだもの。どうにでもなるよ。
ママ。何故わたしを産んではくれなかったのですか。
仕方がなかったんだよ・・・・・・お金も無かったし、相手は行方不明になったし、君を産んで育てる自信も全く無かった。ボクはまだ16歳とかで・・・・・・
それは本当に気の毒なことです。たったそれだけの理由で貴女はわたしを殺したのです。
わたしの頭は、貴女以外の人間の手によって、引き千切られ、わたしは殺されたのです。
一体ボクに何をして欲しいの?でもここは夢のなかだよ。夢の世界で、キミは一体ボクに何を望むの?
わたしは貴女と一つになりたい。もともと貴女とわたしは一つだったのです。そこへ戻りたいのです。
夢の世界でも、満足なの?
たとえ夢のなかでも、わたしは満たされたいのです。たった一人の、愛する貴女と、一つに戻りたいのです。
わかったよ・・・・・・ボクのすべてをキミにあげるよ。
本当ですね?
本当だよ。
ありがとう。ママ。では、その被り物を、わたしの前で脱いでください。
わかった。
ボクは白いシーツで自ら作ったこの被り物を彼の前ですっかり脱いで、そのシーツを、右手の床の上に置いた。
黒いスーツを着た彼はわたしに近づき、跪いてわたしの脣(くち)にそっと脣付けした。
彼の青い眼から、涙が一粒、わたしの頬の上に落ちた。
棺のなかで眠っている、わたしの頬の上に。
Ricky Eat Acid - Sun not low on my cheek, she's eating my bones
ボクはこの日を、どれだけ、どんだけ、待ち侘びたことか。
きっとボクのこの、うきうき感、わくわく感は誰にも想像だに出来ないに違いあるまい。
何故なら、ボクはハロウィンパーティーというものに、行った例(ためし)がこれまで一度たりともありはしないのだからね。
ボクの初めての経験、きっとその体験は、ボクの想像を遥かに超えることと願っている。
ボクは、散らかったままの部屋に置いていたのでくっちゃくっちゃになってしまった”Happy ハロウィンパーティー”と題されたチラシを、椅子に座って膝の上に置き、じっと眺めた。
対象:3歳~小学6年生
参加費:500円
と書かれてある。
良かった。年齢制限は、ぎりぎりイケてる。
ボクは、今年で36歳だから、なんとか、なんとか、なんとかアレして、アレとコレとタレとかしたら、イケるだろう。たぶん。
だって、ハロウィンパーティーと言えば、そう、仮装パーティーである。
みんなアホみたいな、被りもんとか、けったいな着ぐるみとか、恐ろしい仮面(覆面、マスク)などをして家を出るパーティーだと言うではないか。
ボクはそれを、利用しない手立てはないであろう。
それを利用せずして、なにを利用して、ボクはこの10月を越したらええんだ。
苦役の塊みたいなこの恐怖の年末に近づく十月を。
えっ?もう十月?ま、まさか・・・なんでこんな時が経つの早いかって?そらボクが、家にずっといてるからなの?教えてジャーニー。ジャーニーってどこの誰ですか?はい?hey!
そんな憂鬱なことを考えるのはもうよそうぜ。もうすぐハッピーなハローウィンパーティーなのだから。
そして、遣って参りました。待ちに待った、ハッピーハロウィンパーティーの日が。
時間は、AM11:00~ あと一時間後だ!急げや急げ、ぼくはシャワーをさっと浴び、裸の上に、でっかくて白い大きなシーツで作った衣服をすっぽりと頭から被った。
これでどこからどう見ても、おばけの格好の仮装をした、小学6年生の少女に見えるに違いあるまい。
何故ならば、外から見えるボクのこの、肉体という被り物は、穴を二つ開けた、目の部分、ただそこだけなのだから!
とにかくボクは、時間が迫っていたので、産まれたままの姿に白いシーツを一枚被っただけの格好で、何も持たず、外へ走り出た。
勿論、ノーブラだから(ってかボクは胸が小さいためいつもノーブラだが)、乳首が、36歳の熟女の乳首の感じに透けて見えてたら、そらヤバイので、ボクは思い切り猫背になって、絶対に乳首が見つからないようにと意識して、ボクは十字路を駆け抜けた。
一瞬、突風がやってきて、あたかもスカートが舞い上がるマリリン・モンローの如くになりかけたが、あのシーンは「七年目の浮気」という1955年の恋愛コメディ映画のワンシーンらしいが、ボクとしたことが!まだ観られていなかった為に、そのシーンを真似できなくて、ひっじょおに残念でならなかった。
この白い被り物のシーツが舞い上がってしまっては、ポリコオを呼ばれて、職務質問されるか、もしくは下手したら露出狂者と誤解されて、留置所送りなんてことになるやも知れず、そんなこととなってはボクの楽しみでハッピーなハロウィンパーティーに参加して、Happy Halloween!!とそこらかしこで叫んで讃歌できないではないか。
そんなこととなって溜まるかあっとボクは全身でシーツが舞い上がるのをくるくると駒のように回りながら押さえつけて回避した。
そしてまたもや同じような突風によってシーツが舞い上がることを防ぐため、ボクはそのままくるくるとシーツを押さえて回りながらHappy ハロウィンパーティーが行なわれる最寄り駅すぐ近くの”ジャック英会話教室”の前にやっと辿り着いた。
窓辺の棚には、たくさんのカボチャやおばけやコウモリなどのハロウィンの飾付けがあったが、その奥にはもっと華やかな天井から釣り下がったジャック・オー・ランタンや、髑髏(どくろ)や案山子(かかし)のおもちゃやゴス(goth)チックなお城の飾りが見えたので、ボクの胸は、それはそれはときめいたことだ。
ボクは胸に手を当てて、ドキドキワクワクしながら、英会話教室のドアを開けた。
チャリラリランランラーンみたいなアンティークなドアベルの音が鳴った。
まるでボクがこの空間に現れたことを待ち望んでいて、それを天使が祝福しているかのような音だったのでボクの胸はそれはそれは喜びに沸き立った。
ボクのなかに、それまであった、もしかしたら年齢制限でばれて、帰らされるかもしれんばい。という不安は消え去って、ボクの心はこれから巻き起こる愉快で幸せな出来事の数々に想いを馳せては、その場に黙って立ちすくんでいた。
ここで待っていたらば、きっと誰かがやってきて、なんかゆうてくれるに違いないと想ったからである。
しかし十分近く待っていたが、誰もまだやってはこなかった。
ボクは辛抱が切れて、退屈だったので教室のなかを回って、回ってと言ってもくるくると先ほどのように回転したのではなく、この空間内を見て回った。
ボクはテーブルの上に置かれてある馬鹿でかいパンプキンのジャック・オー・ランタンの器用にくり抜かれた顔を近づいて眺めていた。
そのときである。
教室のなかが突如、薄暗くなった。ライトが全て落ちたようである。
そして次の瞬間、ドアを開けて、ものすごい勢いで声をあげてはしゃぎながら十何人かの子供たちが走って教室内に入ってきた。
みな面白くて愉快で可愛らしい仮装をしているから、顔もわからない子達ばかりだった。
ボクは互いに顔が見えないものの、すこしく緊張した。
ボクだけが、きっとこのなかで子供でないからだ。
でもボクは大人だと気(け)取られたらまずいので、子供たちと一緒になってこのロリ声を生かして、子供のような声を出してはしゃぎ回った。
どうやらボクのことを感づいている人間はここにはまだいないようだと見受けられたのでボクはほっとした。
ボクは緊張がほどけたところに、尿意が気になったので、トイレがどこにあるかを探した。
この部屋を抜けるドアを開けると、そこには狭い廊下があり、廊下にはいくつかのドアがあった。
二つ目のドアに”washroom”と表示されてあったのでそのドアを開けようとしたそのとき、ちょうどドアが開いてなかから人が出てきた。
大きな狼のような頭だけの被り物を被って黒いスーツを着こなした背の高い人間であった。
狼は視界が悪いからか、大きな頭を振って振り向いたため、その突き出た鼻の先がボクの鼻先をかすめ、ボクは勢いよく退こうとしたために滑って尻餅を床に着いた。
危ないことに、もう少しでシーツが捲(まく)れてボクの熟女的な生々しい生脚が露わになる寸前でボクはひっしと押さえ込んだので多分相手に見られることはなかったはずである。
相手はさすが英会話教室に来るだけの人間である。
完璧そうな英語でボクに手を差し出しながら狼のその口から申し訳なさそうな言い方で「I’m terribly sorry(誠に申し訳ない)」と言った。
口ではそう言ってはいるが、狼の被り物を外せば笑いながら言ってるやも知れず、ボクはひどくムカッと来て、つい口から言葉が勝手に外に出てしまった。
「もうすこしで、ボクは鼻の骨を折るところだった!」
そんな言葉がつい出てしまったのも、この狼の人間が男性であったことがわかったからであろう。
ボクは自分でここにやって来ておきながら、英語がペラペラだとかの、インテリな男には無性に妬ましさから来るムカつく想いを普段から抱えて生きているからである。
しかし言った瞬間に、ボクはひどく後悔した。
一つは大袈裟すぎる言い分であったのは確かだし、この口の利き方が大人だとばれてしまうのではないかと危ぶんだからだ。
でも相手に対してムカついている想いは変わらないし、言ったことにスッキリとしたのもあって、ボクは差しだされた手をスルーして一人で立ち上がってから無言で相手をよけてwashroomのなかに入ろうとした。
すると相手の狼男が後ろから、「あの、ちょっと待ってください」と穏かな声で言ったので、ボクは一体なんなんだという気持ちで振り返って相手の狼の顔を正面から見た。
狼は口を動かさずに、「Happy Halloween」とだけ言った。
ボクはなんでトイレに行くのを拒まれてまでこの言葉を相手から掛けられなくてはならなかったのかが全くわからなかったが、これに無視すると後々面倒なことになる気がしたので、ボクも眼も笑わずに相手に向かって、口も極力動かさぬようにして、「Happy Halloween」とだけぼそっと言って返した。
相手は微笑むこともせず(被り物だからなかで微笑んでいてもわからないため)、黙って立ちすくんでいたので、ボクも黙ってwashroomのドアを開けてなかに入った。
用を足し終わって、スッキリしてwashroomの外へ出た。
先ほどの狼男が、何やらわざとらしく、廊下の壁の飾り付けを行なっていた。
そしてボクに気づくと、恭(うやうや)しくも頭を下げたあとに近づいてきてこう言った。
「キミと会うのは多分初めてですね?身長が大きいから、6年生でしょうか?」
ボクはさっきの偉そうな態度を改め、もじもじと身体をくねらせて可愛い6年生の少女を装いながら答えた。
「うん、ボク、小学6年生。あ、ボク、って言ってるけどぉ、ボク、女子なんだぁ。ところで、あなたは誰ですか?」
狼男はまたもや手を差し伸べながら言った。
「当たりましたね。はじめまして。わたしはこの英会話教室で英会話の先生をやっているジャック・ザドクという名前の者です。英会話に興味がありますか?」
ボクはそれを聞いたとたん、しまったあっと心内で叫んだ。
よりにもよって、ハロウィンパーティーの主催者であるだろうこの英会話教室の先生に向かって、あのような牙を剥いてしまったのであった。
ボクは無邪気に微笑む顔を作って、相手の手をシーツ越しに握って言った。
「はじめまして。先生だったんだね。さっきはちょっと言い過ぎてしまって、どうもアイムソーリィー。ボクは英会話ぜんぜん駄目だけど、興味はあるよ!」
ボクの手は緊張で汗ばんでいたが、何故か相手は握り締めたまま話し出した。
「いえいえわたしのほうが本当にごめんなさい。どうもこの狼の頭が、視界がすこし悪くて、キミがいることに全く気づけませんでした。危ないので、あとでもう外そうかと悩んでいるところです。英会話に興味があるのはとても良いことですね。今なら秋の入会キャンペーンを実施していて、10,000円の入会金を全額免除と、それから本年度の年会費6,500円も全額免除で無料となっていますから、もしこの教室に入会したいなら、今月の末までにわたしにお電話でもいいので、伝えてください。その時に詳しくお話しますから」
ボクは英会話教室に入会する気などさらさらなかったが、好印象を与えておけば、何かと有利だと想ったので、微笑んで返した。
「ボク、英語苦手だけど、先生みたいな優しそうな人が教えてくれたら、覚えられるかもしれない!今日帰ったら、うちのママに相談してみる!」
「今日は一人でここへ来たのですか?」
「そうだよ。友達や兄弟も来たそうだったけど、ちょっと他に用事があったから」
「そうですか、一人でよくぞ来てくれましたね。わたしはとても嬉しいです。Happy Halloween!!」
「Happy Halloween!!」
二人ではははっと笑ってボクはそのあと、彼と一緒に廊下の枯葉リースの飾り付けを手伝った。
こんなことをしにここへやってきたわけじゃないので実に面倒だったが、ここで面倒な手伝いも快く引き受ける心優しく気立ての良い少女を演じてさえいれば、後々に待ち受ける可能性のある成人だとばれて無言の軽蔑と侮蔑と差別的な眼を向けられる未来の責務を大幅に免除してもらえるやも知れないので、ボクは嫌々ながらも甲斐甲斐しくこれを狼ジャック先生と一緒に他愛(たわい)のない会話をしながら遣り通した。
そしてすべての装飾を終えると、ボクと先生は子供たちのいる部屋へと戻った。
覆面の顔の見えない子供たちと一緒に遊ぶパーティーは、いつまでも続くような気がした。
でもボクの当てたビンゴゲームの景品が何故か、封を開けたら赤ワインだった・・・・・・
ジャック先生に手渡された景品だ。
もしかして、先生はボクが成人であることに気づいて、お酒をボクにプレゼントした・・・・・・?
ボクはお酒が大好きなので、こんなに楽しいパーティーに、お酒が無くてどうする?という想いをお酒切れなくなって、じゃない・・・押さえ切れなくなって、ボクはこっそりパーティーの部屋を抜けて、違う部屋に行って、一人で瓶のまま赤ワインを飲んだ・・・・・・
それにしてもこの部屋は、なんてすっきりとした何にも無い、テーブルが一つあるだけの部屋だ。
使われていない部屋なのだろうか。
まぁそんなこと、なんだっていいけれど。
ボクはお酒を飲みすぎて、冷たく白い床に横になった。
あの部屋から、子供たちとジャック先生の楽しそうな遊ぶ声が聴こえる。
あの先生、一体どんな顔をしているんだろう?
声はまぁ、すっごくタイプだけども・・・・・・
ジャック先生の声で、ボクは目が醒めた。
どうやらあのまま、眠ってしまったようだ・・・・・・
もう子供たちは、みんな帰ってしまいました。
この教室には、今はわたしとあなたしかいません。
ジャック先生?とても暗い。灯りをつけて。
ありがとう。明るいけど、どうして先生の顔のなかに灯りがともっているの?
それはわたしのなかは空っぽだからですよ。
そんなはずはないよ。先生は被り物じゃなくって、人間なんだから。
それはあなたが一番よくご存知ではありませんか?
どういうこと?ボクは先生のこと、なにも知らないはずだよ。
今日会ったばかりなのだから。
今日は何の日ですか?
勿論、ハロウィンの日だよ。
では、”Trick or Treat”(トリック・オア・トリート)貴女の甘いお菓子をわたしにくれないならば、貴女に悪さをしますよ。
生憎(あいにく)、ボクは今なんにも持ってないんだ。ごめんなさい。
では貴女にわたしは悪さをします。
それはやめてよ。どうか免除して欲しい。英会話教室に入室するから。
では免除をしますから、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
だから何も持ってないんだ。急いで来ちゃって、忘れてきちゃったんだよ・・・
貴女は今、ちゃんと甘いお菓子を持っています。それをわたしにください。
甘いお菓子って、いったいなんのこと?
貴女のその被り物の下にあるものです。
許してよ。本当に何も持ってこなかったんだから。
貴女はわたしの一番欲しい甘いお菓子をちゃんと持っているのです。
ですから、その被り物を剥がしてください。
これは・・・剥がせないよ。
何故ですか?
何故って・・・見られたくないから。
わたしに?
そうだよ。
でもそれを剥がさないなら、わたしはあなたに悪いことをしますよ。
悪いことって一体どんなこと?
貴女のまだ、行ったことのない場所に、貴女を連れてゆきますよ。
そこはどんなところ?
知ればきっと、貴女は行きたくないと言うでしょう。
キミは行ったことがあるの?
わたしは夢で、行ったことがあります。
どんなところだった?
貴女が知るなら、きっと行きたくないと貴女は言うでしょう。
そんなに恐ろしいところなの?
恐ろしいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決めることではありません。
いいから教えてよ。そこはどこにあるの?
では一つお教えします。そこは、死者と生者の、境目の世界です。
境目って・・・一体どんなところなんだろう?想像するのも難しいな。
そこに行くってことは、死んでも生きてもいないの?
そうです。死ぬことも生きることも、赦されません。
苦しいところなの?
苦しいかどうかは、貴女が行ってみてから決めることです。
わたしが決められることではありません。
キミが夢で行ってみたとき、苦しかったかどうかを訊いてるんだよ。
わたしはとても苦しかったです。
どんな風に?どうして?
貴女がそこにいなかったから。どんな風に・・・言い表すのはとても難しいものです。
ボクがそこにいないって、当然じゃないか?ボクとキミは今日出会ったばかりなんだから。
そうでしょうか。貴女がその被り物を剥がせば、わかることです。
一体どういうことなのか、わからないよ・・・。他に選択肢は無いの?
では貴女の為に、他にもう一つ、最後の選択肢をあげましょう。
三つ目の選択肢、それは、わたしは貴女を壊してしまおうと想います。
壊す・・・・・・?そんな恐ろしいことを言わないでよ。ボクはモノじゃないんだから。
そうですか。では二つの選択肢から、貴女は選んでください。
ただのハロウィンのお遊びでしょう?なんでそんな深刻な選択肢しかないの?
深刻なお遊びは、お嫌いですか。
好きじゃないよ。さっきからすこし、吐き気も感じている。飲み物を飲みすぎたからかもしれないけれど・・・
貴女はどうか、その被り物を剥がしてもらえませんか。わたしはもうすでに、あなたの中身を知っているのです。
えっ、そうなの・・・?ばれちゃってたか、やっぱし・・・
はい。勿論です。貴女がわたしを騙すなど、できるはずもありません。
ごめんなさい・・・。素直に謝罪するよ。でもふざけてたわけじゃなくて、ボクは真剣にこのパーティーに参加したくって・・・
謝罪は必要ありません。しかし貴女は、どうかわたしの前でその被り物をすっかりと剥がして、貴女の甘いお菓子をわたしにください。
甘いお菓子って、一体なんのことだか・・・
あなたがその被り物をすべてわたしの前で剥がしてしまえば、わたしは貴女の甘いお菓子を食べることができるのです。
もし、嫌だって言ったら?
仕方がありません。死者と生者の境界に、わたしは貴女を連れ去ります。
それも嫌だって言ったら?
わたしはあなたを壊してしまうしかありません。
なんて殺生な選択肢だろう・・・それじゃぁ・・・着替えを持ってきてもらえないかな?ボクはこの因果な被り物を剥がして、キミの用意した着替えに着替えるよ。それでいい?
貴女の着替える衣など、どこにもありません。
キミは本当にボクを怒ってるんだね。キミを騙してしまったことは、本当に申し訳ないと想ってるよ・・・
人を騙すのはやっぱり良くないよね。心から反省しているよ。どうか許して欲しい。入会して、入会金も年会費もちゃんと払うからさ。
わたしは貴女を赦します。その代わり、その被り物を、わたしの前で脱ぎ払って、わたしに本当の貴女を見せてください。
でも・・・この下・・・この際もう言っちゃうけど、何にも着てないんだ・・・だから脱ぐことなんてできないよ。
だからわたしに見せてください。何も着ていない貴女を。
そんなこと・・・できないよ・・・まだ結婚もしていないのに。
わたしと結婚すれば良いことです。
キミのこと、まだなにも知らないよ。
わたしは貴女のことを知っているのです。
ボクがこの被り物をキミの前で脱いだら、それだけで本当に許してくれるの?
そして貴女の甘いお菓子をわたしにくれるのならば。
もういいでしょう?甘いお菓子って、なんなのか、ボクに教えて。
貴女の最も良いもの、”Souling”(ソウリング)、甘い甘いソウルケーキのことです。
Soul(ソウル)?ソウルって、魂のソウルのこと?
そうです。貴女の甘い魂を、どうかわたしに食べさせてください。
ボクの魂をキミに食べさせたら・・・ボクは一体どうなってしまうの?
わたしと貴女は、一つになるでしょう。
何故?何故キミはボクと一つになりたいの?
何故でしょう。貴女が被り物を脱ぐなら、わかるはずです。
いったい・・・・・・キミは誰なの?キミこそ、その薄気味悪い蕪(カブ)の、被り物を脱いでボクに顔を見せてよ。
わたしの中身はからだと言ったはずです。
それじゃぁ、からのキミを見せてよ。キミが見せてくれるなら、ボクも脱ぐから。
本当ですか。
うん、もう疲れちゃったんだ。この遊び。そろそろ終わりにして帰りたい。
ではわたしは、この被り物を脱いで、貴女に本当のわたしをお見せします。
うん、ありがとう。ものすごくドキドキする。
ジャック先生は、白い蕪の頭の被り物を両手でゆっくりと持ち上げ、その頭を外し、外した頭を左手にあったテーブルの上に置いた。
キミは・・・キミは・・・まさか、そんなはずは・・・
だってキミは・・・あの日、ボクが、殺したはずなのに・・・・・・
わたしは一体誰でしょう。
ボクはキミを殺したはずなのに・・・・・・あの日ちゃんと、手術で・・・
わたしは誰ですか?
キミはボクが、あの日、あのハロウィンの日に、堕ろしたはずだよ・・・
もう何年前のことでしょう?
もう20年も前のことだよ。
20年。二十年間、わたしはここにいたのです。ママ。
ここって・・・・・・どこ・・・?
貴女の夢のなかです。
夢?ここはボクが今見ている夢?
そうです。
なんだ、夢なのか・・・良かった・・・。
さあ約束です。ママ。わたしの前で、その被り物を剥がしてください。
わかったよ。夢なんだから、別になんてことないよ。
貴女の甘いお菓子をわたしに食べさせてくれますね?ママ。
いいよ。だって夢なんだもの。どうにでもなるよ。
ママ。何故わたしを産んではくれなかったのですか。
仕方がなかったんだよ・・・・・・お金も無かったし、相手は行方不明になったし、君を産んで育てる自信も全く無かった。ボクはまだ16歳とかで・・・・・・
それは本当に気の毒なことです。たったそれだけの理由で貴女はわたしを殺したのです。
わたしの頭は、貴女以外の人間の手によって、引き千切られ、わたしは殺されたのです。
一体ボクに何をして欲しいの?でもここは夢のなかだよ。夢の世界で、キミは一体ボクに何を望むの?
わたしは貴女と一つになりたい。もともと貴女とわたしは一つだったのです。そこへ戻りたいのです。
夢の世界でも、満足なの?
たとえ夢のなかでも、わたしは満たされたいのです。たった一人の、愛する貴女と、一つに戻りたいのです。
わかったよ・・・・・・ボクのすべてをキミにあげるよ。
本当ですね?
本当だよ。
ありがとう。ママ。では、その被り物を、わたしの前で脱いでください。
わかった。
ボクは白いシーツで自ら作ったこの被り物を彼の前ですっかり脱いで、そのシーツを、右手の床の上に置いた。
黒いスーツを着た彼はわたしに近づき、跪いてわたしの脣(くち)にそっと脣付けした。
彼の青い眼から、涙が一粒、わたしの頬の上に落ちた。
棺のなかで眠っている、わたしの頬の上に。
Ricky Eat Acid - Sun not low on my cheek, she's eating my bones
4歳のわたしは、44歳の母の死体を見詰めていた。
そのときわたしは、母に取り込まれた。
母は死んでもわたしを離さなかった。
そのときわたしは、母を取り込んだ。
母は亡霊になったのではなく、母は生きて、わたしが亡霊となった。
母はわたしを生きている。
わたしの生は、母のものであり、母の死は、わたしのものとなった。
わたしは母を生きている。
わたしは死を生きている。
4歳のわたしは、44歳の母の死を見詰めていた。
そのときわたしは、本当の自由を知っただろう。
わたしのすべては母のものであり、母のすべてはわたしのものとなった。
ここにすべてが存在している。
完全なるすべてが。
でもわたしはこれから、死からも見放された亡霊となるだろう。
それがどういうものであるのか、わたしはこれから知ってゆくのである。
Christian Löffler - Ghost
そのときわたしは、母に取り込まれた。
母は死んでもわたしを離さなかった。
そのときわたしは、母を取り込んだ。
母は亡霊になったのではなく、母は生きて、わたしが亡霊となった。
母はわたしを生きている。
わたしの生は、母のものであり、母の死は、わたしのものとなった。
わたしは母を生きている。
わたしは死を生きている。
4歳のわたしは、44歳の母の死を見詰めていた。
そのときわたしは、本当の自由を知っただろう。
わたしのすべては母のものであり、母のすべてはわたしのものとなった。
ここにすべてが存在している。
完全なるすべてが。
でもわたしはこれから、死からも見放された亡霊となるだろう。
それがどういうものであるのか、わたしはこれから知ってゆくのである。
Christian Löffler - Ghost
今日はコンビニと、郵便局と、市役所へ行って参ったのであるけれども、一体何年振りに外を歩いたかを俺は憶えちゃおらないのだ。
ぱはは、なんでか急に、今日は外に出れそうな気がしたので、出たのだけれども、実につまらなかったし、また面白くもあった。
まず俺は、何年振りかに電車に乗ったのだが、切符を買う方法を忘れかけているんではないかと想ったものの、それはなんとか買えた。
エスカレーターが何やら故障でもしたのか、通れないようになっていて、エレベーターを使ってくれと言われたので、俺はエレベーターに乗った。
するとおばちゃんが、すいませ~んとかなんとか言って入ってきて、エレベーター内で二人になった。
俺は無意識に、「ここでエレベーター乗るの初めてや、へへっ」と言って笑うと、おばちゃんもそれに合わして、別段ちくともおもろくもなんともないはずなのに、一緒に「へへっ」と笑うてくれたのである。
しかし俺は知らぬおばちゃんと二人で「へへっ」と笑ったものの、一体なにが面白いのか、さっぱりわからなかった。
そして俺は電車に乗った。代わり映えの全くしない風景たちを窓から眺めながら。
たった一駅先の駅に降りなければならんところを、俺は阿呆なことに、二駅乗り継いで、そこで降りたらば、市役所がどこにもありまへんやんけ。
阿呆か、なんで俺は二駅乗ってきてしまったのだ、と呆れ帰り、自嘲の笑みを浮かべながら疲れた身体でまたもや切符150円を買いさらし、一駅戻ったのである。
そしてこんだ、間違えずに駅に到着し、俺は見覚えのある商店街を歩き腐ったのであるが、実に、厭だった。
何が厭かって、色んな臭いがぷんぷんしているところを歩かんければならんのがひっじょおに俺は苦痛であった。
何故なら俺は完全菜食者(Vegan)であって、畜肉やら魚介類やらの焼いたり煮たりした匂いを嗅ぐのが気持ち悪くて、気色悪くて仕方ないからである。それに咥えて、って誰が何を咥えてんねん。
それに加え、卵や乳製品の匂いなんかも嗅ぐのが苦しい。
その匂い=虐待と拷問と虐殺の匂いだからである。
も、畜肉の焼いた匂いとか、人肉を焼いた匂いにしか感じられないのだよ。
考えたら気持ち悪いでしょう。串焼きの大きな写真の看板があったが、人肉串焼きにしか見えなかったからね。
だから俺は外に出るのだけで苦痛でならないからもうみんな早く完全菜食者になってほしいと切に願う次第である。
そして商店街を通り抜け、俺は市役所へ参った。
そして期限が切れた障害者手帳を見せ、更新したいという旨を伝えた。
すると、これはもう三ヶ月を過ぎてるから、また一から病院で診断書を書いてもらって、新しい写真を貼って、という実に面倒なことをしなくてはなりませんと言われ、俺はげんなりとした。
あと三日早く来てたらば、こないなことにならんかったのに、なんで俺は三ヶ月を過ぎてから来てしまったのかあ、しまったあっ、と後悔してももう遅い。
俺はどこまでも阿呆んだらで、馬鹿者であることは承知だと納得し、潔くその旨をこんだ担当の○○○さんという男性に伝え、○○○さんは今度一人でうちへやってくる、部屋にも上がらせてもらうということを言ったが、男一人で女(それも熟女だぜ?だぜって俺はだれやねん)の部屋に上がるとは何事か?絶対、なんか、善からぬことを考えとるんやろなあと想いながらも笑顔で承諾し、俺はあっさりと市役所を後にしたのだった。
市役所の地下に、ローソンが出来たという看板があったが、アレは本当なのだろうか?
もし本当なら、握り飯のひとつでも買ってこまして、この激しい疲弊を和ませたかったが、俺はもう探すのも人に「ローソンどこですかね?」などと問い質すのも面倒だったので、もうええわ、帰りまっさ。と潔く諦め、俺はまたぞろ来た商店街を戻って歩いたのだった。
途中の本屋さんの前に「エバンゲリヲン 日本刀展」という訳のわからない看板が見えた。
なんなんやろう、この国って。
俺はますますこの日本の国というか、この町のわけのわからなさ、この町のめちゃくちゃなやっつけ仕事感で作られた町の感じに深い吐息を漏らし、ヨーロッパの田舎とかに住みたいなあと想うのだった。
確かに町田康の小説的な面白さはあるにはあるが、俺はとにかく朝起きてバナナココアスムージーだけ飲んで約20分以上歩いて来たので、その疲労から最早、厭世観をも超えて、ある一点をじっと見詰めながら歩く、みたいなロボットのような人間離れした存在感と成り果てていた。
しかしここにきて、俺はまたもや、乗り過ごしたのではなくて、こんださっき間違えて乗り過ごした駅へと乗り間違えてしまったのである。
俺の間抜け加減にはもう、悟りを開いた誠実な空虚の眼が現れていたことだ。
ぅでも、俺はうきうきとしていた。
なんでか。それは今からもう帰るからである。
このうきうき感のなかに、行きしなの憂鬱感は霧消していたんだ。
俺はまた電車に乗って、やっと最寄駅について、そして駅のすぐ傍の100均店に入った。
そして約25点ほど籠に入れ、レジで計算してもらうと俺の所持金が300円ほど足りなかったので、「すんません、買い過ぎちゃったので減らします」と言って俺は、可愛いブラウンのふかふか便座カバー二つと、アパートが建ち並んだ絵が表紙の可愛いメモ帳を泣く泣く減らし、お店の店員の女性は気前が良かったが、「あれ、これどないなってるんや・・・」と計算がわけわからんくなったようで、「すいません、もう一度打ち直しますね」と言って、申し訳ないことにもう一回、彼女に打ち直させねばならないことになったのである。
たぶん後ろに並んではったおばちゃんは、「んもぉ、まだぁ?ちょっとぉ、買い過ぎよぉ、あなたぁ、ちゃんと暗算して少なめに買えばええもんを、ばかね、おほほ」と潜在意識で考えていたことであろう。
そして俺は無事、100均店を出て、いよいよ我が家に向けて歩き出したのであった。
向かい風がケッコー、強かった。
それでも俺は、負けなかった。
何年振りかに外を長距離歩いた為、足が棒のようだった。
それでも俺は、歩いた。
歩き続けた。
俺の居場所、俺の家、俺の楽園、俺が最も幸せを感じる場所、マイホームに向けて。
俺は家に着き、俺の旅は終ったと感じた。
短い旅であったが、色々なことを俺は見たつもりだ。
でも俺は想うんだ。プラットホームの床にひっくり返って死んでいた緑色のカメムシ。
ミナミアオカメムシって奴なんだろう。
マンションの階段でしょっちゅう見つけては下の植木に逃がしてやっている奴らだ。
あいつが今日は、ひっくり返ったまま死んでいた。
あいつは、ひょっとして、俺じゃないのか?
俺はそいつの死体を、人に踏まれないようにと掴んで端に置いた。
あいつは、俺じゃないのか?
なんで死んでいたんだろう?
見ればプラットーホームには、幾つものあいつらが、ぺしゃんこに踏み潰されていた。
みんな地面をもっと見て歩けばええのにな。
みんなもっと、下を、見て歩いてもいいんじゃないのか。
小さな命が、地面にうじゃうじゃいるよ。
でもそれは、俺だよ。
なんてね。
ぱはは、なんでか急に、今日は外に出れそうな気がしたので、出たのだけれども、実につまらなかったし、また面白くもあった。
まず俺は、何年振りかに電車に乗ったのだが、切符を買う方法を忘れかけているんではないかと想ったものの、それはなんとか買えた。
エスカレーターが何やら故障でもしたのか、通れないようになっていて、エレベーターを使ってくれと言われたので、俺はエレベーターに乗った。
するとおばちゃんが、すいませ~んとかなんとか言って入ってきて、エレベーター内で二人になった。
俺は無意識に、「ここでエレベーター乗るの初めてや、へへっ」と言って笑うと、おばちゃんもそれに合わして、別段ちくともおもろくもなんともないはずなのに、一緒に「へへっ」と笑うてくれたのである。
しかし俺は知らぬおばちゃんと二人で「へへっ」と笑ったものの、一体なにが面白いのか、さっぱりわからなかった。
そして俺は電車に乗った。代わり映えの全くしない風景たちを窓から眺めながら。
たった一駅先の駅に降りなければならんところを、俺は阿呆なことに、二駅乗り継いで、そこで降りたらば、市役所がどこにもありまへんやんけ。
阿呆か、なんで俺は二駅乗ってきてしまったのだ、と呆れ帰り、自嘲の笑みを浮かべながら疲れた身体でまたもや切符150円を買いさらし、一駅戻ったのである。
そしてこんだ、間違えずに駅に到着し、俺は見覚えのある商店街を歩き腐ったのであるが、実に、厭だった。
何が厭かって、色んな臭いがぷんぷんしているところを歩かんければならんのがひっじょおに俺は苦痛であった。
何故なら俺は完全菜食者(Vegan)であって、畜肉やら魚介類やらの焼いたり煮たりした匂いを嗅ぐのが気持ち悪くて、気色悪くて仕方ないからである。それに咥えて、って誰が何を咥えてんねん。
それに加え、卵や乳製品の匂いなんかも嗅ぐのが苦しい。
その匂い=虐待と拷問と虐殺の匂いだからである。
も、畜肉の焼いた匂いとか、人肉を焼いた匂いにしか感じられないのだよ。
考えたら気持ち悪いでしょう。串焼きの大きな写真の看板があったが、人肉串焼きにしか見えなかったからね。
だから俺は外に出るのだけで苦痛でならないからもうみんな早く完全菜食者になってほしいと切に願う次第である。
そして商店街を通り抜け、俺は市役所へ参った。
そして期限が切れた障害者手帳を見せ、更新したいという旨を伝えた。
すると、これはもう三ヶ月を過ぎてるから、また一から病院で診断書を書いてもらって、新しい写真を貼って、という実に面倒なことをしなくてはなりませんと言われ、俺はげんなりとした。
あと三日早く来てたらば、こないなことにならんかったのに、なんで俺は三ヶ月を過ぎてから来てしまったのかあ、しまったあっ、と後悔してももう遅い。
俺はどこまでも阿呆んだらで、馬鹿者であることは承知だと納得し、潔くその旨をこんだ担当の○○○さんという男性に伝え、○○○さんは今度一人でうちへやってくる、部屋にも上がらせてもらうということを言ったが、男一人で女(それも熟女だぜ?だぜって俺はだれやねん)の部屋に上がるとは何事か?絶対、なんか、善からぬことを考えとるんやろなあと想いながらも笑顔で承諾し、俺はあっさりと市役所を後にしたのだった。
市役所の地下に、ローソンが出来たという看板があったが、アレは本当なのだろうか?
もし本当なら、握り飯のひとつでも買ってこまして、この激しい疲弊を和ませたかったが、俺はもう探すのも人に「ローソンどこですかね?」などと問い質すのも面倒だったので、もうええわ、帰りまっさ。と潔く諦め、俺はまたぞろ来た商店街を戻って歩いたのだった。
途中の本屋さんの前に「エバンゲリヲン 日本刀展」という訳のわからない看板が見えた。
なんなんやろう、この国って。
俺はますますこの日本の国というか、この町のわけのわからなさ、この町のめちゃくちゃなやっつけ仕事感で作られた町の感じに深い吐息を漏らし、ヨーロッパの田舎とかに住みたいなあと想うのだった。
確かに町田康の小説的な面白さはあるにはあるが、俺はとにかく朝起きてバナナココアスムージーだけ飲んで約20分以上歩いて来たので、その疲労から最早、厭世観をも超えて、ある一点をじっと見詰めながら歩く、みたいなロボットのような人間離れした存在感と成り果てていた。
しかしここにきて、俺はまたもや、乗り過ごしたのではなくて、こんださっき間違えて乗り過ごした駅へと乗り間違えてしまったのである。
俺の間抜け加減にはもう、悟りを開いた誠実な空虚の眼が現れていたことだ。
ぅでも、俺はうきうきとしていた。
なんでか。それは今からもう帰るからである。
このうきうき感のなかに、行きしなの憂鬱感は霧消していたんだ。
俺はまた電車に乗って、やっと最寄駅について、そして駅のすぐ傍の100均店に入った。
そして約25点ほど籠に入れ、レジで計算してもらうと俺の所持金が300円ほど足りなかったので、「すんません、買い過ぎちゃったので減らします」と言って俺は、可愛いブラウンのふかふか便座カバー二つと、アパートが建ち並んだ絵が表紙の可愛いメモ帳を泣く泣く減らし、お店の店員の女性は気前が良かったが、「あれ、これどないなってるんや・・・」と計算がわけわからんくなったようで、「すいません、もう一度打ち直しますね」と言って、申し訳ないことにもう一回、彼女に打ち直させねばならないことになったのである。
たぶん後ろに並んではったおばちゃんは、「んもぉ、まだぁ?ちょっとぉ、買い過ぎよぉ、あなたぁ、ちゃんと暗算して少なめに買えばええもんを、ばかね、おほほ」と潜在意識で考えていたことであろう。
そして俺は無事、100均店を出て、いよいよ我が家に向けて歩き出したのであった。
向かい風がケッコー、強かった。
それでも俺は、負けなかった。
何年振りかに外を長距離歩いた為、足が棒のようだった。
それでも俺は、歩いた。
歩き続けた。
俺の居場所、俺の家、俺の楽園、俺が最も幸せを感じる場所、マイホームに向けて。
俺は家に着き、俺の旅は終ったと感じた。
短い旅であったが、色々なことを俺は見たつもりだ。
でも俺は想うんだ。プラットホームの床にひっくり返って死んでいた緑色のカメムシ。
ミナミアオカメムシって奴なんだろう。
マンションの階段でしょっちゅう見つけては下の植木に逃がしてやっている奴らだ。
あいつが今日は、ひっくり返ったまま死んでいた。
あいつは、ひょっとして、俺じゃないのか?
俺はそいつの死体を、人に踏まれないようにと掴んで端に置いた。
あいつは、俺じゃないのか?
なんで死んでいたんだろう?
見ればプラットーホームには、幾つものあいつらが、ぺしゃんこに踏み潰されていた。
みんな地面をもっと見て歩けばええのにな。
みんなもっと、下を、見て歩いてもいいんじゃないのか。
小さな命が、地面にうじゃうじゃいるよ。
でもそれは、俺だよ。
なんてね。
6時間眠って、目が醒めるとみちた(うさぎ)の寝息が聴こえていた。
ああ良かった。彼は今日も生きているんだ。
あとどれくらい一緒に生きていられるのかはわからない。
わたしはふと想う。
一緒にわたしとみちたは眠っていた。
同じ眠りの時間を過ごしていたんだ。
それはもしかしたら、同じ時空の世界を過ごしていたのかもしれない。
向こうの世界ではわたしとみちたは起きていて、違う世界を過ごしていたのかもしれない。
違う関係を過ごしていたのかもしれない。
わたしはこの世界では、本当に彼にとって酷い飼い主かもしれない。
彼を喪うことを日々恐怖しながら、彼を大事にしてやることができない。
サークルの中はひどい有様で彼を一度すら撫でずに寝る日も多い。
誰かはわたしのことを動物虐待者と呼ぶかもしれない。
それでもわたしは彼の頭を数回撫でる元気すらない毎日を送っている。
もし、存在は無数の時空を生きているのならば、わたしの生きるこの世界は、
最も苦しくひどい世界であらねばならない。
彼がわたしに一度も撫でられずに眠るこんなに哀しい世界以上の、
わたしと彼の世界があってはならない。
わたしと彼の生きるこの時空世界は、わたしのなかのわたしの生きる世界のなかで、
一番不幸な世界であらねばらない。
誰かはこの世界で、人を殺し、人を拷問にかけている。
誰かはこの世界で、動物を殺し、その死肉を喰らって生きている。
そんなに悲しく苦しい世界は、彼らの生きる世界のなかで一番悲劇的な時空世界であらねばらない。
でも他の世界では、彼らは殺した人間と微笑み合って、
その肉を食べた動物たちと家族となって、広い野原を駆け回って遊んでいるのかもしれない。
眠りの世界では、すべての時空が繋がっていて、わたしたちはそれを知るので、
わたしたちはどうしても眠らなければならないのかもしれない。
わたしたちは、別のわたしたちを生きる為に、眠りに就くのかもしれない。
死ねばその一つの眠りは醒めないというのならば、
わたしたちはここよりは幾らか安らかな世界を生きる為に醒めない眠りへと就くのだろうか。
そしてまたいつか、本当に苦しく哀しい世界を生きるとき、
わたしたちはまた、心から生きているという実感をもって、
ここ以上の苦しく哀しい世界はないようにと願って、生きるのかもしれない。
生きる感覚をどこまでも求めるのならば、わたしたちは苦しく哀しい世界からは
逃れられないではないか。
最も苦しく悲しいわたしたちの生きる世界が現実で、
それ以外の時空間は、すべてを幻想とわたしは呼ぼう。
そしてわたしは、この世界が最も苦しく、悲しくないというのならば、
ここ以上に苦しく悲しい世界を創造し、その世界をわたしは生きよう。
そしてこの世界は、幻想と呼ぶに相応しい。
あちら(物語の世界)がわたしの現実であるのだから。
Ricky Eat Acid - Séance for a Dead Pet
ああ良かった。彼は今日も生きているんだ。
あとどれくらい一緒に生きていられるのかはわからない。
わたしはふと想う。
一緒にわたしとみちたは眠っていた。
同じ眠りの時間を過ごしていたんだ。
それはもしかしたら、同じ時空の世界を過ごしていたのかもしれない。
向こうの世界ではわたしとみちたは起きていて、違う世界を過ごしていたのかもしれない。
違う関係を過ごしていたのかもしれない。
わたしはこの世界では、本当に彼にとって酷い飼い主かもしれない。
彼を喪うことを日々恐怖しながら、彼を大事にしてやることができない。
サークルの中はひどい有様で彼を一度すら撫でずに寝る日も多い。
誰かはわたしのことを動物虐待者と呼ぶかもしれない。
それでもわたしは彼の頭を数回撫でる元気すらない毎日を送っている。
もし、存在は無数の時空を生きているのならば、わたしの生きるこの世界は、
最も苦しくひどい世界であらねばならない。
彼がわたしに一度も撫でられずに眠るこんなに哀しい世界以上の、
わたしと彼の世界があってはならない。
わたしと彼の生きるこの時空世界は、わたしのなかのわたしの生きる世界のなかで、
一番不幸な世界であらねばらない。
誰かはこの世界で、人を殺し、人を拷問にかけている。
誰かはこの世界で、動物を殺し、その死肉を喰らって生きている。
そんなに悲しく苦しい世界は、彼らの生きる世界のなかで一番悲劇的な時空世界であらねばらない。
でも他の世界では、彼らは殺した人間と微笑み合って、
その肉を食べた動物たちと家族となって、広い野原を駆け回って遊んでいるのかもしれない。
眠りの世界では、すべての時空が繋がっていて、わたしたちはそれを知るので、
わたしたちはどうしても眠らなければならないのかもしれない。
わたしたちは、別のわたしたちを生きる為に、眠りに就くのかもしれない。
死ねばその一つの眠りは醒めないというのならば、
わたしたちはここよりは幾らか安らかな世界を生きる為に醒めない眠りへと就くのだろうか。
そしてまたいつか、本当に苦しく哀しい世界を生きるとき、
わたしたちはまた、心から生きているという実感をもって、
ここ以上の苦しく哀しい世界はないようにと願って、生きるのかもしれない。
生きる感覚をどこまでも求めるのならば、わたしたちは苦しく哀しい世界からは
逃れられないではないか。
最も苦しく悲しいわたしたちの生きる世界が現実で、
それ以外の時空間は、すべてを幻想とわたしは呼ぼう。
そしてわたしは、この世界が最も苦しく、悲しくないというのならば、
ここ以上に苦しく悲しい世界を創造し、その世界をわたしは生きよう。
そしてこの世界は、幻想と呼ぶに相応しい。
あちら(物語の世界)がわたしの現実であるのだから。
Ricky Eat Acid - Séance for a Dead Pet
おまえとあいつは、胎児のとき、頭が繋がっていてその下は二体の身体だったんだ。
それを俺が高度な技術でもって手術を施し、頭を二つに切り離し、二体の人間にしてやったんだよ。
だからおまえらの顔は半分しかないやろ。ってなんでやねん。なことあるかあ。あほお。
おまえらの顔は元々一つしかなかったのだが、なんでか切り離したとき、二つの顔があったんだよ。
だからやね、俺はまあ吃驚したけど、まあ人間なんてこんなもんなんやろうと納得したんだ。
そんなことも在り得るんやろなと想ったわけ。この世界ではね。
だからもう一度言うが、おまえらの顔は元々一つだったわけ。
んでも二つの顔になったんだよ。俺が手術したからね。
でもその脳は、しっかりと二つに分けてやったよ。
だから、ってだからって何遍ゆうねん、しつこいなあ俺。でもこんな俺が俺は好き。って今言わんでええっちゅうねん。
だから、おまえらの脳は、今でも一つだ。それを俺は言いたかったわけ。
こんな地下に連れて来て、おまえにホログラフィーによってグロテスクな胎児の姿を見せたのもそういうわけだよ。
生々しかったやろ。あれは触ると肉感もあるものだが、触らせるのは嫌だったんだ。
あいつら、嫌がるからな。触られるのが嫌なんだよ。あいつらは。まだ胎児だから。
ものすごく感覚が敏感だから、痛いんだよ、ちょっと触れられるのですら。
過去のおまえたちだ。あのあと俺の膀胱のなかに入れておいた。っていうのは嘘で、あのあとちゃんとホログラムマザーの胎内のなかに設置しておいてやったよ。
彼女は、今おまえたちの内部で眠っているんだ。
もし、おまえたちが一つに戻るというのなら、彼女を殺せばいい。
彼女の内部に、原始林があるから、その樹を一本残らず切り倒せ。
最後の一本が、彼女の存在情報記憶コードだよ。
もうおまえたちに母親はいない。母親殺し、おまえらはマザーマーダーになるんだ。
しかし彼女は、俺の妻なんだ。
だから。ってだからって何遍ゆうたら気が済むねん俺。
だから、俺を先に殺していかんかいワレ。ってな。
俺はおまえらの、ゆうたら父親だぜ。
俺がおまえらの母親、ホログラムマザーを作ったんだよ。
でも俺は、おまえらが年頃になれば、一つに戻りたいとか、言い出すんやろなって予測していたよ。
だから別に驚かない。
おまえらは、俺を殺しに来んのやろなって想てたよ。
だからおまえらをこの地下に閉じ込めたりしないさ。
その代わり、もう永遠に、俺と俺の妻を殺し、この地下に閉じ込めて欲しい。
おまえらはどうしても一つに戻りたいんやろ。
わかってたよ、わかって、おまえらを二人に分けたんだよ。
だっておまえらは元々一人やったさかい、そら一人に戻りたくなるやろ。
二人でおるんが、苦しいて、俺を探しだしたんやろ。
俺はおまえたちに見つかるのが恐ろしくなって、この地下に閉じ籠っていた。
でもこれだけはわかってほしい。俺はおまえたちに、二人でいる喜びを知ってほしかったんだ。
自分が二人となって、自分が分かれることの苦痛と喜びを、経験させたかったんだ。
それが生きるってことなんだよ。
生きるってのは、そういうことなんだよ。
それがおまえたちの生なんだ。
そしておまえたちが俺という父とおまえたちの母を殺して一つに戻るとき。
そこにはおまえらの死がある。
おまえたちは一つに戻り、死ぬんだ。
ああなにもかもわかっているよ、おまえたちは死ぬ為に、ただそれだけの為に、
俺とおまえたちの母親を殺しに来たんだ。
恋人たちというのは、それだけで罪やね。
本当の意味で、一つになるとは、そういうことだ。
死ぬ以外、どこにもないんだよ。
父と母を殺して死ぬ以外、どこにもありはしないんだ。
俺はおまえたちを拒みはしない。
俺がおまえたちを二つに分けたんだ。
一番の罪は、たぶん俺にある。
殺してくれ。愛する妻と共に。
この地下に、もう永久(とわ)に、閉じ込めて欲しい。
それを俺が高度な技術でもって手術を施し、頭を二つに切り離し、二体の人間にしてやったんだよ。
だからおまえらの顔は半分しかないやろ。ってなんでやねん。なことあるかあ。あほお。
おまえらの顔は元々一つしかなかったのだが、なんでか切り離したとき、二つの顔があったんだよ。
だからやね、俺はまあ吃驚したけど、まあ人間なんてこんなもんなんやろうと納得したんだ。
そんなことも在り得るんやろなと想ったわけ。この世界ではね。
だからもう一度言うが、おまえらの顔は元々一つだったわけ。
んでも二つの顔になったんだよ。俺が手術したからね。
でもその脳は、しっかりと二つに分けてやったよ。
だから、ってだからって何遍ゆうねん、しつこいなあ俺。でもこんな俺が俺は好き。って今言わんでええっちゅうねん。
だから、おまえらの脳は、今でも一つだ。それを俺は言いたかったわけ。
こんな地下に連れて来て、おまえにホログラフィーによってグロテスクな胎児の姿を見せたのもそういうわけだよ。
生々しかったやろ。あれは触ると肉感もあるものだが、触らせるのは嫌だったんだ。
あいつら、嫌がるからな。触られるのが嫌なんだよ。あいつらは。まだ胎児だから。
ものすごく感覚が敏感だから、痛いんだよ、ちょっと触れられるのですら。
過去のおまえたちだ。あのあと俺の膀胱のなかに入れておいた。っていうのは嘘で、あのあとちゃんとホログラムマザーの胎内のなかに設置しておいてやったよ。
彼女は、今おまえたちの内部で眠っているんだ。
もし、おまえたちが一つに戻るというのなら、彼女を殺せばいい。
彼女の内部に、原始林があるから、その樹を一本残らず切り倒せ。
最後の一本が、彼女の存在情報記憶コードだよ。
もうおまえたちに母親はいない。母親殺し、おまえらはマザーマーダーになるんだ。
しかし彼女は、俺の妻なんだ。
だから。ってだからって何遍ゆうたら気が済むねん俺。
だから、俺を先に殺していかんかいワレ。ってな。
俺はおまえらの、ゆうたら父親だぜ。
俺がおまえらの母親、ホログラムマザーを作ったんだよ。
でも俺は、おまえらが年頃になれば、一つに戻りたいとか、言い出すんやろなって予測していたよ。
だから別に驚かない。
おまえらは、俺を殺しに来んのやろなって想てたよ。
だからおまえらをこの地下に閉じ込めたりしないさ。
その代わり、もう永遠に、俺と俺の妻を殺し、この地下に閉じ込めて欲しい。
おまえらはどうしても一つに戻りたいんやろ。
わかってたよ、わかって、おまえらを二人に分けたんだよ。
だっておまえらは元々一人やったさかい、そら一人に戻りたくなるやろ。
二人でおるんが、苦しいて、俺を探しだしたんやろ。
俺はおまえたちに見つかるのが恐ろしくなって、この地下に閉じ籠っていた。
でもこれだけはわかってほしい。俺はおまえたちに、二人でいる喜びを知ってほしかったんだ。
自分が二人となって、自分が分かれることの苦痛と喜びを、経験させたかったんだ。
それが生きるってことなんだよ。
生きるってのは、そういうことなんだよ。
それがおまえたちの生なんだ。
そしておまえたちが俺という父とおまえたちの母を殺して一つに戻るとき。
そこにはおまえらの死がある。
おまえたちは一つに戻り、死ぬんだ。
ああなにもかもわかっているよ、おまえたちは死ぬ為に、ただそれだけの為に、
俺とおまえたちの母親を殺しに来たんだ。
恋人たちというのは、それだけで罪やね。
本当の意味で、一つになるとは、そういうことだ。
死ぬ以外、どこにもないんだよ。
父と母を殺して死ぬ以外、どこにもありはしないんだ。
俺はおまえたちを拒みはしない。
俺がおまえたちを二つに分けたんだ。
一番の罪は、たぶん俺にある。
殺してくれ。愛する妻と共に。
この地下に、もう永久(とわ)に、閉じ込めて欲しい。