あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第六十六章

2020-09-10 10:30:19 | 随筆(小説)
サタンの死をほどく(Satan Death Undo)神、エホバ。
5:00 AM過ぎに、店を閉め、ガスステーションに停まっている大型トラック(Heavy Duty Truck)の助手席に、彼女は乗り込んだ。
彼は彼女に向かって、言った。
「一体...お腹のなかに何を隠してるの...?」
彼女は彼に向かって、真面目な顔で答えた。
「妊娠したんだ。」
彼は驚いて訊ねた。
「本当に...?」
彼女は頷いた。
「うん。」
彼は彼女の大きく膨らんだお腹を見つめて、恐る恐る、問い掛けた。
「僕らの...子...?」
彼女は彼の目を真っ直ぐに見つめ、言った。
「そうだよ。」
彼は、複雑な感情を抱いた。
そして呟いた。
「信じられない...。」
彼女は黙って、自分のお腹を優しくさすりながら見下ろしていた。
彼は、狼狽えながら、静かに訊ねた。
「出産予定日は...いつ頃なの...?」
彼女は沈黙していたが、突然、声を発した。
「生まれそう...。」
彼は、目を見開いて叫んだ。
「No kidding…!!(マジか...!!)」
慌てて彼は、携帯を震える手で手にし、また叫んだ。
「Jesus!!119番って、何番だっけ...!?」
すると彼の携帯は充電が切れ、画面が真っ暗になった。
彼は、完全に天パっていた為、カーチャージャーで充電できるという記憶をすっかり喪失しており、携帯に腹を立て、窓を開けると遠くに放り投げて頭を抱えてまた叫んだ。
「Goddamn!!」
その時、彼女が助手席から彼に何気無く言った。
「もう産まれたよ。」
彼は、彼女が腹の上で両手で大事そうに抱えているそれを観て、仰天し、生唾をごくりと飲み込むと、それを訝りながら凝視した。
「それ...一体、どこで拾ってきたのさ...。」
彼女は、腹の上に載っけたそれを撫でながら、少しのあいだ黙っていたが、訥々(とつとつ)と、みずから産んだばかりのものを見つめて話し始めた。
「一昨夜に、昔のサブカル誌に付属していたDVDを観たんだ。
そこにはたくさんの、死体の、カラーの映像たちがあった。
僕は、お酒を大変、飲んでいた。
素面であれば、あの損壊の極めて激しい事故などで死んだ死体たちを見続けることは、かなり厳しかっただろう。
アルコールの威力は素晴らしい。
僕はあの無機質で青白い、あまりにグロテスクな死体たちを眺めながら、ほとんど無感覚に近かった。
死者に対する尊厳が、微塵も感じられない無慈悲な映像たちだった。
無感覚に近かったが、僕がそれらを見つめたことの記憶は、決して消えることはない。
僕は見終わったあとも、お酒を飲み続けた。
そして褥に突っ伏してDownして眠ったはずなのだが、目が醒めると、樹海の朝露で湿った土と枯葉の上に横たわっていたんだ。
小鳥たちが囀っていて、まだ夜が明けたばかりだった。
僕の目の前に、この子が、安らかな、何よりも優しい顔で、僕のほうを向いて眠っていた。
この子は、僕を護ってくれていたんだ。僕はそう信じられた。
そうでなければ、きっと、僕は死霊に、攫われていたに違いない。
この世界に並行的に存在している異世界にね。
その死霊は悪魔の化身であって、拷問の地獄を生命と存在に味わわせることが何よりも快楽なんだ。
その悪魔から、この子は僕を、僕のそばにずっといて、護ってくれていたんだ。
だから、連れて帰って来た。
この子を、あの深い森の奥にずっとひとりぽっちにさせておくのは、どうしても嫌だったし、僕はこの子を、育てたかったんだ。
この子は、僕が抱き上げたときも、泣き言を言ったり、駄々を捏ねたりするいやんいやんってしなかったよ。
だから、ホッとして、僕のお腹のなかに隠して連れ帰ってきたんだ。」
彼は、彼女の、優しく抱きかかえるひとつのとても幸せそうな顔で眠っている髑髏を眺めながら、嫉妬心を、深く抱えた。
その悲しい表情の彼に向かって、彼女は言った。
「この子は、君の成れの果ての姿だよ。」
彼がまだ嫉妬に燃えて黙っていると、彼女は続けた。
「時間は存在しないからね。」
彼は、深く息を吐いて、涙を一粒ぽとりと落として言った。
「本当に…育てるの…?ぼくは…嫌だな…。」
彼女は髑髏を見下ろして静かに話した。
「この子は、朽ち果てるべき存在なんかじゃないんだ。無慈悲な人間に見つけられて、ただただ火で葬られたり、寂しい灰になって冷たい湿気た土のなかで眠りつづけるべき存在なんかじゃないんだ。今、この子は、死であるのかもしれない。でもこの子は、死を、超越しようとしているんだ。そして死でも、生でもない存在として、存在することで、新しい、だれも見つけたことのない美しい何かを、見つけようとしているんだ。僕は、必ず、この子と一緒に、それを見つける。それが僕にとって、この子を一生懸命に、育てるということなんだ。」
彼は、嫉妬の悲しみのあまり、止まらぬ涙を流しつづけた。
その髑髏が、自分とは違う存在なのだと、まだ想えてならなかった。
でも、彼女は諭すように言った。
「何故、そんなに悲しいのだろう。この子は間違いなく、君と僕の愛する独り子だ。君と僕の場所から、生まれた子だ。そして、真実と事実として、確かに、君自身の、成れの果ての姿なんだよ。」
彼女は、髑髏を愛おしそうに抱き締めると言った。
「なんて可愛いのだろう…。」
そして、彼を高く掲げて、彼女は言った。
「この子の名前が決まった。この子の名を、”Andant(アンダント)”と名付けよう。Thanatos(タナトス)と、Undead(アンデッド)を組み合わせた言葉のアナグラムである”Andante Dash Out(緩やかに、飛び出る者)”という意味からとった。Andantたんは、緩やかに成長し、死と、生から、いつの日か飛び出して、全く今まで、何処にも存在しなかった新しい存在として、生まれるんだ。その日を待ち望んで、Andantたんはこうして、今は、安らかに眠っている。この果てしない宇宙という、子宮のなかで。」
















Cclcng - Whine Down
















愛と悪 第六十五章

2020-09-10 00:12:31 | 随筆(小説)
殺人と自殺と事故死と災害死と病死と食肉と死刑と堕胎、このすべてが、再生産されつづける地球という星で、たった独り、永続する死のなかを、生きている神、エホバ。
死体写真を眺めて、生きている人の姿を観ると、なんて味気ないのだろうと感じるんだ。
虚しいとも感じる。生きている人の姿の方が。
何故だと想う…?
生きている人の方が、死者よりも劣っているんだ。
一体、何に於いてなのかな。
僕は死体のなかで、最も惨殺された死体が好きだ。
その次に、自殺した死体が好きだ。
その次に、事故死した死体が好きだ。
僕は彼らを美しいとは感じない人たちを、どこかで機械のように感じている。
それ以前に、彼らは死体をみずから眺めようとはしない人たちだ。
自分がこのような死体になる可能性について、考えたくもない人たちだ。
彼らが、この世界で多数派であり、彼らは虚しい幸福を毎日噛み締めて生きている。
彼らは切実であり、ただただ、みずからと、自分の愛する存在の幸福を、最も願い続けて生きている。
僕らもまた切実であり、すべての幸福を、ただただ願い続けて生きている。
”共有”できるものは、たくさんある。
だが虚しい。この両者が共有できうるすべて、それが虚しい。
死体は何も語らない。だが多くの場合、死体は何かを訴えている。
死体が最も訴えているものとは、悲しみ。
死体を美しい悲しみ以外の何かで、装飾することをやめてほしいんだ。
死体とは死んだ身体(肉体、dead body)ではなく、死んだ者(存在、existence)。
彼らは、意識しておらず、また、死(無)でもない。
彼らは、その中域に、ただ、息を潜めて、存在している。
死体は、最早、生きていた者でもなく、死んだ者でもない。
彼らは、身体を喪った後も、そこに、存在している。
それを、誰かは未知なるエネルギー体だと考えるだろう。
でもそれは、残響じゃない。
生きていた者が、遺して行ったものじゃない。
それそのものが、新たなる存在として、そこに生まれたんだ。
彼らは、霊体でも魂魄でもなく、また、念体でもない。
神の本質もまた、そのすべてじゃない。
死体はただただ、悲しみを訴えている。
神の本質が、本質を忘却している人間に向かって、ただただ、訴えている。
それは、感情を擬態させた、死の本質。

そう、彼女は樹海で見つけた優しい、生きた何より優しい表情の髑髏に向かって話し掛けたが、彼は今は、安らかに眠っているようだ。












白い覆面の男は、狭いMotelの一室のベッドで眠る彼女を見つめていたが、彼女には顔がなかった。
だが男にとって、彼女は自分の母であり、自分だった。
彼女は、今は眠っているが、夜が明けると、目覚め、あどけない顔で男に向かって訪ねる。
「だれよりも愛するママはぼくだけを愛している。なのになぜこんなに、さびしいの…?」
男は、自分の娘に向かって、何も答えなかった。
男は、自分の顔がなかった。
彼女はいつものように、母親にキスをして、ガソリンスタンドのバイトに出掛けた。
部屋にひとり残された男は、長い時間そこに静かにじっとしていたが、姿見鏡に映った自分にふと気づき、自分の顔を見つめた。
顔の原型を留めない肉塊が、瞬きをして自分の顔のない顔を見つめていたが、やがて椅子から立ち上がると、仕事に出掛けた。