あまねのにっきずぶろぐ

1981年生42歳引き篭り独身女物書き
愛と悪 第九十九章からWes(Westley Allan Dodd)の物語へ

愛と悪 第九十七章

2022-06-07 19:03:16 | 随筆(小説)
仄かな光のなかに、真の安らぎを見い出し、そのあたたかい水のなかに眠る夢を見ているちいさな天使、ヱホバ。


真夜中に青白く、冷たいランプの灯りに照らされて無機質で白い空間にいる女が、悲しげな表情でレジを打っている姿は、男に抗えない深い情愛を感じさせたが、同時に寒々しい恐怖を覚えていた。
その光景は神に背くものとして完璧であるとさえ想えた。
それはどこまでも死の象徴として完成されたもの、それを壊すことは一つの完全さを壊すことであり、じぶんがこれからしようとしていることが、どのように自分を満たし、またすべてから遠ざかり、人間を喪い、じぶんを喪ってゆくかということを男は考えていた。
客が来ないあいだにも、女は硬直した身体と表情でカウンターの奥に立って、まるで宇宙の果てにあるものを見つけ、それ以外に関心などないというように、透き通る黒い眼で窓の向こうを見つめていた。
男は駐車場に止めた黒いVanの運転席に座りながら女を見つめ、ラジオの音に耳を傾ける。
開発途上国のすべてで壊滅的な食料飢餓と水不足、新種の感染症により人口の約三分の二は死亡したというニュースは、まるで他の星で起きていることのように繰り返される。
それよりも深刻なのは、我々の先進国で物価が三倍以上に跳ね上がり、これから先も上がり続けることだと、ラジオはその耳障りな金属的な声で叫んでいる。
男はラジオを消し、じぶんのこれから遣るべきことだけに集中し、女をぎろぎろした眼で見つめつづける。
深夜3時を過ぎ、女は店のドアを閉め、鍵を掛けようとした瞬間、車から降りてきた男に銃で脅され、真っ暗な店のなかへ引き摺り込まれた。
男は内側からドアを閉め、女に後ろから「騒ぐな。声を上げるな。」と低く静かな声で言った。
女は右の頸動脈に銃口を当てられ、すべての力を抜いておとなしく男に従う。
カウンターの奥に、小さな貯蔵庫があることを男は知っていた。
そこまで女を引き摺って行って、中に入ると女を床に蹲(しゃが)ませ、左手でじぶんの持っているちいさなランプに火を点した。
女は、全身を小刻みに震わし、恐る恐る、男の顔を覗こうと首を左後ろへ反らせた。
其処には黒い目出し帽を被ったぎろつく眼で女を凝視する男の顔があった。
女は、絶望と恐怖のなか、気づくと尿を失禁していた。
女を抱える男の股と膝に、あたたかい液体が沁み込んで来るとき、男も同時に絶望的な心地になったが、男は激しく勃起したものを女の股の間に突き上げていた。
女は、両の頬を涙で濡らし、命を請う為に、何かを言おうとしたが、恐怖のあまり声を出すことが叶わず、口を餌を求める鯉のようにぱくぱくさせるばかりだった。
男は、神に赦しを請いながら女に落ち着いた理性的な口調で言った。
「俺は、お前を救いに来たんだ。お前は、じぶんの哀れさと惨めさと罪深さに気づいていないが、お前を救えるのは俺だけだと、俺は知ってしまった。お前は、じぶんが何者かわかっていないが、俺がお前に教えてやる。お前は生まれてから死ぬまで、“罪びと”以外の、何者でもない。お前の存在そのもの自体が、神に背いていて、神を悲しませつづけていて、俺によってでしか救われないことを俺は知っている。お前は俺に痛めつけられ、苦しめられることによって、じぶんが神の奴隷ではなく、罪の奴隷であることをわかる必要があるんだよ。お前を支配しているのは、神の愛ではない。お前を支配しているのは、恐れと、悲しみである。恐れと悲しみから生まれるものがなんであるか、俺がこれからお前に教えてやる。」
男はそう言い終わると女の着ている薄ピンク色のワンピースをナイフで切りながら剥がし、下着も切り取って女を汚れた床の上に寝かせて跨ると子宮の位置を優しく撫でた。
そして銃口を子宮の場所に当てて引き金を引いた。
女は青褪め、震える口で初めて言葉を発した。
「わたしは、あなたになにをしたのでしょうか。」
男は、大きく息を吐くと共に「はっ。」と笑い、充血した眼をらんらんと耀かせて答えた。
「お前は俺があれほど警告しつづけたのに、お前は俺ではなく、悪魔を選んだ。お前を真に喜ばせる者は、俺ではなく、あいつだと俺に言ったんだ。サタンは、お前を本当の拷問地獄へ突き落す為に存在していると俺はお前に言った。でもお前は、俺の言うことを信じなかった。お前は俺ではなく、彼を愛した。俺はお前を誰よりも憐み、お前をずっとずっと見つめて愛してきた。彼もまた、お前を激しく求めていたが、それはお前の愛によって生きようとする為だ。彼は真の死者であり、死霊以外の何かではない。彼は未だかつて生きたことのない者である。お前は神の愛よりも悲しみを愛した為、彼に愛され、彼を受け容れた。結果、お前は最早、“生きた者”ではなくなった。お前は“モノ”として生きてはいるが、お前を動かしているすべては、“人工”のものであり、“いのち”ではない。虹色に光る美しい針金蟲に脳を寄生(操作)され、水辺(光の反射するみなも)へいざなわれて其処で死ぬばかりの道具としての蟷螂蟲のように、お前は今や悪霊の奴隷でしかない。悪霊に支配された魂は、死んでも自分が何者かわからず、眩い光ではなく、自分を落ち着かせる鈍い光のもとへ行き、そして彼らの罠に嵌まり、生命の地獄を延々と繰り返し、虚しい悦びのなかに、じぶんは生きているのだと信じる。だが、俺がお前にはっきりと言ってやる。お前は生きているわけでもなく、死んでいるわけでもない。お前は“模造の人間(Imitation human being)”である。お前は神の被造物の姿をしているが、お前のなかで生き生きと生かされ続けているのは、お前の神を喰らい、お前を愛して独占し、お前のすべてを支配し続けてきた偶像の主である。だが、お前が俺を愛していたならば、こんなことにはならなかった。お前は俺の愛を裏切った。お前の愛を何よりも信じつづけていた俺を、容易く裏切ったんだ。お前の神を、お前はいとも簡単に、堕ろしたんだ。」
女は自分を責め続ける堕天使の悲しい眼を見つめ、憶いだした。
彼はあの日、彼女にこう言ったのだ。
「わたしを産み落としてはならない。わたしは、悪神の子だからである。あなたはわたしを決して愛してはならない。わたしを愛するならば、地の果てまでもあなたを求め、あなたにすべての報復によって、請求する。あなたはわたしの、愛する娘であり、また母であり、たった一人の妻だからである。」
彼女は、或る日、病院で目覚めると、それは既に自分のなかから堕りていて、息をしていなかった。
血塗れて、痛々しい哀れなそれを観て、彼女は自分(神)に誓ったのだ。
もう二度と、“人間として”生きることがないように。
もう二度と、真に人を愛することがないように、と。

生あたたかい血だまりのなか、彼は彼女を愛そうとしたが、其処には細かく切り離された彼女の断片があるばかりで、それをもとの形にする方法も、その必要性も、彼は見喪ったまま、それでも彼女を愛そうと、その死をみずからの神の不在の場処で抱き締めた。























Leon Vynehall - Midnight on Rainbow Road