猟師はSnow Whiteを山の奥深くまで連れて行った。
仰せのとおりに、ここでこの子どもを殺してしまわなければならないのだから、いったいこんなことを教えてどうなるのかと猟師はおもったが、それでもついつい、このキノコは猛毒だ、とか、これは切り傷に貼ればすぐ治る、とか、この花の蜜は甘いぞ、女のあれよりも甘い、などと猥談も交えながら訊かれもしないのに教えてしまうのだった。
Snow Whiteは心を許したのか、猟師に向かって、素直にたずねた。
Snow White「猟師さん、その顔の怪我は、いったいどうされたのですか?」
猟師はすこし言葉を濁して応えた。
猟師「これはなァ、ばかでっかい山男のような毛むくじゃらの野郎と本気で戦った結果だ、顔だけじゃない、身体中深手を負ったが、俺ぁぴんぴんしている。あそこだってまだびんびんになるし、なに、生きるになんの支障もない。目は片方しか見えねえが、前以上に見えるもんは見える。見えるっつったって、おまえのちんこにはもう毛が生えているのが見えるとか、そういうことじゃァねえぞ、もっといいもんが見える。たとえば…おい、ちょっと止まれ」
そう言うと猟師は目を瞑って耳をそばだてているような顔をした。
そして「うん、見えたぞ。約20メートル先に猪の親子がいる、ウリ坊は三匹だ。嘘でたらめじゃねェぞ、その証拠に俺はこの国でいちばんの猟師だとみんな呼んでいる、あれ、疑ってるような顔をしてねェなおまえ」と目を開けてSnow Whiteを見た。
Snow White「ぼくはあなたを疑ったりしません。それよりも、尊敬しています。だってすごいことです!仙人みたいな雰囲気だし、ぼくはとてもあなたといるとわくわくします」
猟師はうろたえてなんども咳払いをして言った。
猟師「そ、そんなに俺を褒めても、なんも、いいもんなんか出やしねェぞ」
Snow Whiteは軽快に歩きだして言った。
Snow White「ぼくはもうとっくに素晴らしいものをたくさんもらっています。猟師さんはそれに、とても面白いお方です。洒落や諧謔(かいぎゃく)や頓智(とんち)なども学んで、お母さまをうんと喜ばせたいものです」
猟師はずんずんと歩いていって黙りこんだ。
いったいなんの因果で俺ァこんな気の優しい子どもを殺さなけりゃならなくなったんだ。いったい何のわけあって、あの母親は息子を殺そうとしてんだろな。
猟師はこの国の王がどんな顔かも知らなかったし、ただ城の者からのお呼びだと頼まれてやってきたのでまさか自分に依頼した女が女王で、殺そうとしているのは王を受け継ぐ王太子であることを気づかなかった。
しかしつぎにSnow Whiteが発した言葉を聞いた瞬間、猟師は身が凍りついた。
Snow White「ぼくはつぎの王さまにならなくちゃだから、もっともっとたくさんのことを覚えて、賢くなりたいのです」
猟師「おっ、おっ、おお王さまだってか?おおおまえがか?」
Snow White「そうです。ぼくのお母さまは女王さまだから、ぼくが十分賢くなって準備ができたら、王に即位すると聴かされています」
猟師は激しく咳払いをすると俯いて「ほォ、おまえのおっかさんは、この国の女王様ときた、はははははは、そらァたまげて、言葉もでねぇ…」
猟師はもう帰りたいとおもった。国王の息子なんかを殺したことがあとでばれてみろい、俺ァ首を刎ねられちまう。俺は独り身で子もいねェが、まだまだ生きて、女を抱いたり、熊や猪と対決したりしたい、こう見えて俺ァまだ三十六歳だし?まだまだ生きる気びんびんなんだ。公開斬首刑なんてもん、屈辱も口惜しさもあったもんじゃねェ、まだ猪に踏んづけられて死ぬほうがましってもんだ。猟師なら。そうだろう?って俺ァだれに訊いてんだ?俺ァぜったいに厭だ、処刑なんかされたかねェぞ、くっそォ、いったいなんでこんなカルマが俺に圧し掛かってきたんだ、女王の命令を断ったらそんときゃァ結句俺ァ殺されちまうんだろうよ?権力者ってのはまったく脇目も振らず放逸(ほういつ)なことばかりしてやがる人間どもだ、放逸の法律っつってな、国民が汗水垂らした金で美味い酒飲んでは毎晩享楽に耽っていると聴く、くっそォ、ええなァ!俺もそんな暮らしがしてみてェってもんだ。嗚呼、せっかく殺されるって、言葉がおかしくなっちまったい、どうせ殺されるなら、報労の大金で放浪してだな、好い女を毎晩味わい尽くして、本気にさせたりしてみてェもんだなァ。俺ァほんとうに、こいつを殺すってェのか、こんなまだウリ坊みてェにあどけねェ小わっぱを。
猟師はかなり早足のじぶんにしっかりと着いて歩いてくるSnow Whiteをちらと見ては俺にできるのか…と尻込んで逡巡(しゅんじゅん)した。
Snow Whiteはふっふっと言いながら一生懸命に着いてくる。なんてけなげな生き物だろう、と猟師はおもった。
これが人間とゆうものなのか。大好きな母親から殺されるほんのちょっとさきの未来も知らねェで…。
するとSnow Whiteが急に立ちどまって言いだした。
Snow White「猟師さん、ここらへんで休憩にいたしませんか?ぼくのお母さまが焼いたレモンケーキがたくさんあって、よかったら一緒に食べていただきたいのです」
猟師はけっこう歩いてきたし、いいだろうとおもい頷くと荷物を降ろして袋から茣蓙を取りだしてそのうえに座った。Snow Whiteもそこに腰を下ろし、レモンケーキを取りだして猟師に渡した。
猟師「おっ、ありがとよ」
猟師はうまそうな顔でそれを頬張って食べた。
王女がケーキと一緒に入れてくれた皮袋の水筒に入った紅茶を木のカップに入れてSnow Whiteは猟師に差しだした。するとちいさな黄色い木の葉が舞い込んできてそのカップのなかに船のように浮かんだ。
猟師とSnow Whiteは顔を見合わせて笑い、猟師はそれを受けとるとそのまま飲んで、こんな素直で気立ての良い嫁が俺ァ欲しいもんだとおもった。Snow Whiteはこうして眺めると、やけに中性的でまるででかい妖精か天使のように見えてくるのだった。
食べ終わってすこし寛いでいると「おい、Snow White」と猟師は呼びかけた。
Snow White「なんですか?猟師さん」
猟師「おまえ俺の嫁ンなれ。っていうのは冗談で、おまえはもう城へ戻らず俺とふたりで暮らせ、な、俺の養子になりゃァいいんだ、女王様に俺からそう頼んでやる」
そう言われて驚いたSnow Whiteははっきりと応えた。
Snow White「ぼくはお母さまのもとで暮らせないのなら、きっと死んでしまいます。ぼくはお母さまと、どうしても離れたくないのです。今日だって、帰ったらたくさんキスをするって約束をしたのです。お母さまは…ぼくを愛してくださっています。だからぼくはぜったいに、ほかのだれとも暮らしません」
猟師は片手で顔をこすった。包帯の下が痒いのだろうか。
そして片目でぎろりとSnow Whiteを覗くと言った。
猟師「そうか、おまえはそんなに、お母さまを愛してるのか、だったら俺ァ諦めるさ、しかしな、これは俺の命と、おまえの命が関わってる話なんだ」
そう言うと猟師は右の太股から目にも留まらぬ速さで小刀を抜き取るとSnow Whiteの両腕を左手一つでまとめて背中の後ろでひねり、同時に右手で持った刀を喉元へと押し当てた。
猟師は静かに眼をぎゅっと閉じているSnow Whiteに向かって言った。
猟師「可哀想だが、女王様にも何か深いわけでもあるんだろう。おまえが俺と逃げねェってぇなら俺はおまえを殺すしかねェ。何故ってそうしねェと、俺の命が危なくなるんだよ。おまえは女王様のお望みどおり、殺されたいのか、それとも殺されたくないのか」
Snow Whiteは目を開けて猟師を強く見つめると言った。
Snow White「ぼくはそれが…わかりません。だってお母さまが何故ぼくを殺そうとしてるかがわからないのです。ぼくはただ…お母さまにいちばんに愛されたいのです。お母さまにいちばんに愛されて一緒にそばで暮らしたいのです」
猟師はハァ…と深く息を吐くと刀をもとにおさめて手を離し、眉間を掴んで俯いた。
そして洟をすすって言った。
猟師「泣かせるねェ。おまえはそれじゃァ、お母さまがおまえをいちばんに愛しているなら、その愛によって殺されても構わねェってことか」
Snow Whiteはごくっと唾を飲むと「はい…」と今にも泣きそうな顔で応えた。
猟師はSnow Whiteを強く抱きしめ言った。
猟師「おまえって野郎は、おまえって野郎はよォ、ったく、馬鹿な、馬鹿な息子だぜ、いったいどこに、どこに子をいちばん愛する親が子を殺すってんだ?ありえねェだろう、そんな話は。イサクとアブラハムみたいな展開でもない限り…いや、あの話だってじゅうぶんおかしいだろう。ほんとうに愛しているのに、子を殺す親はいるのか?俺ァわからねェな、俺ァ親を知らずに育ったから、親の愛なんてもんはちっともわからねェ、愛してるから殺すなんていう親をなんでそこまでおまえは愛せるのか、俺ァまったく理解できねェよ。嗚呼どうしたら、どうしたらおまえを殺さないで、俺も殺されない方法があるだろうか。おまえが生きて戻ったら、俺は処刑される可能性がある。一度聴いた国王の命令に背くことなんざ、そらァきっと重い罪だ、俺は生きて戻るには、おまえを殺した証拠として、その心臓を持ち帰らなけりゃァならねェんだ」
そう言ったあと猟師は激烈に後悔した。しまった、そんなことを言ったらこいつが傷つくじゃねェか、俺の馬鹿もん!
猟師はSnow Whiteの身体を離してその右目で顔を覗きこんだ。
その顔はどこか諦めのついたようにすっきりとした表情にも見えた。
フゥ…と息をついて、猟師は良い術(すべ)はないかと考え込んだ。
そのときである。猟師は目をギラっと光らせたかとおもうと森の奥へ走っていき、ものの五分かそこらで大きな猪一頭を肩に担いで戻ってきた。
黒く立派な猪はまだ生きていた。
「よし、こいつの胸をこれで切り裂け」と言って猟師は小刀をSnow Whiteに差しだした。
ぶんぶんぶんぶんっと首を振ってSnow Whiteはそれを拒否した。
猟師「なに弱気をぶっこいてやがんだ、おまえが死ぬ代わりに、こいつが死んでくれるんだ、感謝してほら、思いきり一気に切り裂くんだ」
Snow Whiteは泣きながら「できません…」と言って目を背けた。
猟師は目の前で猪の喉元を一気に切り裂いた。
聞くに堪えない悲鳴をあげて激しく痙攣した豚の喉からどくどくと真っ赤な血が流れる。
豚は目をひん剥きながらもまだ生きている。
猟師「おまえがはやくとどめを刺してやらねェとこうやってずっとこいつは苦しむんだぞ、はやく楽にしてやれ」
Snow Whiteは異様に震える手で差しだされた刀を掴むと脂汗をたらたら流しながら、心臓のあたりを避けて腹を裂いた。
その裂き目は浅く、耳の奥が痛むような悲鳴が響き渡り、猟師は手際よくSnow Whiteの手から刀を奪うと喉をもっと深く切り込んで絶命させた。
猟師も汗をひどくかいていて、「はァーっ」と大きな声を出しながら息を吐くとその場に腰を下ろして「おまえは向こうを向いてるか、目を閉じてろ」と言うと豚の胸を大きく切り裂き、心臓の繋がっている脈をすべて切って両手で取りだした。
「終わったよ」と言われて、Snow Whiteは静かに目を開けるとその真っ赤な心臓の大きさに気を失いかけた。
猟師「子どもの心臓にしてはちょっとでっかいかもしれねェが、専門家でない限り、たぶんわからんだろう、これをおまえの心臓だと言って、俺は女王様に届けてやる。だからおまえはもう城へは帰るな。命が惜しければな。数年かそこら経ちゃあ、お母さまも考えが変わってるかも知れんじゃないか、その日に願いを託して、ひとりでどこかでこっそりと生きてゆけ。おまえの代わりに死んだこいつだって、たぶんおまえに死ねっていうよりは、生きろよって言ってる気がするだろ、俺を殺しといてなんでおまえも死ぬんだって話だろ、苦しくても生きる、それが人間に与えられた苦しく悲しい定めなんだよ。俺だって、ほんと言うと、何遍も死にたくなるときもある、全身じゅう誰にも見せたくないほどの醜い傷痕で埋め尽くされている。俺の左目は熊にえぐられて黒い穴ぼこだ。気が狂いそうなほどの痒みと引き攣るような痛みはもうずっと取れてくれない。でもこんな俺でも、生きる希望は大きいもんだ。生きるほど、大きくなってきている気がするんだ。俺はまだまだ見ていないものがあるし、知らないことだらけだ、俺を心底差別する人間だって多いが、俺は生きてきてほんとうによかったよ、おまえのような、素直に一緒に生きたいなとおもえるような人間にも出会えたしな、おまえにも、俺は生きててほしい、そのためにも、この猪をおまえの手に掛けさせたんだ。命を殺すってことは、命を生きるってことだ、生きもしないなら、殺す必要もないやろ。もうちょっと手がぬるぬるやから、俺は向こうの川に行って洗ってくるわ。おまえはそのあいだに逃げろ、可愛いおまえを監禁しようと俺の気が変わらんうちにな、へへへっ」
そう言って猟師は右目と口元だけで笑うと森のなかに走ってって見えなくなった。
Snow Whiteは涙の痕のついた顔ですこしのあいだ放心したようにそこに座っていたが、おもむろに荷物を背負って立ち上がると猟師の見えなくなった方角を眺め、そのまったく逆のほうを走った。
走り疲れ、Snow Whiteはふと空を見上げると木々の間から茜色と白い雲がだんだら模様になっている夕焼け空が見えた。
いったい、どこへ向かえばいいというのだろう…。Snow Whiteは本当の絶望的な感覚を知ったように想えた。お母さまはどうして、ぼくを殺したいのだろう…。
Snow Whiteは涙を流しながらあてもなく歩いた。
レモンケーキをかじると、お母さまの優しい微笑みが浮かんでSnow Whiteはその幻を掴まえようと必死になった。
どうしてもお母さまがぼくを殺さなくちゃならない理由…。
今朝のお母さまの優しさは、嘘であるはずはない。お母さまは無理をしてぼくに優しくするときがなんどもあったけれど、今日の優しさは、本物だった。
お母さまはぼくをほんとうに愛しているからぼくを殺すんだ。
そうじゃなかったら、最後にあんな言葉は言わない。
お母さまはぼくのキスを待ってるんだ。それもたくさん、たくさんのぼくのキスを。
お母さまは…あの魔法の鏡からなにか忠告を受けたのかな。
なんでも知っているような魔法の鏡…きっとそうだ!あの鏡が、お母さまに変なことを言ったんだ。
それを信じてぼくを殺そうと…
ぼくはお父さまを、この手で殺してしまった…
お父さまを苦しめて命を奪い、お母さまも苦しめるぼくは、生まれてこないほうがよかったのかな。
どうしてぼくは生まれてきたのだろう。
お母さまを苦しめて、お父さまを苦しめて命を奪うためにぼくは生まれてきたのかな。
だったらまるで悪魔の子みたいだ。
ぼくは悪魔の子なのかな。それとも…お母さまが脚本したあのお話の死神のように、孤独で悲しい何かの子なのかな。
Snow Whiteは眼のまえに立ちはだかる太く大きな立派な木を見上げた。
木って何千年も同じ場所に生えていて寂しくならないのかな。
ぼくがお母さまを失ったあとも何千年と生きなくちゃならないなら、生き地獄だ。
どうして木って、なんども繰りかえし葉っぱを生やしては落として生きているんだろう。
Snow Whiteは落ち葉を両手ですくっては落とすのを繰り返した。
嗚呼、お母さまがここにいたら、どんなに幸せだろう。
どうしてここに…いないんだろう…。
Snow Whiteはまた涙があふれてきて落ち葉のじゅうたんのうえに座りながらぽとぽとと落ち葉のうえに涙を落とした。
ぼくの涙で洪水になって、お母さまは大きな落ち葉の船に乗ってぼくに会いに来るんだ。
ぼくはきっと、うんと泣かないとお母さまは会いに来れないんだ。
ぼくがずっと悲しんでたら、きっとお母さまは会いに来てくれる。
ぼくがこの森でひとりぼっちで震えていたら…
Snow Whiteは肌寒いなかにも眠気がやってきて落ち葉の毛布のうえで一眠りすることにした。
目が覚めると、真っ暗闇だった。
Snow Whiteは凍えそうな寒さに身を震わせた。
寒い…どうしよう。おなかすいた。お母さまのレモンケーキを食べるまえに、どこかでおしっこをしよう。
Snow Whiteは闇のなかに立ちあがると、月と星あかりだけで歩いて、適当なところで立小便をした。
戻ってきてレモンケーキをもぐもぐと食べて紅茶を飲んだ。
こんなに暗いと歩けないし、どうしよう。
走ったらあったかくなるかもしれないけれど、走ったら危ないし、走らなければ危なくないけれど、危なくない代わりに寒いな…そうか、走らずにここで動き回ってればあったかくなるかな。
Snow Whiteはがむしゃらに動き回った。
両手をぶんぶんと回して、ぴょんぴょんと飛び跳ねてぐるぐると回って回りすぎて目が回って落ち葉の上にどさっと倒れこんだ。
すこしはましになったかもしれないけど、まだ寒いや。
お母さまに抱っこされたい…お母さま、いまどうしてるかな、眠っているのかな。
さびしくないかな。ぼくのことを想って泣いてないかな。
ぼくのことを想ってお母さまが泣いてくれているなら、ぼくは、嬉しいな…
お母さまは悲しいのに、ぼくは嬉しい…何故なんだろう。
ぼくが死んだらお母さまは嬉しい…?ぼくは悲しいけどお母さまが嬉しいならぼくは嬉しい…?
それともぼくが死んだらお母さまは悲しい?お母さまは悲しいけど、ぼくは嬉しい…?
どうしてお母さまを愛しているのに、お母さまが悲しいことがぼくは嬉しいのだろう。
ぼくはただお母さまにいちばんに愛されたい、ただお母さまのそばでずっと暮らしたいって、ぼくはぼくのことばっかりだ、ぼくはどうしてこんなわがままなんだろう…
お母さまがかわいそうだ。ぼくみたいな子どもを持ってしまって。
さびしいよ…お母さま。
Snow Whiteはちいさくまるまって寝っころがり、お母さまに抱かれて眠っているのを想像して寒さも忘れて眠りについた。
鳥のおおきな鳴き声にSnow Whiteは目を醒まし、あたりを見まわした。
あたたかくぽかぽかとしていて心地が良かった。
Snow Whiteはおしっこをまた適当なところですると戻ってきてレモンケーキを頬張りながら紅茶を飲んだ。紅茶がなくなってしまった。
Snow Whiteはとにかくどこか泊めてくれる家を探そうと想った。
童話や昔話では山奥やだれも住まないような森のなかによく老夫婦が住んでたりするんだよな。または魔女とかが住んでる…
Snow Whiteは何も考えずにただ足の赴く方角へ歩いては走った。
川岸の尖った石のうえも走って飛び跳ねた。澄みきった川で水を汲んで飲んだ。
気づかずに茨の生え茂るなかを突き抜けてしまって身体中が傷だらけになった。
猟師さんの痛みに比べたら、こんなの、平(へい)ちゃらだ。そう強気になって痛いのを我慢してSnow Whiteは奔りつづけた。
ずんずんと森の奥へ向かっているみたいだ。
きらきら光るよ仔馬のたてがみ
どこまで行くんだろ林を縫って
ずんずんずんずんずんずんずんずん林を縫って
ずんずんずんずんずんずんずんずん林を縫って
ららら ららららら ららら ららららら
Snow Whiteはお母さまと一緒に歌った”冬の歌”を歌いながら林のなかを縫うように駆けぬけた。
そうして歌いながら駆けていると、なにかの獣のようなものが横の林のなかを通りぬけていったような気がした。
Snow Whiteはどきどきして歌うのはやめて静かに走りぬけていると、またなにかがよこを駆けぬけていった。
いったいなんの動物だろう?もしかしてぼくのレモンケーキを狙ってるのかな。
動物はとても鼻が利くから、甘く酸っぱい好い匂いを嗅ぎつけて寄ってきちゃったのかな。
Snow Whiteはこんど駆けぬけてったら、レモンケーキを放り投げてやろうと想った。
するとこんどは、両側の林のなかを同時に獣がものすごいはやさで走りぬけた。
Snow Whiteは袋からレモンケーキをとりだすと木々の間に向かって投げつけた。
そしてまた走っていると、今度は両側に何匹もの獣が走りぬけたような気がした。
増えてる!Snow Whiteは恐ろしくなってまたレモンケーキをこんどは両側にひとつずつ投げつけた。
そしてまた走りだすと、つぎには右側に四匹、左側には三匹ほどの影が動いたようにおもえた。
Snow Whiteは泣きだしそうになって、四つめ、五つめを投げつけ、とうとう袋のなかにあった最後の七つめのレモンケーキを投げつけた。
足が痛くなってきたけれど、獣に食べられちゃったらお母さまに会えないと想い必死に足がもってくれる限り走りつづけた。
あたりは夕闇が降りてこようとしていた。
そのとき、Snow Whiteはちいさな洞穴のような家の入り口らしきものを見つけた。
ほんとうにあった!こんなところに人が住んでるなんて…Snow Whiteは喜びと不安のなかその入り口へと近づいていった。そこにはちゃんとドアのように取りつけた入り口があって、側には木の実や魚が吊るされて干されてあった。
Snow Whiteはそのドアをとんとんとノックした。
でもだれもでてこなかった。Snow Whiteはうしろを振り向いて、さっきの獣たちが息を潜めているような気がして、怒られるかもしれないとおもったが、しかたなく勝手に入って、なかで待つことにした。
家のなかに入ってほっとしたとたん、一気に疲れが押し寄せてきて、Snow Whiteはちょうどあったベッドに横になると知らぬまに眠ってしまった。
夜が遣ってきて、あたりがすっかり暗くなるとこの家の主人が帰ってまいりました。
Heigh-ho, (ハイホー)
Heigh-ho(やれやれ)
It's home from work we go(やっと仕事終わりさあ帰ろう)
と歌いながら主人は家のなかへ入ってきました。
そして七つのちいさな灯りをつけると見知らぬ人間が我が物顔でじぶんのベッドに眠りこけているのに気づき、主人はびっくりぎょうてんしてひっくり返りそうになりました。
とおもったらじっさいひっくりかえって軽くあたまを床にうちつけました。
そして主人はひとりでくちぐちにあれこれとしゃべりました。
一番目のこびとがいいました。「おい、猿がかってに寝てるぞ」
二番目のこびとがいいました。「か、かわいいな…女の子だよね」
三番目のこびとがいいました。「人畜無害には見えるな、へっぶしっ」
四番目のこびとがいいました。「おやおや、かしこそうな顔をしておるわい」
五番目のこびとがいいました。「うははっすっごいわくわくどきどきしてきたぁ!」
六番目のこびとがいいました。「まさかおいらたちを迎えにきた天使じゃないよなぁ…」
七番目のこびとがいいました。「ふぅ、ねむい、おいどんの寝床がうばわれちまったい…」
その騒々しさにSnow Whiteは目をこすりながら起きました。
そしてあくびをすると、Snow Whiteは目のまえにいるちいさな人間に気づいて驚き、目を丸くしました。
ちいさいといってもその身体はだいたい120cmくらいだった。だいたいじぶんよりも35cmくらい低いほどだった。
でも観た感じ、子どもというよりは、濃い髭が立派に生えた50歳以上のおじさんのような風貌だったので、びっくりしたのでした。
Snow Whiteは改まって自己紹介をしました。
Snow White「あの…ぼくの名前は、Snow Whiteと言います。歳は12歳です。昨日、おうちを抜けてきて、それで森のなかを迷ってしまったのです。そしたら、たくさんの獣たちがぼくをつけねらって追いかけてきたのです。ぼくはお母さまが作ってくれたレモンケーキをみんな獣たちに与えてしまい、食べものがなくなってしまいました。とても、困っています。寝る場所も、食べるものももうないですから…」
そう言ってちいさなおじさんの顔をSnow Whiteが見下ろすと、ちいさなおじさんは見上げてこう言った。
「ひゃっひゃっひゃっひゃあ、よろしくよ坊主、おいらの名前はドーピー(おとぼけ)さ。おっおい、てめえ、だれの許可とって、そこ、座ってるつもりだ?まあ、悪い奴じゃなさそうだけどよ…おれっちの名はグランピー(おこりんぼ)だ、忘れんじゃねえぞ?こりゃなんとけなげな子じゃろう。よくぞとんだ我が家へおいでなさった。なになんの遠慮もいらんよ、ささ、腹が減っておるじゃろう?スープを今あっためてあげましょう。先生の名前はドック(先生)じゃ、そのままじゃよ」
奇妙なちいさなおじさんはそう言うと、てくてくと歩いてスープを焚き火のうえに置いて薪をくべだした。そして火をつけてスープを混ぜながら言った。
「うふふふふふっ、あははははははっ、なんて愉快で楽しいんだろう!きみのように純粋で素直な子を前にすると嬉しくってこうして笑ってしまうよ。うはははははっ。ってぼくの名前はハッピー(ごきげん)っていうんだ。よろしくね!ふぁ~あ、おいどんはねむくてねむくてめがしょぼしょぼする。あっあちぃっ、おいどんはスープをあっためながらねむりかけてたよ、ちょいとおいどんの代わりにスープを混ぜておくれよ、ああおいどんはスリーピー(ねぼすけ)って名だよ、だからねむくてしょうがないん」
ちいさなおじさんはベッドに横になるといびきをかいて寝だした。
Snow Whiteはスープを言われたとおりに混ぜた。
するとちいさなおじさんはとつぜんがばっと起きて照れた様子でくねくねとしながらそばへやってきてはSnow Whiteの顔を尻目にちらちらと窺いながら頬を染めて言った。
「じぶん…すてきなかんじだね。ぼくちんさ、きみのような…およめさんがほしいっておもってたところなんだ、ついさっき…」
Snow Whiteは笑顔で「ぼくは男ですよ」と言った。
「えっ…そう、そうなんだ…。わからなかった、あんまり色が白くて、薔薇色の唇をしているんだもの…てっきり女の子だとおもっちゃった、はは、ははは…ぼくちんのおばかさんおばかさん、そんなぼくちんの名はバッシュフル(てれすけ)っていうのさ、あっ、そんな見つめちゃ、照れちゃうよ…へえっくょい!あーつれえ、ほんとつれえ、このくしゃみ、よぉおれの名前はスニージー(くしゃみ)だ。っぶっくっしょっ。もーおれがしゃべると、なんでかくしゃみが止まらないんだよ、なんでかしらねんだがね。ま、そうゆうわけで、おれたち七人の人格をもったこびとでみんなから”七人のこびとたち”って呼ばれてんだよ。ややこしいにもほどがあるが、適当に名前は呼んで、ゆっくりくつろいでいきゃぁいいさ。みんな悪い奴じゃねえから。あっくしゅっ、ふー、ついでに握手しようじゃねえか」
そう言われてSnow Whiteは七人の人格を持つこびとと握手を交わした。
ドック「ありがとうSnow White。ずっと混ぜてくれていたんだね。さあみんなで召し上がりましょう」
そういうとドックは自分の木のお皿と Snow Whiteのお皿をテーブルの下からだしてそこにスープを入れた。そしてパンを戸棚から持ってきてスープの横に添えると言った。
ハッピー「うふっおいしそうだな~わくわくわくわく、はやく食べようよ!いっただっきまぁす!」
そう言ってハッピーは動物っぽく食べだした。
Snow Whiteは手を組んで目をつむってお祈りをすると「いただきます」と言ってスープに口をつけた。
ドーピー「坊主、あんたいったい、どっからやってきたってんだぁ?」
突如とぼけた顔になってドーピーがそうたずねた。
Snow Whiteはつと言葉につまったが、うそをついてもしかたないと想い、ほんとうのことを言うことにした。
Snow White「ぼくは、お城からやってまいりました」
グランピー「てめえ、もしかして、なんか悪いことでもやったのか?追っ手が追いかけてきたりしねえだろうなあ?おれっちまで巻き添え食ったらたまったもんじゃねえぞ」
おこりんぼのグランピーがそう怒った顔で言った。
Snow Whiteはすこし焦って応えた。
Snow White「逃げてきたといえば、そうだけれど…でもたぶん追いかけてはこないような…気がします…」
ドック「おやおや、そうだったのかい。そりゃ大変じゃったろう。かわいそうに。なに心配しなくていいさ、こんな洞窟のなかにいるなんてまさかおもいはしないだろう。しかし一応見つけづらくなるようにドアの外に藁をかけておくことにしようかの」
そう言ってドックはいそいそと外へでて藁をどこからかかき集めてくるとそれをドアに打ちつけていった。
Snow Whiteは急いで食べ終えるとそばに寄って藁を渡して手伝った。
「ひゃっくっぷっしゅんっ」とスニージーがくっしゃみをした。
スニージー「うー今晩も冷えるなぁ、あー寒いのはおれはいやだ、でもくしゃみがでなけりゃおれの出番はねえけどなあ、ぅっぷしっ」
スニージーがそう言って鼻水を垂らした。
バッシュフル「そ、そんなにぼくちんの手元を見つめちゃ、てっ照れるじゃないかっ。じぶん、むこうを向いてておくれよ」
てれすけが照れながらそう言った。
Snow Whiteはおかしさをがまんしながら「はい」と応えて後ろを向いた。
スリーピー「ふぅ、ふぁーあ、おいどんはもうかなり眠くなっちまってっから、あとは頼むよSnow White」
おおきなあくびをしながらスリーピーが眠そうな顔でそう言った。
Snow Whiteは「はい、あとはぼくがやりますからゆっくりとおやすみになってください」と言って藁をひとりでドアに打ちつけていった。
スリーピーのいびきの音と虫のにぎやかな羽音を聴きながらひとりで作業をつづけていると、狼か野犬の遠吠えのような声が聴こえてきた。
おそろしくなったSnow Whiteは藁で覆われたドアをみわたして、こんなもんでいいかな…とおもって家のなかへ入った。
寝床がひとつしかなかったのでSnow Whiteはランプを消すとスリーピーのいびきをがまんしながら隣で眠った。
王女は夜になってからひとりで戻ってきた猟師を自分の居室へ招いて御馳走を与えて高級な葡萄酒を飲ませ、残り半分の報酬を渡した。
ひざまずいて猟師から差しだされた皮袋を震える手で王女は受けとるとそれを抱すくめてへたへたとその場にしゃがみこんだ。
そして猟師を見上げ、見開いた目で「息子は苦しまなかったですか…?」と訊いた。
猟師は王女の目を見つめ、「御安心ください。まったく、苦しみのくの字も知らないまま、一瞬のうちに終わらせました」と言った。
王女は酷く疲れている様子で我が子を埋葬された場所をたずね、その場所を聴きとると猟師の手をとってその甲に接吻した。
それから感謝の言葉を述べ、猟師を帰らせた。
猟師は外へでると城を見上げ、ちいさくつぶやいた。
「どうゆうことだかてんでわからねェが、おまえのお母さまはおまえのことを愛してるようだ。だからSnow White、おまえちゃんと生きるんだぞ、いつか必ず、おまえの愛するお母さまと再会できる日がくるさ」
そして棲み処(すみか)に向かって、「おれも母親みてェに愛せる女を見つけて一緒に暮らそう。この、金でな。って金ないと見つからんのかいっ」と独りごとを言いながら帰っていった。
王女は我が子の心臓を持って寝室へと戻った。
そして下着とペティコート以外脱ぎ捨てると、これが失敗したら、もう自分は生きてはゆけないと想い、ちいさな果物ナイフを手にすると床のうえに銀のトレイに載せた心臓のうえで二の腕の上の部分を切った。
思ったよりも深く切ったようで血の気が引いて貧血のようになったが血が心臓のうえに滴ってくれたことに安堵した。
何滴もぽとぽとと落ちて心臓が渇きを癒すように染みわたっていった。
もうだいぶ血を落としたと想った王女は鏡に向かって「これで十分かしら」とたずねた。
するとすこしして鏡は応えた。
鏡「もう十分でございます、王女さま、はやく傷の手当てをなさってください」
王女は用意していたアロエの葉を切り開き葉肉を取りだして傷口に押し当てると白檀の粉をかけて包帯を巻いた。
そして王の髪を手に取り、接吻するとそれを心臓に巻きつけて皮袋の中に仕舞いこんだ。
王女はみんなが寝静まる時間になるまで待つことにした。
皮袋に入った心臓を、まるでちいさかったSnow Whiteを抱くように王女は抱きかかえ、そのまま寝台に横になった。
王女はじぶんひとりで王の墓を掘り返すのは時間が掛かって夜明けまでにとても行なえないだろうし、それに誰かがひとり見張り役にいたほうがよいと鏡の男にもういちど現れるように頼んだ。
鏡の男は厭な顔ひとつせず優しい微笑を浮かべてそれに応じてくれた。
ふたりで王の眠る墓地へと向かい、王の墓のまえに着くとお祈りをして王女がまず持ってきた鍬(くわ)で土を掘り起こした。
土は固く、おもうように掘ることができない。鏡の男が「わたしがやりましょう」と言って鍬を王女の手から取るとみるみるうちに土を掘っていった。
中性的な容姿でありながらその膂力(りょりょく)のたくましさに王女は見入った。
すると半分ほどあっというまに掘り起こして鏡の男はこう言った。
「あとは王女さまが最後まで掘ってください。わたしは見張っております」
王女は鏡の男から鍬を受けとって無心で掘りつづけた。
さっきまでは寒かったのが、だんだんと汗が滴りおちるほど熱くなった。
そして休憩をとりながら、何時間と掘っていると、やがて棺の天井のようなものが見えた。
土を手で払いのけ、王女は見上げて鏡の男を呼んで言った。
王女「わたしはこの蓋を開けて見る勇気がとてもありません。わたしの代わりにあなたに頼んでもいいでしょうか」
鏡の男は地面から王女に手を伸ばし、王女を引きあげた。
そしてなんの怖気もつかないような涼しげな顔をしてこう言った。
「わたしが行ないましょう。あとからわたしに心臓を手渡してください」
王女はほっとして鏡の男の手を引きながら下へ降ろした。
すこし経って鏡の男が呼んだので心臓を目をつぶって、息を止めて渡した。
そして離れて待っていると、鏡の男が下から這い上がってきて土を被せ始めた。
王女も一緒に土で埋めてゆく。
お父様が蘇えりますように…。
王女は一縷の望みにすべてを懸けてそう願った。
Snow Whiteは王を殺したのはじぶんだと思い込んで、その罪責にたえきれずみずから城を出て行ってしまったと王女は城の者に告げた。
だれもSnow Whiteを探してはならないと誡告(かいこく)した。
グランピー「おい、起きろ、いつまで寝てやがんだ」
Snow Whiteは目を覚ますとグランピーに「用意しろ、いまから鉱石を掘りにいくぞ」と言われた。
「用意って…何をすればよいのですか?」とSnow Whiteは訊いた。
スリーピー「そんなに急ぐこたねえさ、おいんどんもまだ眠いんだ、ゆっくり朝ごはんを食べてからいこう」
そう言ってスリーピーはテーブルの前に座るとそこにあった果物とパンを食べだした。
Snow Whiteも席についてお祈りをして「いただきます」と言って食べた。
スニージー「ばっひゅっしょいっ、あー、おいあんた、なにもそんな行儀よくする必要なんかねえんだぜ、いくところがねえからって、媚びる必要もねえし、愛想良くする必要もない、おれたちっつっても、ひとりだけど、おれたちはただあんたが鉱山を手伝って稼いでくれたり、家事をやってくれるってゆうなら、いつまでも住まわせてやるよ、あんたの寝床だって今日中に作ってやる、だからあんま気負いすんな。うわはははははっ、ぼくはきみがここにやってきてくれてとても嬉しいよ?ほんとだよ。ぼくうそつかないもんね!でもぼくいがいのやつはうそつくこともあるから気をつけてね。ふふふふっ。おい、いつおれっちがうそついたって?いいかげんなこと言ってっとおまえのでこをひっぱたいてやるぞ。あはははははっやってごらんよ。こらこらおまえたち、Snow Whiteが心配そうに見ているじゃないか、おやめなさい。大人が仲良くするところをお手本として見せないといけませんのじゃですぞ。いてぇ~、お~いおいおい、なんでおいらの出番のときにいつもでこぽんするんだぁ?坊主、今度グランピーが現れたとき、でこぽんしてやってくれよなぁ。うん~ん、そんなぼくちんを見つめてちゃ恥ずかしいよっ、そんなぼくちんのこと見つめて、やっぱりじぶん、ぼくちんのお嫁さんになりたいんだね?まいっちゃうよぉ、ぼくちんどうしようっかなぁ。てぇふぇっくっしゃい、おー、いつまでつづけるつもりなんだこれ、いい加減にしろい、よし小僧、準備ができたなら行くぞ」
最後にまた入れ替わったスニージーがそう言った。
Snow Whiteはいそいでスニージーのあとを追った。
にぎやかで心優しいこびととの森のなかでの暮らしは大変で楽しいこともあったけれど、それでもSnow Whiteのこころはいつでも押しつぶされそうな苦しみのなかでお母さまのいない悲しみは癒える日はなかった。
それからいちねんがすぎ、Snow Whiteは十三歳、王女は二十八歳となった。
ある朝、Snow Whiteはこんな夢をみた。
Snow Whiteが森のなかをあるいていると、お母さまがじぶんの埋葬されたばしょにひざまずいて泣いている。Snow Whiteがお母さまのもとへ駆けつけようとすると、お母さまのそばにちいさな子どもが泣いて、その子どもをお母さまは愛おしそうに抱きあげて微笑む。
Snow Whiteはめのまえがまっくらになって、その場にくずおれてお母さまと幼なごをずっと見ている。
目がさめると涙が流れていて、こびとに気づかれないようにSnow Whiteはしずかにうんと泣いた。
半年が経っても、いちねんが経っても王さまは戻ってはこなかった。
王女はまただんだんとこころがひどく不安定になっていった。
鏡は王女に向かってこう言った。
鏡「王女さまがほんとうのこころのそこからしんじつづけなくては、王さまをよみがえらせることはできません。王女さまがこころのどこかでうたがっているために、王さまはまだよみがえってはこないのです」
そのころ、王女はこんな夢をみた。
殺してしまったと想っていたSnow Whiteがまだ生きていることを知った王女は、我が子を求めて森のおくふかくまで探して迷ってしまう。
するとちいさな小屋をみつけ、王女は姿がばれないように魔法でおばあさんの姿に変え、小屋の戸を叩く。
するとSnow Whiteが顔をだしていぶかるようすも見せずにじぶんをなかへまねきいれる。
この子が生きているとお父様はいつまで経っても生き返ることができないとおもい、王女はふところから七色の絹糸で繊細な刺繍を施した黒のタイをとりだすと、Snow Whiteに話しかける。
「坊やにぴったりのタイがちょうどあるよ。雪のように白い首にきっと映えることだろう。わたしが蝶の形に結んであげよう」
Snow Whiteは喜んでその細く白い首をじぶんの前にちかづける。
王女はタイをまえで結ぼうとしながらそれを交差しておもいっきりSnow Whiteの首を締めあげる。
そのとたんSnow Whiteは気を失い、床に倒れこむ。
王女がSnow Whiteの胸に耳をつけて、音が聴こえないことをたしかめようとすると、そこから、声が聴こえる。
それは王さまの声で、それはこう聴こえた。
「なぜわがこをおまえはころしたのだ。それはわたしの血と肉であったのだ」
不思議なことに、Snow Whiteも王女が見た夢とまったく同じ夢をみた。
おばあさんの姿に変えてお母さまがじぶんに会いに来る。
お母さまにやっと会えたことが嬉しくて嬉しくてとてもどきどきしている。
するとお母さまに首を絞められて、気を失うところで目が覚めた。
そのとき、どうしたことか、Snow Whiteは初めての経験をした。
おねしょとはちがう妙な透明ですこし白濁したような液体でパンツを濡らしてしまったのだった。
Snow Whiteはそれをとても恥ずかしい神に背いた悪いことのように感じた。
あくるつきにはSnow Whiteはこんな夢をみた。
お母さまとよく行っていたみずうみのほとりでSnow Whiteはお母さまのやわらかくウェーブのかかった長い髪を蝶と小さな宝石をちりばめた花がたくさん装飾してある櫛で梳かしている。
お母さまはここちよさそうにきらきらと光の反射するみなもを眺めている。
Snow Whiteは櫛についたお母さまの髪の毛をじぶんの指に巻いてゆく。
お母さまは「眠りの毒を仕込ませておいたから眠くなってまいりました」と言ってSnow Whiteの膝のうえに頭をのせて眠ってしまう。
Snow Whiteはじぶんの髪を梳かして抜けた髪の毛をお母さまの指にくくりつけて、お母さまと自分の髪の毛でじぶんとお母さまの小指をいっしょに結んで、お母さまがしこませた毒によって眠くなってくる。お母さまを抱きすくめるようにSnow Whiteは眠ると闇がやわらかくみずうみに降りてくる。その闇はお母さまの髪とひとつになってお母さまとSnow Whiteはくるまれる。
Snow Whiteは哀しい夢のはずなのに、とても安心する心地のなかめざめた。
お母さまはどうしていらっしゃるだろう。お母さまはいつかぼくのことを忘れてしまうのだろうか。
Snow Whiteはまたいつも目がさめたときのようにしずかになみだをながした。
Snow Whiteはドックからはたくさんの勉強を教えられ、グランピーからは厳しい親のようにしつけられ、ドーピーのジョークにはいつも笑わせられてハッピーとは何度も手をとりあって歌って踊り、スリーピーのいびきはだんだんと平気になってきてバッシュフルは可愛い弟のように甘えてきたし、スニージーはいつも素直な話を聴かせてくれた。
それでもSnow Whiteの胸にぽっかりとおおきく開いた穴はお母さまでないと埋められないものであるのだということをわかっていた。
スニージーはいつの日か、いつも影でこっそりと泣いてばかりいるSnow Whiteにじぶんも親に捨てられた子どもだということを話してくれた。
スニージー「でもおれは親に会いたいとはちっともおもわないね。おれは親に愛されたことがないから、おれも親を愛することができねえのかもしんねえな。でもそんなおれでも、他人のおまえすら厄介者のようにあつかって、追いだしたりはしねえ。じぶんと血の繋がったおれを捨てた親は、よっぽどのわけがあったんだろうよ。そうおもわなきゃ、やっぱりかなしくてめげちまう。おまえがいつ乗り越えられるかはわかんねえが、おまえが乗り越えられる日まで、おれがおまえの親代わりになってやる。親を知らなくとも、人間は親の代わりもできるくらいにタフなもんなんだってことを見せつけてやらねえとな、まあ、だれにか知んねえけどさ、ぷっひゃんっしょぃっ」
Snow Whiteはじぶんよりもちいさなスニージーを抱きしめた。
とたん、照れ顔のバッシュフルになって「あにき」と言ったのでSnow Whiteはおかしくて笑った。
春には王女はお父様が死者のまま蘇える夢をみた。
夏にはSnow Whiteはお母さまとみずうみのなかでまじりあう夢をみた。
秋には王女は血がたりなかったのだと想い、王の墓のうえで腕に刀をあてて血をながした。
冬にはSnow Whiteは”ろうそくの灯のなかに降る雪はお母さまのなみだ”という詩をうたった。
いちねんがすぎ、Snow Whiteは十四歳、王女は二十九歳となった。
冬には王女はお庭の降り積もった雪のうえで腕から血をながして眠っているところを家来の者に抱えられてお城へつれかえられた。
春にはSnow Whiteはみずうみのほとりに咲く白い水仙にキスをしてみなもに映るじぶんのすがたを眺めてはお母さまを恋しく想い、顔をなんどもみずのなかにしずめた。
夏には王女は一羽の白鳥を籠に閉じこめて飼いだした。
秋にはSnow Whiteはこびとと落ち葉をかけあって遊んだあと、ちいさな仔うさぎをつれた野うさぎの親子を見つけてこびとといっしょに落ち葉のうえに頬杖ついてじっと眺めてはためいきをついた。
冬には王女は死んだ白鳥の白い羽毛のうえに指を針でさしてその血の滴るのを日が沈むまでつづけたあと黒檀で作らせたちいさな棺のなかに白鳥の亡骸をいれてお庭に埋葬した。
いちねんのつきひがながれ、Snow Whiteは十五歳、王女は三十歳となった。
冬にはSnow Whiteはいつもポケットに仕舞いこんでいたお母さまが作ってくれた押し花の手帳に頬をのせてちいさな窓から雪でおおわれた景色をぼんやりながめ、白い森のむこうからお母さまが歩いてくるまぼろしをみた。
春には王女は何十羽もの白い鳩を集めさせ、その鳩をすべてマンドラゴラの漬けた水のなかで眠らせ、生きたまま灰にして、その灰を枕のなかにつめこんで眠った。
夏にはSnow Whiteは真裸で川を泳いで葉のあいだからのぞくまぶしい青空をみあげながら水のなかで忘我のひとときのうちに果てた。
秋には王女は死者を蘇えらせる呪文を一文字ずつ書いた紙を暖炉で燃やしながら眠ってしまい、髪に移った火の粉が燃えあがり、現れた家来の男に火を消された。
冬にはSnow Whiteは”七つの山”という詩をうたった。
「七つの山」
七つの星が降ったらお母さまにあえる
七つの海が燃えたらお母さまにあえる
七つの地が沈んだらお母さまにあえる
七つの花が咲いたらお母さまにあえる
七つの雪が死んだらお母さまにあえる
七つの火が凍えたらお母さまにあえる
七つの空を踏んだらお母さまにあえる
七つの声を殺したらお母さまにあえる
七つの種を埋めたらお母さまにあえる
七つの石を砕いたらお母さまにあえる
七つの身を費やせばお母さまにあえる
七つの山を越えたらお母さまにあえる
いちねんがすぎさり、Snow Whiteは十六歳、王女は三十一歳となった。
冬には王女は王の可愛がっていた年老いた黒い犬を頭のしたまで生き埋めにしてその頸(くび)を刎ね、その肺と肝臓のすべてを塩茹でにして食べて、その心臓に王の髪を巻いたものにみずからの血を滴らせ、それを鏡の男に王の棺のなかへ埋めるようにと命令した。犬の亡骸ののこりはすべて骨まで焼いてその骨のまえで跪き手を組んで王女は連夜呪文を唱えた。
春にはSnow Whiteは鉱山で掘った水晶がとても気にいって、その奥をずっと眺めているとそこに揺り椅子に座っているお母さまのすがたが見えた。
春には王女は黒檀の表紙のダイアリーにさまざまな紅い花と白い花をうらおもて交互に押し花にしていった。
夏にはSnow Whiteは川で身体を洗っているととつぜん雨が激しく降ってきて、その雨がお母さまの涙に想えたので暗くなっても川からあがらなかった。くっしゃみのとまらないSnow Whiteに、くっしゃみをしながらスニージーは呆れ顔で心づけた。
秋には王女はふとみあげた月の美しさにSnow Whiteの哀しげな顔が浮かび、なみだを黒い窓枠のうえにこぼした。
冬にはSnow Whiteは朝はやく目がさめて外へでると霜の降りた草をなめて「あまい」とつぶやいた。
きせつはながれ、Snow Whiteは十七歳、王女は三十二歳となった。
冬には王女は路のねきの霜柱を踏みながら魔術師を捜し歩いた。
春にはSnow Whiteは霞のけむるお花畑で白詰草の花冠(はなかんむり)をお母さまのために作った。
夏には王女は白いカラスウリの花の糸でちいさな人形をつくった。
秋にはSnow Whiteはひつじの燃える空をみあげ、あんまり美しく想えてお母さまの恋しさに哀哭した。
冬には王女は真夜中に吹雪く雪のなかお父さまの墓を掘り起こしていると家来の男に見つかり城へ連れ帰られた。
きせつはすぎさり、Snow Whiteは十八歳、王女は三十三歳となった。
冬にはSnow Whiteは朝に薪を割りながらかじかんだ手のひらを見つめてはぁっと息を吹きかけていると、枯葉の踏む音がしてまえを見たら仔鹿がじっとこちらを見つめていた。ちかづこうとするとほそい後脚で蹴って雪の森のなかへ走っていった。
春には王女は幼虫から育てた紋白蝶がぶじに羽化したのをよろこび、窓からはなつとき、はれた空へ飛んでゆく蝶を目で追いながらその目から一粒のなみだがながれた。
夏にはSnow Whiteは丘のうえで白虹の円のなかでじぶん以外を見なくなったお母さまに愛される白昼夢をみた。
秋には王女はまたじぶんが夢うつつのなかに王の墓へ向かわないために眠るあいだは茨で腕と脚を縛るように言いつけ、家来の者を困らせた。
冬にはSnow Whiteは初雪でちいさな雪兎をつくり、七実の木の紅い実で目と鼻をつけた。よくあさ雪兎は溶けて三つの紅い実しか残っていないのを見てSnow Whiteはかなしみ、その紅い実を埋葬して木の枝を立ててお墓をつくってやった。起きてきてそれを見たスニージーが「こら墓がいくつあっても足りねえな」と言った。
きせつはうつろってゆき、Snow Whiteは十九歳、王女は三十四歳となった。
冬には王女は公現祭に作ったガレット・デ・ロワのなかに隠しこんだ男の子に見たてたフェーヴ(ソラマメ)がじぶんに当たったら、お父様はかならず帰ってくると信じ、切り分けて最初に選んだものにフェーヴが当たるまで王女は夜が明けてもケーキを作りつづけた。
春にはSnow Whiteは赤い薔薇の蕾が咲くのをおそれ、すべての蕾を摘んだ。
夏には、王女は白いえごの花が枯れるまでお父様は帰ってくると信じ、自分の血で花を延命させようとその手を疵つけた。
秋にはSnow Whiteはどこかの貴族が猟で射止めて死んでいた猪をスニージーが捌くのを手伝ってその肉を焼いていっしょに食べた。
冬には王女は知らない遠くの異国の閉鎖病棟へ自分が収容され、感情のない人間たちに接しつづけられるうちに自分も物のようになってベッドや椅子と同じように存在していることを知る夢をみた。
ときはすぎゆき、Snow Whiteは二十歳、王女は三十五歳となった。
冬にはSnow Whiteは仔うさぎを捕まえようと追いかけて転んだ森のなかであおむけになり、枯れた梢の隙間から見える透明で白い空をみあげてオルガズムに達して果てた。
春には王女は白いフェルトで男の子の人形を部屋の隅々に積み重なるまで作りつづけた。
夏にはSnow Whiteはこんな夢をみた。Snow Whiteは暗く狭い坂のしたにいつもうずくまってまるくなって寝ている。するとそこに赤い毛糸の玉が坂のうえからころころとひとつ転がり落ちてくる。赤い毛糸は坂のうえまでつづいている。この赤い毛糸はお母さまの毛糸でここでじっと待っていたらお母さまが毛糸を伝って坂のうえから下りてくるにちがいない。そう信じてSnow Whiteはずっとそこで待っている。そこに真っ黒なおおきな蟹がやってきて、繋がった毛糸をちょんぎろうと鋏みをのばした。Snow Whiteはいそいでその蟹の頭上からMjöllnir(ミョルニル)を振りおろす。砕けた黒い蟹のなかにいたのはお母さまで、その頭から流れた一筋の血は赤い毛糸でできていた。
秋には王女は髪の毛をすべて剃りおとして八日間の断食をした。王はまだ帰ってこないが、その代わり膝の痛みは治った。
冬にはSnow Whiteは「悪魔の森」という詩をうたった。
「悪魔の森」
悪魔の森は、きょうもとてもしずかです。
木の根がつめたい土に埋もれてくるしそう。
悪魔の森は、きょうもとても優しげです。
川はこおって、さかなたちみうごきできぬ。
悪魔の森は、きょうもとても哀しげです。
雪をむかえにきた天使が死をわらっている。
悪魔の森は、きょうもとても淋しげです。
実つけぬ木すべて燃やして地があつい。
悪魔の森は、きょうもとても恋しげです。
お母さまの夜をいだき眠れし生きすだま。
きせつはめぐり、Snow Whiteは二十一歳、王女は三十六歳となった。
冬には王女は夜に糸紡ぎで糸を紡いでいると、一匹のちいさな蛾が糸にとまり、さかさを向いて綱渡りをしているようすをじっと眺めていた。その蛾はやがて糸車のなかを歩き廻り始めた。王女が糸車を廻すと蛾はランプの火に向かって飛んでゆき、火にあたって墜ちた。
春にはSnow Whiteはみずうみのみなもをながめ、”じぶんをしか愛せない魔法をかけられたらどんなにかくるしいだろう”と想った。そしてみなもに映るじぶんの顔が愛おしいお母さまの顔に見えてきて泣き崩れた。
夏には王女はすべての宝石を売りつくして朝も昼も夜もブリオッシュしか食べなくなった。
秋にはSnow Whiteはジューンベリーの白い花が咲き零れるしたでぼんやりとしていると、スニージーがやってきて、リュートを奏でながら「ダニー・ボーイ」を歌ってくれた。この歌はきっとお母さまも好きだった曲で、一緒に聴いたことがあったように想い、懐かしさにSnow Whiteは涙がこぼれた。
おおわたしのダニーよ バグパイプの音が呼んでいる
谷から谷へ 山の斜面をかけ下りるように
夏がすぎて すべてのばらが枯れ落ちるなか
おまえは おまえは行かなければならない
でも戻ってきておくれ 夏の草原のなかに
谷が雪をかぶって白くなるころでもいい
日差しのなか 影のなか そこにわたしはいます
O Danny boy, O Danny boy, わたしはおまえを心から愛しています
でもおまえが帰ってきてすべての花が死んで
わたしも死んでいたなら
おまえはわたしが横たわる場所を見つけ、
ひざまずいてわたしのために最後の祈りをしてくれる
わたしはやわらかくともおまえの踏む音が聴こえる
わたしの墓のすべてはあたたかく喜ばしい
おまえがわたしを愛していると教えてほしい
わたしは安らかに眠りつづける
おまえがわたしのもとへ帰ってくるまで
冬には王女は大聖堂のミサへ出掛けたきり、帰ってこないと城中で心配されたが、翌朝に大聖堂の地下にある絞首台のそばで眠っているのを家来の者に見つけられ、城へ連れ戻された。
ときはさり、Snow Whiteは二十二歳、王女は三十七歳となった。
冬にはSnow Whiteは雪の結晶が六芒星(六角形)なことに気づき、そのほかにも亀の甲羅や蜂の巣や虫の眼も六芒星であることに気づいた。
春には王女は「A week in the Mirror country(鏡の国の一週間)」という詩をうたった。
「A week in the Mirror country」
Monday,球体を梳ろう、みえなくなるまで、月の影の形に
Tuesday,灰を舞いあがらせよう、なくなるまで、火を怖れないように
Wednesday,源を堰き止めよう、渇ききるまで、水は空に
Thursday,声を聴こう、聴こえなくなるまで、枯れ落ちた木のように
Friday,溶けた金を流しこもう、死が眠るまで、熱い純愛のように
Saturday,彼を起きあがらせよう、満ちるまで、土は風に
Sunday,終わりを始まらせよう、微笑むまで、あなたは日に
夏にはSnow Whiteは天にのびる緑の蔦をつたってお母さまへ会いにゆく夢をみた。
その蔦はとてつもなく繊細で、ほんのすこしでもお母さまに会えることを疑えばたちまち切れてしまう。
のぼっているとなんにんものお母さまの幻影が空からSnow Whiteを誘惑する。
美しい裸体すがたのお母さまが優しくさびしげな微笑をたたえてSnow Whiteを誘い寄せる。
「あなたは…偽者だ」そうSnow Whiteが言うと偽者のお母さまの身体はとたんにぶつぶつとちぎれてその肉片がしたへぼろぼろと堕ちてゆく。
偽者だとわかっていても、涙がでるのは何故なんだろう…?Snow Whiteは涙で霞んだ視界をすすんだ。
秋には王女は日に何度と時を告げるため鳴り響く教会の鐘の音が、今までは聴こえるか聴こえないかというほどであったのに突然ひどく気になりだして、家来の者に鐘を鳴らさないようにさせろと言いつけ即、”それはあまりに無茶な御申しつけで御座います”と返されたことに腹を立て、家来の頬をしばいた。
冬にはSnow WhiteはLIVE(生きる)をさかさに読むとEVIL(悪)になることに気づいた。では、DEAD(死)は、DAED、つづりを入れ替えると、ADED、DIE(死)はEID、EDI、DIED(死んだ)はDEID、EDID、なぜ、死はどうつづりを変えても生にはならないのか。”死”のつづりを変えると、”ED”という文字がよく眼に入る。もしかしてこの”ED”という文字の中に、”生”が隠れているのかもしれないとSnow Whiteは真剣に想った。Ending(終わり)の略?Ending Dysfunction(終焉不全)の略か?接頭語Dysの意味は”不全・異常・悪化・不良・困難・欠如”つまり、終焉がうまくできていない、ちゃんと成されていない、それが”生”だ。未完成、未完結、未完全、それが、”生”なんだ。お父さまを、ぼくは完結させた。
そうしてときはけいかして、Snow Whiteは二十三歳、王女は三十八歳となった。
冬には王女は夢現のなかでEligos(エリゴス)を召喚し、この国の未来をたずねた。Eligosは全身を闇の鎧で覆い隠し、闇の馬に跨りこう応えた。「もって、あと二年といったところだ。しかしひとつだけ、難を逃れる手がある。おまえは未来の王と交わり、王を産むが良い」王女は目醒め、いったいどこに未来の王がいるのかと悲歎(ひたん)に暮れた。
春にはSnow Whiteは未明の朝にそとへでて、木立(こだち)の透き間からみえる朝日が霧のなかに消えてゆくのを息を潜めてじっとみていた。
夏には王女は鏡に向かってSnow Whiteに渡した小瓶に入った毒がなにであったかをたずねた。
鏡はすこしのまをおいて、応えた。
鏡「わたしのただひとり愛する王女さま、おこたえいたします。それは、毒芹(ドクセリ)の地下茎でございます」
王女はみひらいた眼を真っ赤にして涙を流しながら言った。
王女「もう十年以上が過ぎた。わたしは今までたえてきたがそれでもお父様は帰ってはきてくださらなかった。わたしは愛する子と、お父さまのもとへ向かうことにします。すべては枯れ落ち、わたしの時は過ぎ去った」
そう言うと王女は城のそとへでて、毒芹の生え茂る湿原へ向かった。
その湿原は王女がよく王とふたりで訪れた場所だった。
王女は靴を脱いで裸足になり、白いドレスを泥だらけにして芹の地下茎をいくつも引きぬいた。
そして持ってきたおろしがねで茎を摩り下ろすと、それを手のひらにため、いっきに空を仰いで飲みこんだ。
王女は、死ぬことが叶わなかったものの、その二つの目から見える世界は日に日にぼやけていった。
秋分が過ぎた日の聖ミカエル祭(ミクルマス)で賑わうなか、王女はひとりで王の眠る墓地のそばに生るイチイの紅い実を籠いっぱいに収穫した。
王女の白い手袋はその実でだんだんと紅く染まった。
王女は城へ戻ると紅い実のなかの黒い種をとりだして砕き、ラム酒に漬けた。
冬には王女は真夜中の降誕祭のミサから帰ると”深淵の嬰児”という詩をうたった。
「深淵の嬰児」
夜の木霊(こだま)にきえゆく惜しみない愛の使いが子を生むと
すべての物語は引潮のように闇の待つ深淵へとみずからむかってとりのこされた子をみた。
それは打ちつけられた聖痕の導きが子に与えた血肉の微睡みである。
王女の目はもうほとんど光と影と色彩をしか映さなくなった。
Snow Whiteは夜に寝つけずにろうそくの火を灯すと、閉じた目蓋のうらに紅く燃える山々とその火に照らされることのない闇の空、そこにぽっかりとうかぶ真っ白な太陽の世界が映った。
恐れと安らぎをどうじに感じてSnow Whiteは眠りについた。
としはあけ、Snow Whiteは二十四歳、王女は三十九歳となった。
王女はその闇をしか映さぬ鏡に向かって言った。
王女「愛する母の生きうつし、わたしの鏡よ、どうか教えておくれ。この国の王にふさわしい人間が、ほかにどこかにいるだろうか」
鏡は変わらぬ穏かな声でこう応えた。
鏡「わたしのわたしが愛するわたしの王女さま、おこたえいたします。その者はいずれちかいうちにあなたの目前に現れます」
王女「一体いつ、どこで遭えるだろうか。その者は何者で、また美しい者であるだろうか」
鏡「わたしはまことにあなたにおこたえいたします。その者は謝肉祭の晩に、最初にあなたに声をかける者である。そしてその者は、あなたよりも美しい。それがゆえ、この国の王にもっともふさわしい」
王女は気の遠くなる悲しみを覚え、寝台に横たわると目を閉じた。
三月に入り、謝肉祭の最初の日が訪れた。町じゅうが狂喜乱舞してはうかれ騒ぎ始めた。
夜になるまで王女は城のそとへはでないで支度をしてそのときを待ちあぐんだ。
あたりが暗くなってくると王女は黒い衣装で男装をして杖を持ち、町の皆が被るのと同じような黒と銀のベネチアンの仮面を被ってそとへでた。
森のそばでは人々が藁や紙で作った人形を燃やして踊り歌っている。
火の色、土や草の色、楽しげに笑う人々の色、なにひとつ、王女には美しく見えなかった。
王にふさわしくはない自分が、王となんの繋がりもない人間によって王の座を奪われる日を恐れながら待ち望んだ。そこはきっと、死よりも恐ろしく、なにもないはずの場所になるだろう。
なにも、もうなにも欲しくはない。
王女はただじぶんよりも美しいその男を待っていた。
子を生めなければ、王の血を受け継がない者に王を譲ることは王の血の滅び、じぶんのすべての滅びを意味している。
そのときを、王女はひたすら待った。
何時間と過ぎ、森の近くには王女いがいだれもいなくなった。
マントに身をくるめ、横たわった大きな木の丸太のうえに膝を抱えてうとうととしていた。
闇は一秒ごとに深まってゆき、自分の存在さえも静寂のなかに忘れてゆこうとした。
そのとき、闇のなかから王女は声を聴いた。
「この水晶と、なにかを交換していただけませんか」
王女は声を聴いてとつぜん眠りから覚まされ、じぶんと向きあう者をみあげた。
暗くてその顔の色彩もぼやんとしか見えなかった。
籠のなかのものを見て、自分を商人と間違え声をかけてきたのだろうか。
王女「いったいなにが欲しいんだね」
声を低めて商人風の口振りで王女は目の前の男に向かってたずねた。
すると男はこう応えた。
「籠のなかに紅いものが見えます。それはなんですか?」
王女は籠からとりだして見せると言った。
王女「これは紅い宝石、紅玉という林檎のかたちをした珍しいお菓子だよ。俺が今日作ったんだ。その水晶と交換してやろうか」
男は水晶の原石を王女に手渡し、細かく震える手でそのお菓子を受けとるとこう応えた。
「とても美味しそうで綺麗なお菓子ですね。でもひとつ食べるには大きいから、ぼくは半分でいいです。残り半分はあなたが召し上がってください」
男はそう言うと林檎の菓子を二つに割って半分を王女に渡した。
王女はそれをこころよく受けとり、言った。
王女「これはありがとう。これはちょうど最後のひとつだよ。腹が減ったから食べるとしよう」
そう言って王女は仮面を上へすこしずらすと菓子を食べた振りをして襟のなかがわへ落とした。
男はそれを口にすると物言わず静かに地に倒れふした。
王女はそのうえにしゃがみこむと男の首筋に手をあてた。
脈は途絶えている。
イチイの種の毒とヒヨスを合わせれば人を仮死状態にもすればそのまま死へと至らすこともできると古い魔術書に書いてあったのを王女は試し、これにこの国の未来を賭けた。
もしこの男が目覚めないならば、この国は、我が王の血は終わりを迎えるだろう。
でももし、この男が死から目覚めるのならば、わたしはじぶんの魂を滅ぼしてこの男に王を譲ってしまおう。
王女は男をその場に残すと杖をついてお城へ戻った。
そして家来の男を呼びつけると言った。
王女「おまえはなんだって今まで黙っているのだろう。そうやってわたしを、いつもそばで監視せずにはおれないのか」
そう言うと王女は自分の被っていた仮面を外して家来の男の顔に被せた。
家来の男は鏡の男の声で応えた。
鏡「わたしのもとめるものが、あなたのもとめるものです。あなたがそれを知らないはずはないのです。わたしの王女さま」
王女は鏡に向かって言った。
王女「ではいますぐに行っておまえがするべきことをするがいい」
鏡の男は「かしこまりました。彼をここへ連れて参りましょう」と言うと姿を消した。
よくあさ、王女は部屋のもうひとつの寝台に横たわる男の顔を間近でながめた。
王女は色彩の按配をしか見分けることのできない目で、その男を美しいと感じた。
四十三日間、その男は息もつかず眠りつづけた。
そして四十四日目に、椅子に座って眠る王女のそばで男はようやっと息を吹き帰して目を覚ました。
男は自分の身体にもたれ眠るあどけない顔の母を見て、とうめいの玉粒をその目から母の白い手の甲のうえに落とした。