米軍の核搭載艦の日本寄港が、日本領土への持ち込みに関する事前協議の対象外であることを日本側が認めた記録がアメリカの公文書館でみつかった(朝日新聞2024-5-19)。密約そのものについては日本の外務省は2009~2010年に調査し、確認できなかったと発表したが、「…原点にあたる安保条約改定交渉に関し日本側の記録が不完全なことは外交力を弱める」との識者の指摘(同3面)にはっとした。
日本政府はなにか不都合なことがあると「記録は確認できなかった」というが、仮にきちんとした記録がないとしたら、後世、相手側の記録がすべてということになってしまう。もちろんなかったことを示す記録というのは難しいのだが、交渉経緯をきちんと記録したものがあれば相手側の記録の信憑性に疑問符を付ける状況証拠にはなるだろう。
もちろん記録があったとして何でもかんでもオープンにするわけにはいかないことはわかるが、「記録はありません」という発表は、政府間の交渉にあっては、記録上「相手側の言う通り」につながりえないことを肝に銘じておくべきだ。
(相手が他国政府ではなく一国民である場合は、個人の記録の通りとはならないのかもしれないが、それにしても「確認できなかった」という政府の決まり文句は不誠実さがにじみ出ている。)
日本政府はなにか不都合なことがあると「記録は確認できなかった」というが、仮にきちんとした記録がないとしたら、後世、相手側の記録がすべてということになってしまう。もちろんなかったことを示す記録というのは難しいのだが、交渉経緯をきちんと記録したものがあれば相手側の記録の信憑性に疑問符を付ける状況証拠にはなるだろう。
もちろん記録があったとして何でもかんでもオープンにするわけにはいかないことはわかるが、「記録はありません」という発表は、政府間の交渉にあっては、記録上「相手側の言う通り」につながりえないことを肝に銘じておくべきだ。
(相手が他国政府ではなく一国民である場合は、個人の記録の通りとはならないのかもしれないが、それにしても「確認できなかった」という政府の決まり文句は不誠実さがにじみ出ている。)