リベラルくずれの繰り言

時事問題について日ごろ感じているモヤモヤを投稿していこうと思います.

「論争は専門家に任せるべき」は自分で考えることの放棄なのか

2018-08-23 | 政治
客観的な証拠や学界での定説がどうあろうと取り合わずに認識を改めない人々の態度について昨日書いた.私自身,たとえば尖閣諸島問題で中国人から「中国領である証拠」なるものを見せられたとしても反論できるわけではないが,だからといって認識を変えたりはしないだろう.これは「証拠」を見せられても改めないネトウヨと同じなのではないかと不安になったりもした.だが,少なくとも私は,自分で論拠を示せない問題で自分の意見を人に押し付けようとはしないので,ネトウヨなどの態度とは一線を画しているつもりでいる.
その後もつらつら考えていたのだが,やはりファクトに関する論争は専門家に任せるべきであって,素人が騒ぎ立てるべきではないと思う.

だがそうすると,「自分なりの意見を言うことを否定するのか」との批判が寄せられるだろう.もちろん意見を言うのはいい.だが「意見」と「事実」の切り分けがきちんとできていない,というのがやはり最近の言論空間の問題なのだろう.
端的な例でいうと,「南京大虐殺の犠牲者が何万人だったか」というファクトに関する部分は,日中双方の歴史家の間で冷静に論じられるべきだ.もちろん史料不足から確定には至らないだろうが,「少なくともこのくらい」のような合意は出てくるはずだ.その後,「『大虐殺』という呼称が適切か」,「ことあるごとに何度でも謝罪しなければならないのか」などはそうしたファクトに基づいて各人が意見を言えばいい.
従軍慰安婦問題も同じことで,「補償問題が決着済みかどうか」,「各地での慰安婦像設置の動きにどう向き合うべきか」,「他国の事例との扱いの異同はどうあるべきか」(朝日新聞2018-8-20では敗戦直後に旧ソ連兵に「性接待」をさせられた日本人女性の話が出ていた)といった意見を言い合う議論は,どのようなことが起こったかの史実の掘り起こしとは切り離して考えるべきだ.「強制」という言葉の定義がどうのという争いは,具体的にどのようなことが事実としてあったのかを解明したあとに,適切な表現をさがせばいいことだ.

もちろん,「ファクトの確定は専門家に任せよう」といっても,政府の有識者会議に任せればいいというものではない.それでは「決めるのはお上,下はそれに従う」になってしまう.大学が政府の意向に縛られずに自由な研究ができることが前提になるだろう.

専門家の間でもなかなか確定的な結論が得られないからこそ在野も巻き込んでの論争になるのだろうから,上記で述べたことも結局は建前論にしかならないのかもしれない.だが,意見の主張はいいが,少なくとも,他者の意見を批判するときには(罵倒は論外として)頭ごなしに否定するのではなく,相手の主張をふまえたうえで意見の違いを論じるなど,謙虚な姿勢が必要だろう.

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「誰もが専門家じゃないから「信じたいものを信じる」のは仕方ない?」

追記:議論は専門家に任せるべきだと書きつつ、我ながら釈然としないものを感じていたのだが、倉橋耕平氏の談話(朝日新聞2021-12-10)を読んで問題の所在がはっきりしたように思う。いちいちうなずけることばかりで、全文引用したくなるくらいだ。
・構図を単純化したディベートとなると、研究者が歯牙にもかけないような歴史観が対抗する言説であるかのように格上げされてしまう。
・ディベートでは、長年かけて培われた先行研究の蓄積がゼロにされてしまい、感覚的な訴えが共感されたり、専門家が慎重に断言を避けていると、大きな声で述べたほうが論破したように見えてしまう。
(つまり、専門家で共有されている背景を無視してディベートの議題を設定した段階で「とんでも説」を格上げしたことになってしまう。言及されている「歴史修正主義者」などは、修正史観を公の議論にした段階で目的の大半を達成しているといえるだろう。)
・1980年代末に始まった討論系のテレビ番組で、専門家ではないコメンテーターが専門家や政治家をたじろがせる様子がうけたのがこの潮流の兆し。
・「女性専用車両があるなら男性専用も」という声は、問題の背後に存在する性差別や権力の不均衡をゼロにして議論することが平等だと勘違いしている。それは「偽の等価性」。(要はアファーマティブアクションということだ。)

こういう話を聞くと、ディベートが悪のように見えてしまうが、昨今ではディベート教育も説かれている。ディベートそのものが悪いわけではない。問題は、聴衆受けで(みかけの)優劣が決まることや、エビデンスではなく感覚に訴える姿勢なのだろう。




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