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28- 平安人の心 「野分:野分の日の麗人たち」

山本淳子氏著作「平安人(へいあんびと)の心で「源氏物語」を読む」から抜粋再編集

  六条院を野分が襲った。日暮れるにつれ風が激しくなって、庭の萩が気になった紫の上は端近に出た。そのとき、偶然にも強風で妻戸が開き屏風も畳んであったため、その姿を夕霧に覗かれた。初めて見る紫の上の美しさに心を奪われる夕霧。そこへ光源氏が来て、夕霧は慌てて取り繕うが、光源氏は息子の垣間見に感づく。その間にも嵐はますます危うさを増し、夕霧は祖母・大宮を守るため三条宮に戻った。

  台風は老いた大宮さえ「生まれて初めて」と言うほどの激しさで荒れ狂った。そして、その風と同様に、夕霧の心は紫の上への恋で一夜ざわめき続けた。明け方にはざっと雨が降り出し、「六条院で建物倒壊」との情報に、夕霧は三条宮を飛び出す。六条院では木の枝が折れ、屋根をふく檜皮(ひわだ)や瓦に被害が出ていた。光源氏に文を託され、夕霧は秋の町の秋好中宮(あきこのむちゅうぐう)を見舞うものの、戻って中宮からの返事を父に告げるにつけても、御簾の中の紫の上の気配が気にかかる。光源氏は息子の想いを鋭く察する。

  光源氏は六条院の各所を回り、玉鬘には見舞いがてら例によって玉鬘を口説く。夕霧はその父を目撃し、実の父娘らしからぬ様子に不信感を抱く。あちこち回って気疲れした果てに、夕霧は離れて想い合う雲井雁に文を書く。「風が騒ぎ雲の行き交う間にも君が忘れられない」。その歌に嘘はなかったが、彼の心はそれだけではなかった。野分に揉まれ、多感な男心を芽生えさせた夕霧十五歳の秋だった。
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  災害はいつの世も容赦なく人々を襲う。雅な「源氏物語」-「野分」の巻を読んでいてさえも、つくづくと感じるのはそのことだ。そこには台風という災害が、あまりにもありのままに記されているのである。

  この台風は、まず風から始まった。庭の萩を気にかけて格子を下ろさずにいた紫の上の居室では御簾が吹き上げられ、女房たちがあわてて押さえる。その様子を夕霧が垣間見ていた渡殿では、重い格子が風にあおられて外れる。雨戸が吹き飛ばされる風力はおよそ三十m/秒だ。夕霧が三条の祖母のもとに走る道ではさらに風が強まり、三条の御殿では大木の枝が折れ、瓦が吹き散らされる。

  暴風が終夜続いた後、「暁方に風少ししめりて、むら雨のように降り出づ」。夜明け前に風が少しおさまったかと思うと、ざっと雨が降り出した。六条院の建物倒壊との知らせを受け、再び夕霧は飛び出す。光源氏が花散里の御殿を訪うと、今朝から急に冷え込んだからと、花散里は女房たちに指図して秋冬の装束の準備に余念がない。

  さて、紫式部が住んでいたと思われる堤中納言邸は、その名のとおり鴨川の堤にある。道長邸では床下浸水で人々のすねのあたりまでが水に浸かった。もっと川に近かった紫式部宅では、被害はさらに大きかったはずだ。長保二年当時といえば、紫式部が結婚していわゆる専業主婦であった時期である。娘の賢子を、ちょうど懐妊していた頃かもしれない。そうした市井の人として、紫式部もこの水害を体験したのだ。
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