簡略版「今ひとたびの、和泉式部」第7回
面白くするのが難しいので次回を最終回とします。申し訳ないです。これからは、拾い読み形式で不定期に続けたい気持ちです。
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身分はともあれ、弾正宮はー-東宮の兄ともう一人の弟も・・不幸な生い立ちだった。父は常人にあらず、生母は幼いころ病死してしまった。遺された三兄弟は、外祖父である藤原兼家の三条邸で育てられた。その兼家も九年前に他界して、今は兼家の子の左大臣・道長が東宮、弾正宮、帥宮(そちのみや)という三兄弟の後見役をつとめている。
幼い三兄弟の母親代わりとなったのが、冷泉上皇のもう一人の后妃、太皇太后昌子内親王だった。かたちの上の母子ではあったが、太后は三兄弟を愛しみ、よく宮中へ招いていたものだ。太后のお気に入りだった式部も一緒に遊んだことがある。
それにしてもー-。
「太后さまのお見舞いにいらしたのでしたら、なにゆえ、こんなところにいらっしゃるのですか」
牛車の屋形に隠れているとは腑に落ちない。
御許丸と呼ばれていた式部はまだ女童だったので、宮のいうなりにはならなかった。いつだったか、太后からもらった手鏡をとりあげられそうになったことがある。断固として渡さなかった。それでも宮はあきらめず、強引に奪いとろうとした。もみあううちに鏡が割れてしまったのは、今おもいだしても口惜しい。
式部は深呼吸をした。なぜ、もっと早く気づかなかったのか。
「御酒をすごしておられるのですね」
「そのとおり。さすがは式部どの。酔いをさまさないと病人を見舞えませんからね」
弾正宮の放蕩は以前から噂になっていた。
太后も眉をひそめていた。
「太后さまがお嘆きになられましょう」
式部はこの場を切り上げようとした。今さらだが、顔を衵(あこめ)扇で男の不躾な視線をさえぎって歩き出そうとする。
「お待ちあれ」と、またもや呼び止められた。「昔なじみの御許丸と、ぜひとも、二人きりで語り合いたいものですな。いかあ?」
好色なまなざしをむけられて羞恥がこみあげる。
式部はもう弾正宮の顔を見なかった。
参考 諸田玲子氏著作「今ひとたびの、和泉式部」