改変(悪)大幅短縮版です。興味を持った方はぜひ文庫本を読んでください。(今回でむりやり終わります)
玲子から逃れ、もう安心というところまできた。
今まで夢中で歩いていて気がつかなかったのであろう、背後に人の忍びやかな足音をきいた。足音は、羽仁男が歩き出すと起り、羽仁男が足を止めると止んだ。
急ぎ足になったとき、ふと腿にチクりとするものを感じた。羽仁男は、痛い足を引きずって歩いた。
そのとき、一つの記憶がよみがえって来て、彼の心を縛った。『玲子は写真で俺の顔を見たと言った。どこから、どんなルートで、俺の顔写真が流布したのだろう』
ホテルに泊まった夜、羽仁男をつけていた仲間が訪れてくるので、ホテルをいくつか転々と泊まったがやはり深夜仲間が訪れてくる。
そのとき腿にまたかすかな痛みが走った。羽仁男の頭に霊感がひらめいた。腿を点検すると追跡信号をだす極小さい針状の装置が射込まれて刺さっているのを見つけた。これは、医者に抜いてもらって怪しまれるよりも、自分で抜いて、そのあと手当をしてもらった方が賢明と考えた。
羽仁男はステーキ用のよく切れる肉用ナイフをマッチの火であぶると、自分の腿につきつけた。えぐって、跳ね返すようにすると、細い鉄線が、湧き出る血と共に押し出されてきた。
医者に治療してもらった後、尾行を警戒しながら軒づたいに歩き、曲がり角では特に注意して歩いた。
これからどこへ行こう。
東京から逃げ出すのが一番だった。その動機はといえば、もう自分に嘘をつく必要はなかったが、明らかに『死の恐怖』そのものだった。
彼は西武線に乗って、あてどもなく、郊外の野の景色を見惚けていた。
切符は終点の飯能まで買ってあったので、思いつくままにどこで降りてもよかったが、またふいに尾行が気になって、急にある駅で下りるふりをしたら、あわててあとを下りてくる人間がいるかもしれないと思って、発車間際にドアのほうへ走った。あわてて勘違いした客がいたが、関係なさそうだった。
飯能で下りると、一緒に下りた乗客は皆散ってしまったので、羽仁男は安心して、閑散な駅前広場へ出た。
駅前の貧相な旅館に泊まることにした。
ある日、駅まで煙草を買いに行くと、初老の品の良い白髪の外人が、丁寧に帽子を脱ぎかけて、羽仁男に道をきいた。
「いいお元気ですねえ」という外人を、
「お天気の間違いでしょう」
と訂正してやるほどの親切気が羽仁男には出ていた。
商工会議所の横に、一台黒塗りの外車があって、美しかった。
外人は通りすぎざま、当然のようにドアをあけたので、羽仁男はわが目を疑った。
「お乗りなさい」
と外人は低声(こごえ)で叱るように命じた。その手には拳銃が握られていた。
両手が不自由な羽仁男はすぐサン・グラスを掛けさせられて、そのまま車は走り出した。
自分は「命売ります」の広告を出したとき、すでにこういう理不尽な殺され方をする運命を選んでいたのだから仕方がない。逃げ回っていた間の死の恐怖が急に遠のいてしまったのにおどろかされた。
― 以下略 すみません終わります―
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