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1.紫式部の恋 楽しい男(紫式部ひとり語り)

1.紫式部の恋 楽しい男(紫式部ひとり語り)

山本淳子氏著作「紫式部ひとり語り」から抜粋再編集

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楽しい男

  恋の話に戻ろう。もちろん私(紫式部)とて、宣孝と恋をするまで殿方との付き合いが全く無かった訳ではない。ただ、恋ではなくちゃんとした結婚をするには、家が貧しかった。男ならば、結婚といっても婿に入るわけだから、極端なことを言えば身一つで妻の家に来るだけで良い。最初は夫の実家から夜に通ってくるだけでも良い。
  だが女は、妻となれば夫を歓待し装束や調度を用意するなど、実家ぐるみで世話しなくてはならない。

  父が十年間も散位の状態にあった我が家では、それは難しかった。だから、父が越前の守に任ぜられたことは、私の将来にも陽がさしたということを意味した。冬の時代から春の時代へ、人生が変わる予感。それが本当になったのが、翌正月の恋だった。

  宣孝は面白い人だった。男といえば真面目で世をひがみ時に我儘な父ばかり見て来た私には、彼の世馴れた性格は新鮮だった。私に言い寄り始めるよりずっと前のことだけれど、宣孝は正暦(しょうりゃく)元年(990)、素っ頓狂な格好で御嶽詣をして、人をあっと言わせたことがあった。「清少納言 枕草子」に書かれたので、いつもでも世間から忘れてもらえない一件だ。

  「御嶽詣」とは、修験道の霊地である吉野山の蔵王権現に参ることで、通常は質素な浄衣(じょうえ)姿で行くのが決まりだ。だが宣孝はそれに異を唱えた。

  誰もが御利益を願って詣でるのだから、人より目立たねば権現様に見つけてもらえないだろう。宣孝はそんな屁理屈を言って、色とりどりの装束で参拝したのだという。私にはその姿が目に浮かぶようだ。楽しい男、決まりごとに従わず自分流にやってしまうのがお得意意なのだ。

つづく
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