ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

おのずと記憶がなくなる・・・

2014-08-18 17:16:06 | ひとの幸福
最近、何かを探すということがあまりないような・・・

そ、そうでもないか・・・

ここのところは腰が不調だから畑に行ってないけど、

畑でハサミを見失う、どこへ置いたか忘れる、ということがなくなっている。

軽トラで郵便局に行き、帰りは歩き、という恥ずかしい出来事も二回で止まっている。

二回もするなよ~ なんだろうけどね。


「あ、アレ、しよう!」という思い付きをしょっちゅうするけど、

すぐにやらないとすぐに忘れるのは相変わらず。

でも、何かを見て、あ、そうだ、アレをしたいんだっけ・・と思って、

これまたすぐにやらないと又忘れる。

こういうのは緊急の事でもないから用件的にも構わないし、

しよう!と思いついても気が変わることもあるしで、まぁいいか・・


「忘れる」を広辞苑で調べると一番に、

おのずと記憶がなくなる。と、ある。

「おのずと」とは自ずとであり、自然に、という意味。

自然に・・という言葉は(自ずと・自分から)であるというのが凄いなぁ。

人から強制させられたりするのは自然の道に外れるのであるなぁ。

だから、忘れるのは自然なことといえる。

思ったこと、したことを全部憶えてるなんて狂気の沙汰だしね。

そういうのを忘れてるけど、

必要な時に潜在意識から取り出せるのが認知症になってない普通の人なんだろうな。

認知症ってのはそれが出来なくなっている状態か・・


忘れるのが認知症じゃなくて、

潜在意識と顕在意識を繋ぐパイプが切れてしまっている状態なんだ。

認知症がひどくなると、

ご飯の食べ方までわからなくなる。

ご飯を食べるとき、いちいち、右手で箸を持とうとか、

今、飲みこもうとか、

思ったりしてない。自然に行為してる。

こういうのは全部潜在意識に経験によるプログラムがあるから、

考えなくったって出来る。

車の運転もそうだ。

意識的にやるのは教習所に通ってる頃だけであって。


自分の意識を自覚してる状態というのは、

潜在意識と顕在意識を繋ぐパイプの通りがいい、という状態なんだろうか・・・


認知症は潜在意識にあるプログラム通りの行為行動ばかりしてると、なりやすい・・・

・・そうなんじゃないか。

これはこうするもの・それはこうするべき・そういうときはこうして当たり前・

こういうことはいつもこうせねばいけない・・・

そういう潜在意識に自動的に操作されてる状態ばかりだと、

今ここという常に新しい時空を生きてる顕在意識が自覚されなくて済む。


自動的に生きて、自分も周りも幸せで生きやすいならそれはそれでとてもいい。

車の運転や食事の仕方みたいに。

でもいつも、

(これはこうするもの・それはこうするべき・そういうときはこうして当たり前・

こういうことはいつもこうせねばいけない・・・)

ばかりじゃ、楽しくないし、なんで人生があるのかわからない。

過去の人として生きてるみたいだ。

でも、そのこと自体がいけないわけじゃない。


ここではこうするもの、という考えを今、ここで自分は選択する、

という自覚があれば認知症になりにくいかと思う。

いや、認知症にならないために生きてるわけじゃないから、

認知症云々は余計かもしれないけど、

自分の人生を主体的に生きるのは、

人生を生き生きさせることだもんね~


今という時代に認知症という病気がクローズアップされているのは、

これからの人間の在りように本当に意味あることなんだと思う。

いいチャンスなのかと思うなぁ。

なんせ4人に1人“なる”んだからね~

やっぱり認知症がらみで終わりました、この文章。