他人の不幸の上の幸福。
一番簡単な例では、資本家が安い賃金で労働者をこき使って、
巨万の富を得ている、というようなことかと思う。
今、世界中で格差が言われている。
「自分さえ良ければいい」という考えがこういう現実を創っているのかと思う。
「自分さえ良ければいい」という顕在意識もあるだろうけど、
自分でそう思っているという自覚が無い場合が多いと思う。
自分や自分の身近、周囲のことは考えているけれど、
考えはそれ以上にまで及ばない。
悪意で及ばないわけじゃない。
防潮堤のことで書いたけど
一部は全体に繋がっているという事実を知らないことから生まれる思いがそれ。
世界で起こるいろいろなトラブルの元は
こういう“無知”から来るものかと思う。
一人に起こることは全員に関係しているということ。
身体の一部にガンが出来るということは全身に影響を与えるということ。
そこが悪化すれば全身というものが死ぬということになるのと同じ。
世界は身体と同じ、一体なのだという事実をたくさんの人が心から知ることで、
自分さえ良ければいいというプログラムが変わって行くのかと思う。
他人の不幸の上の幸福 というものは一時的な、
砂上の楼閣だということ。
一番簡単な例では、資本家が安い賃金で労働者をこき使って、
巨万の富を得ている、というようなことかと思う。
今、世界中で格差が言われている。
「自分さえ良ければいい」という考えがこういう現実を創っているのかと思う。
「自分さえ良ければいい」という顕在意識もあるだろうけど、
自分でそう思っているという自覚が無い場合が多いと思う。
自分や自分の身近、周囲のことは考えているけれど、
考えはそれ以上にまで及ばない。
悪意で及ばないわけじゃない。
防潮堤のことで書いたけど
一部は全体に繋がっているという事実を知らないことから生まれる思いがそれ。
世界で起こるいろいろなトラブルの元は
こういう“無知”から来るものかと思う。
一人に起こることは全員に関係しているということ。
身体の一部にガンが出来るということは全身に影響を与えるということ。
そこが悪化すれば全身というものが死ぬということになるのと同じ。
世界は身体と同じ、一体なのだという事実をたくさんの人が心から知ることで、
自分さえ良ければいいというプログラムが変わって行くのかと思う。
他人の不幸の上の幸福 というものは一時的な、
砂上の楼閣だということ。